さよならだけが刃生だ


 ぬしさまがお隠れになって二年が経った。
人間として、極普通に年をとり、極普通に眠られるように息を引き取った。一瞬で通り過ぎたような、長すぎるような、そんな気がする。
 私はぬし様が審神者になられた際に、政府から贈られた刀だ。
三日月達とは違い、存在自体も伝説か現実かあやふやで、刀の時の記憶は薄い。主と呼べる存在はぬしさまだけ。この心を与えたのはぬしさまだけ。いつまでも死を嘆き立ち止まっていては、ぬしさまの刀として恥ずかしい事。二年も猶予を貰ったのだから、私達もそろそろ、余所の審神者の手伝いに行くか、それとも刀解を選ぶか。決断が必要じゃ。……と言ったところ、三日月がさめざめと泣き出した。ええい、無駄に良い顔で不細工に泣くな、見苦しい。

「主の声が思い出せなくなった」
「はあ?」

 曰く、刀であった頃の主人は柄を握った手の熱すら思い出せるのに、何百何万と言葉を交わし笑いあった主の声だけ、気がつけば日に日に忘れてしまっていた。ついに今日、どういうふうに笑ったか、何が好きで何が嫌いか、どんなふうに怒り、どのように悲しんだか。全部覚えているのに、自分を喚んだあの声だけは思い出せなくなったと言う。
 他の刀に聞いても、似たような事を言われる。鉄と鋼の欠片、燃やした木の熱、澄んだ水。それに名を付けこの世に喚んでくれたあの声は、二度と届かない根の国に消えてしまったと。
 かくいう私も、ぬしさまの声を忘れていた。確かにこれはキツい。だが、理由はあろう。
「ぐずぐずせずに、さっさと覚悟を決めろと言うてくれているのだ。ぬしさまはせっかちであったから、私達を二年もここに置いてくださったのは奇蹟じゃぞ。泣いてないでさっさと決めろ。還るか戦うかどうするか」
 刃生は折れるまで続く長いもの。しかし人生は短い。私達がここで立ち止まっていては、終わる戦も終わらぬ物よ。
 さっさと動けが口癖だったぬしさまだ。これは急かされているとみて良いだろう。
 身体を失い一度目の死を迎え、声を忘れられ二度目の死を迎え、遺された刀がすべて折れた時、三度目の死となり審神者は死ぬ。そう教えてくれたのは、ぬしさまじゃったろうが。ええい、縋るな鬱陶しい。三日月の尻を蹴り上げてため息をつくと、どこかでぬしさまの笑い声が聞こえた気がした。


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