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なまえと歩く自宅への道のり。無理を言って黒尾とは別れ、研磨となまえは2人でその道を歩いていた。話すことは沢山あるのに何から話したら良いだろうか、とお互いに思案しているうちに孤爪家が近くなってくる。研磨が足を止めると、なまえも同じように止まって彼を見た。

「なまえ、おれ、朝は言いすぎたかも…。ごめん」
「そんなことない。私が悪かったの。心配かけて、傷付けてごめん」
「じゃあ、もうこの話は終わり」

家はそこまで見えている。寒いのは苦手なはずの研磨なのに、真っ直ぐ暖かい家に帰ることなく道すがら彼女に手を差し伸べた。それが手を繋ごうという彼からの意思表示だと分かってなまえはその手を握る。こうして手を繋いで隣を歩くのは家までの少しだけの距離でも、心は随分と近づいた気がする、となまえは思った。

「私、研磨のこと全然知らないことに気付いて」
「え?」
「お互いに今は忙しいから仕方ないけど、デートとかでどこかへ出掛けたことないでしょ?」
「あー…クリスマス?」

そうだけどそうじゃなくてとなまえは笑った。とはいえ研磨は暑いのも寒いのも嫌い、家でのんびりしているのが好き、でも時々動きたくなることもある。その性格を何となくは理解しながらも、彼を何処かへ誘ったことは無かった。そもそも所謂デートというものに興味があるのかも謎だった。なまえは彼の手をきゅっと握ると、行きたいところがあったら付いてきてね、と伝えた。

「うん、いいよ」
「えっ…?」
「何その反応」
「研磨は絶対に渋ると思ってたからびっくりして」
「え…何それ…おれだって一応、なまえの彼氏…なんだけど…」

目を泳がせながらそう言う研磨に笑いながら2人で孤爪家の玄関を開けると、いつも通り彼の母が明るく迎えてくれる。ただいま、と2人で声を揃えて家へ上がるのも何回目だろうか、となまえは孤爪家で過ごす時間をとても嬉しく感じていた。だからこそ、彼の両親を裏切るようなことをしてはいけない。金輪際ライブの打ち上げには参加しないと固く誓い、階段を上がって研磨の部屋へ行く。暗い部屋の電気を慣れたように点けて荷物を置いて振り返ると、彼がこちらを見つめていることになまえは気が付いた。

「昨日のこと、親には言わなくていいから」
「でも、私…」
「だって何も無かったんでしょ。余計なこと言われたくないし」
「うん…」

浮気でもないし、それこそキスされたとか襲われたとか、そういうことに関しては全くもって潔白だ。納得出来ないのはなまえ自身の問題で、研磨は歯切れの悪い返事をする彼女を見てため息を吐いた。こういうところもなまえの悪いところだ、と彼は思った。自分が恋愛するとは思ってもいなかったし、面倒なだけで必要ないと感じていたのに、いつしか彼女のことをこんなにも考えているなんて。

「なまえはさぁ…なんでも完璧にしたいのかもしれないけど…そんなの、無理だから」
「え?完璧?そんなこと…」
「ある」
「ある?」

うん、と頷きながらやっぱり分かってないと研磨は彼女の行動を思い起こさせた。彼の脱ぎ捨てた服を畳んだり、洗濯を進んでやったり、母の手伝いをしたり、勉強もそのうちの一つ。全て完璧にやりたい、やらなければならない、と知らず知らずのうちに思っているのだろうと彼はなまえに指摘した。それは決して悪いことではないが、完璧主義だからこそ間違ったことを許せない。だからあの時の自分を許せないのではないかと。
なまえはぽつりぽつりと紡がれる彼の言葉に耳を傾け、自分の言動を振り返った。自信がなくて、少しでも褒められたくて、何に対しても完璧に取り組みたいという気持ちがあるのは否定できない。それを他人から指摘されたのは初めてで、心が揺れ動くのを感じた。

「おれはなまえみたいに全部を完璧にはできないし、する気もない。だからなまえが完璧じゃなくても、そんなことで嫌いになったりしない」
「うん……ありがとう、研磨」
「完璧ななまえもいいけど、ちょっと抜けてるくらいでいいんじゃない?」
「何それ」

例の人からの数年越しの片想いに気が付かないところとか、と呟く研磨になまえが返す言葉もなく視線を泳がせていると、彼はそんな彼女を見て笑った。自分も恋愛に鈍感なのは理解しているので数年間慕われていたとて気が付くとは到底思えないが、完璧で隙がないように見えるなまえが鈍感なのは面白いし、と研磨は思った。
初めて会った時は、ただ綺麗な人。固い殻に覆われて、真っ白でまん丸で、何処にも付け入る隙は無い。だが、今は美しいカラフルな色の沢山扉がついていて、それらが研磨を迎え入れてくれる。自分も彼女も変わったのかもしれないが、そうさせたのは紛れもなくお互いの存在であり、そして周りの友人たちだ。
研磨がゲームのように彼女の心の扉を開けるのを想像していると、なまえはそういえば、とポケットから携帯を取り出した。

「父さんが年末帰ってくるから、研磨に会って欲しいんだけど…」
「え…なまえの?」
「他に誰がいるの」
「あ…いや…うん…いいよ」

彼女の父。なまえの唯一の家族であり、紛うことなき保護者。顔こそ彼女の家で写真を見たことがあるが、どんな人物でどんな声で、どんな表情をするのかは知らない。品定めされるのは間違いないだろう。
いよいよラスボス戦だ、と研磨は唾を飲んだ。



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