芸術の島ガルニエ






気持ちの良い壮大な青空と、
初夏を思わせる暖かな風と太陽光。

ユメはといえば、
また懲りずに見張り番を引きずり下ろして勝手に代役を勤めていた。


「かき氷食べたいなー」


まどろみの午後、夏の香りが運んでくる睡魔を振り払うように、大きく両手を伸ばして空を掴む。


「……………ん??」

その一瞬、
手を下ろす過程で何かを見た気がして、眩しい太陽光を遮りながら、遥か海の向こうの何かに目を凝らす。

あまりにも自然に視界に滑り込んでいたから全く気が付かなかったけれど、水平線のその黒いモヤはいびつな輪郭を型どりながら、覗き込んだレンズ越しにその姿を現した。


「な、…なんなのあれ」


視界に捕らえたビッグニュースに感銘を受けて、私はすぐさま船内へと駆けだしていった。


「ねぇ、島だーー!すんごい島がーーー!」


凄い速度で押し迫るその島は、
口では言い表せないほど、
目を疑うほどに
荘厳で神秘に溢れたものだった。



街が、浮いている。

ごつごつとした巨大な岩に街が張り付き、
浮いているとでも言えばいいのか。

岩肌の断崖に張り付く彫刻の様な建造物が所狭しと立ち並び、その全貌の頂きには、一際美しい輝きを放つ、神の創造物とでも言うような城が建っている。

童話から飛び出したと言うにはこと足りぬその島は、まるで人の往来を拒むかのように、広い海原にぽつりと浮かんでいる。 まさに断崖の孤島だ。


「…なんだありゃあ…」


騒ぎを聞きつけて甲板に顔を出したクルー達は皆、その光景に呼吸すら止めてしまいそうな程だったのだけど。


「やっとか…良い酒がありそうだな」


ええええ…。
あの島を目前にして出たとは思えない間抜けな発言には本当に呆れた。


「もっとロマンチックな考え方とか出来ないの?」

「充分な浪漫だと思うがなぁ」


お酒のどこがロマンなんだ。
この人にそれを求めるのは無駄だと悟った私はため息をひとつ、持ち場に戻っていくクルー達を横目に、その島を食い入るように見続けた。



「シャンクス、あの島に下りるんでしょ」

「あぁ」

「あんな島を歩けるなんて夢みたい…きっと舞踏会に行くお姫様みたいな気分になれるだろうね」


隣でハッと不自然に息を吐く音が聞こえてシャンクスを見たら、船の欄干で干された布団みたいに体を折り曲げているから、二度見してしまった。


「な、なに?」


すると突然ゲラゲラと派手に笑い始めるから、 とんでもなく恥ずかしい事を言ってしまった気分になって顔を一気に赤く染めた。


「いや…随分と元気でがさつなお姫様だなと」

「うっさいわよ!ガサツで悪かったわね」


なんて酷いんだ。
…まあ、多分最初からこうだったんだろうけど。きっと心臓が追い付かない程の楽しい日々で気が付かなかっただけなんだろうけども。

別にこういうのは楽しくて好きだけど、近頃ではこうしてからかわれて遊ばれていると、少し悲しくなる。


最近のシャンクスは少し変わった。
そんな気がするだけだけど。

前までは私を惑わせて、
取り乱したところで更に追い討ちをかけるという手法を使い、赤面させてはニヤニヤと笑っていた癖に、最近そんな事が全くと言っていいほど無くなった。

そしてその代わりになのか、
こうして健全にからかってくる。


以前が過激すぎただけなんだけれど
あんなにも甘い日々があった手前、それが急に無くなるとあの時感じていた「私を見ていてくれてるのかもしれない」という思いが綺麗に消えていくのだ。だから笑われる度に少し寂しくなる。


