ありがちなときめき
朝、目覚めると隣のシャンクスはまだ寝ていた。いつの間にか背中に回った手を見て、なんて寝相の悪い大人だと思いながら、朝イチの顔が不器用に笑う。
起こしてしまわないように気を付けながら抜け出すと、確実に起きていそうなベンを探してゆるりと歩き出す。
「おはようございまーす」
本人に向かって呼び捨てでベン、と呼ぶ事が恥ずかしく感じて、それをやめる代わりにふざけたような間延びした言い方をすると、イメージ通りの朝なのにキリッと涼やかな表情が緩くなった。
「お頭はどうした」
「まだ寝てたからそのまま起こさずに来ました」
「放っておくか」
「…あのー、つかぬことをお聞きしますが、船なのにお風呂とかあるんですか?」
私はいつも朝起きたら直ぐにシャワーを浴びる。
もしあればお借りしたいなぁなんて思ったのだけど、ここは船の上だ。船の作りには詳しく無いけれど、到底あるとは思えない。
船の皆さんは海賊だし、きっと野生児みたいなものだから海でバシャーンとワイルドな入浴方なのかもしれないし。
「共同浴場があるが」
世界一広い風呂だぜ〜なんて言いながら男達が次々と海に飛び込んでいくのを想像していたら降ってきた予想外の言葉に、お借りできるかもという期待も膨らんで驚きは倍になる。
「使うといい。他の奴には使用禁止と言っておくが、それでもいいなら使ってくれ」
凄い、お風呂だと感動するユメにバスタオルと着替えのシャツを渡すと、軽く船内を案内しながら最後に共同風呂の前までやってきた。
「やったー貸しきり温泉!ありがとう御座います!」
「なにかあったら叫べ」
他のクルー達へ使用禁止を伝えに行ってしまったベンを見送りながら、 「呼べ」じゃなくて「叫べ」なんだと笑ってしまった。
入ってすぐの所にタオルと着替えを置くと、まず最初に浴場の扉を開けてみる。
「広い…素晴らしい造りですね」
生き返ったように気持ちがいい、新しい朝で。更に初体験の船上貸切風呂なのだから独り言のテンションもやや高めだ。
やっぱり何も解らない、知らない状況で他人から受ける優しさは身にしみる物があるなと、しみじみしてしまう。お風呂やシャツまで借して貰えた上に、おそらくこの後には海賊ご飯までまっているのだ。それはそれは鼻歌に磨きもかかると言うものである。
少し上から降り注ぐシャワーを浴びながら、さすが今日はいい声が出るなぁなんて鼻歌に始まったそれは既に熱唱へと変わる。
そして脳内で、それはそれはエモーショナルなギターソロが始まり、ここからがいい感じなんだよなぁ等と思いながらフンフンのっていた。
「へ」
「…わりい」
気分の良かった恒例の一人ライブ。
それを中断させたのは腰にタオルを巻いた船長の姿であった。丁度ギターソロの辺りがギュイギュイ盛り上がっていて、一番良いところを軽く拳を揺らしている時だった。ガチャと不思議な音が聞こえて、扉が開けられた事により進入してきたひんやりとした空気が頭を白くさせていく。
「ああああ!」
悪い、と一言残して目の前で閉まったドアを見つめながらユメはヘナヘナとシャワーが跳ねる床にへたり込んだ。
一気に目が覚めたのはシャンクスも同じだった。風呂場の扉を開けたら裸のユメが手をぶんぶん掲げながらシャワーを浴びて居たのだ。
脳裏に焼き付いた姿は中々消えはしない。拳を突き上げて熱唱する姿ではなく、ユラユラと湯気を纏ったふっくらとした柔らかな曲線がである。
「ユメ、すまなかった!…ユメ?ユメー?」
何度呼んでも中から聞こえるのは水音だけで何も話さない。しまった。これは知らなかったでは済まされない。
昨日の今日で男に風呂まで覗かれたのだ。
何度か呼びながら、取り敢えず外へ出ようと脱いでしまった服を着込み直した。
*
脱衣所の方から何度も自分の名前を呼ぶ声が響いてくるが、脳内会議で多忙の極み。それどころではなかった。
シャンクスに見られた。
全部。この一人ライブも。
そして見られるには…残念な身体と。
自分はちっとも悪くないのに、もうちょっとダイエットしてればよかったなんて訳の解らない悔いまで残ってしまった。
のぼせてしまいそうなシャワーを止めて水で顔を洗い、重たくなった髪の毛を絞っていたら、段々気にするところが違うだろ、と冷静になってくる。
なんで私が自分のプロポーションを嘆いているのか。風呂場をお借りしている身とはいえ、男に風呂を覗かれたのだ。
丁度そこに何故だか昨日の笑い転げるシャンクスが頭に浮かんで怒りが込み上げてくる。
「クソ…」
最悪だ。
ああやって笑い転げながら、今見た光景を言いふらして回るかもしれない。
あの野郎…!
