確かな愛を持っていた
「この島は気に入りましたか?」
何を言われても上の空だったけれど彼には関係のない事だ。真実を教えてくれた彼に申し訳ないと思い、私は必死に考え事を引っ込めた。
「音楽や芸術は大好きなんです。ここは居心地もいいし素敵な島ですね」
これは偽りのない本心だ。
今でもこの島を初めて見た時や街を歩いた時の感動は忘れられない。
「でしたら是非とも、ユメさんに見せたいものがあるのですが」
「…見せたいもの?」
不思議に思いながらも、
大人しくついて行った先にあったのは、島のシンボルとも言える頂上の城だった。
華々しく着飾った人達が行き交っていて、初めて見る華やかな光景を前に感嘆の言葉をあげる事しかできない。
見ているだけで溜め息ものなその城の中へ歩みを進めるジョバンニさんに少し遅れてその後を追えば、現世で見た図鑑の中の遺産とは違い、栄華の真っ只中といった様子で城内は賑わっていた。
「何かパーティーでもあるんですか?」
「マスカレードです。毎晩の様に行われているんですよ」
豪華なシャンデリアのかかったサロンの中で、奏でられるワルツに合わせて、色とりどりのドレスが揺れ。まるで映画を見ているような気分だ。
まだ眺めていたかったなぁと後ろ髪を引かれながら、鎧の騎士が立ち並ぶ廊下を通り抜け、広間の螺旋階段をひたすら上っていく。
息があがるほど上階に達すると、
ジョバンニは幾つかあるうちの
一つの部屋の扉を開けた。
「どうぞ中へ」
泊まった事はないので解らないが、きっと高級ホテルのスイートの何倍も美しい光景。あまりにも似つかわしくなくて急に自分の格好が気になってしまう。
恐る恐る奥へと進むと、
彼はベルベットのカーテンを開き、
窓を開け放った。
「これを是非見せたくて。大天使ミカエル像です」
窓の外には街の全景が広がり、
それを包む様に
どこまでも海が広がっている。
そして
彼の指刺す通りに斜め上を仰ぐと、
隣の塔の頂きで
羽を持つ騎士が剣を掲げ、
空を刺して立っていた。
「大天使…広場の石碑の!」
「その昔、この島の崖に礼拝堂を建てよと司祭の夢に現れて告げたとされる大天使ミカエルです。まるで童話のようでしょう」
石碑に書かれた古い伝説が目の前に存在しているというのは、なんとも言葉にならないほど神秘的なものだ。
「見せたい物って…あの大天使像だったんですか?」
綺麗に微笑むジョバンニは目を細めて尚、その大天使を見つめていた。
「ええ。…大天使はこの街の礎ができた遥か昔から、こうして街の頂きから全てを見守り続けてきたのです。……そんな大天使様なら必ずやユメさんに神の加護を下さるでしょうと思いまして。貴女に神のご加護がありますように」
神様の存在を信じた事はないけれど、
沈んだ気持ちの私は神頼みでもしたい気分だったから、目の前の神々しさを前に、本当はいるのかもしれないと思ってしまった。
沈んでいたのも彼の言葉のせいだったけれど、悪意がないのは解っている。彼の粋な計らいは、心が暖まるほど素直に嬉しかった。
「この部屋はユメさんのために空けておきます。船を降りれる日がきたら、いつでも力になりますからね」
刺さるトゲには
もう見えないフリをしようか。
「やっぱりジョバンニさんのお城だったんですね。本物の王子様なんですか?」
「王子ではありませんよ。ジョバンニです」
間の抜けた返事に乗せた笑顔に、
また少し和まされる。
…大天使様、
どうか…どうか。
私はなにを願う気なんだろう
シャンクス…?
自分の幸せ…?
