攻防戦






あいた口が塞がらない。

一瞬たりともそらされる事のない瞳に、
やってくれるな。と笑いながらも何処かで小さな回路が切れた様な衝撃が走った。


「ありゃあ…喧嘩売ってんのか…誘惑してんのか…どっちだ?」

「どっちも、だろう」


落としてしまった煙草を揉み消して、新しいものに火をつけるベンが肩を揺らしている事にもまた珍しいと思いながら、二人してこらえ合っていた含み笑いは、次第に豪快なものに変わっていった。

そうして散々笑って、
酒をあおり、
その途中でまた絡む視線。

微笑みの一つくらいくれてやればいいのに。妙な合いの手を入れ始めたクルー達を構う事もせず、依然として笑わない瞳は、何かを問い掛ける様に絡み合ったままだ。


異国の言葉で語るその唇と視線に
一体どんな意味があるのか探れど探れど、
シャボン玉を買い占めて海賊に贈るような女の考えている事なんてさっぱり解らない。

愛を語るようなあの瞳は
本心か、企みか。

そう考えるうちに歌い終えてしまったユメは、気がつけば割れんばかりの拍手とがなり声の中心で大口をあけて、さも満足げに笑っていた。


「どうよ」


先程の女はどこへやら。
無邪気に威張り散らすユメは、全員にお酌と乾杯をしてきたんだと、千鳥も驚く見事な足さばきで、よろめきながらやってきた。

見かねて差し出した手すら掴めずに懐へ突っ込み、持っていた酒を人にぶちまけておいて、晴れ着が台無しになったと、あぐらの中に収まって悪態をついてきた。


「男所帯で泥酔とは見上げた度胸だな」

「それ飲んでいい?」

「もうやめとけ」

「…さっぶい」

「これでいいか」

「うん」

着ていたものを羽織らせてやると
暖をとるように胸にすり寄ってくる。


これが言い寄ってくる女ならどれほど良かったか。 普段なら唇の一つや二つ頂いているところなのに、そうはできない何かがもうできあがっていてそれを阻んでいる。


「老人が飼い猫を愛でている様だな」


ただ髪を撫でてやるだけの姿はそう言われる始末で、ならお前も老人かと言ってやれば、笑いながら食堂の方へと消えていった。


「こんな服着たことない」


「ほう、それがなんでまた」


「街のお姉さんが着ててさ、あんな人がお酌でもしてくれたら嬉しいだろうなーと」


「ならこれも覚えとけ。そういうのは男落とす時に着るもんだ」


「ならあってるよ。用途はあってる。それにね、わざとこの色」


懐から伸びる視界を遮った手が、
額のあたりで前髪を捉えてすくい上げる。
たとえそれが酒のせいでエスカレートした行動だったと解っていても、その手を捕まえずにはいられなかった。


「俺を誘ってんのか」


言葉につまり、戸惑いに揺らぐ瞳を見れば、その覚悟が無い事くらいすぐに解る。それでも仕掛けられた企みは全力で買ってやろうと、引き寄せていた身体を一度離して、首筋に噛み付くような短いキスをした。


「大人をからかうと痛い目にあうぞ」


さすがに驚いたのか、
跳び跳ねるように身を引いたユメは首に手を当てながら、わなわなと貸してやったマントをたぐり寄せて、再び身を包んだ。


「冗談に決まってるでしょ…!」


「仕掛けてきたのはユメだろ」


「うるさい!変態!」


「解ったからもう寝とけ。それ以上言ったら食っちまうぞ」


ぶつぶつと文句をいいながら本当に寝てしまったユメに何度目かの溜め息をつくと、戻ってきたベンから、自分のためでは無い水をひったくり一気に飲み干した。


口をあけて眠るユメを抱きあげて「本当にとんでもないな」とぼやきながらも、その中途半端な扱いにくさに悪い気は全くしなかった。



翌朝、
ユメはあてがわれた部屋で
初めての朝を迎えた。

ぼやける視界で何度も瞬きをしながら、
ゆっくりと眠る直前の事を考えてみたけど自分で部屋に帰った記憶は全くリアルにならない。


ため息混じりにスカスカの足元を覗いてみれば真っ赤な布地が広がっていて、 こんな服を寝間着扱いしてしまったのかと思ったら気だるさは倍になる。


「あー…綺麗だったのに」


昨日の事はシャンクスにでも聞けばいいやとベッドから足をおろしたら、途端に視界がぐにゃりと歪んで派手な音をたてた。


「いったいなーもう…」


ドーンと大きな音と共に響く地響きが、二日酔いの頭にダイレクトに伝わって頭が割れそうに痛い。

こんなになる事なんて今まで無かったのにと過去の飲み会を幾つか思い出していたら、そういえば昨日は余興の後お酒をついで回る筈が、次々飲まされたんだっけ?と少しずつ記憶が戻ってきた。


