12


「持ってきた!」とオンボロ寮に帰ってきたデュースは、肩にナマエを担いでいた。なんて言うんだっけ、レンジャーロール? オレ、呼んできてとは言ったけどまさか持ってこられるとは思ってなかったわ。
目を白黒させて「ひーん、なに? 虐め? おばさんに言うからな!」と叫んでるナマエに「その気がなくなるまで走り回ってやろうか」と笑うデュース。なにこの距離感。お前マジでふざけんな。オレの恋がホンモノって確定したとあれほど、あれほど、

「近い! 」
「ぎゃあ! 優しくおろして怖い!」

無理やり引きずり下ろそうとしたらデュースが慌ててしゃがんで、床に転げ落とされたナマエが叫んでる。元気じゃん。いけるな。ポケットから瓶を出して突きつけてる間に、監督生たちはコソコソと部屋を出ていった。外側から鍵をかける音が小さく響く。

「飲んで」
「なんなのぉ!?」

わけわかんねえだろうに素直に受け取るから、ナマエって本当に「これ毒、飲んで」でも飲んでくれそうだな。

床に座り込んで怯えてるナマエにしゃがんだまま目を合わせて「こっち解除薬」と10本くらいの瓶を床に並べる。

「え、これだけ飲まないと解除されないレベルの猛毒?」
「んーん、吐くから」
「そんな不味いの!? ええ〜やだなあ、なにこれぇ」
「惚れ薬」
「なんでぇ」

なっさけない顔。困ってて、どうしようってなってる顔。こんなのでも、可愛いなあって思っちゃうからオレはもうダメになってんの。オレばっか泣いてさ。オレばっかナマエのことが好きでさ。
てか、最初からずっとじゃん。解除薬飲んでも意味が無いってなっちゃったら、単にオレが最初からずっとナマエのことが好きで好きで仕方なかったってだけじゃん。同じ大釜で作業してたのに、酷くねえ?

「良いから1回飲んでオレに惚れてみろよ」
「ええ……傲慢……」
「これで飲むんだ?」
「だってたぶん効かないし」

へぇ、効かないんだ。
困った顔しながらなんの戸惑いもなく一気飲みするから、こいつどんな精神力してんだよって笑えた。さすがデュースの幼なじみだ、感性似てるから今も仲良くしてんだろうな。

「ど?」
「……変わんない」
「そっかあ」

しゃがんだままゆっくり俯いて、オンボロ寮の古臭いフローリングに水滴がボタボタ落ちて丸く染みていく。

そっかあ、惚れ薬、効かなかったかあ。

オレ達で作れるような、おまじないに毛が生えたみたいな惚れ薬。これ、好きな人がいるやつには効かないんだよなあ。
そっかあ。やっぱりなあ。
デュースかな、あいつ、良い奴だもんな。
ずっと一緒にいたなら、そんなのとっくに分かってるだろうし。
そっかあ。
そっか……。


「オレ、解除薬飲んでも変わんなかったの」
「えっ」
「可哀想だろ。だから、ナマエもちょっとでいいから、オレのこと好きになって貰いたかったな。……なんで、オレばっかり、ひどい……」

笑おうとして笑えなくて、腕で顔を覆った。息が苦しいし、顔が熱い。喉の奥から勝手に「ぐうう」って唸り声が出る。それを抑えようとするから痛いし、変な姿勢だから呼吸も難しいし、しゃがみ続けるのも辛くて床に尻もちをついた。
拭っても拭っても涙は止まらないし、大声でわんわん泣いてやろうかなと思ったけど、そしたら監督生たち来ちゃうかなって思って、やめた。オレのこと心配してくれてるだけだけど、ナマエが悪いって立ち位置になっちゃうと最後まで不愉快な感じになっちゃうじゃん。おめでと。ゲームセットだ。
こんな時でもオレからは甘いチェリーの匂いがするし、左手の薬指にある指輪は綺麗だ。オレはこんなに辛いのに、明日は普通に来るしナマエもいつかオレじゃない人と幸せになるんだろ。さいあく。



「ヴェエッ……!? ほんとに地獄味ですねえ! いや吐くわこんなん、よく飲めたな!?」

ゴホゴホと激しい咳が聞こえて、つられて顔を上げた。ナマエがバケツをだきしめて苦しんでる。空っぽの瓶がふたつ。惚れ薬と、解除薬だ。

「……ナマエは、飲まなくていいじゃん。変わんねえんだろ」
「いや、あの、ちょっとこれ効いてるうちは信用足りないから一回フラットにしたい。ボゥエエエエ なんでこれ呑み込めたの辛すぎ嘘これ現実??」

ナマエが派手に叫びながら解除薬を飲んでは吐くを繰り返す。「うおえええ」また吐いた。なんでそんなに頑張ってんだろ。別にどうでもいいじゃん、だってオレの惚れ薬、効いてないんだろ。じゃーいいじゃん。ゲロ吐きながら解除薬飲まなくっても、何に信用されたいわけ? 泣きすぎてぼんやりしながら必死になってるナマエをみてた。あ、また吐いた。 バケツに出せる当たり理性あると思う。オレそこら辺に吐き散らしてたし。

ドンドンドンドン拳で床叩いて、やっぱ人間って最後我慢しすぎるとそうなるよな。やっちゃうよなって見てた。俺と同じことしてる。
ナマエの喉仏が上下に動いて、飲み込めたんだなあってわかった。ナマエの首筋、男らしくて格好いいんだよなぁ。


