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>早流川戦は両者の体力を大きく削る試合となり、研磨も必死に足を動かしてボールを繋いだ。ボールを落とした方が負けるバレーボール、決してそれを途切れさせるわけにはいかない、と足を踏み出し腕を伸ばす。黒尾、猛虎、リエーフ、福永、海が研磨の上げたボールを相手コートへと打ち込む。そろそろ決まってくれと願うのは彼らだけではなく、スタンドで見守る彼女たちも固唾を呑んで見守っていた。
研磨は動きながらも早流川の狙いは見抜いており、自分の体力を削られていることを感じてチームメイトへと作戦を展開する。
「狙われてる気がする」
「え〜?研磨くんが?」
「うん、ラリーが続いてるように見えるけど、あれは多分研磨狙いだと思う」
「なまえの言ってることはあながち間違いでもないかも。解説聞いてたら、早流川の監督は猫又監督の教え子らしいから、セッター潰しを考えても不思議はないかな…」
え〜!?という友人の声を耳に入れながらなまえは背番号5を目で追いかけた。乱れたボールを必死に追いかけている姿は珍しく、なまえはその姿に目を奪われていた。話を聞いていないようにも見える彼女の様子に、友人2人はこっそりと目を合わせて肩を竦める。
自分が敢えて動かされていることを察知出来ないわけがない、相手はあの策士研磨なのだ、となまえは彼の動きを注視していたが、彼女の目には追い詰められた1人の選手にしか見えず眉をひそめた。
しかし2回目のタイムアウトで音駒の空気が変わったことを悟れない3人ではなく、互いに視線を合わせて微笑んだ。
「研磨くん、どんな策にしたのかな」
「バテバテなのに大丈夫なの…」
「なまえは研磨くんのことになると途端に過保護だよね」
「あはは、研磨くんだってなまえのことになったらそうなんだから、お互い過保護くらいがちょうどいいわ〜」
そう言う友人がその時丁度夜久と同じようなことを言っていたというのを知り、やはり恋人同士気が合うと盛り上がったのは後の話。試合が再開しコートへ向かう研磨の背中からは覚悟が感じられる、となまえは思った。疲れていることに違いはないが、先程とは違う雰囲気を纏っている。
「研磨くんのことガン見してる」
「…だって、気になるし…」
「も〜なまえ、今更照れないでよ〜。あ!衛輔かっこいい〜!」
「にしても見てる方がしんどい試合だね。鉄朗も疲れてるし、研磨くん本当によく頑張ってる。どうにか突破口を…」
3人が祈る中、研磨は想像以上に執拗い早流川の粘りに苛立ちを隠せなくなっており、それはスタンドにも微かに届いていた。なまえは研磨の様子をただ見守ることしか出来ないことを歯痒く思いながらも、彼が一生懸命バレーに取り組んでいる姿を見て心が苦しくなる感覚に陥った。涙が出そうだ、と視線を背けようとした瞬間、黒尾のスパイクが決まり音駒が均衡を破った。
「鉄朗……!」
「ちょ、まだ試合終わってないから!ちゃんと見て!も〜、2人ともしっかりして〜!」
「ごめん、ありがと……」
そして3人がコートへと目を向けた時、研磨がふわりとボールを上げていた。まるで時が止まったかのようにしなやかなセットアップは、激闘を繰り広げていたとは思えないほど丁寧で、なまえは思考を停止してその動きを見つめていた。
「か、勝った……」
「なまえ?生きてる!?」
「う……うん。招平が決めた、ね」
「ダメだこりゃ〜、2人とも放心状態」
その2人を置いて、彼女は階段を降りてあかねとアリサと喜びを分かち合いながら夜久に手を振った。黒尾と研磨も顔を上げたが、2人の姿がないことに首を傾げつつ下がってしまったので彼女は再びあかね達と会話を始めた。
「烏野と、試合できるのかな」
「出来るよ。翔陽はすごいからね」
「ふふ、なまえ、今の研磨くんみたいな台詞」
「そう?そっちこそ、きっと黒尾と同じこと考えてるよ」
彼氏と彼女は似てくるという話は信じ難いが、詰まるところそうなのかもしれないとなまえはスタンド下であかね達と楽しげに話す友人の姿を見つめた。彼女は夜久と同じくらい心が強く元気で、いざと言う時に一番頼れる。似ていないようで、似ている面も多いのかもしれない、となまえは研磨の顔を思い浮かべた。
「研磨、お疲れ様」
「あ、いた」
「え?何?」
「さっき、いなかったでしょ」
さっき、と彼が差したのはおそらく試合終了後の挨拶のことだとなまえは直ぐに察した。あまりに感動して椅子から動けなくて、と苦笑しながら伝えると研磨はへぇ、とニヤリと笑うのでその意味ありげな笑みに彼女は目を逸らした。先程まであんなに必死でボールを追いかけていた人物とは思えない、となまえが彼の後ろに腰を下ろすと、今日はまだいるの?と問い掛けられる。
「帰っても勉強できる気がしなくて」
「なまえ、烏野の試合も見てた?この応援ってずっと?」
「うん。応援で会場の空気を掴んで流れを持っていくのも稲荷崎の強さの一つだよ」
「相変わらず博識だなーなまえ」
「稲荷崎は派手だから有名でしょ。そんなこと言って黒尾もある程度知ってるくせに」
研磨は隣の黒尾をチラリと見て弁当を頬張りながら烏野と稲荷崎の試合へと視線を向けた。なまえの言う通りだ、と応援をコントロールするサーバーの宮侑の姿を見て怪訝な顔をした。こんな強豪と2回戦で対戦するなど、流石は烏野と言うべきかと彼は思いながらコートを駆け回る10番の姿を目で追いかけた。
「なまえは烏野見てく?」
「それが迷ってて……」
「いやいや、見るでしょ!稲荷崎は中々見れないよ〜!?帰っても絶対やる気起きないって!決着見てから帰ろうよ〜!」
強豪好きが思いっきり出てるよと2人は笑って大人しくその場に留まることにして目の前の試合に意識を向けた。2セットは完全に稲荷崎の流れで、主将北が緩んだ空気を一喝したような雰囲気すら感じる、となまえがパラリと選手一覧に目を向けると、それを覗き込むモヒカン頭に気がついた。
「猛虎?」
「いや、1番って何モンかなと思…って……!!す、すんません……!!」
「急に何。いいよ、見てほら」
「北くんといえばさ〜、今までもレギュラーじゃないんだよね〜。戸美の沼井くんとは違うタイプの控え。でもそれで主将だから、只者じゃないよ〜!」
身を乗り出して得意げに語る友人に頷きながらなまえはコートへと視線を落とす。研磨たちも彼女の見解を耳に入れながら稲荷崎の1番を気にかけていたが、どうしても彼らは烏野に意識が向いていた。なまえは依然北の様子を見ていたが、そこには年中控えに収まっている選手の空気感はなく、宮兄弟を含め何故か稲荷崎の周囲は彼の見えざる手によって背中を押されているようにも見えた。しかし3セット目が始まる際にコートの中に彼の姿はなく、再び控え選手として後ろに下がっているのを確認してなまえは友人に向けて口を開いた。
「ねえ、北って本当にずっと控えなの?」
「うん。そうだよ〜。多分、稲荷崎の中にいるとバレーに関しては埋もれちゃうんだと思う。でもあれは完全に…」
「まさに主将の器、ってやつか」
「あ〜!なんで黒尾が言うの〜!良いとこ取り〜!」
何が、と研磨が迷惑そうにちらりと後ろを振り返るのでなまえは猛虎と顔を見合わせて苦笑した。
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