夢でも会いたい





「副船長ー、お頭が起きねぇ!!」


「船長室に放り込んどけ。…ユメ、冬島だぞ。あんなとこで寝て凍死する気か」


早朝の冷たい空気に響く誰かの声
船にまで積もった雪
副船長の説教


自分にとってあんなにも鮮やかだった日常のどれもが上の空で、全く関係のない風の音くらいにしか感じないのは、今誰かが呼んだそのお頭が世界を変えてしまったからだろうか。

ボケっと直立する私の横を風がヒューと吹いていて、その中で私を怒る声が聞こえた様な気がしたから、とりあえず適当に謝っておく事にする。


「はーいすいませんでした」


ちらりとそちらを向けば頭上に浮かぶ白いもやは溜息なんだか煙なんだか。ちょっと困らせてるかなぁなんて思いつつも、やっぱりどうでもいい。昨日の事で、こっちはそれどころではないんだし。


「そんなにお頭と寝れて嬉しいか」


「……は?」


自分の中だけでフォーカスしていた出来事に急に入り込んできたセリフは、話してもいないのに気持ち悪いぐらい合っていて、覗いていたカメラを取り上げられたような気になる。


「見張りサボった罰だ。大人しく留守番してろ」


反応してしまった事で確信したのか、にたりと笑う副船長に図星ながらなんだコイツと悪態を付きたくなるけれど、実際は心臓がバクバクしていてそんな余裕なんて微塵もなかった。




賑わう村人とか鹿みたいな生き物、
お菓子を焼く匂い、
色とりどりのイルミネーション。

結局想像していたものは全て無くて、
島の殺伐とした光景に「ですよねー」なんて独り言を漏らしながら私とコックだけを残して上陸し始めたクルー達を眺めていた。

大通りらしきものも見えるけれど目に入った家屋からは人の気配すら感じられない。こんなんじゃあ彼に見せたかったものは何一つ存在しないだろうなと、足元の雪を掻き集めて丸を作る。



シャンクスは何故あんなにも体温が解るほど傍に座らせたりするんだろうか。何故あんなにもずっと私を探してくれるのか。

弄んでるつもりはないと言ったその言葉が、頭をぐるぐる巡るのに、やっぱりどれだけ考えても答えはでなくて、それに費やした時間の数だけ無数に雪だるまが出来上がるという、シュールな光景が出来上がっていく。



「好きとは言われてないもんね」



そうは言っても言葉の意味ほど憂鬱ではない。彼から注がれる全てが熱すぎるせいで、どこかだけど、なんとなくだけど彼は私を見てくれているんじゃないかなんて、そんな風に思えた。

昨日の夜が毎日続けばいいとか、側に居たいだとかありふれた事を思いながら、幸せだから今のままでいいんだと笑って納得してしまえる程に、私の心はシャンクスでいっぱいに満たされていた。




「おい、野郎共の飯が入んねぇだろうが」

食堂の扉を開けるなり飛んできた言葉に待ってましたと顔が綻ぶ。冷蔵庫の前で立ち尽くすコックさんの背中は、明らかに迷い疲れていて予想以上に笑えた。


「可愛いでしょそれ」


コック帽を被った雪だるまを内緒で仕込んでおいたのだ。仕舞いたかった肉を片手に持ったままフリーズして、一体どれくらい悩んでいたんだろうか、肉が傷むのと雪塊を捨てるのとコックが選ぶべきは決まっているのに。



「出してもいいよ。どうせ溶けちゃうし」


「可愛い娘にこんなの貰っちまったら捨てらんねぇだろうが」


困らせてしまった罪悪感なんか無いに等しくて、自分へ向けられた真っ直ぐな愛に優越感と達成感しか感じない。


「みんな何やってんのかなぁ」


馬鹿馬鹿しいけど筋肉もりもりな大男達が揃いも揃って笑顔で雪合戦なんかした日には腹筋が崩壊するんじゃないか、なんて呑気な事を考えていた私は次の瞬間、聞くんじゃなかったと激しく後悔した。




「そりゃお前、海の男が恋しいのは陸と女しかねぇだろが」



そっか、なるほど。

目が覚めたのは鈍器で頭を殴られた様な衝撃のせいではなくて、平穏で思ったよりも落ち着いてるなんて思い込んでいた、お花畑状態だった自分に気が付いたからだろう。

コックの言う通り、陸と女に飢えた海賊にちょっかいを出されただけなのかもしれない。だから好きだなんて言われた事もない、伝えた事すらない私が束縛する権利は、ましてや我が儘を言う権利なんかあるわけがない。

