穴の底
▼▲▼
「やだ馬鹿ハゲやだ!!」
「やだの間になんで馬鹿とハゲ混ぜた?! いや、ば、お前が馬鹿だろうが!! 一発アウトだよこんなん! 収監じゃすまねえぞ! いっそ殺せ! 死体ならなんとか出来るから!」
「これは俺の人間だから罪には問われません!」
「そんな制度日本にはありません!!」
これはミカエラがドアを開けた瞬間に雪崩れ込んできた音の一部だ。弟が泣いて抵抗している。とりあえず話を聞く前に弟に加勢しようかと思ったが、その腕に抱かれたのが真っ青になって意識を失っている子供だと気付いてしまった。今回の件は、愚兄に軍配が上がるらしい。
「いつでも飲んでいいって言った! くれるって言った! 俺のもんだもん!」
えんえんびえびえと泣き喚く言葉をかき集め集めれば、つまりは幼児の戯言を本気にしたということだ。トオルは最近になって能力が目覚め、独り立ちすると張り切っていた。賢弟だ。とてもかわいい。
しかし慣れない能力を上手く使えず、気がつけば夜が終わり忌々しい太陽に出口を塞がれ路地裏の闇で立ち往生してしまったらしい。とても可哀想だ。努力家なところが仇となった。なぜ私の下僕持って行かないんだ、いくらでもあげるのに。
それをそこの幼児は自らの身を捧げ窮地を救ったのだという。なんと献身的な家畜なのだろう。人間はそういう精神を大事にして繁殖するといい。
「俺が返しに行くから渡しなさい!」
「やだ触んなハゲジャンケン!! 俺の人間ー!」
「お前俺のこと心の中でハゲジャンケンって呼んでたの?! 普通に傷つくわ止めろ!」
「おい、愚兄」
「なんだ兄ちゃん今大変なんだけど!?」
「それ、ほとんど息をしていないぞ。グールにした方が良いのではないか?」
「あ゛――――!!!?」
「ま゜――――!?!!」
あ、グールにする気はないのか。うっかり吸い過ぎたようだな、あわてんぼめ。
微笑ましい気持ちになりながら、足がつかないようにと隣の隣の町の病院に下僕を使って送り込み、愚兄による19時間に及ぶ説得の末に手元に置くことだけは泣く泣く諦めたらしい。あの人間の義父だという吸血鬼はなかなかにしつこく、無差別の報復が面倒だったというのもある。そのせいで私の下僕の2割が消滅したし、愚兄はじゃんけん相手を求めて新横浜へ引っ越した。
あれから少し時間は経ったが、まだ可愛がっているようである。私にも経験がある。はじめて飼った人間には愛着が沸く。そういうものなのだ。
▲▼▲