逃走距離に何を見る







「航路変更、ユメが降りた」


その言葉には誰もが皆目を丸くした。
笑顔並べて出ていった筈が、目の前には深刻な眼差しの船長しか立っていないのだから。

突然姿をくらまし、この島で暮らすと告げたのだと聞いて、怪我を負わせてしまった事への責任を感じていたからだろうという事なら予想はついたが、とても理由がそれだけとは思えずにいた。


怪我をしてからの数日間、
ベンは港から例の海賊船を眺めていたが、海賊の残りがうろついているという話も特になく、ログが溜まった事もあり一度は真相追求を諦めたが、お頭が数日だけ待つと言った事で航路は変更、ログも今や関係なくなった。


ならばと乗り込んだ例の海賊船で待ち伏せ、まだいるだろうと睨んでいた奴等の身内が大きなトランクを幾つも抱えて戻ってきたところで銃口を向け、状況は一変した。



「取引相手は誰だ」


「…ひっ!」



落ちたトランクから溢れ出た札束を掻き集める足元に一発撃ち込めば、装いから船長と思しきその男は土下座ながらあっさりと口を割った。



「頼む!話すから見逃してくれ!俺は何もしてねぇ!」



「では聞かせてもらおう。誰が何をしたのか」


「ドンファンだ!!誘拐事件を起こすだけで金を渡すと言われたんだ、赤髪を狩れるなんて…鼻から思っちゃいねぇよ!」



四皇の首を取るチャンスがあると馬鹿な部下をそそのかし、調子づいた奴らに誘拐事件を起こさせれば、それだけで大金が手に入る上、無能な船員もお払い箱にできるのだとドンファンに言われ、多額の金と引き換えに仲間のほとんどを見捨てたのだと話した。



誘拐した奴らの目的は頭の首

目の前の男の目的は金。

誘拐事件を起こすだけで達成されるドンファンの目的と、その後逃げる様に姿を消したユメ。



「奴は何処に居る」


「あいつは定住しねぇ、でも最近はあの城にいる」



ユメが姿を消した場所と聞いて仮説は確信に変わった。自ら傷をつけて転がり込んできた女をほだすという、奴の策に我々はまんまと踊らされていたのだ。



「…撃たねぇのか?」


「お前のような奴にくれてやる弾は無い」



感謝の言葉を並べながら札束を集める男に背を向け、甲板の隅にあった弾薬庫に煙草を放り投げると船を下りた。

爆音を背に干潟を行く間中、
怒りと胸くそ悪さが渦巻き、宿までの道のりを来た時の倍のスピードで駆け戻ると、すぐさま自室にクルーを集めた。



「行方をくらませていた船長が全て吐いた」


「あの燃えてるやつっすか?」


「灰皿が無かったんでな」



窓の遥か向こう側、
遠浅で炎上している船体は崩れ落ち、煙だけを残して見る影もなく小さくなっていた。




「誘拐事件の依頼主はドンファン、目的は恐らくユメの心理操作だ。ユメを街で見失った事があるが、俺以外にも巻かれた者がいるだろう?
そのどこかで何度かユメはドンファンに会っていた筈だ。だがあいつは軟派に乗っていくたちじゃない。

奴は気を許してしまう程の善人を演じながら、この時のために距離を縮め、頼ってきたところでゆっくり落とす気だったんだろう」



「ああ!あの王子と呼んでいた男じゃねえか?」


「多分それで間違いない。精神を極限まで落とした後に誘拐事件を起こし、自分が居れば仲間に危機が及ぶという事を体感させて錯乱状態にさせた。全ては、自ら降りるという選択肢を選ばせるためだ」



そうして船を降りれば、
気を許せる人という立ち位置にあった人物を一番に頼りそこへ身を寄せるだろう。

奴は捨てゴマの捨てゴマまで用意し、真相を解りづらくして時間を稼いでいたのだ。そうすれば自らの手は汚さずに済み、誰を敵に回す事もない。



「有ること無いこと吹き込んで追い詰めたって訳か」



「そうじゃない、奴は”有る事”しか言ってないんだ。あのタイミングでユメが四皇という言葉を口にしたという事は、前後説明としてこの時代についても当然聞かされただろう。

