空気の読める男はモテる




B級隊員とA級隊員が恋愛関係にあり、癒着しているのではないかという疑惑で密かにボーダーは揺れていた。当人たちはそんな話を露知らず、というか菊地原に関しては聞かぬ振りをして通常通りの振る舞いを続けていた。いやでも耳に入るし、こちらをコソコソと見ている隊員がいるのに気がつく。一方のなまえとて知らぬ訳では無いはずだ、と菊地原が周囲を見回すも彼女の姿は見当たらなかった。

2人がこの疑惑の渦に巻き込まれた理由には、なまえが非番の時に警戒区域外で出くわした近界民との戦闘が大きく関係している。逃げ惑う市民を巻き込まぬように戦闘をしていた彼女だったが、倒すには家屋倒壊は免れない状況に陥っていた。近界民の攻撃を受け止めながら街への被害を最小限にする方法を考えてひとつの結論に至る。密集地ではなく大通りへ連れ出すこと。
なまえは誘導するように近界民を引き付けて開けた場所へ向かおうとしたのだが、その間も抵抗と攻撃を続ける近界民は厄介極まりなく、市民の避難が終了しているのかも不明な中なまえは必死に頭を回転させていた。

「何してんの、雑魚相手に」
「菊地原…」
「こんなのメテオラで一発でしょ」
「分かってるけど、ここでメテオラ使ったら更地になっちゃうから、もう少し広い場所へ移したくて」
「あぁ、倒さなかったのはそれが理由か。なるほどね」

同じく非番であった菊地原と偶然共闘することになり無事に近界民は大通りで破壊することに成功したのだが、あまりに息のあった素早い攻撃に、見守っていた市民の1人が“A級隊員による近界民撃退!”というタイトルをつけて生中継したおかげで、本来B級隊員であるなまえもA級隊員として世間に広まることになってしまったのだ。
更に極めつけは普段から仲の良い2人が密かに恋愛関係にあるという噂も加味して、なまえが癒着しているのではないかとボーダー内部で波紋が広がっている。

「お前に落ち度はないが、ここまで噂が広がると少し分が悪いことは確かだな」
「本当に変なことは何もしてないし、あいつとの関係ほとんど誰にも話してないのに、なんでこんなことになると思います?ほんっと信じられないんですけど嵐山さん!」
「まあ落ち着け。みょうじの実力は城戸さんと忍田さんも分かってるさ。菊地原とのことだって、今は噂なんだし」
「実力と信頼の風間隊の菊地原とB級の私、処分されるの絶対私…」

はぁ、と盛大にため息を吐いて肩を落とすなまえが訪れたのは嵐山隊の隊室。時枝は彼女の話を小耳に挟みつつ時折視線を向けるも発言はせず、木虎と綾辻と佐鳥は不在で部屋には3人のみであった。なまえと嵐山隊はそこまで親しい間柄ではなかったが、彼女にとって信頼出来る人間であることは間違いなく、太刀川や出水や冬真のように茶化すことなく真面目に話を聞いてくれるという確信があったので此処へ訪れたのだった。いつ風間に連絡しようかと考えながらも嵐山が彼女の話に相槌を打っていると隊室に訪問者を知らせる音が響き、時枝が立ち上がって応答した。

「ちょっとみょうじ、時枝はまだしも嵐山さんに迷惑かけるのは流石にやりすぎ」
「は?なんであんたがここに……あ!とっきー、さては連絡したでしょ!なんでわざわざ菊地原に…!味方だと思ったのに!」
「少なくとも敵ではないよ。オレたちはこれから防衛任務だから、後は2人で仲良くね」
「てことだ、悪いなみょうじ。菊地原、後は頼んだぞ」

迎えに来た菊地原と共にポイッと外に放り出されて、2人は顔を見合わせる。ため息吐きたいのはぼくの方だと言わんばかりの不満げな彼の表情に、なまえは今日はもう帰るよと背中を向けたが、その手は簡単に捕まった。振り返りはしない。自分が処分されるとしても、菊地原の足枷になるようなことになってはいけない。このまま自ら退陣を選ぶ方が賢明かもしれないとなまえは少なからず思っていたが、それは彼に筒抜けであった。

