masquerade





「正装に着替えたら部屋に迎えに来てね」


急にそんな事を言い出すユメに驚いたが、初めて降りた島だから思い出にと言う言葉を聞いて、ユメが乗ってからはずっと留守番ばかりさせていた事を思い出した。


正装の理由だとか、いきなりの誘いの裏は何だとか疑問符は幾らか残っていたが、腕の中であんなに可愛くねだられては思考が止まってしまう。

その一瞬をフルに使って見つめたユメの瞳は、本当に嬉しそうに輝いていて美しいものだった。



周囲を排除してでもずっと見つめていたいその笑顔に、余裕があると思わせたくて『他の奴じゃ駄目なのか』なんて意地悪を言ってみたが、笑ってからかい続ける大勢の前で、


「シャンクスじゃないと駄目なの」


と、あんなにもあっさり言ってのけたユメにはもう完敗だった。






スーツなど持ち合わせている訳もなく、適当にそこらの店で見繕ってきたものを着ると、慣れない首元がとても窮屈に感じる。



「ユメ」



ドアの前で軽く襟元を緩ませながら、
待てども待てども返ってくるのはドタバタという物音と「もうちょっと待って」ばかりだ。

何をそんなに暴れる必要があるのかと扉を開けると、ふわりと髪をなびかせたユメが目の前で振り返るところだった。



「もう、待っててって言ったのに」



綺麗と言うには事足りず
可愛いと言うには大人びていて
とにかく自分の知っている言葉では
どうにも表現のしようがない

冬島で贈った赤のドレスを着たユメを前に、ただ愛しさだけが込み上げた。あの時の見立て通り、いやそれを上回るな、これは。似合うと思ったんだ。



「お姫様みたいでしょう?」



くるりと回りポーズをとって、それに耐えきれずにニカッと笑う口元が気取ったお姫様を台無しにさせたが、そんな抜けた所もユメらしく感じて、気が付けば抱き締めるべく足が衝動のまま前に進んでいた。


「どちらかといえば女王だな。よく似合ってる」


「抱き締めたくなるくらい?」


ふふ、と小さく笑うユメから伝わる温もりに距離がまた少しずつ縮まっていくようだ。


「なにを暴れてたんだ」


兼ねてからの疑問を問うとユメは少し戸惑ったようにも見えたが、諦めたのか直ぐに自嘲したような顔で答えた。



「後ろのファスナーが届かなかったから頑張ってたの」

「はっはっは!!!」

「だから待っててって言ったのにっ!」



綺麗に着飾ったユメが懸命にファスナーを上げる姿は容易に想像できた。

どれだけ美しいドレスを着ても
どれほど化粧をしても
所々に散らばるユメらしさが
笑える程に可愛いかった。


「こいよ」


いまだ“もう”と文句を言い続けているユメを引き寄せると、反転させて後ろを向けさせる。


「本当にシャンクスって強引」

「ユメが悪い」


途中で止まっていたファスナーをゆっくり引き上げると、隠しきれなかった傷跡に軽くキスをした。


「今日のシャンクス、いつもに増してプレイボーイね」

「失礼だな。誰にでもしてるみたいじゃねぇか」


どうだか、なんて笑って手中から離れていくユメ。本心だったのだが、全く真に受けていないその素振りには、らしくもなく切なさがよぎっていった。



「やっぱり女王よりもお姫様がいいなー」



用意を済ませたユメがコツコツと靴を鳴らしながら、戻ってくるなり、そんな事を言った




「ねぇシャンクス。今日1日たけでいいから私をお姫様扱いしてくれない?私も今日はシャンクスの事お頭って思わないからさぁ、…駄目かな」




香水くさい誘惑まがいの我が儘なら今までに何度もあったが、女の我が儘がこんなにも甘美で可愛い物に思えたのはこれが初めてだった


「ああ、解った」


この時見せたユメの嬉しそうな顔は、今まで奪ってきた価値のある絵画の聖母や女神なんかよりもずっと心に響いた。



「お手をどうぞ、姫」





彼が目を反らすまで、
踊る心音がばれぬよう
平然を装うのは大変な事だった。

普段は見ることのできない、紳士な服を身に纏ったシャンクスに胸が騒いで静まらないのだ。



ああ、なんて、
なんて夢のようなんだろう
とてつもない幸せを感じる

こんなにも素敵な彼が
私にこのドレスを贈り
それを着た私を
こうして迎に来てくれる


感動にうち震えているところを
突然抱き締めるなんて、
本当に心臓が壊れるかと思った。


こうやってこの人は、
もう離れられないほど
虜だというのに、
何度も私を落としいれる




「ユメ」




あと何度、
彼は私の名を
呼ぶのだろうか。



せめて
この夜が明けるまでは。

全ての憂鬱を置いて、
幸せのみを感じていよう。


シャンクスにだけ染まっていよう


そう、
ユメは自身に堅く誓った。












手を取り
エスコートする彼が行く先は

哀しきかな。





最初で最後のデートが静かに幕を開けた。







 






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