それに海賊船に乗った一般人がいつか海賊としての覚悟を問われるなんてザラにある話。どれもこれも事実と言えば事実。だから厄介なんだ。

俺達が真相を話したところで、その答えを見い出せなかった自分のせいで仲間を傷つけたという事実がある限り、ユメは心変わりしない」




その汚い策に踊らされ、
どれほどの思いで離れゆく時を迎えたのだろうか。同じ飯を食い、酒を酌み交わし、どたばた船を賑わせてはがむしゃらに笑い。


全力で日々を送っていたユメが
完璧な笑顔に全てを隠し

葛藤の末に選んだ道
我々の目を欺いた
鮮やかな別れの瞬間と
その逃走距離

もはや思いの丈としか思えなかった。



「この船と仲間に寄せる思い程、ユメの意思は硬いだろう」

「思いの矛先かなり片寄ってるがな」
「そうでもねぇさ」
「あいつ頑固だからな」
「素直じゃねぇんだよなぁ」
「曲げ…ねぇだろうな」

「可愛い奴だねぇ。それじゃあ拐う以外に救済措置がねぇじゃねぇか」


それぞれが記憶に残る笑顔を浮かべ、
言動の一つ一つを思い返しながら語るが、その顔は誰一人笑っておらず、考え込むその表情の下には満ち溢れる怒りを隠していた。


「どうするお頭。聞く迄もないが」

「迎えに上がるつもりだ」

「決まりだな。ここは奴が散々悪事を働いてきた島だ、被害を受けた女以外は黒だと思え。宿主もグルだ。
まずは目くらましに船を出す。3日後、城の裏手の崖に船を付けたら反撃開始だ」


空になった部屋の隅で、シャンクスは最後の日にユメが置いていった開かれたままの楽譜を眺めていた。


「言ってない事がある」

音楽記号の下に書かれた、読めぬ文字の一部が赤線で消され、それを訂正するように黒字で一文が書きたされている。ベンの指はその黒字を指していた。


「この時代が幕を開けるより前、ユメと同じように異世界から来た女が居たそうだ。その女は愛したこちら側の世界の男に自分の世界の文字を教え、二人だけの秘密の言葉にしたと聞く。その文献にあったのはこの文字列だ」


一人で戻ったあの夜からほとんど口を開かず無表情だった船長は一言、俺には解ると穏やかに笑った。


そして三日後、
正装と仮面で身を包み、

街中から集めた女をエスコートする男達は、その装いに怒りを隠して、夜のレンガ通りに消えていく。



「誰一人報告へ行かせるな。客を逃がすのはその後だ」




「こちら会場班、全員配置についた」


外衣を引かれ隣を見下ろせば、騒動を起こすまでは必ずペアで行動しろと、船長が連れてきた街の女が何か言いたげに仮面をずらした。


「あの、ありがとうございます」

「おいおい勘違いしてくれるなよ、俺らは何もあの男を殺りに来た訳じゃねぇ。あんたらの思いは汲んでやれねぇよ」

「いいんですそれでも」


ー厨房制圧。会場班、
城の関係者を厨房に詰め込んでくれ


「コックめ。仕事早ぇな」


大階段の端からあちこちに散らばる拉致要員にサインを出せば、周囲に悟られぬよう、様々な手を使って使用人達が姿を消していく。



「もう行くんですね」


「ああ、あんたは騒ぎが起きたらそれに乗じて帰んな。それまであっちでうめぇ肉でも食え。女はもう少し丸い方が色気があっていいぜ」


「あらやだ失礼、でもそうします」



面の下から覗く口元に微笑みを浮かべ、楽しそうに去りゆく女は数歩歩いたところで振り返り、再び側まで来ると正面に立って面を外した。ヒソヒソとやけに小声の女に身をかがめてやると、真剣な面持ちで続きを語り始める。


「さっき思いは汲めないって言いましたよね、復讐心なんて汚れたものを持っていけなんて言いません。
ただ私、運が良くてラッキーガールって呼ばれてるんです、だからご武運を」



