お花畑にいた
「二日酔いが魔法みたいになくなる定食Aセットお願いしまーす」
「思ったより元気そうだな」
二度寝で皆さんのお食事タイムからズレてしまった私は、空っぽになりつつある食堂で二人を見つけて向かいの席に陣取った。
置かれていた水を一口だけ飲んでテーブルに顔を突っ伏しながら、このまま食堂に取り残されるのも嫌だし、食べ終わるまで待っててくれないかなぁなんて思う。
「ねぇ、今日も宴するの?」
「そうなるだろうな」
「大変…二日酔い吹っ飛びドリンクも頼まなきゃ」
「馬鹿かお前はっ」
「いい加減にしとけ」
昔から病気になった時や辛い時ほど大人しくしていられなくてついふざけてしまうから、お前は病人に見えないなとよく言われていたのを思い出した。
気分が優れない時でも構って欲しいなんて寂しい現代人の病気なのかもしれない。安静にしてるだけなんてつまらなくて暇で、話し相手が欲しかったり、それが駄目ならせめて誰か見える場所にいて欲しいなんて思ってしまうのだ。
そんな思惑通りに、自分より歳のいった男達から飛んできたお叱りは温かい笑いを含んでいて、それだけでも嬉しいのに反応や声まで被せてくるから楽しくって仕方がない。
しばらくの間こんな調子で喋り込んでしまって、なかなか食事を取りに来ない私を見かねてか厨房に向かってメニューを頼んだ時に目があったコックさんがトレーをわざわざ持ってきてくれた。
随分特別扱いだとシャンクスは言うけれど素直に喜べない私がいる。目の前の料理は昨日のランチに比べたらかなり少なめで、シンプルで。
二度寝のお陰で少し良くなって、がっつり食べたい気分の私には少し物足りない感じがした。
「これ…魔法定食ですか?」
「わがままなお嬢ちゃんだな。これは消化がいいですよセットだ。そんな魔法の飯あったら俺が食いたいぜ」
昨日「美味しい!豪華だ!」と騒ぐ私を見ていただろうし、あからさまにこれだけ?という顔をしてしまった私を笑い飛ばした後、励ますみたいに頭をわしわしと滅茶苦茶にしてくる。
「よくなったら好きなもん食わしてやらぁ」
お酒に飲まれて自業自得な私にわざわざ消化が良いものを作ってくれたんだと知ると、少しだけさっきのわがままに罪悪感がする。
ガハハと肩を揺らしながら厨房に消えていくコックさんの背中にじんときて謝るタイミングを完全に逃してしまった。
「ユメ」
「はい」
「今まで船に乗った事はあるか」
「無いことは無いけど」
そんな事聞いてどうするんだろうと料理に手をつけながら考えてみる。私の乗船経験を生かして仕事をあてがってくれるんだろうか。
でもフェリーすら乗った事が無い私が唯一乗った船といったら、デートで乗った足こぎボートくらいしかない。
アヒルのボートで培った経験なんて、
後ろの舵は意外と役に立たないって事と、はしゃぎすぎたら疲れて受付に戻れないって事ぐらいしかないし。
「アヒルボートかな。わかる?アヒルの漕ぐやつ」
聞かれたから正直に答えたのに
あまりにも真顔でキョトンとするものだから、こっちの世界には存在しないんだと思って、運転の仕方から、うっかりすると隣のカップルにぶつかって気まずくなってしまう事まで一生懸命に説明した。
「小さいんだけど、二人乗りになってて、こうやって一緒にペダルを漕ぐと湖をスイーって」
