刀剣男士は己の亜種を憎悪する


燭台切光忠はしあわせな刀だ。
刀剣男士としてこの世に呼ばれた時、目の前にいたのは若い男だった。その男は自らを審神者と名乗り、光忠に肉の身体を与えた者。
付喪神としての本能だろうか、燭台切光忠は審神者を愛していたし、審神者は己の武器であり部下でもあり、肉の身体を与えた我が子のように彼を愛していた。
審神者は光忠の知る刀の持ち手とは違い、ほっそりと頼りない身体つきをしている。自ら戦場で刀を振るう事がないので仕方のないことなのだが、いつかは自分の本体を持って敵を斬ってもらいたい。などと、夢見たものだ。それはきっととても気持ちのいい、幸福なことなのだろう。自分の想像にくすくすと笑みを零すと、気安い主は「なんかいいことでもあったか」と笑って聞く。光忠が笑うと、彼の主人も笑ってくれるのだ。「なんでもないよ」と言いながら、光忠はもう一度笑った。

【燭台切光忠】の名に値するのは逸話持つ【燭台切】で【光忠】は誰が打ったかというものにしか過ぎない。光忠の名を持つ刀は他にもたくさんいるが、彼の主はそれを知ったうえで尚、「光忠と呼んでいいか?」と問いかけてきた。付き合いの長さによって、姓と名で呼び分ける事とは、すなわち相手への好意の度合いを示すことなのだろう。壁一枚向こうのその他大勢とは違い、燭台切光忠は、【光忠】は、愛されているのだ!
なんてしあわせなことなのだろうか。刀剣男士は付喪神。物が心を持ち、それが神になるまで人の手で育てられた存在。
持ち主に愛されるとは、なによりも素晴らしい、生きていることの証明!この胸に心臓と血を模した何かがあるのは、きっとこの感情の高ぶりで巡る血潮を感じる為なのだろう。
愛されれば愛されるだけ、大切にされれば大切にされるだけ、刀剣男士は強くなる。想いに応える為に生まれた命は、好意と善意と優しさで根付き花を咲かせる。それが桜の花弁に生り、誉と成るのだ。
貴方の自慢の刀はこんなにも優秀でこんなにも強いのです。どうか褒めてください。それだけで生きていけるのです。燭台切光忠は、しあわせな刀――――、だった。



刀剣男士は審神者の霊力を糧にこの世に呼ばれる。魂は本霊から分けられた分霊だが、その肉の身体は、審神者が造りだすもの。【ソレ】はまさしく、失敗作だった。


「ぼくは燭台切光忠。青銅の燭台だって切れるだよ。…うーん、やっぱりかっこうつかないな」


こてりと首を傾げて覚えのある言葉を口にする【ソレ】は、とても幼い容姿をした【燭台切光忠】だった。

慌てふためく審神者が関係各所に連絡をいれている間、燭台切は何度も進言した。「早く刀解するべきだよ」と。こんな失敗作が、自分と同じ名をかたるなんて到底許せる事ではない。
刀剣男士は愛情を糧に生きている。愛される為に、人に見てもらうために、人に使われる為に造られたものだ。だから元々、同じ本丸に同じ分霊がいる事自体良い事ではない。
自分に与えられる筈だったものを不当に奪われると、そう感じる刀剣は少なからず存在しているのだ。
しかしそれが自分と対等であったなら、まだ話は拗れなかっただろう。
二本目の燭台切光忠は亜種だった。きわめて珍しい、審神者の霊力の何が影響したのかもわからない特別な事例として刀解することなく置かれた。

本体は太刀であり、得物も変わらず太刀の為、幼い姿では刀に振り回されるようだ。
同じく幼い容姿に大きな得物を持つ蛍丸とは根本的に違う。そうなるようにつくられたものではない【欠陥品】。
【ソレ】は戦闘ではなんの役にも立たず、練度もあがらず、ただ本丸で審神者の傍に居た。