「大丈夫かー?」


ノックも無しに入ってきたシャンクスが、
開け放ったドアにもたれて
ニヤつきながら私を見下ろしてくる。

ベッドから落ちた私を冷やかしに来たのかと思ったら、気遣ってくれているのか、声だけはいつもより低めのトーンだ。


「あんなに呑むからだ」


「シャンクスが運んでくれたの?」


「あぁ」


「ごめんね」


「わかったから大人しくしとけ」


「…ねー、シャンクス」


「なんだ」


「襲った?」


床に座り込んだままの私の腕を掴んでベッドへ座らせてくれたシャンクスは、それを聞いた途端、まさに鳩が豆鉄砲みたいな顔をして固まってしまった。

この人のこんなキョトンとした顔が間近で見られるなんて笑わずにはいられなくて、二日酔いな事も忘れて指を指しながら盛大に笑ってしまう。


「うそうそ、本当ゴメン! ……いったーい…頭に響く…」


「俺はユメに襲われたがな」


「嘘だぁ」


ほんとシャンクスは調子のいい事ばっかり言ってすぐからかってくる。思わずドキッとさせるような事をさり気なく出してくるから、冗談きついなぁーと真に受けない様にしている。


私がシャンクスを襲う?
私そんな強靭なハート持ってないし。

想像しただけでなんて恐れ知らずなんだとますます笑いが止まらない。


どうにか止めようと一生懸命呼吸を整えてふーふー言っていたら、私を見るシャンクスが一瞬ムッとしたように見えた気がした。


「はー、ゴメンゴメン」


もしかしたら少し笑い過ぎたのかもしれないと思い、伏せていた顔を上げたら正面にはシャンクスの顔があった。

それだけに終わらず、何かを言おうとする唇は意味ありげにニヤリとしたまま、耳元でとんでもない爆弾を落としていった。


「お前、足がおぼつかないのは酒のせいだけだと思ってんのか?」


黒いマントの肩越しにドアの方を眺めていたら、その視界の端で意地悪そうに笑うシャンクスが、耳元からスローモーションで離れていくのが見えた。


あんなに止まらなかった笑いが一瞬で引っ込んで、あいたままの口が何かを言おうとパクパクするのに、肝心の言葉を発する事ができなくて、まさかと思いながらも慌てて服や体に手を当ててみるけど何も解らない。


「…うそ…!!?」


運ばれた後襲われ、?
いやいや
シャンクスは私に襲われたって言ってたし
て事は…もしかして
私がベッドの中に誘いこんだ??

でも今までお酒でこんな風になったことなんて無いし、ちょっとからかってやろうと思ってただけで、流石に酔っ払った私でもシャンクスを襲おうなんて思うわけが無いし
…でもでも!…ならあのニヤつき顔は…どう説明したらいいんだ


「あ…え…」


心の中で何度も「でも」と「だって」を繰り返して最後に叫んだところで、少しひんやりとした風が吹き込んできてハッとする。

一人でパニックになって気が付かなかったが、シャンクスは出て行こうとドアを開けた所だった。


「嘘に決まってんだろ」


バタンと閉まったドアのせいで
風が途切れて髪が浮き、
ペたりと頬に張り付いた。

拍子抜けというか。
真っ白というか。

冷静になって物事を把握した私は
それでも声を出せずにいた。
ただ拳をわなわなと握り締めて、
顔はどんどん熱くなっていく。

一瞬でもシャンクスとのワンナイトラブを、しかも自らシャンクスを襲う所なんか想像してしまった自分を全て無かった事にしたい。

あるはずも無かった出来事を想像する私を見て笑っていたなんて、これじゃあまるで私がからかわれて、手玉に取られているみたいじゃないか。



「シャンクス!!」


あの中年プレイボーイめ。
絶対負けるわけにはいかない。


やっとの思いで叫んだ名前は部屋中に反響して自分の頭に返ってくる。二日酔いとは解っていても叫ばずにはいられなかった。

遠ざかっていくバカ笑いを聞いていたら溶けるように体中から力が抜けていく。これから先、こんな事にも慣れていかなければならないのかと思ったら頭痛が少し酷くなった様な気がして、私はしばらく布団の中に戻る事にした。





 






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