陽気な海賊と
宝のワルツ
あっけに取られてフリーズしてしまった私は、またもや何処かへ消えてしまったシャンクスを探すために人波をかき分けて歩き始めていた。
この世界へ来て一番関わりが深いのがシャンクスだから、その隣は落ち着く気楽な場所だ。そうでもない事がたまに起こるけど、一人になったり何処へ居たらいいのか解らなくなると、その場所をつい目指してしまう。
奥の方で座る二人をやっと見つけて、駆け寄った私はするりと間に落ち着いた。やっぱり両サイドにこの二人が居ると心配事が無くなって守られてる様な安心感があるなと、その居心地の良さに足を崩して存分にくつろいでいた。
「男らしいな」
多分座り方の事を言われたんだろう。
居心地良くてコレなのにそんな事言われたら、今来たばかりなのに拗ねたい気分に駆られる。本当にこの人達は上機嫌だと人をからかわずにはいられないのか。
「乙女です。せめて元気とかいきがイイって言ってよ。シャンクスもなんとか言って」
「随分な暴言吐いてる奴がな…乙女とは…な」
助け舟を求めたのにシャンクスは馬鹿みたいにヒイヒイ笑っている。こっちは溺れてるのに石まで投げられてる気分だ。
それに石と言えばこのベンも。
クールで石みたいな人だと思ってたのに今やシャンクスと一緒になってクツクツと震えているから、いい大人の癖に、仲良し男子生徒がクラスメイトの女子をからかっているみたいに見える。
「もういいよ」
改めて御礼を言おうと思っていたのに、そんな感じの雰囲気には戻せそうもない。
ここが駄目なら、次に落ち着くルゥさんの影にでも隠れてお肉でもご一緒するしかないかと、仕方なく席を離れようと立ち上がったら、急にシャンクスが腕を掴んできた。
勢い良く引き戻されて倒れ込んだ私は、文句を言ってやろうとして息巻いたけど、自分の手がシャンクスの足に乗っているのが目に入って、言おうとした事が全部頭から飛んでいってしまった。
手どころか自分自身が
シャンクスに乗ってしまっている。
状況を把握した私はマズイとは思いながらも、体は固まってしまうしで、下手に動けなくなっていた。
「そう怒るなよ」
胸の中に綺麗に収まったところで嫌な予感は的中して、私を動揺させるために低くなった声色が近くで響いた。
襟足あたりの髪を梳きながら、無理矢理ぐっと引き寄せてくるから、シャンクスの悪そうな顔から目がそらせなくなる。
数センチ先の悩ましげな目に囚われて。
時が止まった様なこの一瞬のなかで、
人の思考が読めたらいいのにという思いがかすめて、少しの切なさに思わず目を閉じてしまいそうになる。
鼻先と鼻先が触れそうな距離になってやっと正気に戻った私は、心臓の音がすぐさまピークに達して、慌てて突き放すと必死で後ずさった。
「エロ親父!死ねばか!」
「随分と嫌われたもんだな」
「可愛い奴だ」
背中をゲラゲラ笑われ、心の中でくそー!と叫んで走りだしたら、今更ながら囁く声とあの顔がしつこく浮かんでくるから、胸が大きく鳴る度に息が止まりそうな程苦しくなる。
悪戯のラブソングが
まさか本当になるなんて
思ってもなかった。
頼る人が他に居なかったせいじゃないか。もしくは気のせいだ、プレイボーイに騙されてたまるか。そうやって今まで散々言い聞かせてきたのに、全てがあの一瞬で無駄になってしまった。
囁かれる度にこっちは大パニックで、
あの後からは更に私のダメージは甚大だっていうのにシャンクスは相変わらず余裕ぶった甘い顔で笑うんだから本当にズルい。
私のことなんか居候の下っ端小娘ぐらいにしか見てない癖に、わざと戸惑うようなこと言って反応を楽しんでくるんだから、そんな汚い大人を好きだなんて認めたくはない
