スノードーム
「お前だろ!こんなに雪玉転がしやがって!」
「あ…忘れてた」
「宴ができねぇ!!さっさと片すぞ!」
突然かけられた言葉に足を止めたら、甲板には見覚えのある無数の雪だるまが散乱していて、数人のクルー達が片付けに明け暮れている所だった。
「ねー、あれ皆の顔って解った?」
「肉やら銃やら、タバコ持ってる奴に3本傷だろ?お前ぇがそんな可愛い事してくれるからみんな片付けらんねぇんだとよ」
確かによく見ればクルーが片付けているのは雪だるまを除いた雪だけのようだ。
「ごめんごめん私がやるからさ。じゃあヤソップから捨てるわね」
「なんで俺からなんだよ感じ悪ぃな」
「そんな事言ってたら終わんないでしょ。ハーイさよならヤソップーまたおいでねぇ」
「ハーハッハッハ!!」
「何の躊躇いもねぇなテメェ」
「ひでぇ女だな」
投げた雪の塊は割れもせずに
波にもまれてぷかぷかと頭を出す。
「ねえ見て、ヤソップの頭こっち流れてくるよ。ルゥでも落としてみようか」
「ユメが投げても当たんねえに百万ベリー賭けてもいいぜ」
「よーし見とけー!」
なんてことないだろうと自信満々にルゥの体の部分を投げてみたけれど、不思議なほど全く見当違いの方向へ落ちて、ルゥの体は船体に当たって砕けてしまった。
「どこ狙ってんだよ」
「じゃあヤソップがやってよ!あれにくっつけて」
「貸してみな。こーやんだよ」
手元に残ったルゥの頭をひょいっと取り上げて、それはそれはゴミを捨てるみたいに適当に投げるから目を凝らして的を見つめた。
すると直ぐその隣に落ちて、的を巻き込みながら海面の下に潜り込んでいく。
「…命中って感じじゃなかったよ?」
「よく見な。ユメはくっつけろって言ったんだ」
まさかと思って視線を戻せば、再び浮かんできた雪塊が二つ、綺麗にくっついてまた雪だるまらしいフォルムに戻っていた。
「…すっごい!ヤソップ格好いい!」
「あったりめえよ。こんなお遊びもできねぇで狙撃手勤まるかってんだ」
「でもね、見て。あのヤソップ凄く睨んでくるの」
絵心皆無なお陰で、かなりのつり目になってしまったヤソップだるまの顔が、半分ばかり波から顔を出してこちらを睨んでるように見える。
ヤソップの頭部とくっついて元の形に戻ったルゥだるまは、それに反して凄い笑顔でこちらを向いていた。
「俺はもう駄目だ…くそう…、笑い過ぎて腹がいてえ」
二人で笑い転げてフラフラしていたら、耐えきれなくなったヤソップがその雪だるまを撃ち抜いてしまったから、私もいよいよ笑いが止まらない。
「次シャンクスいこう」
「頭が置いとけだと」
「馬鹿ね、本当に子供みたい」
完全にエコ贔屓だけど、シャンクスが溶けて無くなってしまうなんて切なすぎるから、それなら自分の手で捨ててしまおうとヤソップの制止を振り切った。
「ベンはどこなの」
「呼んだか」
「違う違う、本物は呼んでない。雪だるまのベンよ」
「なんでお頭捨てんのに副船長がいるんだよ」
「お世話係。シャンクスって手が掛かりそうだから、一緒に捨ててあげるの」
「あの人は遊びでも俺を巻き込むのか」
異様な光景に誰もが夢中で、 船上はすっかり割れんばかりの笑い声で溢れ返っていた。
ひと段落して綺麗になった冷たい床に座り、そのままの流れでなんとなく話し始めた現世の話をするうちに、ヤソップ自身の話になって、私は興味津々でその話を聞いていた。
「なんか意外」
「無理もねぇよ。そんな家族置いて海賊やってんだからな」
「寂しくない?なんで海賊なの?」
別に海賊を否定している訳じゃないけれど、愛する人と離れてまで何故海に出るのかを知りたかった私は、思わずそう聞いてしまった。
この船に乗った事で私自身も現世を捨ててまで離れられない何かを感じている。果たしてそれが正しい事なのか、その判断する材料をヤソップが持っている様な気がしたのだ。
もしかしたら間違ってるのかもしれない。いくらこの生活が楽しいからといって、本当にこのままでいいんだろうかと、少なからず不安を抱いていた私にとって、次にヤソップが放った一言は光り輝いて見えた。
「仕方ねぇだろ。海が俺を呼んでんだ」
ひと呼吸置いて震えだした私を見て、笑うなら笑いやがれ!なんて言っているけれど、そうじゃない。
「違うのヤソップ、私も海に呼ばれてたらいいなぁと思って」
そんな風に言われたら「呼ばれてるんだから仕方ないわね」なんて都合よく納得してしまう。あまりにも鮮やかに解決してくれたからお陰で心がせいせいした。
