君の肌に目が眩む




せっせと働けば額にじわりと汗が滲んで
ワンピースの裾をはたはたと風が通抜ける。
ここの人達の着ている服はお世辞にも綺麗とは言い難いし、せっかくだから洗濯も後でやってしまおうか。

食堂事件の後、
部屋で死んだようにぐったりしていた私はあんなに頑張ったんだから今日くらいとことん手伝ってみようかと次の仕事を探し始め、下っ端の仕事である掃除を手伝っていた。

汲み上げた海水を撒いて、ブラシでこする作業を黙々とこなすのはプール掃除みたいで気持がいいけど、今なら布団を丸洗いしたって直ぐに乾きそうなぐらい天気がいいのに、邪魔しちゃ悪いと思って避けていた一角を眺め始めてからもう随分時間が経っている。

たった1箇所ぐらい放っておけばいいのに、後あそこだけと思うとそれもできなくて、ついに痺れを切らした私は「重要な話ではありませんように」と祈りながらブラシを強く握り締めた。



「掃除するから、」


「ん?」


「って……ちょっと!!何を…!」


掃除するからそこどいて。

考えた通りにそう言うつもりが、
耳に入ってきた話題はユメケチャップでどうとか皿を割ったとか、そうかそうかワハハ!みたいなものだった。

こっちは掃除ごときで船長様をどかしていいものかとずっと悩んでたっていうのに、まるで見当違いだった上に恥を広めていただなんて。


「なに言いふらしてんのよ」


わざわざ居なかった人に話すなと怒りに震えていたら、さも余裕げに見下ろしてくるベンと目が合った瞬間「若いな」みたいな顔をされてしまった。
背を向けてカタカタ震えだした向こう側から「フッ」と吹き出す声が聞こえてくるもんだから、もういたたまれなくなってくる。


「頑張ってた、よな」


「うるさい」


「姉御掃除掃除ー」


「してるってば!ちょっと姉御って呼ぶのは…」


「ケチャップのハートで信者ができたのか、よかったじゃないか姉御」


「もう!早くそこどいてよ!!」


「姉御ー」


「姉御って呼ぶなってば!!!」


思い出し笑いでフラフラしやがる足元を狙って、つつくように掃除するという手法なのにサボっていると注意されるし。

シャンクスは次々と記憶を遡って神経を逆撫でしてくるし。

トドメのしつこい姉御呼ばわりにイライラが爆発して、バケツを片付けにやってきた雑用仲間さんに勢いでブラシを投げつけてたら よろめきながら「へぶ」と変な声を上げた。


「遊んでるようにしか見えないな」


「遊ばれてるんです」



結局こうなるのかと諦めて笑われていたら、シャンクスのシャツが目に付いて更に深い溜息が出た。

この男、
朝のケチャップをつけたままだ。

そりゃあオムライスを浴びた私が殴ったんだからケチャップくらい付いてるかもしれないけれど。
一度ならず二度までも、こうして忘れさりたい大惨事を思い出させるなんて本当に嫌がらせのプロかと思うほどの仕打ちだ。


「服脱いで今すぐ」


どうせ今から洗濯するんだし、
一番に洗って一刻も早く忘れてもらおうと思って、偉そうに寄越せと右手を突き出してはみたものの、上機嫌に歪み始める口元から不穏なものを感じて…慌てて手を引っ込めた。


「そんなに俺の裸が見たいのか」


「違う!違う違う!!」


ドタバタ慌てふためいてバカみたいだと自覚しているのに、顔の熱さに動揺が止まらなくて、否定の言葉を繰り返す以外どうしても言葉に詰まってしまう。


「仕方ねぇなぁ」


見せつけるようにシャツに手をかけ、
楽しそうにボタンを外すシャンクスは、主演男優賞レベルな悩ましげ演技に夢中でなのでちっとも話を聞いていない。


「俺がいいんだろ?アァ?」


中途半端にはだけた胸元を見てただでさえあわあわしているのに、予想の斜め上をいった自信満々の決めゼリフに「確かに好きだけども」と不覚にも図星で、何も答えられなくなった私を満足げに見下ろすシャンクスと数秒見つめ合った後、ついに言葉を失ってしまった。