ふと窓の外に目をやると、
浅瀬の向こうに浮かぶ
レッドフォース号が小さく見える。
自分の我儘を願うには少し大きすぎるかなと思うと、とても願う事はできなかった。
「また来てもいいですか?大天使様に会いに」
「ユメさんならいつでも歓迎します」
「ユメさんなんてくすぐったい、ユメでいいですよ」
「では行きましょうか。ユメ」
優しい笑顔にエスコートされ、
去り際にいい願い事を思い付いた私は
振り返って天使像を見つめた。
どうか。…レッドフォース号に、
…彼等に幸運を。
大人しく宿へ戻る事にした私は、あれからずっと今後の身の振り方を考えていた。 ただひたすらに俯いて、夕陽でオレンジ色に映える砂利の小道を半分ほど来た時だった。
「赤髪海賊団の紅一点…お前だな」
後ろからの不審な声に振り返れば背後は既に大勢の輩に囲まれていた。 街で絡んできた男達とは比べ物にならないその物騒さに体中が震える。
「なんの用ですか」
やっとの事で発した言葉はやはり震えていて、男達は楽しげにそれを笑った。
きっと今日、あの話さえ聞いていなければ、街で絡まれた事を思い出して、同じ事は繰り返すまいと、必死に助けを求めて叫んだのかもしれない。
…絶対に一人で解決するんだ。
けれど自分が汚点になると知っても尚、レッドフォース号に居たいと強く思い、それを選んだ勝手な私が新たに決めた条件がある以上、もう助けを呼ぶ事はできない。
面倒ごとに巻き込まれても、彼らを傷付けなければそれでいいんだと、少しでも長くあの船に居るためには随分甘いルールだとは思いつつも、私はそうさっき決めたのだ。
だからといって無事で帰れるとは微塵も思わせてはくれないこの状況に、震える拳を隠す様に必死で握り締めて精一杯気丈に振る舞ってみせた。
「お前はどうでもいい。俺らの目的は頭の首だ。どれだけの賞金がかかってるか知ってるか」
頭が白くなってくな。不気味に口を吊り上げた男に、自分の状況など吹っ飛んでしまいそうなほどの寒気が走る。
大丈夫だからね。
絶対に呼ばせないから。
傍にいるんだろと言って、抱き締めてくれた温もりが蘇って、私の心を奮い立たせていく。
これは、
彼の傍に居るための戦いだ。
絶対に、絶対に。
そう繰り返すけれど、のほほんと生きてきた私にこんな撃的な窮地が怖くない訳は無かった。
今すぐにでも飛んできて助け出して欲しかったけれど、それでもシャンクスを誘き寄せる為の人質なのだと解ると、自然と身が引き締まってくる。
守れるのは自分だけ。
こんな奴等に
シャンクスも幸せな日々も渡さない。
「女、頭を呼べ」
にじり寄る男はもう、
すぐそこにいる。
「解りました…………………………って死んでも呼ぶかクソ野郎が!!!」
恐怖で興奮状態だった私は、
足元の石を手に取って
死に物狂いで殴りかかった。
別の男に簡単にひねり挙げられたけれど、それでも諦めず必死に浮いた足で、その男の顔に蹴りを入れた。
「ざまあみろっ…!!!!その辺の女と一緒にするなっ…!」
自分でも驚きだった。
愛した日常と仲間達
シャンクスを守りたいという思い
どれを天秤に掛けても
それに勝るものなんてありやしない。
この恐怖を前にしても、それを守るためにこんなにも強くなれる自分は、憧れではなく確かな愛を持っていたのだと、涙が出るほど、誇りに思える程に嬉しかった。
「こんの…クソ女!!」
男の声と共に感じた後頭部の痛みに、悔しながらも意識は飛んでいく。
…私はまだみんなと居たいんだ。
シャンクスの隣にいるんだ。
美しかった夕陽は沈み、
森の小道は怪しげな闇に包まれる。
微笑みながら崩れ落ちた女を担ぎ上げ、男たちは暗がりの中へと消えていった。
◇
ユメが居るであろう宿へと戻り、ロビーの入口に差し掛かった所だった。肩に掛かるマントが引っ張られ、後ろを振り向けば小さな少年が涙でボロボロになり鼻を啜っている。
