それぞれの戦後
領主に収まった曹操はブログで戦勝の自慢話を書き連ねる。
その速きこと風の如し
静かなること林の如し
侵略すること火の如し
動かざること山の如し
有名な孫子の兵法には続きがある。
戦を始めるのはイケメンに誘われたときの処女の如く
始まっちゃったら脱兎の如く
曹操は孫子の兵法に恐ろしく通じていた。
そして、敵とメタボ将軍の性格を読み切った軍師郭嘉や、寄せ集めの兵をまとめ戦闘を勝利に導いた将軍夏侯惇といった個性爆発の強力メンバーに恵まれてもいた。
ともかく1国1城の主に収まった元ヤンキー曹操は平和を満喫し、ブログの執筆を楽しみ、部下に読ませて称えさせたりしていた。
殺人、放火、窃盗、性犯罪者は処刑。
曹操の方針は街を意外と発展させた。俺、スゲー政治家かも知れねー。曹操はブログにそう綴った。
その頃劉備はヒモニート生活を続けていた。劉備の女の実家は豪商だった。失業中だったが子供ができてしまった。
豪商の娘は教育の成果か、商売をしながら子育てをし、けして裕福ではないが、明るい家庭を築いていたようだ。
特筆すべきは、このとき粗大ごみと化した劉備を彼女が養い続けた点だ。
武将になりたいと言いつつ仕事のない劉備。
金も仕事もなくても平然と国家の先行きを案じるその雄姿。
やはりひとかどの人物だったと言わざるを得ない。
劉備の奥さんは
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