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俺とルーク二人揃ってサバナクローに選ばれとき、酷い違和感がした。「良かった、毎日忍び込まなくても済むんだね」と喜ぶルークを見て、その違和感の理由がわからないまま「運が良かったね」と笑い返す。

何かがおかしい。

ぼんやりとした名前のわからない不安が、肌の一枚上をヴェールのように這いまわるが、獣人の多いサバナクローで、人間の中でも細身で立ち振る舞いに癖がある俺達はよく絡まれて、そちらの対応に忙しくていつの間にか忘れていた。

俺はユニーク魔法が相手の戦意を喪失させるのに使い勝手の良いものであったのと、幼少期から親の手伝いをしながら培ってきた腕力で何とかなったし、ルークに絡んだ方は獲物がノコノコと狩人の手元にやってきたので同情も出来ない。今更「助けてくれ」と言われても、自分から罠に掛かったのは自業自得なのでそういう悪い子は狩られててもらう。ルークの好奇心で追いかけ回されてる子は、同情の余地があるので止めることもあるけど。


「ねえナマエ、聞いておくれ。凄く美しい子と出会ったんだ」
「ルークがそう言うなんて、よほど美しいんだろうね。なんていう子だい?」
「ヴィル・シェーンハイト。ロア・ドゥ・ポアゾン。美しき毒の君さ! 彼を一目見た瞬間、世界が輝くようだったよ。ナマエにも紹介したいんだ。ああでもどうしよう、ナマエがヴィルに夢中になってしまったら、私の胸は嫉妬で引き裂かれてしまうかもしれない……」
「そこまでルークが夢中になるなんて、妬いてるのは俺の方だよ。いけない子」
「君の心を私でいっぱいにしてしまったんだね、ふふ。嬉しいって言ったら怒るかい?」
「悪い子だ」

「おい、談話室で蛇の交尾みたいに絡んでんじゃねえよ。風紀を乱すな」

ルークの頭越しに寮長が現れて、酷く疲れきった顔をして言う。デッキチェアで寝ていたらルークがおもむろに腹に乗ってきて、それをそのまま許していたことが悪かったんだろうか。驚いてしまった。まさかそんな、寮長が寮長みたいなことを言うだなんて。

「ああロア・ドゥ・レオン! 妬かないで、君も変わらず美しいよ。そのマラカイトの瞳に私をうつしておくれ。でもごめんね、私の特別はナマエなんだ……君の気持ちにはこたえられない。どうか悲観しないで? 」
「おいミョウジ、通訳しろ」
「『嫉妬は分かるけど放っておいてくれ』ですね」
「サバナクローから出てってくれねえか」

おかしいな。会う度にどんどんレオナ・キングスカラー寮長が憔悴していっている。上の立場にある者には、下の者にはわからない苦労があるんだろう。せめて労わろうと、最初に言われていたこの距離の近さを解消するために上体を起こした。
体幹がしっかりしているためにびくともしないルークの両頬に、軽いリップ音を立ててキスを贈る。「んふふ」と甘い含み笑いで同じようにキスを返されて、椅子からおりた。「あまり寮長をからかってはいけないよ。ねえ、ヴィルくんを紹介してくれないか?」「いいよ、行こう!」手を繋がれて、駆け出す。ルークはまだ精神的に幼いところがあるから、突飛で奔放な行動をとる時がある。まだ俺達は子供なので、どうか大目に見て欲しい。
通り過ぎる瞬間に寮長に会釈をすると、後ろ頭を掻きながら大きくため息をつかれた。お疲れのご様子だ。

「こっち!」
サバナクローの鏡を抜け、ポムフィオーレの鏡へ飛び込む。通り過ぎる人の目が驚愕に見開かれている。こんなにドタバタ走り回る人は少ないんだろう。
手を引かれながら、ルークの麦わらの髪が揺れるのを見ながら、違和感が身体を蝕んでいた。身体の奥から、誰かが『これは違う』と叫ぶ。その声が誰なのか、俺にはわからない。この違和感が、恐怖という名を持っていると気付いた瞬間、目の前にシャンパンゴールドの髪を持つ美少年が立っていた。世界がひらけたような感覚に、呼吸を忘れる。

「ヴィル! この人は私の大好きなナマエ! ナマエ、この美しい人はヴィルだよ!」
「アナタ、本当に来たのね……。アタシはヴィル・シェーンハイト。知っているかしら」
「ナマエ・ミョウジだ。すまないね、田舎者で分からないんだ。君の美しさはそこら辺にあるものでは無いね、芸能人かな」
「今から覚える栄誉を与えるわ。アタシはモデルで俳優をしてるのよ。アナタは……最低限手入れをしているってかんじかしら。コンディショナーが合っていないんじゃなくて?」

最低限は本当に最低限らしい。頭の先からつま先まで全てにダメ出しをされたが「美しい人は多大な努力の末に、その美貌を維持しているんだね」と言ったら「そうよ、アナタは話がわかるようね」と胸を張って言われた。素直で可愛らしい人だ。そういえば、俺とヴィルくんが話してる最中にルークはずっと黙っていた。どうしたんだろうとルークの方を向くと、口元に手を当ててくふくふと笑っている。

「なによ」

俺より先にヴィルくんの方が気付いたらしい。咎めるように声をかけると、ルークは「大好きなナマエと大好きなヴィルが仲良く話していて嬉しいんだ……!」と早口で言った。俺にはよく分からないが、プロであるヴィルくんには覚えがあるらしい。
「アンタみたいなファン、確かにいるわね。推しの絡みが嬉しいって子。それ?」
「…………」
「可愛く頷いてもダメだよ、ルーク。君が俺達共通の知り合いなんだから、リードして? ヴィルくん、放課後少し時間があったら一緒にお茶でも飲まないかい?」
「いいわよ。アタシも知りたかったの、ルークの扱い方」
「それなら大得意だ。なんでも教えてあげるよ」

俺達が話してる間、やっぱりルークは口元を手で隠して笑っていた。「こら」と手をどけると、口元がふにゃふにゃに緩んでいる。ああ、これはアレだ。大好きな俳優の特集が組まれた雑誌を見てる時の顔。全く、可愛い子。



いつの間にか、精神を冒していた違和感や不安――恐怖は消えて、だから俺は、そのまま忘れてしまった。きっと俺みたいな生き物は、野生では生きていけない。狩られるなら、ルークがいいなと、思う。


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