「おいもう行ったぞ。…ユメ」


「え、ハイ!」


いつもみたいに威勢良く笑い飛ばしてくれればいいのに、穏やかに笑うものだから、顔の熱さがいつまでも尾を引いて去りゆくシャンクスの背中を眺める間、それ以外の時間を止めてしまっていたらしい。
取り残されたベンがいなかったら私はいつまでも立ち尽くしていたんだろうけど、まだ何か言いたげなその顔が気に入らないから、返事こそしたもののそのまま立ち去る事にした。




ハプニングにハプニングを重ながらやっとの事で自室から洗い物を回収し、その足で適当に部屋を回りながら洗濯物を集めれば広げた両腕は直ぐに一杯になる。

それを顎で上手く抑えながら視界を確保して、適当なタライでも借りて日当たりのいい場所で洗えばいいかと再び甲板へ向かった。


「用意しといたぞ」


「…何を?」


洗濯物をかき集める間にこんなものを用意してくれるなんて、気が利くというか優しいというか。人をからかう事に重きを置いているシャンクスとはやっぱり全てが違うなぁと、目の前にある木材にブルーシートを掛けただけの特設プールを見ながらそう思った。

それなのに、
そのサプライズに感激して「わぁ!」と感嘆の声をあげて直ぐ、その隣にそびえ立つ殺意が芽生えそうな程の服の山が目に入って、出かけたありがとうが感謝の気持ちと共に綺麗に消えていった。


「一緒にやってくれるんだよね」


「何の話だ」



これぐらいなら直ぐに終わるかなー?と余裕をかまして柔軟剤のCMみたいな幸せいっぱい洗濯タイムを想像していた私に、不敵な笑みを浮かべてその何倍もの量を突き付けてくるこの男。

こんな事するのはシャンクスだけだと思ってたのに、もう本当にがっかりした。
朝から疲労困憊な私。
こんな仕打ちを受けて本当に可哀想。


「日が暮れるぞ」


落胆する私に、この人もまたトドメをさしてくるものだから反撃せずにはいられなかった。


「これでどうだ」



すくい上げた水を思いっきり顔めがけて掛けてやれば黒髪につたう水滴がボタボタとシャツを濡らしていく。
これだけ濡れれば、ため息の一つでもこぼして「仕方ないな」と手伝ってくれる筈だ。


「覚悟しろよ」


「え?」


予想したシナリオと違う言葉と共に飛んできた濡れたタオルが、顔面に張り付いて危うく息が止まりそうになった。


「ちょ、ちょっと!!飛び道具は無しでしょ!」


「何か言ったか?」


副船長と新入りが喧嘩してるとか、イチャついてるとか、適当な事を吹き込まれて集まりだしたクルー達が、やっちまえとか引きずりこめとか大声ではやし立てるから、結局食堂の大惨事と似たような戦場ができあがってしまった。

私の攻撃は何一つ当たらないのに濡れたタオルが顔にばかりヒットするから、その度によろめいて隙ばかりうまれる。
完全に遊ばれてるのが悔しくてなんとか仕返しをと思うけど、度重なるタオル攻撃となだれ込む外野のせいでもう何処に居るのかも解らない。

本来の仕事も忘れてあちこちに濡れたシャツなんかを飛ばしていたら、ついに飛び交う洗濯物の向こう側に、いつの間に離脱して煙草をふかすベンの姿を見つけた。


「これでも食らえ!」


涼しげな顔にイラッときて、力の限り投げてやろうと足元に沈む洗濯物を掴んではみたものの、思いの外絡まったタオルやシャツは引き上げるには重たすぎて逆に足を取られてしまった。

