亡霊も祝福せざるを得ない


来る前は人が多くて嫌だと思っていたが意外と何とかなるものだ、と研磨はチュロスを頬張った。なまえの荷物を持ったまま砂糖のまぶされた細長い揚げ菓子を食べる。きっと街中で食べてもそんなに美味しくは感じないだろうそれは、不思議と特別な甘味に思える。
道行く人も彼のことを気にする素振りはなく、楽しそうに喋ったり写真を撮ったりしている。群衆に紛れるという意味ではまったく目立たないのかもしれない、と研磨は唇に付いた砂糖をぺろりと舐めた。

「お待たせ」
「どこまでトイレ行ってたの?」
「パレードやってたから真っ直ぐ帰って来れなくて。あっちから遠回りしてきた」
「ふうん」

なまえに懇願されて無理矢理着たお揃いのパーカーと、これまたどうしてもと言われて被っている耳付きの帽子。まさにカップルコーデというものをしているのだが、そんな2人が目立たないのが此処の良さ。もっと派手な人は山ほどいるし、彼らのような格好をしている人達はそこらじゅうにいる。よもや花壇の端に腰掛けてチュロスを食べている人物がフォロワーが200万人を超えているYouTuberなどとは誰も思わない。

「行こっか」
「どこ行くの?」
「んー、次はホラー系でも乗る?あ、でもチュロス食べながら並べないかも…」
「じゃあちょっと食べて」

はい、と差し出されたそれをなまえは躊躇なく口にする。彼女が美味しいねと笑うのが嬉しくて、研磨は口角を上げた。遊園地、というかテーマパークに行きたいと思ったことは今までに無いし、今でももう一度来たいかと言われるとそう簡単に首を縦には振れない。しかし隣になまえが居るのならばまた来てもいいかもしれない、と研磨は思った。手を繋いで歩き始めても周りは2人のことなど気にも留めていないし、きっとキスをしたとしてもさほど目立つことがない。まるで異次元だ、と研磨は変わらない空を見上げる。

「研磨が此処に付き合ってくれるなんて意外だった」
「どうしてもってなまえが言うからじゃん」
「だってせっかくの賞品なのに勿体ないでしょ。久しぶりに来たかったし…」
「まあ、海外よりはいいかな」

ゲームの賞品で貰ったテーマパークのペアチケットがなまえの心を躍らせていることは直ぐに気が付いたが、如何せんそういったことに疎いので気が進まないというのが研磨の正直な感想であった。彼女の友人からも、おそろコーデしなよとか、自撮り送ってねとか、色んなプレッシャーをかけられて余計に気分が落ちたりもしたのだが、黒尾からはあそこに行くと逆に目立たなくて自由にデート出来るんじゃね?と言われ、そして今に至る。

「頑なにパスポート取らないのなんでなの?」
「だって行かないし。意味ないし。面倒臭い」
「三本立てみたいに言わないでよ」
「まあ…本当に用事があってどうしても必要だったらその時は取るけどね」

どうしても必要な用事にゲームの世界大会が入らないというのは理解不能であったが、世界一になりたいわけじゃないし、それなりに楽しめればそれでいいという研磨らしい理由を考えてなまえはそうだねと言ってその会話を終わらせた。研磨がパスポートを取ってまで行く必要な用事とは、と考えていると、着いたんじゃない?と言う彼の言葉で目当てのアトラクションにたどり着いたことを知る。
隣もリニューアルしたし後で見てみたいな、と世界中の人形とポップな色彩で彩られたアトラクションを想像しながら2人でチュロスを完食して列に並び始める。

「凄いね、ゲームの中みたい」
「でしょ?研磨好きそうだなって思ってた」
「うん、なんかワクワクしてくる。絵が伸びるのも、首吊りが突然出てくるのも面白かった。」
「そうそう、あれトリックアート?らしいんだけど、何回見ても全然分かんないんだよね」

目を輝かせて楽しそうな研磨になまえは嬉しくなって手を繋いで順番を待つ。3人までの少人数グループごとに乗れるのもこのアトラクションの良さだと思う。カップル向けかと言われると、内容はそうでも無いが。
黒い大きなコクーンのような椅子がずらりと並ぶ様子も目に新しいようで、研磨はきらきらした目でその様子を見つめている。度々立ち止まる研磨に行くよ、と声をかけて手を引いて前へと進むと、まもなく2人の順番が近づいてくる。

「なんかおれ、今すごい楽しんでるかも…」
「うん、そんな顔してる」
「だってこんな光景、他で見たことない」
「あ、そうだ研磨。すっごい大きい蜘蛛出てくるけど大丈夫?」
「え…何それ…嫌だけど、どうせ避けられないんでしょ」

なんで気分落とすこと言うの、と眉を顰める研磨を見て笑いながら2人は自分たちに宛てがわれたライドへと乗り込む。目が動く肖像画や常にこちらを向いてくる胸像、鳴り出すピアノなど、様々な亡霊たちが2人を出迎える。隣で研磨がワクワクしながら辺りを見渡すのが嬉しくてなまえは彼の手に自分の手を重ねる。

「何これ。誰?」
「今日は太った人だね」
「え?ランダムなの?」
「そう。3人のうちの誰かが必ず乗ってくるの」

目の前の自分たちの間にいる亡霊が楽しそうに揺れるのを研磨が訝しげな表情でと見つめているうちに、ライドは現実世界へと戻ってきた。独特な空気を気に入ったのか、研磨はあれがこれがと饒舌に話し始め、なまえはそれに相槌を打ちながら聞いていた。辺りは少し暗くなってきており、余計に不気味な空気感を醸し出しているが、珍しく興奮している彼にはお構い無しだった。

「研磨が気に入ってくれて良かった」
「うん。なまえ、連れてきてくれてありがとう」
「こちらこそ、チケットを研磨が持って帰って来てくれたおかげだよ」
「なまえと一緒なら、また来てもいいかな」

え、となまえが驚くと研磨は立ち止まって彼女の手を取って指を絡ませた。夜が近づくことで更に視界は狭くなり周囲は気にならなくなる。研磨もその状況に慣れたのかなまえとの距離を縮めると、ちゅっと額に軽くキスをして、次はなまえの行きたいところに行こうと言って微笑んだ。
背後にあるのが城ではなく亡霊が住む館なのが研磨らしくて、なまえは笑いながら彼と手を繋いで歩き出した。



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