○8


正直、エース・トラッポラというクラスメイトの事はあまり好きではなかった。


いや、これはトラッポラが悪いとかじゃなくて完全に俺の個人的な感情所以なんですけどね。デュースがマブと言ってるあたり、良い奴なんだろうなってことはもちろん分かってる。
生まれてからずっとデュースという幼なじみとなんとなく人生並行して生きてきたけど、あいつもあいつでいろいろやらかす方だから、たぶん世話をかけてるしそれを許してくれるくらいには優しいやつなんだろうなって分かってる。分かってるんだけど、本当に申し訳ないだけど、ミドルスクールの時に俺に嘘告したやつと似すぎてんだよな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 申し訳ねえ〜〜!トラッポラ無罪〜〜!!

顔は全然似てないけど、このグイグイくるタイプの陽キャ感がね? 俺みたいな道端に落ちてるタイプのオタクにもわかんないなりに理解を示そうとしてくれる感じがね? 似てんのよ。そうなの、あいつも友達でいたあたりは良い奴だったんだよな。俺を玩具にしようとしてたから実際は良い奴じゃなかったけど。

もう完全にトラッポラに関係ない部分での苦手意識なので、せめて相手には悟られずに嫌な思いをさせないよう清らかに生きよう。オタクの良いところは清らかさだけだから……って思ってたのに、偶然ペアを組んだ時に限って大釜が事故って調合中の薬がトラッポラの顔面にビシャー。俺うわー。
それが惚れ薬だったうえに、トラッポラの解除薬拒否でいろいろあってエース・トラッポラ攻略RTAがはじまったってワケ。解除薬、飲むと八割ゲロ吐くくらいまずいから拒否はわかる。全部飲むまで効果ないしね。

トラッポラ。もとい、エースの薬の効果がきれるまで仲良く恋人っぽいことをしようという提案に乗ったのは「ゲームみたいなもんだし」というオタクにだけ刺さる挑発に乗せられたから。寮で掻き集めたギャルゲーを徹夜で崩して攻略法調べて、個人情報も抜けるだけ抜いて、今の俺はエースの家族構成からミドルスクールの時に付き合ってた彼女の今すらわかる。ここまで調べたあとに「やっべ実際の人物にやったら攻略情報じゃなくてストーカーだわ」って気付いたのでまとめた紙は燃やした。やっぱ物理処理が一番的確よ。手書き+焼却。これ最強。

ゲームだってフィルター1枚被せたらなんでも出来るから便利。俺は主人公でエースは俺のことが大好きなエンディング間近の攻略対象。ミドルスクールの時の嘘告とは違って、俺の目の前で起こった事故だし。惚れ薬の効きが良かったせいか、エースは何言うにしてもまっすぐ言ってくれるし嬉しくても悲しくてもわんわん泣いて、なんか普通に絆されてきた。
薬のせいで、むしろ薬のおかげで、エースの言葉は全部ホンモノになってる。俺のこと好きな人がいてくれるって嬉しいなって思った。嬉しいと優しくしたくなる。俺はちょろい人間だから、好きって態度で来られると好きになっちゃうんだよなあ。全部ニセモノのってはじめからわかってんのに、同じこと何回も繰り返すから愚か。


「はいオレのかち!」
「うっそ、久しぶりにプレイしたやつに負けた……」
「ハメ技教えてくれてせーんきゅ[V:9825]」
「口が滑った〜〜! 戦いの中で強くなるな〜〜!」

はじめはかちこちに固まってたくせに、今では全体重を俺に預けて座椅子にしている。俺も途中で気づいたよ。アレ? これ普通のカップルでもあまりしない姿勢じゃね? って。いやでもコントローラーの配置教える時横からとか無理だから……効率をとるとこれが一番で……。誰に言い訳してるかわかんないけど、正直プレイ中半分パニクってた。この俺としたことが……スマブラで負けるなんて……。

「罰ゲームどうしよっかなあ」
「ええ……なに求められるの……」

マドルは少ししか出せませんよ? と冗談を言うとじゃれるよう肘鉄を喰らう。やさし、デュースなら丹田に鋭角で突いてくるぞ。あいつ俺のこと無敵効果中だと思ってる節があるから。

「マジカルプリンセス? あれみる時もこのままでいて。ナマエ、オレの椅子な」
「えっ7時間これ!?」
「何時間見せる気だよ、外泊許可貰ってないからそんなに見ねえし!」
「ええ耐久マジプリ会しよ〜〜」

一期は伝説だけど二期から盛り上がり凄いし劇場版も泣けるから……! と言い募ろうとしてやっべーー害悪オタク仕草〜〜〜! と気付いて口を噤んだ。やばいやばい。推しの押しつけは推しに対する悪感情を付与する原因となります……布教はそよ風の如くさわやかに……初心忘れるべからず……。

「……の、?」
「んん?」
「……て、いいの」
「聞こえない、どした」

突然ボソボソと小さく言うから覗き込むように耳を寄せる。こいつ体温高いなあ。

「外泊許可もらってきたら、とまっていいの?」
「いいよ。てか泊まってくれると思ってたからあいつら全員談話室で雑魚寝だったし」

同室者三人が「キャンプ動画見て予習するから十日前に申告してくだされ!」「似非リア充!」「ナマエ氏の裏切りもの! 冥府に堕ちな!」と元気いっぱいで出ていったのはそういう事だ。俺たち底辺の方にいるオタクは、遊びに行くというと徹夜でアニメ鑑賞かゲームが普通なので世間もそういうものだと思い込んでたんだな。そうか……でも時間って基本足りなく無い? どうやってんの陽キャたち。


「明日、休みだし。ちょっと申請してくる。着替えとか、いろいろ必要だし」
「嵩張るでしょ、服なら俺の貸すよ」
「……ありがと。借りる。行ってくるから、鍵空けといて」
「おっけー。じゃあ適当にいろいろ出しとく」
「ん」

エースが立ち上がって、今までくっついていた分ちょっと寒い。ふわっと、匂いがした。


「行ってくんね。オレのこと、待ってて」
「まってる」

幸せそうにはにかんで軽快に去っていく背中。あーー、エースって恋をするとこういう顔するんだなあって100万回思ったことを100万と1回改めて思う。あーーーーーーーーーー。







嘘ってのが嘘だったんだよ。信じてよ。なんでオレのこと見てくんねえの。ひでえのはナマエの方じゃん。オレのこと好きって言ってくれたじゃん。うそつき。うそつき。

匂いって最後まで記憶に残るんだって、オレのこと忘れんなよ。絶対絶対忘れんなよ。




そう言って人の部屋に泣きながら自分の香水ぶちまけた男のこと、思い出しちゃった。いい匂いでも一瓶はさすがにやばくて、俺自身も全身あの香水漬けみたいな匂いになったし、放り捨てられた瓶も呪われてそうで怖くて暫く部屋に封印してたっけ。

匂いが記憶に結びつくって、本当だったんだなあ。


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