『…赤髪にっ…渡せって…言われた!!』
涙を拭う拳に握られたその布地は
見覚えのある女物の服の切れ端。
“お前の首を貰う。一人で来い”
乱暴に書きなぐられたその文字を見ると、怒りのままにそれを握り締めた。
「…どこで貰った」
泣きじゃくる少年から必死で言葉を聞き取ると、シャンクスは全力で街のはずれへと駆け出した。
◇
頭痛に顔を引きつらせながら目を覚ませば、ホコリだらけの小屋の中で、縄を掛けられたまま椅子に座らされていた。
いとも簡単に拐われてしまった自分の非力さに、この縄は私の心臓までも締め上げて、ジョバンニさんの言った言葉がぐるぐると頭を巡る。
「また暴れてみろ。次はねぇ」
見張りの男を睨み、唇を噛み締めて俯くとおかしな事に気が付いた。…服の端が、不自然に無くなっている。
「何したのよ!?」
すると正面に周りこんだ男は、手に短刀を持て余しながら嫌味な口を開いた。
「赤髪に手紙を出してやったんだ。直ぐに来るだろうなぁ…首を狩られによ」
部屋に広がる不快な男達の笑い声。
…絶望
絶望でしかなかった。
“この状況が”ではなく、
シャンクスが来てしまう事が。
そんな事をすれば間違いなくシャンクスは文字通り飛んでくるだろう。
四皇と呼ばれる程強いのなら、
首を取られるどころか
怪我すらしないかもしれない。
それでももう既にこの状況が、
自分が許せなかった。
自分の存在が愛すべき人を脅かすのならばもう一緒には居られない。
…嫌だ!!…離れたくない…!
太陽無くしては生きられぬ人類の様に、ユメにとってシャンクスは太陽だ。彼の側に居られないなんてもう考えられない。
せめて、
来る前に自力で抜け出せたら。
そうすればまだ
自分を許せる余地がある気がして、
ユメは必死で頭をめぐらせた。
…死ぬ気で逃げよう
…縄さえ何とかなれば。
背もたれごと巻き付くロープはそう簡単にほどけそうにはない。ユメは深く息を吸うと、意を決して最後の望みにかけた。
「…これ。ほどいてよ」
「馬鹿かテメーは」
罵られ笑われても
ユメが怯む事はなかった。
「最後くらい良い夢見せてよ。相手になってあげる。なんでもするわ」
ユメが足を組むと、切り取られたスカートから覗く足に男達は一瞬目を奪われ、揺らいだように見えた。
「ほー…面白い女だ。……いいだろう」
男は持っていた短刀でロープを切った。
ユメはするするとほどく様に身をよじると、伏し目がちに男の唇を見つめた。すると満更でもなさそうにニヤリと男が間を詰める。
ユメも自ら男の胸元へ歩み寄った。そしてキスをする様に瞳を閉じて、男の顔が近付いた瞬間、チャンスとばかりに勢いよく股を蹴り上げ、思いっきり顔面に頭突きを見舞ってやった。
「がっ…こっの…!!」
「もう加減はしねぇ」
隙をついて走りだしたが、
後から来た衝撃のせいで、
つまずく様に倒れこんでしまう。
「っ…!!」
衝撃のせいか
燃える様に背中が熱い。
「遊んでくれるんだろ」
背後から髪を引かれ、
首にちらつく真っ赤なナイフに、初めて背中を切られたのだと気が付いた。
足を引っ張るばかりで、
自分ではどうにもならなくて。
決意したのにこのザマだ。
もう悔しくて悔しくて仕方なかった。
…泣くな
…絶対泣くな。
溢れた涙を、
それでも必死で食いしばる。
「泣くほど悔しいか…呼べよ。…お前がいればあの赤髪も成す術なしだ」
助けてなんて言えない
「…死ぬまで…!呼ばない…っ」
精神の限界を越えた涙を流し、
必死に答えたその瞬間。
第三者が蹴破ったドアが
砕けながら目の前で散っていった。
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