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クリスマスは部活で、なまえとは夕食を共にしただけで終わってしまった。彼女は母とアップルパイを作ってくれたが、部活で忙しい研磨は何も用意する時間はなくただ受け取るだけ。謝罪を口にすると、気にしないでと言われるのでまた今度と返すことしか出来なかった。
そしてあっという間に終業式となり、いよいよ彼女の父と会う時間が迫ってくる。結局クローゼットをひっくり返しても服装を考えられなくて部屋に黒尾を呼ぶ羽目になり、それを海に報告すると当然笑われ、どんな服になったか写真送ってくれよと優しく言われた。

パーカーは論外、シャツとかないのか、カーディガンとかセーターとか、下はまずスウェットはなし、と黒尾がゴソゴソとクローゼットを漁るので、研磨は横で着ないであろうパーカー類をしまっていく。

「これとかいいんじゃね?つーか研磨こんなん持ってたのか。着てるの見たことないわ」
「あー…それ、親戚の結婚式かなんかで買ったやつ」
「今でも着れるのか?腕通してみろよ」

白いシャツにグレーのセーター、そして黒のパンツ。鏡で見るとなかなか小綺麗に見える。というか、こんな服装したのは初めてに近いのではないか、と鏡の中に驚いたのを研磨は道すがらに映る自分の姿を見て思い出していた。
黒尾にバレるということはつまり親にも知られるということで、手土産の一つも持たずに行くつもりだったのかと乗り換え途中の大きな駅でお菓子を買っていけと乱暴に小遣いを握らされ、研磨はなまえの父に渡すバウムクーヘンを片手に彼女の家へと向かっていた。

彼女の父のことは本当にぼんやりしか知らない。海にどんな人だと言われて答えられないほど、なまえは父のことを話さなかった。家に写真もほとんど無く、顔も思い出せないくらいだ。彼女に気を遣って距離を取っている不器用な人なのだろうという想像はしているが、高校生の娘を一人暮らしさせるなどどんな親なのだろうと思っている自分がいる、と研磨は彼女の家を目指した。

「研磨!」
「あれ、なまえ、どうしたの」
「迎えに行った方がいいかなと思って出てきた」
「なんで?場所わかるのに」

そうだけど、と言いながらなまえは笑って研磨の隣に並ぶ。今度お願いしたいことがあって、という彼女の依頼は例のボーカルに次回は無いと電話したいから一緒にいて欲しいという内容だった。断る理由もなく頷くと、なまえは感謝を口にした。電話で納得するような人物なのだろうか、と一抹の不安を抱えながらも研磨は彼女の隣を歩く。彼女の自宅までの慣れた道のり、その家にまだ見ぬなまえの父がいると思うとどうにも緊張する、と研磨は辺りをちらちら見ながら歩いていた。

「先に言っておくけど」
「ん?」
「私の父さん、結構変わってるから…びっくりしないでね」
「どういう意味?」

今まで全く知らなかったことだ、と研磨は彼女の話を聞きながら少し驚いた。なまえの父はやり手の営業マンで、部長に昇進した今でも独身に見えるほど若々しく活動しているらしい。世間的に言う所謂チャラ男でなまえのは母とはデキ婚だったのだとか。にしても真面目な娘になったものだ、と研磨はなまえを見るも、彼女も研磨と付き合う前に男なら誰でも良い期間があったこと、無論彼女はそうは言わないがそうであっただろうことを考えると、DNAは遺伝するのかと研磨は思った。

「さっき聞いたんだけど、父さん東京代表決定戦来てたらしくて」
「は?」
「それが嘘みたいな本当の話で、何も言わずに勝手に来てたみたい」
「えぇ……じゃあおれ、なまえの父さんに見られてたってこと?」

たぶん、となまえは言葉を濁した。どこまで彼女が父に研磨の話をしているのか彼には想像がつかないが、試合を見に来たということは音駒高校のバレー部に所属していることは知っているはずだ。代表決定戦の段階では春高のパンフレットに載るデータ用の内容はまだ一般公開されていないので、研磨のポジションや背番号、そもそもスターティングメンバーとして出るかどうかも推測で観戦に来たとしか思えない。なまえの父の凄まじい行動力に研磨は言葉が出なかった。

「研磨のこと知りたかっただけだと思うんだけど…」
「品定め…とか?」
「流石にそんなこと考えてないよ、紹介するのだって研磨が最初なのに」
「でも…なまえから聞いて気になったから来たんでしょ」

研磨はなまえの父を想像した。数少ない写真の中では快活そうな人物だったようなとその表情を思い浮かべる。彼女の話によると、運動は得意な方でバレーやバスケなど、どの競技もそれなりにこなせるタイプだったらしい。学生時代は陸上部だったということだが、サッカー部やバレー部の助っ人として大会に出たこともある、と彼女は語った。
バレーのルールを知っていて見に来たということなら、少しだけ納得できる理由が増えた、と研磨は感じた。東京代表決定戦というだけあって全国にほど近い試合であり、興味本位で見に来る人間も多い。そこに娘の彼氏の学校が出ているのなら、ついでに姿を見に行くのも悪くないはず。

「おれの顔、知ってたの?」
「それはたぶん、髪で…」
「あー…そう…」

なまえが何と言って紹介をしたかは分からないが、あの部員の中で研磨に近い髪色をしているのは強いて言うなら猛虎くらいだ。リエーフも少し近いが金髪ではないので、確かに髪の毛で判別するのは容易だろう。あの時なんかおかしなことしなかったっけと研磨は自分の行動を振り返るも試合の時は精一杯で粗相をしていたとしても記憶が無い。彼は首元のマフラーに口元を埋めた。

「そういえば、それ…買ってきてくれたの?」
「うん。親に言われて…」
「ありがとう。私、研磨の家には年始に持っていくね。何がいい?」
「俺の親は何でも食べるし…任せる」

彼女の家が近付いてきて研磨は自分の鼓動が早くなるのを感じた。いつもは何も思わないのに、あの家に誰かがいると思うと緊張が走る。試合でも緊張したことないのに、と研磨はマンションの一室を見上げる。いよいよラスボスとの一戦だ、とエントランスを潜って彼女の家の前へと辿り着いた。




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