耳元にあった女の顔は頬に向き、
触れるだけのキスを残して後ろに下がった。 してやったりというような笑みを浮かべるこの女は、どこかユメに似ている。

そう思えば、確かに時を共に過ごしていたあの笑顔が浮かび、刻々と迫る瞬間を前に闘志が燃えた。



「奇遇だな、俺はラッキールゥってんだ」



未だ勝気な女にそう言えば目を丸くして驚いた後、何度も頷きながら、最後にこの数分間で一番の笑顔を浮かべて会場の人混みへ消えていった。



「こちら会場班ルゥ、会場は客だけになった。俺は上階の使用人を捕らえる。次はお前の出番だ」









ー城前班、広場にて待機中


「了解。あいつめ戻ったら説教かましてやる」


「そんなに悪い事なの?」


「あいつは本心に逆らって覚悟の仕方を履き違えたんだ」


「貴方達はそうあって欲しいんでしょ?私、ゼロに戻って元通りにしようとした彼女の気持ち解る気がする」


「それは幸薄女の思考回路だ、今すぐ改めねぇとまた男に泣く羽目になるぜ?好きなもんは好き、欲しいもんは欲しいでいいんだよ。女は笑って我が儘言ってりゃいいんだ」



芸術がなんだ。
陸がなんだ。

こんな小さな島に、
お前の欲しい物が全部あるってのか?
芸術にも勝るものを
あの海の上で確かに見ただろう。

海に呼ばれてんじゃなかったのかユメよ。泣いた女の上に成り立つ日常の中じゃ誰も笑わねえよ。自己犠牲を切り札にする幸薄女とはお前の事だ。



ーこちらルゥ、
舞踏会会場は客だけになった。
出番だヤソップ!


「了解、城前班。扉の前についてくれ」




銃を天井へ向ければ
その不審さに会場はざわめき、
中央へと歩む度避ける様に
静寂と大きな輪が広がっていく。



「全員外へ出ろ」



戻ったら散々聞かせてやるぜ

災いを招くと言われた一方で
船を守る最大の強みとなり
守るべきものを前に
未知の力を与える女こそ
船の守り神だと言われた時代の話を。




「くれぐれもレディースファーストで頼むぜえ…行けええ!!」



一発の銃声が静けさを切り裂くように響きわたり、同時に開いた四方の扉を目指して、なだれるように人々は逃げていく。

天から降った巨大なシャンデリアは
大理石の床に叩き付けられ、派手な崩壊音をたて粉々に砕け散った粉塵の風と恐怖する人々の悲鳴は、銃を握ったまま立ち尽くす男を包み込んでいった。



次元すら超えてきたお前なら
なんだって飛び越えられる筈だろ
俺は賭けてもいい。
お前はこの船の女神だ

海はお前を呼んでいる








「騙された女達の中にはね、あんな男でも愛していた奴がいるの」


「お前の事だろ」


「…過去の話だけどね。昔はあんなじゃなかったのよ、芸術と平和を誰よりも愛していて。それがいつからか血眼になって女を漁る様になってまるで人が変わってしまった。
だからといって貴方を止めてる訳じゃないから存分に制裁を与えてね。あれは地獄に落ちるべき男よ」


「悪いが手加減してやる自信はねぇ」


「あと水を掛けた事は後悔してないから」


「感謝してるさ」



ーこちらヤソップ、客は避難した。
好きに暴れてくれお頭。



「了解。6日も居ねぇと辛いもんだ」


「城に行くんじゃないの?」


「いや、あれに登る。大層気に入ってたらしくてな。あの石像が見える何処かに居るはずだ」


「なら裏の礼拝堂から、上に繋がってるから。じゃあね」

「お前の名は」

「エルヴィラ」

「世話になったエルヴィラ。これから配るならもっと可愛げのある花にするといい」


手を振り返してやると、蜂の巣をつついたように城から溢れる人々に紛れて女は消えていった。



あとはお前だけだユメ。

はなから手放す気なんて無い。
俺は必ず
お前をあの海へ連れて帰る。



島全体を一望できる塔の上、
石像の前に立つ男は吹き荒れる嵐の中で城の上階の窓から覗く女の横顔を見つめていた。





 






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