それでも目の前にあるのは眩しい笑顔だから、流石に絶望を感じたりはしないけれど、できれば、できれば後ほんの少しくらいは…女扱いしてくれたっていいと思う。



このままでいいと言っていた癖に、日に日に積もる変化への違和感のせいで、私はいつの間にかあの時は求めようとも思わなかったものを欲するようになっていた。


「お頭、上陸できねぇ」


異様な言葉で空気を割ったのは
いつもと同じ煙草を加えたベンだった。


「どういう事だ?」

「浅瀬だ。ここから先に船は行けそうにない」

きっと大量のハテナマークが
頭上を飛び回っていたに違いない。
見えているとはいえ、
島まではかなりの距離がある。

にも関わらず、船はこれ以上
その島に近付けないと言うのだから。


「解った。干潮を待つ」

「えっ…まさか……潮が引いたらあそこまで渡るの?」

「あぁ。さっきからそう言っている」

「ええええええええ!!!!!!こんなに距離あんのよ!?途中で潮が満ちてきたらどーすんの?!」

「なんだ泳げねぇのか」

「自信がないなら遺書でも書くんだな」

「泳げるわよ!!!絶対に留守番なんかしないからっ!」

憎たらしく笑うシャンクスと、
相変わらず動じもしないベン。

なんだかムカつく二人に、
私の闘争心は完全に火がついた。
だれが遺書なんか書くものか。
意地でも上陸してやる。


そして
刻々と迫る上陸の時。

暮れていく夕陽が闇を落とし、
サーチライトが島全体を照らし始める。


「潮が引いた。…上陸だー!!!!全力で走れーーーーーーー!!!」



赤髪の一味は断崖の孤島へ
一筋の干潟を一斉に走り出した。




「い゛やあぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」




予想通り打ち寄せた波に
一目散で走り抜けた一味は、
慌ただしく未知の島に上陸した。



「死ぬかと思った……シャンクスありがとう…でもちょっと楽しかった」


静まり返った海に気を抜き、
恐るべき速さで満ちる潮にも気付かず、呑気に記念品の貝殻を拾っていたユメを、シャンクスが慌てて肩に抱えて走り抜けたのだ。


「……すまないユメ」

「なに?」

「…重い」

「うっさい!!何よ!シャンクスが担ぐからでしょ!?私頼んでないわよ、それにちゃんと泳げます!!」

「嘘だ嘘、そう怒るなよ。…ったくお前は沈んだらどうする気だ」

「だって欲しかったもん」

「あのなぁ…」

「この貝殻なんてトゲトゲ具合が凄くいい味してると思うのよね」


カバンに詰めた2つの貝殻の中から、一番のお気に入りを両手に乗せて、さあ見よとばかりに突き出した。


「たまには大人しく言うこと聞いてくれ」


その言い方は。カチンとくるな。
クルー達は予想外の全力疾走に高揚気味な事もあり、こぞって大口で笑い飛ばしてくる。



「なんにも面白くないわよ!!」


子供扱いされている事も
笑われている事にも腹が立ったが、
それに勝る切なさが邪魔をして
返す言葉が出てこない。

女扱いどころか
子供の様に諭されているのだ。
自分でも突き出した両手が子供に見えて、
なんだか全く相手にされていない様な気がした徹底的瞬間だった。


「持ってきた荷物を宿に運ぶんだ。暫くは船に戻らねぇ。街にでる奴は散らばって行くんだ。俺とベンは別行動を取る。ユメは絶対一人にするな」


しっかり私の事まで指示すると、 シャンクスはベンと共に岩間の影に見える砂利道へと消えていった。


取り残された皆の輪の中で一人貝殻を見つめる。巻き貝は波の音を覚えてて、耳を当てると波の音が聴こえるのだと何かの本で読んだ。

少しでもシャンクスと過ごす時間を形に残しておきたかったんだと言っても、彼は笑うのだろうか。


感じの悪い上陸から数分後、
ヤソップとルゥについて街の中心へ来た私は、その賑わいと独特の祭りのような空気感にのまれて、さっきまでの憂鬱な気持ちなんてすっかり忘れ、街の状勢調査という名ばかりの観光をちゃっかり楽しんでいた。