…だけど。
あのとき風が吹いて、
赤い髪が揺れて、
シャンクスが笑った瞬間の全てを
私は鮮明に思い出せる。
まるで革命が起きたみたいに、
心が動いた音が聞こえて真っ白になったのを。本当にシャンクスに負けたんだと実感したんだ。
そしてそれと同時に、
この敗北は秘めていよう、とも。
今のところ私の居場所はここしかないし、彼の余裕さを見れば相手にされていない事も確かだ。
それにこんな大きな船の大頭で。
だから伝わらなくていい。
シャンクスは私には少し眩しすぎて直視できない太陽みたいなものだ。伝わらなくても太陽を見ていられるんだから悲しくはない。
それにどうしたらギャフンと言わせられるのかと無謀な巻き返し作戦を考えるのもとても楽しい。
負け惜しみかもしれないけど、
手玉に取る作戦を諦めきれない私は
また悪戯な歌を贈ろうと目論んだ。
彼の知りえない言葉で歌うラブソングは、いくら『好き』とか『振り向いて』と大声で歌ったところで伝わる訳がないから、自分がからかわれる事もない上に、とんでもない事を言われているとは知らずにボンヤリする間抜けなシャンクスを見ていられるんだから、癖になりそうなくらい快感だ。
「あのエロ親父…これで終わったと思うなよ」
そうエンジンがかかると、
もう止める事はできなくて。
私は煌めく宝の山に飛び込んで行った。
戦利品の傍らで始まった宴は、夜が更けるにつれて異様な盛り上がりをみせていた。
誰かが始めた陽気な打楽器が鳴り。
それにのせられた酔っ払いがトランペットに挑み始めたが、立派な奏者の顔をする割にスカスカと息の抜けた音ばかりで、時々鳴る妙な音に「ろくに吹けやしねぇ」と男達はどっと笑った。
そこへ我こそはと名乗り出る者が次々と現れて、たらい回しにされるうちに楽器はあちこちに広がりいつの間にか始まる、どこかの民族の様に、自由な音楽。
インディアンの真似を始める者が現れて、その後ろを次々と踊りながらついて行く悪酔いしたクルー達と、その中心で俺は生け贄だと言い出して何故だか急に服を脱ぎ出して腹踊りを始める者。
もっとやれと手を叩いて笑う者に、
食べ物に夢中でそれどころでは無い者。
ほろ酔いで寝てしまった者が、その隙間を埋めて寝転がり、時々ごうごうといびきをたてた。
そしてユメは宝の山に置かれた
ピアノを弾きながら歌を歌い始めた。
誰もがまた何かやらかす気だと、期待にも似た予想をしていたが、それは直ぐにはずれた。
新しいおもちゃを与えられた子供の様に、力一杯笑うユメはその後も宝の周りをあれもいいこれもいいと嬉しそうに駆け回り、マラカスを指さして大笑いした後で、シャカシャカ振りながら楽しそうに何かを叫んだ。
そんな底抜けに明るい風景を眺める船長は涙のユメを思い浮かべて目を細めていた。
初めて体感したのであろう、人を傷つける兵器が向けられて酷くショックを受けただろうに「死ぬかと思った」と人の心配までしてのけたのだ。
悪いとは思いながらも安否を気遣い、震えながら触れる手、涙するユメに愛おしさを覚えた。異世界から現れた一人の女が、特にこの日から胸に焼き付いて離れなくなった。
「ユメを酒のあてにするのはいいがその顔は何とかしてくれ」そう言ってやれば返ってきたのは生返事で、本当にこの人はどうしようもないと溜息をつく、大頭のまぬけ顔が面白くて、いつもより妙に笑い上戸な副船長。
決して平和とは言い難いこの世界で。
今この瞬間、
確実にこの船だけは平和だと
誰もがそう感じていた。
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