まるで王子様






「なんで着いてくんのよ。シャンクスの差し金でしょ」


「ボディーガードと言ってくれ」



つまり子守りって事でしょ。
この扱いが気に入らないのよ。


そんなに見張りたいなら本人がすればいいのに、人に任せておいて自分はあちこちで飲み歩いているんだから本当にむかつく。

それにこんなにも魅力的な街なのに、自分の好きなように過ごせないのは窮屈すぎだ。もともとふらりと出掛けてボケっとするのが好きな私には、もう本当に我慢ならない。

じゃあ一緒に買い物しよう!と楽しむフリをしながら、私はずっとその隙を狙っていた。


「待って、靴紐が解けた」

待ってくれている間にしゃがみこんで靴紐に手をかけてみる。逃げる気はないとふんだのか、ベンからは私を見張る気なんて微塵も感じられない。


このチャンスを逃してなるものか。

ベンが背中を見せた瞬間、
私は低姿勢のまま人混みに向かって
猛ダッシュで駆け出した。


巻いてやった事に達成感はあったけど、気分は何故だか傷心旅行の私はその気を晴らすために華やかな大通りを歩いていた。

通りすがる馬車に驚き、あれに乗ってみたいなんて思ってみたり、 敷居が高そうなカフェに勇気を振り絞ってわざと入ってみたり。
久しぶりのお一人様を存分に楽しみながら、至福の時をそれはそれは呑気に過ごしていた。



見つかりはしないかと、時々背の高い人に目をやりながら、好みのお店を探して再び通りに出た時、前から歩いてきた男とすれ違い様にぶつかった。

何この人…

ぶつかってしまったのではなく故意にぶつかってきた様に感じて、今頃ベンを巻くんじゃなかったと後悔したが、そう思ったところでもう既に手遅れだ。


「おっと、悪いねぇ…」

「いえ、私もごめんなさい」

「この辺では見ない顔だな」

あまり言葉を交わしてはいけないと思ったが、男の後ろには仲間がいたようで、一人、また一人とその後ろへと固まっていく。


「可愛いねー、ちょっとお話しようよ」

「ごめんなさい、急いでますので」

振り切ろうとしたところで退路を立つように囲まれて、ますます心拍数が上がっていく。今まで一度も絡まれた事なんてなかった私は後悔とパニックで頭が一杯で、もうこれ以上なんと言えばいいのかも思い付かなくて、体まで直立したまま動かなくなっていた。


「なぁいいだろ、お茶くらいいくらでも奢ってやるよ。…ぶつかってきた侘びが済んだらさぁ」


腕を捕まれ、やっとの事でやめて下さいと叫んだものの、男達は影のさした細い路地へと引きずるのをやめない。


泣き出しそうな気持ちは
この男達にだけではなかった。

この街の人々は
現世の人達によく似ている。
この状況も、助けを求めた事も、
全て見ていただろうに
誰一人近寄ろうとはしないのだ。

男達には目をくれるのに、私と目が合うと、誰もが視線を逸らして気まずそうに去っていく。暗い路地に置かれた古い荷馬車に叩き付けられて、いよいよ頭の中が真っ白になった。


「まずは俺からだ」


伸びてくる男の手に目を閉じ、
恐怖で全身を震わせながら、悲鳴を上げることもできない自分自身に苛立って涙が滲む。

ところが、
どれだけたっても
私の身体に触れる者はいない。

恐る恐る目を開ければ、

そこには
倒れた男達との間に立つ、
何者かの綺麗な金色の髪が
サラサラとなびいていた。


振り返った男の存在がとても輝いて見えて、暫くその青い瞳を無言で眺めていたが、不意に手を握られて引き上げられる。


「早く逃げなさい」


さらりとした動作で大通りへと背中を押したその人は、綺麗に微笑んで、走り出した私を最後まで見つめていた。

宿へ戻ろうとしたところでベンに出くわし、何もなかったかと聞かれた私は案の定、何もなかったと答えた。何故そうしたのかは解らないが、ただ頭の中にはあの青い瞳がこびり付いて離れなかった。



その翌朝、
交代で私の見張りをするらしく、ヤソップに付き添われて街へ出た私は、懲りずに群衆へ飛び込んでひとり歩きをしていた。
何の考えも無しにというわけではない。昨日助けてくれたあの人を探すためだ。


どうにかお礼をしたくてデタラメに街を歩く途中、向かいの通りのとある店に目が止まる。

見たことのない派手な花や、美しい彩色の花。普段花を愛でる事もない私を簡単に魅了するほど、存在感があるものばかりが並んでいる。



花屋“rencontre”