「信じらんねぇぜ!こんなうめぇ肉初めて喰った!!」

「っやだ!!!…ちょっとルゥ!!お肉飛ばさないでよ!」

「おお、すまねぇな」

「全く品のカケラもねぇな!余所者バレバレじゃねえか」

「お前だって ”見ろぉぉぉ!女神の形の銃だ!初めて見たぜぇぇ"とか叫んでただろうが」


日はとっくに暮れているというのに、
不夜城のように耀く眠らぬ街。
賑やかなバザールを、
負けじとはしゃぐ御一行が通り抜けていく。



ユメも例外ではなく、寧ろ一番の観光者とでも言うようなはしゃぎっぷりを発揮していた。

島の外観を超えるほど美しい神殿の様な建築物、レンガ造りの家屋、石畳の大通りに広がるバザール。そんなものに右も左も囲まれているのだ。



「夢みたい…こんな所に住めたらなんの悔いもないね……あ!見て、あそこ石碑があるよ」


バザールの終わりに広がる泉の広場に、
ぽつりとたたずむ石碑を見つけると一目散に駆けていった。




“この地の岩山に建てられし礼拝堂に
大天使ミカエルを奉る。

此の世の全ての芸術をもって祝福せよ
さすれば瞬時に海に輝く街となり
永久に繁栄と栄光の島となるだろう。

美の驚異と称される
芸術の島 「ガルニエ 」の
長い歴史の幕開けを此処に記す”




「…だってさ!!素敵すぎるよ!!…私のいた世界じゃ絶対に見られなかった光景ね、……本当に幸せ」

「芸術の島か。どうりでご立派な訳だ」

「あぁ。芸術的な味だぜたまんねぇな」

「お前はいつまで喰ってんだって」

「飛んでる!ルゥお肉飛んでるってば馬鹿!」


それぞれの余暇を楽しみながら、
仲間のクルー達が入って行く建物を遠目に見つけると、私達は足早にその宿へと向かった。



「…なんで俺より遅いんだ」

レトロな調度品で飾られたロビーへ入ると、革張りのソファーに腰かけたベンが煙草をふかしていた。


「観光してたのよ!ねー。」


溜め息をついてはいるが口角はつり上がり、ふっと零れる笑みから呆れきれてはいないようだ。


「シャンクスは一緒じゃないの?」

「残業中だ。がっかりさせてすまないな」

「誰もがっかりしてないわよ」


煙草の灰が落ちる程肩で笑っているものだから本当にムカムカしてくる。


「もうあたし寝るから。キー頂戴」


ベンがちらつかせたキーを奪い取ろうとしたが、さっと手を挙げられてしまった。


「ちょっと、早く貸してったら!」


届くわけもないので怒りで必死に訴える。

鍵は一度空を舞い再び男の手中に戻ると、
ベンの背中を回ってやっと差し出された。


「煙草吸いすぎて死ね!」


「はっはっはっ!!」


ユメは罵倒してキーを奪い去ると、ドカドカと赤絨毯の階段を駆け上がっていった。


「副船長にあんな暴言吐くとは流石ユメだな」

「違ぇねぇ」


階段が2階を過ぎても
男達の笑い声は響いてくる。


…なによ。
みんなで子供扱いして。


キーに記された番号のドアを開け、
軽く部屋を見渡すと窓辺の椅子に座って超絶的な夜景を眺めた。


なんか冷たい気がする。

冬島以来、何度思い返しても目立って甘いことなどなかったように思う。酒が入ると出る歯の浮く様な台詞は相変わらずだが必ずそれを打ち消す笑いが待っている。

何故か今まで掛けられた甘い言葉が、
すべて胸から消えていきそうだった。


…どこで何してんだろ。

椅子から離れてすぐ側にあるベッドへ潜りこめば、恐ろしく居心地の良いベッドのせいで考え事が上手くはかどらなくなってくる。


瞼の裏に映る赤髪を最後に、
ユメは規則的な寝息をもって意識を手離した。




 






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