「ユメは男とそれに乗りたかったのか」
「は?」
「顔に似合わず可愛いな」
「そうかアヒルボートか」とかなんとか呟きながら我慢しては吹き出す、時々バカ笑い、という工程を繰り返すかなり失礼なシャンクスだけど、流石にムッとした私がご飯をほおばるだけになったところで、やっと質問の真意を教えてくれた。
この気分の悪さは二日酔いの他に「船酔い」もあるんじゃないかという事だった。 確かにこんな長期間乗船していた事なんてないし、自分の体に鈍感な私だから、それに気が付かなかっただけなのかもしれない。
「寝てりゃあ治るさ」
周りを見渡せば一緒に居たはずのベンですらいなくなっていて、思った通りに私達だけが取り残されている。
散々からかって小馬鹿にした癖に、
ころっと態度を変えて頬杖つきながらニコニコこちらを眺めてくるもんだから食べづらくって仕方なかったけど、そんなシャンクスが、飼い猫に高い缶詰をやるOLみたいに見えてきてしまって結局私は笑ってしまった。
少しは大人しくしとけと言われ、仕方なく遠回りしながら部屋に戻った私は、特に寝たい訳でもないのに三度寝四度寝を繰り返して、いよいよ眠れなくなっていた。
枕をぎゅうぎゅうに丸めて宙に向かって放り投げてみたりしながら、今までにないくらい大人しくて良い子にしていたとは思うけど、未知の世界に放り出されてからまだ数日しか経っていないんだし、良い子もそろそろ限界だ。
もっと海を眺めたりしたいし
船の先の方に立って、
飛ぶ真似もまだしていない。
大人しく は苦手だけど、きっと波を切っていく、船からあがる水しぶきなんて何時間だって見ていられる筈だ。
暇を持て余してシャンクスの部屋とを仕切る壁に枕を投げつけていたら、ひとつ気になる事を思い出した。昨日仕掛けたイタズラだ。
気があるみたいな視線と、
貴方に捧ぐ!と言わんばかりの歌い方で、誘惑して困惑させるという徹底した悪戯だったのに、シャンクスは一度もその事に触れてこないのだ。
あんなに意味あり気な様子だったら、
私なら気になる。
なんて歌っていたのか
何を歌っていたのか。
どういうつもりなのかとか。
勿論、雰囲気が出るように
熱烈な愛の歌を歌ったんだけど。
私の脳内では、
・直ぐその意味を聞きだそうとしてくる
・教えないとつっぱねる
・教えてよー!とシャンクスが乞うてくる事で優位にたてる。
というシナリオになる筈だったのに、朝部屋に来たときも食堂に居る時も聞いてこなかった。
あの程度の事はよくある事で気にも止めてないのかもしれない。でももしかしたら本当は、凄く凄く気になっているけど素直に聞いたら俺恰好良くないじゃん? とか思ってたりして。
なんて妄想が妄想をよび、
ユメの頭の中のシャンクスは前髪をくるくる弄る今風の男になっていたり、教えて下さいお願いしますと下僕の如く土下座を始めたりしていた。
駄目なシャンクスや残念なシャンクスを想像するのが思いのほか楽し過ぎて、こらえきれなくなったひとり笑いを抑えるために足をばたつかせながら、力まかせに枕をバフバフと叩いている時だった。
「激しい寝相だな」
さーっと血の気が引いた気がする。
ニヤニヤしすぎて引き釣りそうだった頬も一瞬で真顔になって凍りつく勢いだ。
夢でありますように!
幻でありますように!
