○11


何がなんだか分からないうちに犯罪者にされた。

俺はやっていないと言っても、誰も信じてくれない。お前が大釜を落としたんだろうとか、いつかやると思っていたとか。俺のことを知らないはずの人も俺が悪いという。頭の中がぐちゃぐちゃして、言葉が上手く出てこない。
とりあえずこれだけはやらなきゃと、10歳の誕生日に貰った『なんでもいうこと聞く券』を引っ張り出して母さんに出した。

「ミョウジ先輩に言わないで、ぜってえ心配するから、これ以上俺の事で心配かけたくない……!」

ミョウジ先輩、優しいから。めんどくさいとか、嫌だなあとか、そういうんじゃなくて、俺の事心配しちまう。
母さんにガキみたいに宥められながら、「俺、なにも悪いことしてねえよ」と言うと「知ってるよ。何年あんたのママやってると思ってんのよ」と笑われる。俺、自分が良い子じゃないこと分かってるんだ。喧嘩ばかりしてたし、頭も悪いし、カッとしたら考えるより先に殴ろうとしちまう。悪いやつなんだ。でも、最近は、ほんとに、毎日たのしくて。学校も、ちょっとたのしくなって。

バチが当たったのかなあ。ずっと悪いことしてたから、神さまとか、そういうのが怒ったのかなあ。


スマホは警察の人に持っていかれて、ミョウジ先輩と連絡も取れない。自宅待機って言われて家からも出ちゃダメだと言われた。
俺のことを調べてくれる警官は「君がやっていないと言うなら、僕は君を信じるよ。必ず無実の証拠を集めてくる」と言ってくれた。母さんも「真実はいつもひとつって言うじゃない? 漫画のセリフだったっけ」と軽く笑ってた。
俺はずっと膝を抱えて、自己嫌悪でぐちゃぐちゃになってた。もっともっと小さいガキの頃みたいに、なんにも考えなくても毎日楽しかった時みたいに生きられたら良かったのに。でもそうしたら、ミョウジ先輩には会えないのか。それは嫌だなあ。

どれだけそうやって過ごしたかわからなくなった頃、玄関先で母さんの「やったー!!」という声が聞こえた。「デュース!! 無罪!!! 真実はいつもひとつ!!!」はしゃぎまわった母さんに引きずり倒されて玄関に行くと、少し疲れた様子の警官が立っている。「確かな証拠を手に入れることが出来ました。貴方に犯行は不可能です、貴方に罪はない」ハキハキとした声がぼんやりとした頭にもよく響いた。

「おれのこと、信じてくれたんですか」
「もちろんです。貴方は僕に「やっていない」と言った。だから信じました」
「おれがうそを、ついたかもしれない、です」
「例えそうだとしても、本官は貴方を信じます。貴方を信じる人が、すぐ側にいるのですから」

そうだ。母さんはずっと俺の事を信じてくれた。この人も、俺を信じてくれた。
俺みたいなやつでも、信じてもらえるんだ。ああ、いいな。俺もこういう風になりたい。


詳しいことは保護者が話を聞くということになって、母さんは警官と一緒に警察署に行った。「面倒かけてごめん」って謝ったら頭を軽く叩かれて「何が面倒よ。こんなの親の特権よ」と笑われる。久しぶりに自由に外に出ていいって言われて、何も考えずにバスに乗ったらミョウジ先輩のよく泳いでる海に辿り着いた。もしかしたら家で休んでるかもしれないけど、ここにいるかなんてわかんないけど、浜辺に座り込んで水平線をずっと見ていた。
もし、ミョウジ先輩に会えたら、どうしようかな。言いたいことは沢山あったのに、何を言えばいいのか分からない。会いたいなという気持ちと、会いたくないなって気持ちが同じくらいある。はっきりとまとまらないまま、茜色の空を見ていた。あの日の夕日もこんな色だった。
波打ち際に人が立つ。俺の元に真っ直ぐに向かってくる、刺青の入った肌。この人にとって俺は、有象無象じゃないんだなと思って嬉しくなった。俺を見つけたら俺のところに来てくれるくらいに、意味のある関係なんだ。