「……エース、たしゅけて……」
「なにしたらいいの」
「はぐ……」
「ん」

ぐったりしてるナマエに呼ばれたから、顔中べそべそでぐっちゃぐちゃだけど四つん這いで近づく。口元ゲロついてる、きったねえの。袖で拭ってやって、オレの肩口に額が当たるようにハグをした。

「……いいにおいする……」
「香水、チェリーのにおいなんだって」
「チェリーパイが好きだから?」
「なんで知ってんの」
「調べた」

ナマエの手がおそるおそるって感じに背中に触れて、ぎゅってした。弱々しい圧がかかって、ひでえなあって気持ちと、嬉しいなあって気持ちが同じくらい。
オレもナマエの肩口に自分の顔押し付けて顔を拭うと、うっすらオレの香水の匂いがした。そういえばベッドにふりかけたもんな。自分のための遅効性の毒じゃん。バカ。

「あのねえ、エース。何も変わんないんだよ」
「なにが」
「惚れ薬飲んでも、解除薬飲んでも、俺はなんにも変わんないの」

何を言ってるのかわからなくて、ナマエの言葉の続きを待った。全然余裕のない声。時々ひっくり返って、どもって、情けない可愛い声。瞬きする度にまつ毛についた涙が落ちるのを、解除薬飲んだせいで憔悴しきってるナマエが優しく笑って撫でるように拭いた。


「俺ねえ、ちょろいからさ。好き好きって態度で来られると、簡単に好きになっちゃうんだ」
「…………」
「エース・トラッポラによるナマエ・ミョウジの攻略RTA、無事完走された訳ですけど、このままエンディングを迎えてくれませんかね」
「RTAってなに」
「リアルタイムアタック。短時間クリアってこと」
「オレにもわかるように、ちゃんと言って」
「えっとぉ、あの、へへ……」
「いって」


「あの、エースのことが、好きなので。惚れ薬が効かないくらい、解除薬飲んでも変わらないくらい、好きなので。俺のこと、このまま好きでいて欲しい、です」

「う"ん"」


わーーーん!! 大声で泣いて、ナマエにしがみついて、ナマエの手がわたわた動いた後にオレのことギュッて抱きしめたから、嬉しくて嬉しくてまたわんわん泣いた。視界の端で扉がちょっとだけ空いて、なにかが下から滑り混んでくる。でもオレは泣くのに忙しくて、ナマエがそれを受け取って「おい!! バカ!! 早い!!!」って怒ってるのも気にならなかった。

ちゅって、ガキみたいな可愛いキスをされて、そんなもんで簡単に絆されて涙も止まってきて、ナマエが「はじめてのキスが解除薬の味になっちゃった……」って項垂れてるのを見て笑う。はじめてのキスはもっと甘かったから気にしなくていいのに、言わないけど。













「あれなんだったの」
「なにが?」
「なんか滑り込んで来たじゃん。あれ」

オンボロ寮のでかいだけが取り柄のソファに、ナマエを背もたれにして座って、「オレの好きなとこ30個言えよ」とか「毎日必ずメッセージ送れよ。あとSNSのアカウント全部教えて」とか「今度はちゃんと恋人として泊まりに行くからルームメイトにも話通しといて」とか、オレがワガママ言ってナマエが全部了承するって作業を続けてた時に、ふと思い出した。棚の中に押し込んでたけど、あれなんだったんた?

「まだ封印を解く時ではない……」
「なにそれ。見てくる」

「あー封印したのにー」って緊張感のない声。ちょっと手を伸ばしたら届くところにしまうから、こんな封印ないと同じだろ。なんだろ、箱? チョコ?

…………………あ"っ

「マブの中にやべえのがいる!」
「エースのマブやべえねえ」
「3分の1でナマエの幼なじみの犯行だからな!」
「あの猫たん頭数に入らないから、実質2分の1なんだよなあ」



既成事実作った方が早い

そういえばそんな事を言っていた澄んだ目の男を思い出した。もう確定じゃん。ナマエの幼なじみがやべぇよ。

新品のコンドームの箱を後ろから伸びた手が奪い取っていく。目で追いながら、ドキドキした。それ、いつ使おうか、ね。

「お祝いの品として、有難く貰っとこ。まあこういうのは消え物が1番と言いますし」

「……ん」

「エース、次いつ俺の部屋来れる?」

「……予定、調べとく」

「俺もいろいろ調べとくから」

「んんんんん"〜〜」

「叩くな叩くな、恥ずかしいからって暴力やめぇ」

ナマエの胸に頭をぶつけて、ぐりぐりして、顔を見られないように隠した。頭の上から笑い声が落ちる。へらへらしてて、服も着崩れてて、身だしなみをあまり気にしない方で、こいつのことをこれだけ好きなの、たぶんオレだけ。でもオレもワガママだし、勝手にわあわあ言うし、すげえめんどう。すげえめんどうでも、オレのことが好きなんだって。

オレが好きな人が、オレのこと、好きなんだって。
惚れ薬もないのに、オレが自分勝手にわあわあやってたら、好きになっちゃったんだって。
それってオレのよりホンモノじゃん。だから、嬉しい。



「来週までに、時間空けるから。そんときは、ルームメイト、談話室に閉じ込めといて」
「仰せのままに、女王様!」


ふふん、よきにはからえ。


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