10
▼▲▼
「サムさんとこいって香水買ってくる」
「匂いに固執するなよ、勝機を見失うぞ」
「匂いには違う匂いをぶつけるしかないんだよ……! オレで塗り替えてやる!」
「なんの戦いだこれ?」
首を傾げたデュースが机の引き出しを開けておもむろに1000マドルを手渡してきた。お前、まさか……。
「微力だけど、カンパ」
「マブ〜〜……」
「抱きつかないでくれ……」
オレの親愛ハグをありがたく受け取れ。いつかこの恩は返すからな……ぜってえオレより恋愛関係地獄になりそうな顔してるから、もしもお前に好きな人ができたらいい感じに場をセッティングしてやるし、デュースの良いところ吹き込んでやるからな……。
売店で「この香りと真反対でオレに似合う香水一丁!」と頼んだら、「OK! おすすめはコレ!」と出されたものを試しもせずに買う。オレは今後の人生でコレしか使わねえからな! 3万マドルってマジ? 売店で売るなこんなガチのやつ。泣きそ。
鏡で移動して、イグニハイド生が「ぴん」「ひゅ……」と避けていく中を駆けていく。一度行ったからもう覚えた部屋にドアを殴るようにして飛び込んでナマエのベッドにジャンプ。
「うわーーん!!」
「うわああ?! なに!?」
「おら!!」
「待ってほんとなに!? なんで俺のベッドになにか噴射してんの?? なに……薬?! なんなの言ってよぉ!」
オレの、オレの3万マドル……!! お前……ほんと、ほんとぜってえ忘れんなよ、これがオレの匂いだからな……!
「貯金の中身がごっそりいった……」
「少し目を離した隙に何があったというの……?」
「オレのつけてた香水、やな思い出だったんだろ」
「……デュース?」
「オレがいる時に他の男の名を出すなとあれほど」
「ごめんごめんごめん! 怒んないでえ!」
強めに叩いてやろうかと思ったけど、やめた。首筋に香水をかけて、ナマエの頭を掴む。そのまま腕で抱き込んでぐりぐりと擦り付けた。
「惚れ薬の効果消えても、覚えといて。ナマエのこと大好きな時のオレの匂い、これだから」
「え、えっ、あの、ひょえ……」
「お前のこと大好きなオレのこと、オレは忘れてもナマエは覚えといてよ」
「恋愛ヤクザ……」
我ながら酷いこと言ってんなってのはわかるよ。でも仕方ないだろ、これってニセモノなんだから。二人で調合して魔力を注いで出来た結果だから、ナマエがトロトロ混ぜてたせいでこんなことになったんだから、オレも苦しむからナマエも苦しめばいいんだ。
『二人初めての共同作業です』ってやつ、オレたちの場合あれになるんだなって思ったらちょっと笑えた。首元で「泣くなよう」ってナマエの声がする。くすぐったい。泣いてねえし、笑ってるし。
オレが引き寄せたせいで近くにあるナマエが『困ったなあ』って顔をしてる。朝露に触れるような手つきでオレの目元をゆっくりと拭った。手が冷たくて気持ちいい。
「アニメ、見る。つけて」
「お、おう」
妙な動きでリモコンを持ったナマエは配信サービスの画面を開いていた。「座って」「ひゃい」座らせて、その間に入る。遠慮なく体重を預けて、ナマエが用意したらしいポップコーンの袋をあけた。ペットボトルのお茶も何本か近くにあるからたぶんオレの。貰う。
「身体かたいじゃん、緊張してんの」
「いや、そりゃ、ね?」
「座り心地悪いからリラックスして」
「無理難題〜〜〜」
ナマエの口にポップコーンを突っ込んで、耳元に響く咀嚼音を聞きながらテレビ画面を眺めていた。きらきら可愛い女の子の絵が動き回って、たまにナマエが鼻歌でうたってるふんふんふーんはこの曲だったんだなって気付いたりする。ハコオシちゃんって誰だろ。
映画になるくらいだから人気なんだろうとは思ってたけど、確かに話は普通に面白い。基本は友情・努力・勝利で、そこにマスコットキャラクターの抱える闇とか、本当の敵は……とか。考えられて作られてるんだなってのはよくわかったけど、長い。オレ、アニメこんなに一気に見れねえよ。わかんねーもん。どうしよ……って思ってたけど、電気を消した部屋の中で、テレビの画面からの光で、ナマエの顔がきらきらしていて、それをじっと見ていた。
本当にこのアニメが好きなんだろうなってのが一発でわかる顔。画面の中の女の子が笑うと、ナマエも笑って、画面の中の女の子が悲しむと、ナマエも悲しい顔をする。好きなものをみてるナマエの顔から目が離せなくなっていた。いいなあ。オレを見る時もこういう目をしてくれたらいいのに。これだけあれば幸せだって顔、してくれるといいのに。
いつまで見てたか、気付いたら寝てたらしい。ナマエの声がして、優しく身体を揺すられているのに気付いた。気付いたけど、寝たフリをする。
「エース、エース、飽きちゃっただろ。ごめんなあ」
飽きたわけじゃないんだけど、眠かったから寝たってだけだし。ナマエが謝る必要ないだろ。オレが見たいって言ったやつ、途中で寝落ちしたんだから悪いのはオレだし。でも一気に全部見せようとすんのは、オレ以外にやったら引かれるからやめた方がいーよ。
「いけるかな……」
後ろからぎゅっと抱きしめられて、目が開きそうになった。慌てて寝たフリを続けて、身体の力を抜く。ベッドを背もたれ代わりにしていたナマエがオレをベッドに引き上げて後ろに倒れた。そのままごろりと横に転がされる。全然スマートじゃねえの。すっごい力技じゃん。笑いそうになって、そのままうつ伏せになった。
ひと1人持ち上げて限界だったらしいナマエがひーひー言ってる声がする。ぶ、無様……。
しばらく呼吸を整えたあと、オレの背中までタオルケットを掛けてくれて「おやすみ、エース」って優しい声がした。いいなあ。オレが惚れ薬とか関係なくナマエの事が好きで、ナマエもオレの事が好きになってくれてたら、ずっとこういう感じなんだろうな。
いいなあって、ありえない事を羨ましがって、ナマエの呼吸が寝息になった頃に横を向いた。
すぐ近くにナマエの顔がある。口を少しあけた間抜けな顔。唇を触るとむにゃむにゃ言って口を閉じて、また少したつと少しだけ唇がひらく。おもしれぇの。
にやにやしながらつついて、じっと見て、いいなあって思って、
『あ』って思った時に、勝手にキスしていた。
あーあ。あーーー。
あーーーあ…………。
唇を合わせるだけの、子供向けのキス。ナマエがむにゃむにゃ言い出すまでの、長い長いキス。
あーーあ。
一線、超えちゃった。やっちゃいけないことしちゃった。あーーーあ。
起きたら解除薬飲んで、全部消そっと。それまでは、それまでは、薬のせいだから。後で全部笑い話にして、嫌われるなりなんでもするから、今だけは、全部薬のせいだから。
ナマエの手に指を絡めて、恋人繋ぎって笑って、目を閉じた。
左手の薬指、黒い石のついた指輪。明日からこれ、宝物からただの装飾品に成り下がるのかな。これだけは、一生価値のあるものでいて欲しいなあ……。
▲▼▲