ねぇ、教えてよ






浅い眠りの中、
刺すような冷たい空気が首筋を撫でる。

暖かいまどろみを邪魔されて疎ましく思いながら、布団をぎゅっと抱き寄せ、その温もりが連れてくる睡魔を受け止めて足を絡めると、抱きしめた布団に、顔をすりよせながら埋めた。



「そろそろ限界なんだが」



二度寝を妨害された事で止まっていた思考回路が少しずつ回りだす。 眠気を払うように目を擦り、聞こえる筈のない声と、違和感を確かめるためにユメはゆっくりと目を開けた。



「おはよう」



聞き覚えのある声に
頭はフル回転を始め、
目の前にあるのが男の胸板で、
この枕はその男の腕だという事を知る。
上を仰げば頬にかすめる赤い髪。

その男は自分の鼻にわざと鼻頭をつけて、目を細めると、ニヤリと笑みを浮かべた。




「誘ったのはお前だからな」



「うわぁぁぁぁああああ!!!!!!!!……うわあああ!!っっ」




血の気が引く音と、顔が紅くなる音が同時に聞こえた。近すぎる待ちわびた顔に驚いて、勢い良くベッドの隅に飛び退くと、必死に身を隠すための布団を探す。

どこにもないな?と足元から手繰り寄せた布団が、先程まで自分が足を絡め抱きしめていた物が布団ではなく、シャンクスだったのだという事を物語っていた。



「俺は何もしてないぞ」



さっぱり意味が解らない。
記憶と噛み合わない光景とその発言に、頭は完全にオーバーヒートしていた。



「なっ!!!…なっ……なんで…!どっからっ…!!!?」



「どっからってお前」



扉からに決まっているのだが沸騰ぎみの脳みそでは何を言っているのか全く自分でも解らない。

シャンクスは目にかかる赤い髪を無造作に掻き上げて、肘枕を付いて寝そべったまま、極上の笑みを浮かべた。



「…ああ、煙突から」



たくましい腕がすっと枕元に伸び、見覚えのないリボンのかけられた派手な箱が差し出される。



「随分探したんだからな」



もう本当に、
言葉が見つからない。

シャンクスはいつも、こうして一度に処理しきれないものを突き付けてくるから思考が追いつかなくて本当に困る。

でも目の前にあるのは確かにプレゼントの外観をした箱で、サンタのつもりなのか間延びした声でホッホッホーと言うこの人は私に向かってそれを差し出している。

これじゃあまるで
私への贈り物みたいじゃないか。




「これ探してたの?酒場は?」



「なんの話だ?ユメが離さねぇからまだ一滴も飲んでねぇ」




自惚れていても、いいんだろうか。

ほらやっぱり今のままで充分幸せじゃないかと思ったら、あの時の暗い気持ちが嘘のように晴れていく。


ひとり自己解決して惚けていたら、
何かに気付いたのかシャンクスが悪巧みをする少年の様に瞳を妖しく輝かせ始めた。



「夢の中の俺はユメを泣かせる程悪い野郎なのか?」


「そりゃあ酷かったよ、いつも通り悪い男」


「ほう、そんな酷い男に何を言って欲しかったんだ」



おいおいちょっと待て
なんで夢の内容を知ってるんだ。

確かそれはさっきの悪夢のハイライトだ。付き合っているという設定なのにも関わらずシャンクスは笑う事もなく何も語らない。

ただ側から消えていこうとするその先には綺麗な女の人がいて、そこでは彼は笑うのだ。そしてまた私の隣へ戻ってきて無表情になる。
救いようのない、途方もなく悲しい夢だった。

そしてそんな彼を諦めきれない私は、彼を捕まえてこう言おうとする。


(言ってよシャンクス、私を好きだって)


うまく喋れなかったのは夢だったからなのか、どうしても最後の一言が言葉にならなくて何度やっても口から発声される事はない。
私は悲しみに暮れていたけれど無表情だったシャンクスが一瞬だけ微笑んでくれて、もうこれだけで幸せだといとも簡単に満たされて終わるのだ。



「ユメの寝言ははっきりしてて面白いな」


「なんて…私なんて言ってたの?!」


「言ってよシャンクス。で?何をだ」


「……解んないわよ」



へぇと一言、まだ何か言い足りなさそうにする彼の目は未だに私を疑っている。どうにか諦めてくれと祈ってみたが、矛先は違うところへ向けられた。


「酒場で何してると思ったんだ」


しまった。
動揺と衝撃を隠せなくて、
無意味に手で口を塞いでしまう。


「そりゃあお酒を飲んでると。なっ、なによ」


にじり寄ってくるシャンクスは、
さっきよりも怪しげに目を光らせて、ほーうと言いながら楽しそうに間を詰めてくる。核心を突くようにじりじりと追い詰められ、ついには抱えた箱を挟んで押し倒されてしまった。


