何も見えない







「死なれたら困る」





ランプが照らす赤髪が
涙でぼやけて滲んでいく。

眩しくて、眩しくて、
とても目を瞑らずにはいられなかった。




「なんでっ!!…なんで来るのよ…!!!」



響き渡った渾身の絶叫が小屋の空気を変えていく。ひれ伏したまま消失の予感に震えるユメと、その光景を目の当たりにしたシャンクス。

二人の間を流れた数秒間を前に、
男達は持てる限りの凶器を向けた。




「全員生きて帰れると思うなよ」



そのどす黒い声に
集まった男達はガタガタと震え始める。



「っ…この女を忘れるな!」


背中に乗ったまま髪を引き上げる男が、保身のためにユメを盾に刃を突き立てた瞬間、 鬼の形相のシャンクスが、赤毛の残像を残してその横を通り抜けていった。


すれ違いざまに体が軽くなり、髪がなびく僅かな間に、背後に居たであろう男達の断末魔が次々と聞こえてくる。

動く事もできないかわりに耳を済ませ、冷たい刃物や生々しい音の中から、それらしき音を必死で追いかけてシャンクスの無事を探したが、直ぐに最後の一人が倒れる音が聞こえて、戦いとも呼べぬ戦いは瞬く間に終わった。




「ユメ!」



駆け寄ってきたのは当たり前の如くシャンクスで、望んでもいないのに優しく抱き寄せて壊れ物に触れるようにそっと頭に唇を寄せてくる。



「…来ないで…欲しかったのに…!」



目の前の男は何も知らずに困ったように笑う。怒りで気がどうにかなりそうだった。


「…呼んでない。…私は…呼んでない!」


「もう喋るな」


朦朧とする中で立ち上がる残党が、こちらに向かって踏み出したように見えたけれど、それを無視して歩き続けるシャンクスから、風のような衝撃を感じて意識が飛んでいく。

背中にまわした手が生暖かい感触に包まれていくのを感じながら、私はシャンクスの胸で目を閉じた。



穏やかな眠りの中、
大好きな匂いがして目を覚ました。

真っ白なベッドに
見覚えのある部屋、
起きようとする身体を拘束するのは
手を包み込む温もり。



ベッドの横にはシャンクスが、
私の手を握って座っていた。





「死んでも呼ばねぇなんて
寂しいじゃねぇか」





愛する人を傷つけるかもしれないのに
呼べる訳がないじゃない。

憂鬱と自己嫌悪の塊で何も言う事のできない私に優しい顔でそんな事を言う。



「逃げれると思ったから」



想いを隠す為に張る虚勢はもう慣れた
でも、その優しさと、
いつもと違う穏やかさは…辛い。


シャンクスは酷く呆れた様子でぶつぶつと文句を言う。それが全く記憶に残らなかったのは、いつもの大きく開いたシャツの胸元に、包帯が巻かれていたからだった。


「シャンクス…?それ…」


私が凝視しているものに気が付くと、シャンクスは気にも止めない素振りで答える



「あぁ、かすり傷だ」


私は最後の記憶を必死でたどった。

怪我さえさせなければと思っていた私は、漂っていた消失の予感が取り越し苦労に終わったんだと思って安心していたけれど。

その後の、
抱き抱えられた後の
ぼんやりとした記憶。

ゆらりと立ち上がった男の
血走った目。
その手に握られた物と、


薄れ行く意識の中で感じた
ぬるりと生暖かい感触。


「たいした事ねぇ」


まだ寝てろと言うシャンクスの手を、そっと握り返して包帯に触れれば、笑って気を使った言葉を掛けられたけれど、言葉にならない感情に支配されていてもうそれどころでは無かった。


お願いだから
誰か
嘘だと



「お…い…ユメ…」



困ったように笑うシャンクスを無視してボタンを一つ一つ開けていく。


「見ない方が」
「いいから後ろ向いて」


諦めて背を向けたシャンクスから引き剥がすように手をかけた。すると真っ白な包帯は薄くなるごとにうっすらと色味をおび始める。
染み付いた赤地に結果は見えていたけれど、ちゃんと自分の目で見なければいけないと最後の布を剥がした。