まるで普通の、人間の子供のように懐いてくる姿は、審神者にはどれほど特別にみえたのだろうか。

優しい神にかこまれて、確かに幸せだった。幸せであっても、どこか寂しかったのかもしれない。幼い容姿の燭台切がふざけて彼を「おにいちゃん」と呼んだ時に、現世に残してきた幼い弟を思い出したことは罪だったのだろうか。人は見た目に簡単に引きずられて、考えを固定させてしまう。まるでごく普通の人間の子供のように、無責任に無償にかわいがって愛した結果の悲劇だった。だから【燭台切】には何の罪もないんですよ、と。彼は怯えた眼をして役人に言った。




役に立つよ格好良くしているよ強くなるよ幾らでも斬ってあげるよ。
愛されるための努力は惜しまず、毎日毎日努力をした。かわいいかわいいと撫でくり回される欠陥品を見ながら、その何もできないやつよりずっと自分の方が良い子だと。審神者が好きなのはソレよりも自分の方だと、そう言い聞かせて過ごしていた。
毎日毎日、造られた心臓に、心に、重いものが溜まっていく。自分と同じ分霊で、自分より大切にわかりやすく愛されている存在を見続けて、心に毒が溜まっていく。戦にも出ないで錬度は1のまま。なんの役にも立てないくせに、何もしてないくせに、大事にされる自分と同じ分霊。


もう、ゆるせなかった。



「君が僕と同じ分霊だなんて格好悪くて認められない」と金色の目をどろどろに濁しながら、一閃。簡単に真っ二つに折れた小さな塊は、二本目の燭台切光忠は、壊れる直前に笑っていた。
こんなに簡単なことだったんだ。なんで我慢していたんだろう。折れた刀を隠さなきゃとぼんやり思っていると背後から足音。緩慢な速度で振り返れば、必死な顔をした審神者が走り寄ってきた。自分のところに来てくれたのだと、もやもやとした憂鬱な気持ちが晴れていく。
やぱり主くんは僕の方が大切なんだ。あんなやつよりもずっと、僕の方が大切に決まっている。そう思うと少し、大人げなかったかな?なんて、思考を散らしながら向かい合う。

「光忠ァ!」
「あ、主くん。ごめんね、これは…」
「光忠、光忠!ああなんて事だ、どうして…!」
「…………………ねえ、主くん。それは燭台切光忠じゃないよ」
「かわいそうに、いったい何が起こったんだ。燭台切、ここで何があった?」
「…………………なんで?」
「…どうした?お前、まさか」

足元に散らばる刀の破片を、手に傷がつくことも厭わず掻き集める審神者に愕然とした。
何故、主はそんなもののために涙を流す?どうして?だってそれは、僕じゃない。

「なんで僕の事を燭台切って呼ぶの?親しい人は姓より名を呼ぶって言っていたじゃないか燭台切光忠の号は姓名みたいで呼びやすいってだから光忠って呼ぶって言ってたじゃないかなのになんでそこのナマクラを光忠って呼んでるのおかしいよだって僕は君の光忠だろう」
「ああ…お前、まさか、ほんとに…」
「ごめんね主くん!政府の人からこれを見るように言われていたんだよね?僕のせいで怒られちゃうかな、僕から謝るからきっと許してもらえるよ。だって僕は神さまだから!神さまだから、こういうの許せなかったんだ。ごめんね!」

どうして審神者が自分から距離をとるのか、燭台切はわからなかった。何故なら彼に審神者に対する害意や悪意はひとかけらもなく、何故か怯えている主をどうにか落ち着かせようと、自分の正当性をわかってもらおうと言葉を重ね続ける。

神さまは許されるんでしょう。大丈夫、神さまだからね、神さまってこういうかんじなんだ。
だから怖くないよ。僕は間違ったことなんて何一つしていない。どうしてそんな眼で見るの。
僕は君の燭台切光忠なんだよ。

刀の前、炎が揺らめく蝋燭。青銅の燭台。怯え命乞いをする男。刀の頃の記憶と幻視する。

なんで君が、そんな眼で僕をみるんだい。


言葉は重ねるほどに狂気を帯びた。死んだ人には絶対に勝てないという法則で、永遠になった幼い容姿の燭台切光忠。壊れてしまったと恐れられた燭台切光忠。
分霊が同じなら容姿が違うだけで思考も行動も似通っていました。永遠に愛される為に己の分霊にころされたしあわせな燭台切光忠のはなし。


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