【五夜】


男は青年の夢を見る。

青年はその刀にだけ、たまにポツリと弱音を吐いた。
「なあ、もしおれが、可笑しくなったら。斬ってくれないかな」
「い・や・だ。アンタなんて斬ったら刃が曇る」
「あはは、そうだよねえ」
青年は窓の外を眺めていたが、その眼はなにも見ていなかった。赤く染まる美しい夕暮れも、山に帰るカラスの姿も。
廊下を短刀が駆ける足音、それを咎める太刀の声。
じゃれあうように喧嘩をする打刀と、それに便乗する脇差。呆れる槍に、夕食の手伝いをする大太刀。喧嘩両成敗と、ころあいをみて乱入する薙刀。
青年の背中に広がる、青年が作り上げてきたすべてのものが眼に入っていなかった。
自分だけが不幸だと、足元だけを見続けた青年はそのまま眼を閉じてしまった。愛されていたし、確かに愛していたのだろう。


折れた刀を素手で掻き集め、血まみれの手で泣き叫ぶ。青年は刀の神を愛していた。

「そういえば歌仙、君が欲しいと言っていた茶器のカタログが届いたんだけど」と普段通りに語りながら、引き戸にしまった本を出し虚空に語り掛ける。青年は壊れてしまった。

狂ったように喚きながら、止めに入った刀達に力のある呪いをかけ続ける。その審神者はもう、可笑しくなってしまった。



「兼さん、なんで!!!」


薄く積み重なる破片の山。自分を殴り倒した助手はぐちゃぐちゃの顔をして泣いている。自分も泣いているだろうと思ったが、さわってみても涙のひとつもありゃしない。なんて酷い野郎だ、自分の主を殺したってのによ。刀はひとつ舌打ちをして、心を落ち着かせようと努力した。全く無駄なことだ。
己の刀にべたりと張りついた血が、最後の呪いとばかりに刀身に罅をつける。俺達は、あんたに恨まれていたのか。そうだとしたら、辛い。


「頼まれたからだよ、泣くんじゃねえ。国広」

ボキンッ  刀がまた一本折れた。




男の足元には胡坐をかいた和泉守兼定が不貞腐れたように座っている。

「俺じゃ切腹にゃ向いてねーんだよ。頼むなら国広にしてくれりゃ良かったんだ!……俺も、焦ってたから。斬首みてえにしちまったけど、……なあ、アイツ怒ってると思うか?せめて袈裟懸けとかの方がよかったか…?」

「武士じゃないし、斬首も袈裟懸けも同じだと思うぞ」

「……そっか、へへ……じゃあ会いに行くとするかな」


←前 main|top 次→