シャンクスの赤い髪、
首筋、逞しくて広い背中

その中心に刻まれた
かすり傷には程遠い大きな一筋に
救いようのない悔しさがこみ上げた。









「…ごめんねシャンクス」











もうだめだ。

わたし、ここで降りよう。



もう二度と傷付けない。
もう二度とこんな思いはしたくない。
こうすればシャンクスを守れる。


簡単だこんなこと。
だって大好きだから。









「ありがとう…助けてくれて」

「怪我させちまったがな、悪かった」

「大丈夫、こんなの痛くないよ」

「跡、残るだろうな」

「助けて貰った記念にする」



後悔よりも感謝の気持が勝っているんだと思わせたくて、私は背中に頬を寄せて精一杯笑った。

きっと今泣いてしまったら、後々感づかれて“気にすんな”とか上手いこと言って引き止めてくるに違いない。
そうなった時に全否定できるように自分の意志で降りるのだと、貴方達のせいではないのだという事を、今のうちに見せておかなきゃいけない。

今が正念場だと、何でもない話で涙を押し込めて包帯を巻き直した。



シャツを着せてボタンを一つ一つ止めれば、頬を緩ませるシャンクスと視線が交わって、久しぶりの甘い時間にその絶望すら薄らいでいく。



「怪我人なんだから、シャンクスも休んでよ」


「俺はいい」


私のせいで傷つけたのに
心配もさせてくれないなんて。

きっとどれだけ休んでって頼んでも、どこまでも優しい貴方の事だから、大した事ないって思わせたくて、聞いてはくれないんだろう。

でも今は、
その優しさが
痛くて痛くてたまらないんだ。



「寂しいの。
隣で一緒に寝ててよ…お願い」


そんな貴方の
優しさを利用したこと、許してね。



「仕方ねぇなぁ」



シャンクスは隠しきれない笑顔浮かべて我が儘を聞いてくれた上に、そっと、そっと、抱き締めてくれた。


…ごめんなさい
…ごめんなさい
…ごめんなさい

お願いだから、
気が済むまで謝らせて欲しい。




「まぁあれだ、
ユメが無事で良かった」




シャンクスの全部が
嬉しくて、悲しくて、
幸せで、切なくて。

その温もりを噛み締めながら、
私は一生懸命シャツを握った。







「今回ユメを襲ったのはただの海賊らしい。海にもう一隻船があった」

「ユメの部屋に侵入した男はその一味か?」

「いや、部屋に入った奴は恐らくドンファンという男だ。ドンファンは海賊じゃない」


頭の口から初めて出る名前と、
まるで別人だとでも言いたげな発言に、幹部たちの眉間のしわは深くなる。


「だったらそのドンファンの差し金だろう?どう見ても」


勿論その筋を考えなかった訳ではない。滴る酒を袖で拭うと、話しそびれていた町娘の情報を話した。


「まあ聞けよ、ドンファンは手にかけた女の数を数える悪趣味な野郎らしいが、無理矢理襲うのではなく、あくまでも"落とす”事に重きを置いていると聞く。
仮にドンファンの差し金であの海賊が俺を襲撃したところでなんになる?ドンファンが欲しいのはユメだろう」

「ユメを落とすって?お頭に恋敵か」

「海賊が襲ったのはユメだろ?なんでお頭なんだ」

「いや、ユメは俺を呼ぶための人質にすぎない。あいつらは俺の首を貰うと言ったんだ」

「頭を取るだって!?腹痛ぇ」

「首をとってからユメを落とす気だったのか?」

「俺もその線を考えたんだがな」

「いや、俺らにマジ喧嘩売ってくる奴なんて近頃じゃそうそういねぇぜ?簡単に頭を取れると思っていたと思うか」

「ああ、あまりにも弱かった」

「じゃあなんのために無謀な喧嘩ふっかけてきたんだ」

「負けた海賊達がドンファンの差し金だったとすれば、ゆっくり落とそうってドンファンの作戦は失敗って事になるよな」


どんな手でも使うといったドンファンは匂うが、全てに置いて決定打が足りない。それに事実上まだ何もしていない恋愛ゲームをしているだけの一般人に手を下すわけにはいかなかった。