「どうした」
駆け込んだベンの前には、まだ起きないと見越して声を掛けなかった男が 『やっちまった』と苦笑いで服を着込みなおしている所だった。
「お頭…勘弁してくれ」
ベンにため息をつかれた所で、立てこもっていた被害者は出てきた。勢いよく開けられた扉から大きな足音を立ててズカズカと向かってくる様子を見ればかなり腹を立てているのは見て取れる。
「悪かった」
顔を真っ赤にして正面に立ち尽くすユメに手を合わせて謝ったが、何も言わずに拳を握り締めて震えているのを見てさっそく泣かせてしまったと、そう思った時だった。
「ふざけんなっ…このっ…このエロリスト!!」
威勢のいい反応に二人は口が開いたままだった。
叫んだユメはシャンクスのみぞおちに向かって見事なアッパーカットを見舞うと、浴場からドタドタと走って出ていってしまった。
「だっはっはっはっ」
借りてきた猫のように大人しかったユメの変貌ぶりに大笑いしたのはシャンクスだけではなかった。
「お頭が悪いな」
「痛ぇ〜結構きいたな」
出会ってから初めて見せた過激な態度にユメという女の性格が垣間見えた気がして、どこか嬉しく思ってしまう。
「えらいの拾ってきたな。ユメも一応女だ、部屋もどうにかするか」
「そうだな」
誰もいなくなった風呂場の扉を締め、
残された二人はその場を去って行く。
こうして少し騒がしい、初めての朝を迎えた。
「悪かったよ、忘れる。見なかった事にする」
「うるせー!タダより高いモンはねえんだよっ」
甲板に居たクルー達はその光景を見る度にニヤついたり大笑いだったり。格好のネタに追い回して見に行くものまで現れだして軽い騒ぎになっていた。
サイズオーバーのシャツに着られたようなユメを大頭がしつこく追いかけて、その度に豹変したユメの暴言が炸裂しているからだ。
「お頭が風呂覗いたらしいぜ!」
誰かが漏らした情報のせいで何も知らなかった者までが巻き込まれてどんどん大事になっていく。
「覗いてねぇ!!事故だ事故」
「手が早ぇーな頭っ」
「だから覗いてねえー!」
「お頭ー!胸のサイズは」
「なかなかだった…おい、…お前らカマかけたな」
「殺してやるーっ!!」
逃走劇の果てに憎き男をついに船の隅へ追い詰めると、ユメはその体を勢いよく突き飛ばした。どうせこんな体つきじゃあ痛くも痒くも無いだろう。
マウントポジションを獲得したら
後はもうこっちのもんだ。タコ殴りコース。
床に頭をぶつけて痛がるシャンクスに、
今がチャンスだと胸板や腹の真ん中の痛そうな場所を狙ってこれでもかと殴ってやった。
「心の底からすいませんと言え!笑うな!」
「おいおい。なんのサービスだ」
「は?」
結構本気で殴っているのにシャンクスがしつこくニヤニヤと笑うもんだから頭を打っておかしくなってしまったのかと思った。
「最高にいい眺めなんだが」
はっと我に返って自分の肢体を見下ろしてみると、馬乗りになっている自分のシャツがはだけていて、太ももの辺りが派手目に見えていた。
あくまでマウントポジションでタコ殴りのつもりだったのに。この男にとっては破廉恥な格好で男にまたがる女だったなんて、こいつはどこまでいけ好かない野郎なんだ。
「こんの…変態野郎!」
ユメ立ち上がると、借り物だという事も忘れて裾をこれでもかと伸ばした。
我等が船長に暴言を吐きながらボカスカやっているのを見ながら、湧きに湧いた傍観者達はその豹変ぶりを見て「妙なの拾った」だとか「おもしれぇ」だとか好き放題に言っている。
「なぁ、そろそろ許してくれ」
「絶対許さない」
「好きなもの買ってやる」
そう言った途端にユメは静まった。
戸惑ったり、悩んだり、開き直ったりする過程が全て目の色を見ていれば解るほどにわかり易い。
それがあまりに面白いので、更に好条件を突きつけてみる事にした。
「気が済むまで買っていいぞ」
「え、嘘?…本当?やったー!すっごく嬉しい!わああーーシャンクス大好き」
散々妙なステップでとび跳ねると、ユメは思いっきりシャンクスに飛びついた。ありのまま自由奔放で喜怒哀楽の激しいユメを可愛いと思っているのは恐らく、一人だけじゃ無い筈だ。
シャンクスは自分のマントを取ると、腰に巻き付いて離れないユメを隠すように頭から覆った。
「わっ」
突如襲った暗闇に驚いて見上げると、そこに入り込んできたシャンクスの顔がだんだんと近づいてくる。
「困ったお嬢さんだな」
「シャン、」
閉じ込められた暗がりの中で、シャンクスの顔が鼻が触れあうほど目前に迫ってくるから名前が全部呼べなくなってしまう。耳元に響く低音の囁きのせいで、何度か何を言ってるのか聞き逃してしまった。
「 周りは男だらけだ、そんな格好で暴れるもんじゃねぇと言ってる。返事は」
「…はい。」
「よし行くぞ用意しろ」
ぽかんと立ち尽くす私にマントを羽織らせるて、何事も無かったかの様に行ってしまった。
びっくりした
キスされるかと思った
シャンクスの側に居たら
心臓の予備が3個くらいは必要だ。
いや、あの調子じゃ何個あっても足りないのかも知れない。でもあんな奴に何個も心臓を消費してたまるかと思っての3個だ。
大体シャンクス程の人から見た私なんて、まあ小娘もいいとこなのにそれをからかうだなんて相当悪い大人だと思う。悔しいから、できればもう胸を騒がせたくは無い。
心臓の音が他の人に聞こえてしまわないように、ぎゅっと羽織り直すと、ユメはシャンクスの後を追いかけて行った。
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