門の前に捨て置かれた衰弱死した男の遺体


 ぶらぶらと足が揺れている。両腕は膨れた腹を抱くような形で固まっている。股からぼたぼたと落ちる水は赤い。助け出そうと、せめて下ろしてあげようと、伸ばす手は誰のものも届かない。これは地獄の沙汰。己を殺した罰。水を溢した罰。彼女の幸せな明日だけを想っていた。幸福な未来を守るために我らは在った。未来は股の間から溢れて土に浸みてどこかへ行ってしまった。

 男(仮にAとしよう)が眼を覚ましたとき、そこは想定していたどこでもなかった。暗いのでまだ夜だろう、井草の匂いが漂う畳が敷き詰められた立派な広間だ。文化会館か何かかと思ったが、そうではないとすぐに気がついた。寝ていた自分をのぞき込むように、幾人もの男が微動だにせず座っていたのだ。
 全体的な年齢層は若いが、無精髭の男もいる。小学生程の幼い少年も多く居た。皆一様に美しい顔をしているが、表情は無い。
 異様な空気に動けないAは、自分が直前までキャバクラで豪遊していた事を思い出していた。泡銭が手に入ったのだ。楽しく飲んでいたというのに、一体自分は何に巻き込まれたんだ?
 隣の座敷では五歳位の少女が目隠し鬼をして遊んでいる声が聞こえる。こんな時間に、可笑しいだろ。きゃはははと甲高い笑い声に、「こっちだよ、ほらおいで」と柔らかい男の声も聞こえた。視線だけでそちらを見ると、桃色の着物を着た少女。そして、その少女の相手をしているのは自分の顔を覗き込んでいる長い髪をした男と同じ顔だった。
 何かが可笑しい。ざわざわと音が大きくなる。恐怖と焦燥を覚え、飛び起きたAはそれを見た。
 庭では座敷にいる少女と全く同じ顔をした存在が花を摘んでいて、また同じ顔をした少女が廊下を歩いている。それがAが起き上がった一瞬ですべて消えた。
 瞳に三日月の落ちた男がそっと口を開く。

「あの子に何の咎があった?」
一斉に言葉が降りかかる。

「彼女が君に何をしたんだい」
「憎まれたか」
「悪い事をなさったので?」
「これほどの罰とは如何なる罪を」
「憎んでいたのだろう」

頭が痛くなるほどの言葉の雨だ。あの子? 彼女? Aはその問いかけに、泡銭の元を思い出していた。
「うるせえ! 頭のわりい田舎娘で遊んだだけだろうが!!」
沈黙。
「ちょっと優しくしてやりゃ股も財布も簡単に開く馬鹿だろうが! あいつがあんたらに泣きついたってのか? 返せる金なんてもうねえ、よ……」
 ぎらぎらと、月の光が反射していた。無言の男達は抜き味の刀を自身の右側に置いていると、Aはその時にようやく気がついたのだ。
「咎は無しと」
 月が落ちる。爛々と何十の眼が赤く蒼く沌く歪む。
Aは悲鳴を上げて逃げ出したが、男達は静かに立ち上がりゆっくりとそれを追いかけはじめた。いくら走っても距離は離れない。
 池を覗き込む少女を落ちないように支えている子供、それとおなじ顔をした子供がAの脇腹に短刀を突き刺した。分厚い刃は腸を潰し引きずり出した感覚だけを与えたが、血は出ない。
「ぎゃあ」と、猫を踏み潰したような声を上げて転がり落ちたAは、少女を肩車して笑っている緑の服を来た青年の槍に、顔面を打ち抜かれていた。頭蓋が破裂し脳髄が飛び散る衝撃と痛みが襲う。それでも、血は出ない。
 少女の甲高い笑い声が響く。
きゃははは、きゃは、きゃははは、ああ――、きゃあ――。
おぎゃあ、ああ。おぎゃあ……。
  ああ、あの、女、ガキが出来たって、喚いてたっけ。
 四度目に自分の首が吹き飛ぶ感覚を覚えたとき、ふとAはそんな事を思い出していた。





 幼い頃から審神者をしていた女は、少しずつ霊力を失い成人と同時にほぼ一般人となった。もはや微かにしか見えなくなった刀剣達に笑ってさようならを告げる。私は大丈夫。政府の保護もあるし、心配しないで。外で良い男を見つけてくるんだから。子供が出来たら、きっと見せに来るね。私が貴方たちを完全に見えなくなっても、抱いてあげてね。大好きよ、またね!
 たった二年、昔のことだった。


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