35


なまえの父親と会うことになったことを両親に言うべきか言わないべきか研磨は迷っていた。言ったら言ったで、やれ土産を持って行けだの服は何を着るだのあれこれと世話を焼かれるのは想像に難くない。とはいえ言わないと、そんな大切なことを言わないのかと後々から指摘される。どちらがまだマシだろうかと研磨は1人で悶々と考えていた。黒尾に言えば直ぐにでも両親に伝わるかもしれないので軽率な行動は控えたい。かといって誰にも相談せずに彼女の親に会って粗相するのは避けたい、と研磨は適任の人物を見つけて歩み寄った。

「どうした、研磨」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「ああ、いいよ」
「彼女の親に会う時って…どうしたらいい?」

あー…と言って海は頭を掻きながらなんとも言えない声を出した。彼女が全く居なかった訳では無いが、特段意識したこともない、と言うのが彼の答えだった。研磨がそんな答えを望んではいないだろうことは明白な上に、いつも通りでいいんじゃないかと適当なことを言うわけにも行かず、一先ず彼女の父について聞くことにした。

「どんな人かは知ってるのか?なまえは頭良いし、親が厳しかったら大変そうだな」
「うーん…厳しくは、ないと思う」
「そう…なのか。いつ会うんだ?」
「年末の、部活が休みの日」

なるほど部活のジャージでは許されない日か、と海は研磨からの難しい質問に悩んでいた。なんか持っていった方が良いのかなと言う研磨に、あるに越したことはないだろうなと海は返した。服装も、襟がある服、毛玉がない服など、ある程度小綺麗であれば良いだろうと。すると研磨はそっか、と言って感謝を述べた。正解だったのかは分からないが、明らかに彼女がいて話しやすい黒尾に聞かないあたり訳ありなのではと思って海は苦笑した。

「黒尾に聞かないんだな」
「うん、クロは口軽いから…。おれの親に」
「ああ…そういう事か、納得した」

幼馴染だからこそ聞きづらいことがあるのだな、と海は背を向けた研磨の後ろ姿を見つめた。あのクレバーな後輩が彼女の親に会うことで悩んでいるなんて想像もしなかったし、よもや自分に相談を持ち掛けて来るとも思わなかったが、バレーのこと意外でも心を開いてくれていることを嬉しく感じていた。

「なあ海、研磨となんかあったか?」
「いや?なんでだ?」
「なんかお前らが仲良いの珍しくね?」
「まあ…研磨も大人になったんだな、と」
「え…何、何何何。すげぇ気になるんですけど」

研磨の名誉のために言えないと言うと、黒尾はピンと来たらしく、さては年内の部活がいつまであるか聞かれたのはそれだなと鋭い直感力で研磨にそれを問い質しに行った。すまん、と思いながら2人の様子を見ていると、予想通り研磨がこちらを振り向くので海は何も言ってないというジェスチャーで応える。

「クロうるさい…」
「気になるだろーが!」
「いいじゃん別に…何でもないし…」
「なまえのことになると隠し事多いな。大丈夫だ、安心しろ。盗らないから」
「なんでそんな話になるの…」

黒尾に対して面倒くさいと言わんばかりの顔をしている研磨に海は苦笑した。なまえ達が来なくなって1ヶ月ほど経過しようとしている。元々が春高予選までの約束だったので当たり前といえばそうなのだが、恋人でもない自分が少しの寂しさすら感じてしまうのは何故だろう、と海は彼女達がいた場所をちらりと見た。彼氏である3人は勿論のことながら、山本やリエーフもいつも嬉しそうにしていたし、福永や芝山も彼女達から掛けられる声に奮起していたように思う。

「海くん、クロになんか言った?」
「いや、特には。俺たちが2人で話してたのを勘ぐったみたいだな」
「えぇー…何それ…キモチワル…」
「はは、そう言ってやるなよ」

女子マネージャーのいない音駒高校バレーボール部にとって、他校の女子というのはそこにいるだけで魅惑の存在だったのだろうと感じる。部員と付き合っているのに部活に顔を出さないと決めた彼女達の決意は凄い、と海は単純にその決断を賞賛していた。恋人に会いたければ来た方が早いし、部活も見られる。なのに来ないという結論に至るのが優秀な彼女達だからこそなのだろうと。

「なまえとは会ってるんだな」
「うーん…たまに、かな」
「研磨は部活見に来て欲しくないのか?」
「それはなまえが決めたことだから、おれは何も言えない」

来てほしいとも、来てほしくないとも明確に言わない研磨に対して海は感心した。優しい彼女のことだから、きっと研磨が来て欲しいと言えば来るという選択をしてしまう。彼もなまえの気持ちを尊重しているからこそ、願望を口に出すことは無い。ならば余計に自分が彼女達について話題にする必要は無いと感じ、海はそうだなと会話を終了させた。

「で?何だよ研磨。なまえと年末どこまで行くんだ?」
「クロ執拗い」
「そんなに隠されたら余計気になるだろ」
「……まあ……今度言うよ」

部活からの帰り道。黒尾に言うかどうか悩んだが、海に言わないでと念押ししておきながら自分が簡単に折れるのは秘密にしてくれた彼に失礼だし一先ずは隠しておこう、と研磨は今度と言ってはぐらかすことで幼馴染の質問攻撃から逃れた。
帰ったらクローゼットをひっくり返して着ていく服を探さなければならない。パーカーばかりの普段着の中に小綺麗に見える服が果たしてあるのか。そもそも無ければなまえに頼んで買い物に付き合ってもらえば良いのではないかと研磨はゲームをする指を適当に動かしながら考えていた。

「分かったよ、俺の負けだ。秘密は秘密でいいから、とにかく頑張れよ」
「別に、頑張ることじゃない…」
「へぇ?じゃあなんだ?2人で早朝から初詣じゃないのか」
「誘導尋問しないでよ」

変なところで鋭いから厄介だ、と2人で家までの道のりを歩く。なまえと2人で歩いた時はあんなにあっという間だったのに、黒尾の質問を躱しながらだと終わりのない道のようだ、と研磨はため息を吐いた。



prev next


戻る top