軽い気持ち
解ったことは、
地名がひとつも一致しないこと。
海賊が当たり前に存在する世界であること。
文明や通貨、技術も全く違うこと。
私の培ってきた知識が何も通用しない全く違う異世界であるという事。
「参ったな…神隠しで飛ばされた娘か」
ベンが表情を変えずに呟いた。
「私どうしたらいいですかね…」
藁をも掴む思いで意見を求めると、足を組んでいたシャンクスが身を乗り出して話しだした。
「そこなんだ。まずはユメの世界への戻り方を探すのが当たり前なんだが俺達はもうじき船を出す。探してやれねぇ。そこでだ」
ここまできてまた放り出されるのかと頭を殴られた気分だったが、気にかけてくれた彼等に気を使わせてはいけないと「大丈夫です、ありがとう」と言おうとしたら、全く正反対の、それはそれで驚くような提案がなされた。
「この船に居たらどうだ?俺の側に居れば安全は保証する。ユメさえよければだ。俺は変質者でも人さらいでもないんでな」
「お頭がそう言うんだ。俺は歓迎する」
私の返事を解っているみたいに笑った二人を見ていたら、不安だった胸から何かが溢れそうになってくる。
「でもそんな…私何もできないし船の皆さんが歓迎するかどうか…私海賊でもないしそれに」
「息してりゃ充分だ、細かい事は気にするな」
「今日会ったばっかりの他人を助けるの?」
「とことん頼れよ。俺はもう他人とは思っちゃいない。一緒にくるか?」
問い掛けに一切まともに答えていないような、少し強引な筈なのに。
言い様のない暖かい気持ちで満たされて、こらえるので必死になっていた涙が「お願いします」と同時に床へ落ちていった。
「よーし!これで解決だ、歓迎会するぞ」
「ベン・ベックマンだ。困った事があればできるだけ力になる。いつでも呼んでくれ」
話が終わってベンが部屋を出ると、
まるでそれを待っていたかの様にシャンクスが話しだした。
「…で?そんな怪しい奴が出ると知っておきながら何故そこへ行ったんだ」
びくっとしたのが自分でも解ってしまうくらいだったので多分シャンクスに誤魔化しは効かないだろう。それにもう、今更な話だ。
「どうしても考え事しにあそこへ行きたかったの。幸せだけど毎日憂鬱で…変化が欲しかったのかも。それで自分が変わればいっか、と思ってたら世界が変わっちゃった」
自分で話してておかしくなって笑ってしまった。ここへ来て初めて笑えた気がしたけど、シャンクスは自虐だと思ったのか笑いはしなかった。
「もう変わっちまったんだ、そのままでいい。もし帰りたいとお前が願うならその時は帰れるさ」
とびきり甘い笑顔で頭を撫でてくるから心臓が跳び跳ねた気がした。
「入るぞ」
ノックの後に再び入ってきたベンの手には湯気がたったマグカップ。手渡されて中を覗くと透き通った褐色のスープが入っていた。
「ありがとう」
暖かいものでも飲んで落ち着けって事かな。ここの人はどんだけ優しいんだよ。
ふーっと湯気を飛ばすとまた湯気がのぼる。
普段は猫舌で直ぐに飲めないけど、なんだか待たせているような気がして口をつけてみる。案の定私には激アツで、変な顔でひゅっ!とか言ってしまった。
「ゆっくり飲めよ」
優しそうに笑う二人を見ていたらそんな訳にいかない気がしてしまう。
「嬉しいから頑張る」
もうこの辺にきた時は私は笑いながら泣いていた。湯気を吹き飛ばしては涙を飲んで、唇が震えた。
自分はタフでどんな変化にだって動揺しない自信があったけど、意外にそうでもなかったらしい。そして心が不安定な時の他人の優しさと暖かい料理は反則だ。
なかなか泣き止まない私からスープを取り上げると、シャンクスはそっと胸に引き寄せた。
言葉を掛けるでもなく、ただ優しく背中や頭を撫でる手が暖かくて、ずっと甘えていたい様な気がしてしまう。
時が止まった様な感覚の中で、
一度だけ部屋を出ていく音が聞こえて顔を上げると、ベンが出て行ってしまった事が解った。
部屋に二人きりで甘えている事がなんだか急に気恥ずかしく思えてきて、ひと呼吸置いてそっと離れると、少しぬるくなったスープにまた口をつけた。
「うん、泣いたらスッキリした」
「やっと元気になったか」
「えっと、船長さん?」
「シャンクスでいい」
「じゃあ…助けてくれてありがとう、シャンクス」
急に泣いたと思えばコロッと笑顔を見せたユメに目を丸くした。 普通の女だが妙な出会いという事も有り、涙を見せられた手前笑顔が一層まぶしく見えてしまった。
まいったなぁと心中でそう呟くも、ほんの少しの戸惑いも隠せなかった体は勝手に動き、痒くもない頭を気がつけばぽりぽりと掻いていた。
単純なのか元気を取り戻したユメは特に気にする事もなく次々と思いつくままに話しを続けている。
大人しくベッドに座っていられないほど元気を持て余しているようで、足をぶらぶらさせながら副船長の第一印象と、実際の人柄の予想を語るその女は、少なくとも先ほどまで涙していた女には到底思えなかった。
「頭が女連れてくるぞー!」
噂が出回るのはとても早かった。
なんと言ってもここは男所帯、女が一人乗るというのはとんでもないビックニュースなのだ。
シャンクスに連れられて宴に割って入ると、屈強な体の男達が酒を酌み交わしていた。中には怖い形相のお兄さんなんかもいて、それはそれは凄い迫力だ。