どれだけ私が幸せを感じてもゼロ。
数ある酒場の女達と私は同じで、
結局彼との間には何も存在しないんだ。



「お前、昨日の飯食ったか」


「…美味しく頂きましたけど」


「馬っ鹿野郎が!!素直になれるおにぎりっつったろ!なんで言わなかった?頭に惚れてんだろ」


なんで
伝わらなくていい人には
伝わってるんだろうか。


「…まあ、そうだね」

「今さら効いても意味ねぇよ」


テーブルを叩いて大笑いするコックに思いっきり顔をしかめたけれど、父親に男の話をしている様な空気感にはとても心が救われる。


「今頃、綺麗な人を沢山はべらせてるのかもね、あんなのに引っかかって馬鹿みたい。ほんと死ねばいいのにムカつく死んだらいいわ存分に」


「お前ぇ口悪いが言ってる事は可愛いじゃねえか」


「どこが?総じて醜いわよ」


「そんなに嫌なら言っちまえばいいだろ」


まんざらでもなさそうだからと簡単におしてくるけど勿論そんな事は出来ない。

熱にうかされるままに好きだと言って、それが勘違いだったらそんなバカらしい事はない。 それに玉砕した後も同じ船で一緒に過ごせるほど自分が器用だとも思えないし、そうなればこの船を降りるしかなくなるだろう。

こんなにも楽しくて愛しい日々 。
非力なただの女を仲間と呼び笑いあってくれる仲間、胸を騒がせる想い人の眩しい笑顔、言い尽くせぬこの愛すべき日々をそう簡単には捨てられない。



「言えない。言わないルールだから」

「なら言わせりゃいい」

「そうだね」

「頑張んな」

「ありがとうねお父さん」

「はー!娘ってのは可愛いーねぇ!」


血の繋がりなんて全くないけれど、リップサービスでそう言えばくーっと唸り声まであげ始める。

感情のわかり易い言葉を貰えて
くすぐったい気持ちになって。
愛されてるというのは
こんな感じなんだろうか。

シャンクスから注がれるもの全てもこれぐらい、誰に対して、どういったものなのか、ハッキリしていたらいいのにとも思うけど。
自分からは伝えないのがルールなら好きだと言って貰えるまでは、何があってもベストの笑顔で、ベストの私でいるしかない。

選べる選択肢なんて最初からないのだから、こうして悩むくらいなら笑っていなければ。

同じ時を過ごしているんだし、
今の状態で充分幸せだ。
それ以上を望む必要なんてないんだ。


コックから返してもらった雪塊を甲板の雪だるま達のとなりに並べて、私は上手に気持ちを切り替えたつもりで部屋に戻った。

それでも欲しい欲しくないの葛藤はいつまでも尾を引いて、沈んだ心にふかふかの毛布が気持ち良くてすっぽり布団に収まると、じんわり広がる温もりに昨日の晩のシャンクスを重ねてしまう自分がいた。


「ばーか」


勝手に頭に浮かんでくる、女性達の中央で笑うシャンクスにそう呟けば、理屈やルールでは片付けきれない本心が見えた気がして涙が溢れてくる。

あんなにも優しい瞳
暖かい手
耳元で囁かれる甘い声

それが他の人に向けられるなんて考えた事も無かった私には、息さえまともにできないほど苦しくて。行き場のない思いを引き連れて、私は深い深い眠りへと落ちていった。





流石に寝ているだろうと見越して部屋に入るとユメは激しくうなされていた。 布団に爪を立て、一筋の髪がじっとりと汗で頬に張り付いている。

持っていた物を枕元に置いて、乱れた髪をそっと払い、額を合わせてみたが特に熱があるわけではなさそうだ。

離れようとしたところで突然丸めていた背中に手がまわり、起こしてしまったかと慌てたが、目の前の瞳は閉じられたままで起きる様子はない。

調子が悪いのかとばかり思って気が付かなかったが、数センチ先のまつ毛は黒く濡れそぼり、枕には水滴のあとがいくつもある。
目尻から流れるように残った涙の跡に、これは一体何事かと眉をひそめた。




「、言ってよ…シャンクス」




全く予想外で面食らった。
こんなに激しくうなされてどれだけ恐ろしい悪夢をみているのかと思えば、抱き締めるように伸ばされた腕と、まさかの自分を呼ぶ細い声。

ここまでの苦悶の表情の要因はどうやら自分が作っているらしいが、溜息と共に、一瞬で顔がほころんでいくのが解った。



「なにをだ?」



愛でるように髪を撫で、そのまま顎のラインに指の背を滑らせれば、ほんの少しだけ微笑んだ気がする。
そんなに恐ろしい悪夢なら救いだしてやろうとも思ったが、当の本人は温もりを捉えて安心したのか、背に回った腕に僅かに力を込めて、再び深い寝息をたてはじめた。




「俺を口説く時はいつも意識がないんだな」




たとえばそれが涙を流す程の悪夢でも、
夢の中で自分の事を考えているのかと思うと、狂おしいほど愛しさが胸に込み上げてくる。


「起きてる時にされてぇもんだ」


頼りなく絡められた腕がほどけぬ様に、そっとベッドに乗り上げると、シャンクスは横になってユメの背に手を回した。






 






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