「こんなことで辞めようなんて思うほどなまえの決意は緩かったんだ」
「は……?」
「ぼくは痛くも痒くもないよ。こんな噂、どうせ根拠もなく流してるだろうしそのうち皆忘れるでしょ」
「そんなの分かってる!あんたには関係ないじゃん」

じゃあなんでそんな酷い顔してんの、と菊地原は口を開く。勿論背中を向けた彼女の顔は見えないが、心音や手の温度からその表情は容易に想像できる。こちらへ向かっている足音がいくつかあるのが聞こえる。恐らくその足音は不在にしていた嵐山隊の3人だろうと予測しつつ、彼は一先ずなまえの手を引いてその場を離れることにした。有難いことに彼女は抵抗することなく菊地原に従っている。離したら逃げる可能性があるので、誰かに会うリスクを考えてもこの手を離すわけにはいかなかった。無論、彼の耳があればそれは難なく回避できるのでさほど問題は無いが。

「で、なんで嵐山さんのとこに逃げたの?」
「……別に。いい人だから」
「質問の意図が分からないってとぼけたいのかもしれないけどバレてるよ。そんなに嵐山さんに慰めてほしかったわけ?」
「本当にそんなんじゃない!私たちのこと知ってる人なんて限られてるし…第一、佐鳥が居たら話してない。あの2人だから相談してたの!」

風間隊の隊室は電気がついており風間が居たような形跡があったが今は不在のようで、人の気配はなかった。閉まった扉を確認して菊地原が口を開くとなまえは居心地が悪そうに素っ気なく答える。しかしながら嵐山に相談されるとは思わなかったというのが正直な菊地原の感想だった。
SEの関係で懇意にしている影浦や、SHとして憧れているという那須が相手なら彼も納得したのだが、2人の関係を知っているという以外で関連性のない嵐山のところに行ったのがどうにも腑に落ちなかった。であればその相手は風間で問題ないはずだし、2人の仲を仲裁しつつ対策を考えるという意味でも風間の方が適している。

「へぇ、じゃあこれから何でも嵐山さんに相談すれば?風間さんより信用できるんでしょ」
「はぁ?!何言ってんの?」
「なまえこそ何言ってんの?さっきから」
「いい加減にしろ。お前たちの誤解は解いておいた。動画も消えているはずだ。これ以上見苦しい痴話喧嘩をするな」

突然現れた風間隊の隊長に硬直し、2人がブリキのようにギギギとゆっくり声の方を振り返ると、呆れ顔の風間蒼也が仁王立ちしており、その後ろに目も当てられないといった表情の歌川がいた。状況が飲み込めずぱちくりと瞬きをして互いに目を合わせると、はぁ、と風間のため息が聞こえて2人は再度そちらへ視線を向けた。

「お前たちはそもそも今回の戦い方で評価されている。何をそこまで事を大きくする必要があるんだ」
「え…?評価…?私が…?」
「ほら、だから言ったじゃん、皆こんなこと気にしないって」
「いやいやあんた絶対そんなこと言ってなかったからね?だいたいそっちが…」

再びいつもの調子で言い合いを始める2人を横目に歌川へ何とかしろと言いながら風間は部屋を出ていこうとする。残された彼は念の為伝えなければと思い、あれでもないこれでもないと言い続ける2人に声をかけて風間の後を追おうとした。

「忍田さんが2人の関係は追及の必要なしだと言ってた…って、あれは全然聞いてませんね」
「放っておけ」
「まあ、喧嘩するほど仲がいいってやつですか」
「仲が悪いよりも良い方が任務が円滑に進む、というのが上層部の判断だからな。行くぞ歌川」

2人を置いて風間と歌川は隊室を後にしたのを見計らって菊地原はなまえの手を取ってそのまま彼女を壁へと追いつめる。何、と不満そうに唇を尖らせるなまえに顔を近づけると、驚いたように目を見開くので逃げられないように顎を固定する。

「さっきの歌川の、聞いた?」
「何それ」
「ぼくたちのこと、お咎めなしだって」
「え?そうなの?」

うん、だから何も問題ないよと菊地原はそっと彼女の額に唇を寄せた。ん、と目を瞑るなまえに対して、その顔は絶対期待してるじゃんと笑うので彼女は頬を膨らませて菊地原の肩を叩いた。




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