「新入りだ。いじめんなよ」
トン、と背中を押されて一歩前にせり出せば、視線が一気に集中する。マフィアの巣窟に丸腰のまま投げ出された様な気分でオドオドしながら名前を告げて、「お世話になります」と言うので精一杯だ。
ユメの頭の中ではブーイングの嵐や野次、しかめっ面といった反応が返ってくるのを想像していた。
ところが返ってきたのは、
ヒュー と言う指笛の音と歓声、
そして大きな拍手。
見た目とのギャップに面食らってしまうけど、シャンクスという人間が連れている人達をずらっと目の前にして、なんとなく成る程と納得してしまった。
怖いと感じた彼等だけれど、シャンクスやベンの様に暖かい人達なのかもしれない。
シャンクスについて行く以外に居場所が無い気がして隣に座ると、酒を持って来たクルー達が次々と質問攻めにしにきた。
人なつっこい無邪気な人達に囲まれて転校生になったみたいだなんて思ってしまう。
私はつがれた酒を飲みながら、容赦なく浴びせられる質問に時々答えていった。
「姉ちゃんどっから来たんだ」
「ユメはいくつだ?俺の息子はな」
「細ぇなー、肉食え肉!」
「お嬢ちゃんべっぴんさんだな、
お頭は手が早いから気ぃつけな」
「へ!!?」
誰が言ったか解らないその言葉に口に含んだアルコールを全て吹き出してしまった。
「手ぇだされるんですか!?」
「はっはっは!この姉ちゃん吐いたぜー!」
「そりゃあんた、食うかどうかは頭が決めんだぜ」
「まだそんな仲じゃないです!」
「面白れぇ姉ちゃんだな。
まだって事はなんだ?アレか?」
「ちがーう!!
断じて、…断じてありません!」
「お前らあんまり変な事吹き込むな」
お頭とデキている疑惑の話題が弾みに弾み、
気が付けばユメの周りはジョッキの酒が飛び散るほど笑いが巻き起こっていた。
宴は夜更けまで続き、そのせいでいつの間にか甲板は酔いつぶれた雑魚寝の男達と、空になったビンなどで凄い有り様になっていた。
その辺で寝転んだまま寝てしまった酔っ払い達に、これを掛けてきてくれと託された毛布を配って歩いていると、煙草を吸いながら海を眺めている男を見つけて、ユメは走って行った。
無言でベンの隣に座り煙草に火をつける。
ふぅと吐き出した白い煙が夜空に消えていった。
「子供が煙草なんか吸うもんじゃないぞ」
「え、成人なんだけど」
威勢のいい心地良い低音が笑い飛ばす。嫌味な事を言っているのに、その目はどこか優しくて、まるで人柄を映しているみたいだ。
「さっきは色々ありがとう」
「疲れただろ」
「全然!どこから来たかも解らない私に、あんな風に接してくれるのが嬉しくて」
ニッと笑ったベンの視線が、寝転がるクルーを通り過ぎて止まったのが気になって、その先を目で追ってみる。
「悪いがあそこの問題児にも掛けてきてくれないか」
そこには船の一角にあるタル置き場から足を伸ばした船長の姿があった。
「タルに足はえてる」
どうりで見掛けなかった訳だ。
輪の中心に居た人が、何故あんな隙間で寝ているのか可笑しくて仕方ない。起こさないように笑いを押さえながらシャンクスの元へ歩いて行った。
荷物か何かの様に、無造作に積まれたタルに挟まれて眠るシャンクスの顔を見つめながら、長かった一日を振り返る事にした。
本当におじさんのくせに無邪気だ。
そんな失礼な事が頭を掠めたけど、今日シャンクスが見つけてくれなかったら。あの時出会ったのが違う人だったら。もしシャンクスに出会わなかったら。
少しでも違っていたら私はこんなに暖かい待遇を受けていなかっただろうし、命だって危なかったのかもしれない。
そう思うと、散々ついた悪態を少し反省した。目を閉じれば、砂浜で笑い転げる大人げない赤髪がまぶたの裏に映る。
そしてまた目を開け、寝息をたてるシャンクスを見ながら、夢じゃない。今はこれが現実なんだと感じた。
「シャンクスに会えたから…ねぇ」
彼は起きそうにない。
今思えば特に親密でもない、特別でもない人だからこそ、ノリでしてしまえたのかもしれない。
助けてくれた命の恩人、という意味でなら特別といえば特別なのかな?まあ、そのお礼って事で。
ユメはシャンクスの前髪をよけると
彼の左の頬に短い遊びの様なキスをした。
「ありがと」
自分からしておいて恥ずかしさから顔が笑ってしまう。そして今した行為に少しの疑問を抱きながら、シャンクスが目を覚まさないか寝顔を注意深く観察してみる。
そのうちイビキばかりでつまらなくなって、シャンクスに毛布を掛けながら、自分はどこで寝ればいいんだろうと大事なことに気がついた。新人が部屋を貸してくれなんて図々しい事は言えないし。
ああ、そうだ。
「俺と居れば安全は保証するって言ってた」
簡単に解決した問題に安堵の息をつくと、そっとシャンクスの横に座り毛布の端を少しだけ足に掛けた。お酒と疲労、安心感から、眠りに落ちるのにそう時間はかからなかった。
「何が安全だ。まいったな」
酔いも抜けだし、とっくに目も覚めていたシャンクスは、そっとユメの背中に腕を回すと、再び瞳を閉じた。
朝方起きてきたクルーに目撃され、
「ほらな!頭はやっぱり手が早いぜ」
と笑われたのは言うまでもない。
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