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2人で潜り込んだベッドの中は相変わらず狭くてなまえが研磨に寄り添うと、その温もりを求めるように彼女の体を抱き締めた。父が帰ってくる気配はなく、年末に娘を置いて出向くほどの場所だ、仮に想像通りでないとしてもよっぽどのことなのだろう、と思った瞬間に研磨はなまえの反応に合点がいった。
「あ…何も聞いてないから、話して欲しい…とか?」
「えっ?」
「いや、そうかなって。違った?」
「まあ…うん…まだ信用に値しないのかなって、少しだけね」
やっぱり、と研磨は納得してなまえの伏し目がちな瞳を見つめた。彼女の父と話してわかったが、この父娘は今の関係を壊すまいと互いに一定の距離を保って、それ以上には踏み込まないようにしている。自分の親はどうだろう、と研磨は自身の両親を思い浮かべる。昔ほど酷くはないが今でもゲームばかりしていたら勉強しろと言われるし、朝練の時間には叩き起される。なまえと父は、そんな親子なら当たり前の時間を過ごして来なかったのかもしれないと研磨は彼女の髪を梳いた。
「怖いんじゃないかな」
「何が?」
「なまえに嫌われるのが。おれも嫌われるのは嫌だし…」
「そんなことない、何言ってるの?」
「なまえもでしょ」
父さんに嫌われないように気を遣ってるという研磨の言葉に、なまえは何も言えなくなって口を噤んだ。まさに本心を突かれて返す言葉はなく、彼の胸元に顔を埋めるとその匂いで気分が落ち着いてくる気がした。研磨はそんななまえの頭を優しく撫でて次はどうすべきかを考えていた。猛虎の時は正論をぶつけて大声を出して喧嘩になり、自分らしくないことをしたと思ったが、今回に限ってそうはならないし、なってはいけない。静まり返る寝室で考える余裕があるからこそ、彼は次とるべき行動に迷っていた。
偉そうに人のことを言えるほど他人と向き合ってきた訳では無い。むしろ人と関わるのは苦手分野だというのに、こんなにも世話を焼きたくなるのは、間違いなくなまえが相手だからだ。
「あのさ…なまえ。無理して向き合う必要はないと思う…けど、おれも…できる限り協力するから」
「研磨……ありがとう…」
「うん、なまえだからね」
え、と顔を上げてきたなまえの頭を慌てて胸へと押し付ける。絶対変な顔をしているに違いない。だってこんなにも頬が熱い、と研磨は自分の発言を振り返って口をもごもごと動かした。自分が行動する理由が彼女だからというのは当たり前のことだったのだが、それを面と向かって言うのは少し勇気がいる。なぜなら好きと言わずに好きと言っているようなものだ、と研磨が誤魔化すようになまえの髪を指で梳いていると、彼女が擦り寄ってくるのでぴたりと手が止まった。
「研磨?どうかした?」
「ちょっと、そんなくっつかれると…やばい」
「何が?」
「分かってるくせに…」
嬉しくてつい、と言うなまえが身動き出来ないように雁字搦めに抱き締めると、苦しいよと彼女は笑いながら研磨の頬に口付けた。今日の話をした時に頑張ることじゃないと黒尾に明言したものの、今研磨には我慢の時間が訪れている。生殺しだと思いながらも此処で我慢しなければ、恐らく二度と我慢できないと研磨はきゅっと目を瞑った。
「今はほんとに我慢してるから、ダメ」
「そんなに余裕ない研磨が珍しくて…意外かも」
「おれだって男だし…いつも我慢してるよ」
「いつも!?」
「なまえうるさい……普通だよ」
研磨にとっての“普通”が、健全な男子高校生の“普通”と釣り合うとは到底思えず、驚いてなまえの声が大きくなると彼は耳を塞いでみせた。しかしながら、彼の言ういつも我慢しているとはどういうことなのだろうとなまえは研磨の手を耳から退かしながら考えていた。決して性欲が強い訳では無い。初めこそベッドに連れ込まれたが、どう考えても黒尾や夜久と比べて性欲が強いとは思えない。否、2人の頭の中など知ったことではなくあくまでも想像の話だが、あの2人と比べてそんなことなど。首を振る代わりに瞼を閉じて思考を否定する。まさか、と。
1人で悶々と考えているなまえに不満そうな表情をして研磨は彼女の頬を挟んでみせた。
「なまえが変なこと考えてたから」
「変なことじゃないよ、別に……」
「目、逸らさず言ってみて」
「研磨は何でそういうところで鋭いかな…」
それはおれがなまえのことよく見てるからじゃない?と然もありなんと言い放つ研磨に、なまえは心がむず痒くなるのを感じた。他の人ならば気が付かない些細な動きを察知して心の中を読まれるのは何とも言えなかったが、彼に隠し事が出来ないだけだ、となまえは口角を上げて彼の胸元に頬を寄せた。
「ねえ、そういうの…わざと?」
「え?何が?」
「はぁ…やっぱりなまえは隙が多すぎだよ」
「隙があるって2人にも前に言われたけど、今日は研磨相手だから」
彼女の友人2人の顔を思い浮かべて同調しつつ、そういう問題じゃないでしょと不満そうにしながらも、研磨はなまえの行動に愛しさを感じて彼女を優しく抱き締めた。完璧じゃなくていいと言ったのは自分だが、こうして隙があるのも不安要素になり得る。しかし思い通りにも一筋縄でもいかないのが他人であり恋愛なのだろうと彼は考えた。それに、それでないと面白くはない。彼女のことは分かるようで分からないから興味深いのだ、と寝息を立て始めたなまえの髪を撫でる。
ゆっくり腕を離してその寝顔を盗み見ると、なまえは安心したような表情を浮かべて長い睫毛は瞬くことなく静かにその肌に影を落としていた。研磨は手元のリモコンで部屋の電気を消し、おやすみと囁いた。
大好きななまえの匂いに包まれた温もりを再度自分のものにするかのように息を吸い込み、彼女の背に腕を回す。自分とは違う柔らかい体の質感に、研磨は恍惚とした表情を浮かべて目を閉じた。
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