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年が明けたら直ぐに研磨は春高、なまえは受験、そして卒業。こうして隣にいられる時間も残りわずかなのかもしれない、となまえは黄昏ていた。バレー部の皆と初詣を済ませてから孤爪家に新年の挨拶をし、2人でなまえの家への道のりを歩いていた。研磨はぼうっとしながら歩いている彼女の横顔をちらりと窺いながら辺りへと視線を向けていた。初詣では同級生も何人か会ったが、此処まで来れば誰かと会う気配はなくホッとしていると、十字路の出会い頭でバイクがとびだしてきて研磨は驚いてなまえの腕を引いた。

「わっ!」
「危ない!」
「うん、大丈夫…ビックリした…」
「ぼーっとしてるなまえも悪いけど」

俯いて謝罪を口にするなまえを腕に閉じ込めて彼女の頭に顎を乗せて研磨はため息を吐いた。まもなく春高のために練習が開始する。つまりそれは彼女の受験勉強も再開し、会える時間は少なくなるということであり、研磨も同じように今を特別に感じていた。
何も言わない研磨になまえは顔を上げようにも押さえつけられており動かすことは敵わない。どうしたのと俯いたまま言葉を発せば体を離されて2人の間に寒気が流れ込む。

「ねえ、そういえばなまえ、あの人に電話するって言ってなかった?まだでしょ?」
「あの人?」
「うん。ほら…なまえのこと全然諦めない人」

あー、忘れてたと歯切れの悪いなまえに対し、自分で言い出したもののスマホを取り出す彼女を見て研磨は眉間に皺を寄せた。黒尾や夜久との電話でも少し気になるのに、やはり相手が彼女に気がある男と分かっているのはいい気がしない。とはいえ、自分の居ないところでなまえが言いくるめられるのも嫌だ、と研磨は口元をマフラーに埋めながらうーんと唸った。相手のことを知らぬゆえ攻略方法が思いつかず彼の頭を悩ませたが、そんな彼の頭の中に思い出されたのは慣れ親しんだ2人の言葉だった。
“恋はゲームと違って答えなんかないんだよ。ゲーマーな君に先輩からのアドバイス。" "あとは勢いな、とにかく勢いだ研磨"

「なまえ、今電話かけて。今すぐ」
「え?今?」
「うん、早く終わらせよ。おれ、嫌なこと後に取っとくの嫌いだし。はいスマホ貸して」

え?本気?と言いながらなまえがスマホを渡すと、慣れた手つきでロックを解除するので驚いて研磨を見上げたが、そんな彼女を無視して当たり前のように通話アプリを立ち上げて目当ての人物を探し当てた。最後のやり取りが数ヶ月前で安堵しつつ、通話ボタンとスピーカーを押して研磨は彼女にスマホを返した。

「え?研磨、本気?」
《もしもし、なまえちゃん?どうしたの?珍しいね》
「あ…はい、すみません突然」
《いいよ、全然。年明けの挨拶?ありがとう》

段々と研磨の顔が険しくなるのを見てなまえはポケットに手を突っ込む彼の腕に自分の腕を回すと、彼は何事かという顔で彼女を見つめる。なまえは研磨の肩に頭を預けながら電話先の相手と他愛もない会話を続け、話を切り出すスキをうかがっていた。
新年の挨拶を済まして、カウントダウンライブの話、それから次のライブの話になった時になまえが彼の名前を呼んだ。

《何?どうしたの?》
「あの…この前、今回は諦めるって言われましたが、次回はない、ってことをお伝えしたくて」
《あー…あれね。何?彼氏くんに釘刺されちゃった?》
「私自身が、次回はないって思ってます」

ハッキリと伝えるなまえに満足そうに研磨は微笑んで彼女と繋がる腕をきゅっと自分に引き寄せた。自分のモノになったのだと実感すると胸がふわっと満たされるような気がする。電話の向こうから、そういういうことかー…と歯切れの悪い声が聞こえてくる。彼女も彼女で任務完了したのでそろそろ電話を終わらせようと切り上げ時を探しているようで、研磨が心の中と外の温度差で思わず身震いするとなまえはそんな彼を見上げて微笑んで電話を下ろした。

「お疲れ様…って言ったらいい?」
「えぇ、何それ。聞いてたでしょ」
「うん。でも、こういう時になんて言ったらいいかよく分からないから」
「何でもいいよ、研磨の言葉なら」

隣で笑顔を見せるなまえが愛しくて思わず顔を近づけそうになったがまだ此処が家路の途中だということを思い出して煩悩を打ち消すようにハッと前を向いた。狭い世間で誰に見られているか分からないし、道が暗いわけでもなく此処で動くのは危険だ、と様々な事案を考えて研磨は足を止めることは無かった。
なまえはそんな彼の心情を察して組んだ腕を外そうとしたが、それは他でもない彼によって阻まれた。

「珍しい…研磨が外でこのままでいてくれるの」
「今はそういう気分なだけ」
「なんか嬉しい」
「え…何で。なまえが隣であんな電話してて、いい気するわけないでしょ」

嫌なことは一先ず全て終わった、と研磨は安堵した。彼女の父に会うことも済ませたし、奴との決着も着けた。この後待つのは春高と彼女の受験と、そして卒業。そこまで考えたところで彼の歩みは勢いを失っていった。
黒尾や夜久とのバレーが終わることはさほどどうも思わない。こちらが同じメンバーで臨もうにも対戦相手は異なり、いずれにしても一度きりで後がないからこそ興味深い。だが、なまえと歩む道は違う。一度きりではなく何度もやり直しは効くが、その毎日に慣れるわけでもない。全てが新鮮で不思議なのだ。

「研磨?」
「先輩って、なんで1.2年生まれたのが早いくらいで威張るんだろうって思ってた。でもなまえと会って、そのたった1年がこんなにも遠いものだって思い知らされた」
「変わらないよ。私も、研磨も」
「なまえは今年大学生になるのに、おれはまだ高校生で…」

立ち止まった研磨の正面に回り、なまえは彼を抱き締めた。横を通って行った主婦が怪しい目を向けてくるのを気に留める余裕は無く、なまえは彼の髪を撫でた。同じように彼も不安に思っていたのだと嬉しい反面、離れてしまう切なさが心を過ぎる。同じ学校に通いたいと思うこともあったが、いつか研磨に言われた言葉が彼女の心を支えていた。

「私、こんなに誰かのこと好きになったことなんてない」
「なまえ?」
「研磨が私に言ってくれたんだよ」
「そんなこと言ったっけ」

忘れたの?となまえが声を落とすと研磨は嘘だよと言って彼女の背中に手を回した。たった1年、されど1年。高校生と大学生はきっと想像以上に異なるだろうが、この盛大な恋愛を誰が引き裂くことが出来ようか。なまえが目を合わせると、研磨は微笑んで彼女の唇を奪った。彼女のことが好きだと頭も体も、心までもがそう叫んでいる、そんな気がしていた。



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