それでもあと少しと倒れ際になんとか投げきって、本日2度目の派手な音を立てて私は水に沈んだ。



「フー!参ったかー!!!」


ところがざばっと音を立てて立ち上がり、
達成感に高々と拳を突き上げる私を見る外野の目は皆冷たくて、標的すら涼しげなままだった。
ならば私の投げた物は何処へ?と見渡せば、誰かのパンツを握り締めたシャンクスが、びしょ濡れで目の前に立ち尽くしていた。



「あ…あー、…ごめんなさい」


「ユメ」


「…ハイ」


シャツならまだしも、濡れた誰かのパンツを、参ったかと力の限りにぶつけられて怒らない人なんかいるわけが無い。
絶対に怒られるに決まってる。

ここはちゃんと怒られようと覚悟して見上げたら、シャンクスがまた良く分からない事を言った。


「サービスはその変にしとけ」


「…そのパンツ?」


「お前のだ馬鹿野郎」


「それ私のじゃないよ?」


ハテナが浮かぶ私に、頭を抱えたシャンクスが見た事も無い呆れ顔で溜息をついて「黒だろ」と言うから、ピンときた私は、変な叫び声を上げて再び水の中にへたりこんでしまった。


「うわあぁぁー!!!シャンクス!シャンクス!シャツ貸して!!!!」



溜め息ばかり、言葉もでないといった様子で、シャツどころか羽織っているマントを頭から被せて濡れたまま抱き上げられてしまい、「お前ら干しとけよ」の一言をもって洗濯は強制終了させられてしまった。


歩く度に水が下に落ちて、張り付く温度が人肌にぬるくなっていくのが嫌になってくる。部屋に向かうまでの道程の中、何度か降ろして貰おうと思ったけど、溜め息ばかりのその顔を見るのが怖くて結局腕の中で丸くなるしかできなくなっていた。



「洗濯してたんじゃなかったのか」



部屋に入り、降ろされて初めて見た顔はわかり易く呆れが滲んでいて、説教なら甘んじてと思っていたのにやっぱり気が落ちてしまう。


「いつの間にああなっちゃった」


「周りが野郎ばかりだって事忘れてないか」


「事故だってば」


「自覚が足りねえ。いつかこうなっても文句言えないんだぞ」


異様な空気に包まれ出した室内で腕を乱暴に掴まれ、扉に叩き付けられて顔をしかめれば、その隙に身動きが取れなくなる程の力で、束ねた手首を押さえ付けられた。

呆れの中に静かな怒りさえ感じて、
その行為も言葉も怖くて仕方ないのに、近づく顔が悩ましくも見えて自分でも整理のつかない悲しみが込み上げてくる。


「離してよ」


赤い毛先が首筋を掠めて、肩口に唇が触れた瞬間やっと声を絞り出した。緩んだ拘束を解いて突き飛ばしてしまった自分にも、それを見つめる複雑な表情にも胸が痛んで、睨み付けるつもりが目には涙が滲んでしまう。



「あんまり見せつけてくれるな」



来た時と同じように乱暴な音を立てて部屋から出ていったシャンクスの後ろ姿がいつまでも頭の中に残るから、滲んでいた涙が次々と溢れて、直ぐに前が見えなくなってしまった。



「別に見せつけてない」


そう言葉に出せば
ますます涙は止まらない。


人の気も知らずにあんな事をするシャンクスを憎らしいと思いながらも、相手がシャンクスなら文句なんてと、抵抗できなくなる程好きになってしまった自分に馬鹿馬鹿しくもなり、そんな思いの丈ほど「こんなのは嫌だ」という痛みが胸を締め付ける。

役に立ちたくても思ったようにいかなくて、迷惑をかけてしまった事や注意が足りなかった事も勿論悔やまれるけど、それ以上にこのショックは全てシャンクスに対するもので埋め尽くされていた。

色めいた瞳と突き放した後の表情が交互に浮かんで、言い様のない痛みと後味の悪さを引きずったままの私は、きっと直ぐに取りに来てしまうであろう、足元にたゆたう黒いマントをそのままに、部屋から逃げる事にした。






 






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