あのね、ミョウジ先輩。俺、夢が出来たんだ。バカみたいだろ。あなたが俺を否定しないって、分かってて言うんだ。甘ったれてんだ。ごめんなさい。













ミョウジ先輩は俺が事件に巻き込まれたなんて知らないし、俺も無かったことにしていた。だからといって本当にそれが『無かった』なんて事にはならないって、何故かわかってなかった。
誰かが俺に罪をなすりつけようとしたってことは事実だったのに、油断した。

学校終わり、いつもつるんでる奴らとも別れて駐車場にマジカルホイールを置いて、誰かに肩を叩かれた。覚えてるのはそこだけ。
口の中が血の味だし、奥歯が欠けてるからたぶん殴られた。

「スペード、覚えてるかあ」
「…………誰だよ」

見たことがある気がするけど、覚えていない。俺の答えが気に食わなかったのか、髪を掴まれて床に叩きつけられた。手が縛られてる、床が少し柔らかい、動いてる。車の中だ。

運転席から「あんま触んなよ、証拠残るぞ」と下品な笑い声が聞こえる。この声は知ってる、前の番長だ。ミョウジ先輩に突っかかって、一発で沈められたやつ。

「デュースちゃ〜ん、海と山どっちが好き?」

こいつら、喧嘩をする気は無いんだな。それだけはハッキリわかった。まともな奴の眼じゃない。


「海」

「素直にこたえるじゃん〜!! じゃーそこで死のうねえ!!」

ゲラゲラと笑う元番長と、俺を睨みつけてる男。ああ、そういえばこいつ、あの時俺を囲って鉄パイプでぶん殴った奴だ。

「なんで」

たった3文字の言葉にどれだけ憎悪を乗せるんだよって声で、男が言う。俺はお前の名前も覚えてないのに、なんで憎んでるんだよ。囲んでボコろうとしたのはお前らの方なのに、なんなんだよ。


「なんでお前なんかが楽しそうに生きてんだ? 笑ってんじゃねえよ、ずっと底辺這いずってろよ。俺と同じことをしているだけの癖に、なんでお前だけ認められてるんだ」

「……ふ、ははっ」

「何笑ってんだよ!!!」
「触んなつってんだろ!! てめえも殺すぞ!!!!」

頭を殴られて意識がぐらつく。こんな笑い話があるか。こいつ、俺が楽しそうだって。俺が認められてるって。ちょっと前の俺と、同じことを言ってる!! こいつ、あの時の俺の成れの果てだ!!
あのまま、ミョウジ先輩にも会わず、誰ともつるまず、一人で生きれるって意地をはった俺の、結末だ!!


「お前、誰についてくか間違えたな。かわいそうに」


もう一度頭に衝撃が走って、意識が真っ白になった。馬鹿なヤツ。俺は間違えなかったから、何も怖くないんだ。だって俺は信じてる。ミョウジ先輩は、俺が助けてって言ったら、助けに来てくれるんだ。


「(ミョウジせんぱい、たすけて)」














遠くから、ミョウジ先輩の声が聞こえる。口が熱い。しょっぱい。波の音より、ミョウジ先輩の呼吸の音の方が近い。呼吸が苦しいよりも、あれが欲しいって思った。こんなに近いなら、俺のものでいいよな。

両手にミョウジ先輩の濡れた髪の感触がする。日に焼けた肌が熱い、口の中が寒い、これが欲しい。唇を食んで、熱い口内に舌を入れる。先輩の熱が俺に移ればいい、俺の中の冷たいものを飲み込んで欲しい。海水でしょっぱいはずなのに、少し甘い。ミョウジ先輩の味だ。


「へへ、おれ、ミョウジせんぱいと、ちゅうしちゃった」


そこから先のことは、正直覚えてない。俺の証言で犯人は2人とも捕まったらしいけど、そんなことよりもなんで俺はあの時、ミョウジ先輩とちゅうがしたかったんだろう。そっちの方が俺的に問題で、でも答えが出ないから考えるのはやめた。
過ぎたことを考えても無駄だし、俺にはやらなきゃいけないことが沢山できた。

夢が出来た。
尊敬する先輩が出来た。
信頼してもいいなってダチも出来た。
学校も行けている。



…………あいつには何も無かった。
俺に同情されるなんて死ぬほどムカつくだろうけど、いつかあいつにもミョウジ先輩のような、母さんみたいな、あの警官みたいな、誰かが傍にいてくれるといいなって、そう思うんだ。


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