「今はただのナンパ野郎だ。
まだ誰もドンファンに手を出すな」


「この誘拐事件に黒幕がいるという確証もなければその黒幕がドンファンとも限らない。だがもうじきログが溜まる。船を出してしまえば全て終わりだ」



出航までの間この宿にこもっていればユメが攫われる心配はないだろう。

幾つか謎は残ったが、
副船長の言ったログがあと数日で溜まるという言葉を聞いて、幹部会はお開きモードになり、好き好きに酒を開けて再び宴会の空気に変わりはじめていた。



「ちょっと、シャンクス!」


「あ?…………馬鹿!まだ動くな!一人で階段降りたのか?傷が開いたらどうすんだ」


そこにいた全員が何事かと振り返れば、寝間着のまま苦しそうに階段を降りてくるユメが居た。

酒が入っているとは思えない早さで駆け寄っていく船長を見ながら、痴話喧嘩はよそでやれなどと言いつつ、微笑ましく思っていた幹部達だったが、次の言葉を聞いた瞬間ものの見事に静まった。



「馬鹿はシャンクスじゃない!一緒に寝ててくれるって言ったのにお酒飲んでるし!この大嘘つき」



一斉に向けられる幹部たちの白い目。

まさか怪我人を上手いこと言いくるめて襲う気なのではと全員がフリーズしていた。



「おいおいそんな目で見るな。言っておくがユメの頼みだからな」


「…どうだか」
「うちの頭は手が早いからなぁ」
「俺がついてりゃ安心だーとかなんとか言ってつけ込んだんじゃないか?」
「小遣い握らせたんだろ、なんでも買ってやるーとかってまたぁ」


「お前らなぁ………よし。せっかくだからな。ならお前らにも聞かせてやろうじゃないか。

ユメ。俺をベッドに連れ込みたかったらこいつらの前でもう一度頼め」


「はあ?!連れ込むってちょっと、そんなんじゃ!!………もう…………解ったわよ…」



真実を確かめようと集まる視線に、目を逸らして居心地悪そうに服の袖口を摘んだり手を引っ込めたりしていたユメは、溜息をついた後、やっと口を開いた。


「………心…細い」

「よく聞こえねぇな」

「…寂しいから一緒に寝ててってば!!」


一瞬の静寂の後、
それを聞いた幹部たちは腹やらソファーやら身近な物を叩きながら悲鳴にも似た笑い声を上げ始めた。


「いやぁーーーまいったな、頼まれちゃあ…仕方ねぇ。寂しいかそうかそうか。俺がいないと寂しいのか」

「違うわよ!そこまで言ってないでしょ」

「じゃあ居なくてもいいな」

「……やだ」



その珍しい光景に、ざわつきどころか幹部達はどよめき始めていた。

くう、と何かを噛み締めながら嬉しそうにユメを抱き上げる船長と、その船長に抱えられたまま暴言を吐き続けるユメに、残された全員はやれやれと、すっかり平穏な空気に包まれる。




「…ユメが可愛いぞ…どういう事だ」
「…いつになく素直だからだろ」
「…明日は槍でも降ってくんのかね」

「うるさいわね!!全部聞こえてるわよ!みんなお酒飲み過ぎて大爆発してしまえ!!」




ロビーの隅から
そんな風景に目を細めていたベンは、

煙草を揉み消すと、
浅瀬の向こうに浮かぶ
もう一隻の船を眺めて、
明かりの灯る
港町へと一人静かに宿を出た。





 






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