そう必死で願いながらドアの方に寝返りをうったら、やっぱり声の主が戸にもたれて身を震わせていた。
「…ほんと最悪!!ノックぐらいしてよっ…!」
「わりーわりー」
悪びれる様子なんてちっともなくて、
口だけ適当な謝罪を述べながら丸めた背中はやっぱり笑いで震えている。
顔を隠す枕はもう投げてしまったし、
仕方なく足元で丸まったシーツをたぐり寄せると頭から被って身を隠した。
「なんの用」
「さっき呼んだろ」
さっきの、壁に向かって投げた枕の事を言ってるんだろう。それにしてもクスクス笑いながらこの口調、絶対私が暴れていたから見に来たに決まってる。
この壁は私が思ってるより薄くて全部聞こえていたんだ。
それをまあ、呼んだだろなんて。
ほんっとにむかつく。
「お前暇だって言ってただろ、顔見に来てやったんじゃないか」
「もういいよ治ったから」
いい加減笑い飽きたんだろう。
静かになったから顔を出してみれば、勝手に椅子に腰掛けて机に肘をついていた。完全にお寛ぎモードだ。
「どうしたの?」
「昨日のあれはどういうつもりだ」
ぐっと身を乗り出して、釣り上がった口の端は誘惑に似た危なげな表情で、まるで悪魔に尋問されてるような、そそのかされているような。
急な切り返しは毎度の事だと解ってはいても心臓が一際大きく跳ねてしまう。それでも今ひいたら作戦が台無しだと精一杯平静を装って笑ってみせた。
「どうもこうも、何でもないけど?」
「何か企んでるだろ」
「そんな滅相もない」
「ほう、そうくるか」
「死んでも言わないかな」
なんだかこのやり取りが面白くって、このあたりまでくると吹きださずにはいられなかった。
今回は私の勝ちかなぁなんて、早くも優越感でクスクス笑っていたらシャンクスがとんでもない事を言い出した。
「ユメの弱点は解ってんだ。なんなら力ずくで言わせてやろうか」
出た!シャンクスの
無駄に困惑させる攻撃だ。
完全に回復した私は
悪魔の横をすり抜けて、
部屋の外へ勢い良く飛び出した。
「シャンクスには絶対教えない」
普段は立場が逆でなかなか味わえない、シャンクスをからかってるという優越感と、手玉にとってやったという満足感。このまま逃げきれば今回は私の完全勝利だ。
ところが。
あまりの清々しさに両手を上げてやったー!と叫びたいくらいの気分だったのに時間が経つにつれ、そう簡単にはいかなくなってきていた。
別に鬼ごっこしてる訳じゃ無いんだし、普通に過ごしながらシャンクスと距離を取ればいいんだと油断して立ち話をしていたら、いつの間にか背後に立っていて、羽交い締めされた挙句笑顔でとんでもない事を囁いてくるし。
ベンの所へ逃げても、「あっちでやれ」と呆れられるし。
ちょっとからかっただけでこんなに全力で掛かってくるなんて思ってもなくて、余裕の笑顔で迫ってくるシャンクスの恐怖から逃げるので必死だった。
「あんたら…何時間も一体なにやってんだ」
「あっ、息子さんの話しの人とお肉の…お方…」
「ルゥだ」
「ヤソップだって言ったろ」
「ごめんなさい、ちょっと急いでて」
立ち話なんかしてたら、またさっきみたいな事になってしまう。少しでも動いていないと落ち着かないっていうのにこの人達は、何をしてるのか聞きだそうとウズウズしているように見える。
確かに今まですれ違った事情を知らないクルー達は皆不思議な顔をしていたし、もしかしたら聞いてくれなんて頼まれているのかもしれない。
「困ってんだろ?力になってやるぜ」
遊びに参加したがる子供みたいに輝く目を見ていたらシャンクスを足止めするいい作戦を閃いて、私はルゥさんの大きな体に隠れるように身を寄せた。
「あの、…こういう…デリケートな事なので…言いにくいんですけど…お頭がスリーサイズを聞いてくるので…困ってるんです…」
「そりゃ本当かよっ!?」
割れんばかりの大笑いを背に走り出したら、覗きの次はスリーサイズかとシャンクスを冷化す声に加えて、そんな事は聞いてねぇと必死で弁解するシャンクスの声が聞こえた。
足止め作戦に成功しても
直ぐに追いついてくる筈だから
まずは視界から消える事が重要だ。
最初の角を曲がって
もう一度曲がって。
こんな事に必死な自分が馬鹿に面白くって、息まで切らしてすっかりテンションは上がりきっている。
船内をデタラメに走りすぎて
迷子にならないかと
少し立ち止まった瞬間、
何故だかドーンと頭痛がした。
バクバクと耳に響く脈音のせいで
そう思っていたのだ。
二度目の爆音で船が揺れて、
こんなに背の高い船から
波の飛沫がすぐそこに見える。
あれ…
これは頭痛じゃない?
それでも解らなかった私は、
次に聞こえた誰かの声により
完全に停止してしまった。
「敵襲だぁぁーー!!」
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