「レ………レンコン…取れ…?…解んないや」


レリーフに彫られた店名の解読を諦めるや否や、一輪の小さな花に心を奪われる。星のような形をした花だ。可憐なのにどこか活発で元気な気がするのは、この赤に近いオレンジ色のせいだろうか。


「ランコントル。出会いと言う意味だそうですよ」


買ってみようかと迷っていた時だった。 綺麗なブロンドに、まるで騎士か王子かというその出で立ち。そして聞き覚えのある声。声を掛けてきたのは、自分の探していた昨日のあの男本人だった。


「あっ!あの、探してたんです。昨日は助けていただきありがとうございました」

「いえお気になさらず、無事に帰れましたか」

「はいお陰様で」

それは良かったと一言、
微笑んだ男が急に背を向けるから、その不自然さにじっと様子を伺ってしまう。
すると花屋の店主と話していた男が急に振り返り、さっきまで自分が見つめていたあの花を差し出してくる。


「マドンナリリーという花です。一輪贈らせて下さい」

「…いいんですか…?」

「ええ是非とも、可愛いらしい貴女にぴったりです」


ラッピングされた花にキスをする眩しい笑顔はまるで絵本の王子様さながらだ。


「貴女と私との出会いに」


その紳士なふるまいに、溜め息をつく事しかできなくて、ぼんやり受け取った私はまたしても2度目のお礼を言いそびれ、名も聞かずして行ってしまった彼の事を心の中で王子様と呼ぶ事にした。

今日はいい日だなぁ。
生まれて初めて贈られた華を愛でながら、私は巻いたヤソップを探しに元きた道を戻って行った。





昨日の女は中々吐かなかったので、シャンクスは違う酒場を探して裏町をさ迷っていた。

こんなに早くから開いている訳もないので、道行く商人なんかに声を掛けてみるのだが、決まって相手にされず、何も聞く事ができずにいた。


「一体どうなってんだ」


今夜もまた飲むだけ呑んでなんの話も聞けずに終わる気がしたシャンクスは、適当に店の数を頭に入れると珍しく早く宿へ引き返すことにした。


そう遅くもない夕刻から、いつものように宿のバーを貸しきって宴は開かれた。珍しく早々に帰ってきたシャンクスと、勝手に消えるなと飽きれ顔のベン。

その間に座った私は、
適当に目の前にある酒を飲みながら、始終考え後に明け暮れていた。

この定位置は、最近シャンクスが不在のため久しぶりなのにも関わらず、以前のように胸をときめかせる事も無ければ、さして楽しくもない。ただ虚しいような、寂しさ寄りの懐かしさばかりを感じる。


いつぞやの宴の風景を懐かしく思い出し、あの頃にもう一度戻れたらと振り返る私の、一体何が変わってしまったのだろうか。

隣に居るというのに。
一体何が。

繋がりそうな言葉を頭に並べるうち、
完全にシャンクス不足の私は、飢餓状態になっていて、ただ拗ねてるだけなんじゃないかと考える。 すると隣の存在が急に憎らしく思えてきた。


「ユメ、飲みすぎじゃないか?」

「やけに大人しいな」

「…大人しい私は変なわけ?」

「変だ」
「変だな」


見事なハモりを見せた二人に、更に機嫌が悪くなる。人の気も知らないでへらっと笑うシャンクスを見ていたら、誰のせいで毎日こんなに悩み苦しんでるのかと、溜息をつく私に小さな悪魔が擦り寄ってきて、試してやれよと耳打ちをした。


「今日、王子様に出会ったのよ」

『はぁ…?』


ぽかんと口を開ける二人に、
初めて男から花を貰ったのだと
今日一番の出来事を話した。


「ね、王子様でしょ。紳士でしょ。私一瞬お姫様気分だった」

「お頭とは正反対だな」


以前なら歯が浮くような台詞の、
一つや二つ言って、
手でも出してきただろうか。

反応したのはベンだけで、何がツボに入ったのか堪えては吹き出すを繰り返すのに対し、何も言わないシャンクスは気にも止めずあさっての方を向いている。

かけた鎌も虚しい限りの反応だった。



かつては想うあまり
愛しくさえ感じていた恋心が、
今や見る影も無く
しおれて小さくなっていく。


私は消えてしまいそうなそれを、
人知れず両手で必死に温めていた。





 






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