「お頭が、の間違いじゃねぇのか」
視線の先には目が覚めたのか、酒瓶片手に歩いてくるシャンクスが見える。
「否定はしないよ。…ねえ、もしヤソップの家族が私も行きます!って言ったら、シャンクスは乗せたのかな」
我らが船長とユメの顔を交互に見てはニヤニヤしていた男の顔は、いつの間にやら、なんとも呆れた表情へと変わっていた。
「ばっかやろーが。乗せれるかよ」
「なんで?」
「惚れた女にゃ弱ぇもんなんだ」
ヤソップはくるくると回していた銃をしまって立ち上がると宴の輪を眺めた。
「ところでユメ。否定はしないんだな」
「嘘ついてもねぇ」
「……お頭に言ーってやろー!」
「駄目駄目!それは無し!ちょっとヤソップ!怒るよ!!!」
きっと彼は言わないだろう。
解っていたけれど追いかけずにいられなくて、私は男達の輪の中へと全速力で飛び込んでいく。
私は代わり映えの無い毎日なんて大嫌いだった。繰り返す日々が憂鬱で、そう思う自分自身も好きではなかった。それなのに今ときたら。
笑いあえる仲間たちと、
近付く事も遠ざかる事もない
水平線に恋い焦がれるような毎日も。
発展途上なこの関係も、愛しくて愛しくて仕方がない。胸を痛める時もあるけれど、それでも昇る灼熱の太陽に、また幸せを噛みしめる。
目に映るもの全てにシャンクスを重ねて、面白い程いつでも彼の事を考えているそんな自分も、あんな彼も、こんな不変的日常も、今では愛しくて仕方がない。
「シャンクス、さっきのありがとう」
シャンクスとベンの間という位置が定番だけど、そんな所でお礼なんて言ったらベンにからかわれそうで。私は船の隅で、樽に座るシャンクスを捕まえた。
「てっきり着て待ってると思ったんだがな」
「そんな普段着になんかできないよ」
「ならデートでもしてやろうか」
高い位置で足を組んだままのシャンクスが、急に顔を寄せるから思いっきり仰け反ってしまう。こんなにも上から目線なのに嬉しいだなんて、私はもう本当に病気かもしれない。
「シャンクスが泣いてお願いしたら考えるよ」
「そうか、残念だ」
「ふーん。そんなにひれ伏すのが嫌なの。やっぱり口だけなのねぇ、シャンクスは」
「とんだ女だな」
「シャンクスだけには言われたくない」
「言っとくけどな、目に見えなくとも存在するものもあるんだぞ」
「私は目に見えるものしか信じない」
「なら見せてやろうか」
「あー!!!!!!!ちょっと!駄目駄目!
余興番長が一番だから私が先ー!!」
余興番長を差し置いて歌い始めてしまった男達の元へ走り出した私には、もう何て言ったのか解らなかったけれど、
振り返って見たシャンクスは穏やかに笑っていて、行ってこいと手を揺らすその姿に安心した私は、手を振り返して甲板の隅へと駆け出した。
今日はあの歌を歌おうか。
あの時は、引っかかってまんまと落ちる前になんとか惑わせてやろうと、その気も無い癖にたぶらかそうとする女たらし野郎を、からかうつもりで仕掛けた悪戯だった。
外見は愛の歌でも
中身はただの仕返しだった。
ドキドキさせられるのが尺だから、
その気もないのに誘惑して惑わせてやろうと歌っただけ。
でも今は、
完璧に溺れてしまったから
その悪あがきは終わりにする。
惑わせてやろうとかじゃないから、
もう目を潤ませたり
着飾って歌ったりなんかしない。
私が勝手に愛してるだけだから、
一方的に独り言のように
自分が楽しいようにやる。
もう目だってくれてやらないんだ。
まさかラブソングを、
本来の意味で歌う日がくるなんて。
馬鹿なやつほど突っ走るとかいうけれど、
私はもう既に
愛することを止められそうにないな。
「余興番長、歌いますよー」
沈みゆく太陽が連れてきた星は、
宝石箱をひっくり返したかのように散らばり、透き通った風によって一層輝きを増しながら、彼らを優しく包みこんでいく。
船にちらつく照明といったら、
それぞれの想いを馳せた、色とりどりの電飾のように輝きを放っていた。
愚か者のラブソングを歌う女と、
笑い合い酒を酌み交わす海の男達、
甘い視線を向ける船長。
その隣で溜息をつく副船長。
静止したかにも見える時の中、
それぞれがスノードームのように
愛しき日常を胸に綴じ込めていた。
どうかこんな日々が
いつまでも続きますように。
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