「妬いてたんだろ」


悩ましげな表情とこの体勢、
この空間にすらもう限界だった。


「ばっかじゃない…!!違うわよこの勘違い男!どいてよ馬鹿もうっ!!」


ばたばたと暴れるように押しのけて、ユメは箱を持ったまま部屋から飛び出して行った。

そのあまりの可愛さに口元はゆるみっぱなしで、腹の底からは次々と軽快な笑いが溢れて止まらない。


「まったく、こっちがのぼせちまう」


シャンクスは横になると、しばらくの間ユメが出ていった扉に目を細めていた。




口をパクパクさせながら、
言葉にならない感情に頭を悩ませ、ユメが勢い良く飛び込んでいったのは副船長の部屋だった。


「ベン!!!嫌だ!!!!!」


「あ?」


血相変えて人の部屋に飛び込んで来ておいて、第一声が“嫌だ”と言われれば誰だって言葉を失う。


「助けて!…ってちょっとなんでシャツ脱いでんのよっ!早くなんか着て!!!それどころじゃないの、とんでもないの!どうしよう!」


「俺の部屋なんだが」


溜め息をつきながら渋々脱ぎ捨てたシャツを羽織る。肩で息をするユメの顔は真っ赤で、腕には派手な箱が抱えられていた。


「シャンクスが寝ててプレゼントくれるし迫ってくるから!…もう私布団かと思って抱きついちゃったしどうしよう…本当に何なのよあれは…どうにかしてよ!もう!!あああ!あの性悪男!!!」


支離滅裂な事ばかり叫んでいるが、ユメは羞恥のあまり、耐えきれず大暴走しているのだと解ると、流石に笑いが止まらなかった。


「おいおい、勘弁してくれよ」


「なんで笑ってんの!助けてよ!!」


「何がそんなに困るんだ」


「そりゃあ…嬉しいけど…どうしたらいいか解んないのよ!!あの人あんなだから!ねぇ、こんな事されて私は次から一体どんな顔してシャンクスに会えばいいのよ?……あ、そうね…またピクニックセットBランチでもコックに頼んで…できるだけ会わないようにまた時間をずらせば後は」


「頭も報われねぇな。礼は言ったのか」


次はどこに隠れようかと考えていたユメは、まるで意識が戻るかの様にはっと普段の表情に戻った。



「あ……………言ってない」



「くれた奴の前で開けるもんだろ」



箱よりもシャンクスの気持ちの方が嬉しくって、悪ふざけに気が気じゃなくて忘れていたけれど、手元に視線を戻せば可愛いリボンが少しだけよれている。

1日私の為に探し歩き、寝相で捕まりお酒も飲めず、やっと目を覚ました所をお礼も言わずに突き飛ばしてしまった事を思い出す。その上自分は逃げる事を考えていた。

ちょっと、
悪いことしちゃったかな。


「…御迷惑をおかけしました」


罪悪感に肩を落として深い深呼吸をすると、ユメは副船長の含み笑いを聞きながらまた部屋へと戻っていった。




自室のドアを開けると、シャンクスはベッドにうつ伏せで倒れるようにして眠っていた。

よくよく考えれば昨晩は朝方まで見張りで起きていたし、朝からこれを探し回っていたのだとしたら、それは明らかに睡眠不足だ。きっとしばらくの間は目を覚まさないだろう。


床に座り、
本当に起きないかどうか確信が持てるまで疑り深く観察し続けて、やっとリボンに手をかけた。


何が…入っているんだろうか。
この人が私に贈るものなんて全く想像できないのに箱はこんなにも大きい。シャンクスが私に渡したかった物とは一体何なのだろうかと、そんな気持ちで最後に残った箱のふたを開けた。


「……嘘ぉ」



驚きで危うく息が止まる所だった。

震える手でそれを掴みゆっくりと立ち上がれば、胸騒ぎがするほどの赤を、柔らかな黒いレースが覆うように広がった綺麗なドレスが、箱の中からするすると現れる。


この人が、これを私なんかに。

眠ってしまった間抜けなサンタの顔と交互に見ればこっちの心境など知るよしもない、穏やかで無邪気な寝顔が、寝息の間にスピっだとかガーっだとかいびきをたてる。

目にかかるその髪にも似たドレスに、深い意味が込められていたらいいのにと思うと、甘い切なさが胸をいっぱいにした。




「似合わないと思うよ、私には」




ごご、と返されたいびきに
思わず笑ってしまう。



「…でも凄く嬉しい」




拭っても拭っても溢れ出る涙を拭って、もう一度綺麗なドレスを抱き締めると、枕に押し付けてしまって歪んだ口元を眺めながら、自分もベッドの端に頬を乗せた。




「ねぇ、教えて、なんで赤なのか」



眠っているのをいいことに、普段言えない言葉を呟いても、可愛い寝顔で全部聞き流してくれるからこれは当分癖になりそうだ。

私はいつまでもそこから離れられなくて、
ずっとそんなシャンクスを見つめていた。






 






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