やさしさでなにもかもだめになった
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回復には時間だけが必要らしい。そのうち徐々に他人の霊力が自分と馴染んで、そうしたらまた眼も見えるようになるそうだ。
まさに手探りの毎日の中、燭台切光忠は本丸ではじめて来てくれた太刀で、穏やかで人好きのする性質からとても世話になった。
不自由な生活だが、不幸ではなかった。
神様は皆優しく、光忠は自ら俺の眼の代わりをしてくれる。聞けば彼も隻眼の姿でこの世に呼ばれたらしい。
「はじめからこうなるように造られたから、不自由はないんだよ」
そう穏やかな調子で言われれば、そんな物なのかと納得するしかない。
俺の世界には物理的に闇しか見えなかったが、不幸ではなかった。何度でもいうが、不幸なんてひとつもなかった。
視力が残っていた頃、人しかいない世界で生きてきた時よりも万倍千倍幸せだった。刀の神様は皆、俺に優しくて、俺に好意を伝えてくれた。
不幸な事など何処にあろうか。
俺は彼らの姿をこの眼で見たことは一度も無いが、その声の優しさと手の温度を覚えている。
子供の柔らかくて丸い手。「主君、こっちですよ。僕がお守りしますからね」と、張り切って言うのは秋田藤四郎。
温度の高い、細い指。「ねえ主、大丈夫? ムリしないでよね」と、わざと拗ねたような声を出す加州清光。
沢山の声と沢山の手が、俺の世界と成った。ここはとても優しい。誰も俺を馬鹿にしない。誰も俺を罵倒しない。誰も俺を、苦しめない。この箱庭はあの日まで、俺にとっての天国だった。
ある日いつもの闇が真っ赤に染まった。
大きな声しか聞こえない。それは怒声であり、力強い猛る声だった。「主を安全なところに」と誰かが、あれは打刀で最後に来た彼の声だ。俺を逃がせと、刀を取れと声がした。
世界が反転した。わけもわからぬまま担がれて、寒い所に連れてこられた。声は遠く消えた。俺の本丸は襲われて焼けてしまったらしい。
その日から、瞼の裏側にあった夜の闇は地獄のような赤い炎で焼き尽くされ。赤が眩しすぎてもう何も見えない。
刀達は半分は折れ、半分は折れなかった。あの快活な笑い声の主は誰だったのか、置いていかないで欲しいとだけ望んだ彼は俺を置いていったのか。
「大丈夫だよ主くん、また頑張ろう。僕達がついてるよ、乗り越えられない試練なんて誰も与えないんだ。これは必ず乗り越えられることだよ」
「そうだな、乗り越えられるよな」
「もちろんだよ。大丈夫、僕がついているから」
大丈夫だよ安心してねと、聞いたことのない早口が耳を通り過ぎる。ひやりとした長い髪の感触が手の甲を撫でて離れた。大丈夫だよと同じ言葉を何度も、早口で繰り返す。
「ありがとうな、『光忠』」
「いいんだよ、『主くん』」
刀の神様はみんなやさしい。だからこれも、俺の為を想っての『嘘』なのだろう。
ああ、光忠は、折れたのかい。そうか、江雪。
「大丈夫だよ、主くん。僕達が、僕が必ず君を守るよ。絶対さ、もう二度とこんな目に合わせたりなんかしないからね」と、神様は俺のために嘘をついた。
口調も性格も違ったから気が付かなかったが、彼らはとても声が似ている。きっと俺が審神者でなかったら、騙されていただろう。それくらい似ていた。
「俺の気が狂っただけの、なんでもないはなしです。光忠が待っていますので、帰ってもいいですか」
本丸を歴史修正主義者に襲われ気が狂い、自らの両目を抉り取った審神者がそう嘯く。
門の前には何かがいる。
与えられた名前を捨てほかの何かに成り代わろうとした、歪んだ神が待っている。
こうして、彼の神は堕ちました。
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