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逃げられたら追ってしまう悪癖のせいで、他者との交流に難のあるルークにも臆せず向き合う姿をみて、「ルークにも信頼出来る友達が出来たんだ」と心底嬉しかった。この感情に嘘はない。親離れされたような寂しさは少しだけあるが、ルークの見る美しい世界が広がったこと。それが本当に嬉しいんだ。
それなのに、胸のずっと奥に埋火のように見えない炎が燻っていた。この恐ろしさは何なんだろうか。名前のない怪物が叫び続けているような、悪夢を見た日の朝のような、寂しさで消えてしまいそうになる感情にのまれていた。
「ナマエ!」
部屋に飛び込んできたルークに、入れ替わるように同室の友人たちが窓から逃げていく。そんなに怯えなくていいのにと何回も言ったが、聞き入れては貰えない。最初に喧嘩を売った君たちが悪いのだから、多少追い回されても仕方ないと受け入れて貰いたい。
「ねえ、ナマエ。ふふ、あのね……」
「どうしたの? またサプライズ?」
「ふふ、うん」
首に手を回して甘えるように擦り寄ってくる頭を支えると、髪がするりと指の間を滑る。いつの間にか、ルークの麦わらの髪は絹糸のような手触りに変わっていた。夜空に散るミルキーウェイも、白粉の雲に隠されている。触れようと思って、化粧を崩してはいけないと手を止めた。
「ヴィルの美しさを間近で見つめ続けたいって思ったんだ。だから私、ポムフィオーレに転寮するよ!」
「そう。ルークとはなれるのは寂しいけど、君のやりたいことを優先すべきだよ。大好きなルーク、俺は君を応援するよ」
「ありがとう! 私もナマエとはなれるのは本当に寂しい。ナマエもポムフィオーレに来て欲しいくらいだ。でもそれは、私のワガママだと分かっているから……」
あちこちに跳ねたパンの匂いがしそうな麦わらの髪は、真っ直ぐに肩へ落ち、陽に触れて輝くカナリアゴールドに。
夜空を繋ぐミルキーウェイが散る頬は、甘い香料の白粉の下で美貌を際立たせる。
寮長、ヴィルくん、ルーク、学園長、ナイトレイブンカレッジ。
ひとつひとつのものが、それの本当の意味を紡ぎ出す。埋火は薪に触れて炎が溢れ出た。違和感は、恐怖は、その真の姿を表した。もうほとんど忘れかけていた、前世の記憶だ。
ツイステッドワンダーランド。 捻れた世界。
ここは、『誰かに作られた世界』だった。
「ナマエ?」
「ん、ああ。ごめんね。少し考え事をしてしまったんだ。いつ転寮なんだい?」
「明日だよ、私は荷物も多くないから準備もかからないんだ。ねえ、ナマエ。もしかして怒ってしまった? 」
勘が良いルークは、俺の様子が可笑しいと気づいたらしい。そうだ、ルーク・ハントとはそういう設定だった。勘が良く、美の追求者で、いつもご機嫌で人を褒めて育てる、変人。ルーク・ハントはそう出来ていた。
絹糸のようなさらさらの髪より、パンの匂いがしそうな麦わらの髪の方が好きだった。
真白くてすべやかな肌より、空を繋ぐミルキーウェイのようなそばかすが好きだった。
それはただの俺の感想なので、付き合ってもらう必要も伝える価値もない。どうでもいい事だ。
「君に相談しなかったことを怒っているのかい? どうか許しておくれ、君ならわかってくれると勝手に思い込んでいたんだ……」
俺は笑って、ルークの少しズレた帽子を整えた。羽だけは前と同じだけど、帽子自体は新調しているらしい。サバナクローの砂で汚れた丈夫だけが取り柄の帽子は、ポムフィオーレで映えるような美しい形のものに変わっていた。
「怒るなんて!」
あれ、俺はいままでどうやって話していたんだっけ? 自分の口調がわからない。通り過ぎたはずの過去の、前世の俺が今の俺を食い尽くしていく。
俺はどういう立ち振る舞いをしていた? こういう時に、どう話していた? 何が大切だった? どう笑ったっけ?
「ルークが望んだことを俺が止める資格なんてないよ。応援してる、この真っ直ぐな髪も、白い肌も変わらず美しいよ」
こういう時、俺はルークの頬にキスをした。親愛のキスだ。白粉が唇に触れて、不味い。ああ、しなくていい理由ができた。ラッキー。
俺は完璧に『今までの俺』をしているはずなのに、目の前のルーク・ハントは俺の事を怪物を見るような目で見てくる。どうしてだろう。何か可笑しいのか? 笑ってみる。どう? お前の大好きなナマエ・ミョウジのはずだけど、まだ何かおかしいかな。
「ナマエ、ナマエ、どうして理由をくれないんだ。どうして私をそんな目で見るんだい」
両手を強く握りしめられて、いってえなという気持ちを抑え込む。笑って「どうしたの、ルーク? 疲れてるのかい?」と俺の言いそうな優しい言葉を言ってみた。勘の良い男、これだから面倒くさいな。なんでこいつと俺、幼なじみって設定だったんだろ。俺、本編にいないのに。
「教えて、ナマエ。私の瞳に、君はうつっているかい? ねえ、こたえて。君は居る?」
「ああ、もちろん。君の瞳に、俺がうつっているよ」
薄っぺらい笑顔の、『ツイステッドワンダーランド』では顔に影が入って目も何も見えないような男がうつっている。逆に、俺の瞳にルーク・ハントはうつっているのだろうか。自分じゃ確認できないので、俺が見えてるこれがうつってるだけだろう。
なんだかいろいろと装飾過多な言葉で言い募られて、めんどくせえなあって気持ち。よく今まで付き合ってられていたなあって、自分で自分を褒めたくなる。
「環境が変わるから、不安になっているんだよ、今日は早く寝た方が良い。ポムフィオーレに行ったら、俺を招待してくれる?」
「うん、うん、絶対呼ぶから、遊びに来て。私に逢いに来て」
「もちろん、可愛いルーク。俺も寂しいのを我慢するから、良い子でね」
「うん、うん、私は良い子だよ。君の、良い子なんだ」
不安そうな顔で同じ言葉を繰り返すだけになったルーク・ハントを部屋に帰して、自分の部屋に戻った。そろそろと窓から帰宅してきたルームメイトが「あいつは?」と聞くので「明日で転寮」とだけ返す。歓声が上がったけど、いったいどういう嫌われ方してんだよ。いや、嫌われってか怖がられてんのか。
「じゃーナマエ、さみしいな」と、比較的気の優しい友人が気を使って言ってくれたので、笑って「まあね」と返した。
別にどうでもいいけど、「まあね」くらい言わないとさすがに可笑しいからな。ほんとはもう、どうでもいいし。この気の優しい友人も歓声を上げ続けてるバカも、俺も、全て一緒くたに『顔に影が入ったモブ』でしかない。この世界での命も意味も、俺には無かった。
胸の奥の埋火の奥から、今世の俺が何かを叫ぶ。その声は、もう聞こえない。
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