bgm, Stacie Orrico/ more to life

3 Not repeatable リピート不可


帰る暇が無かった人間に突然の休暇というのは、特にこの現状では全く喜ばしいものでは無い。この部屋でどんな風に過ごしていたか記憶を辿っても出てくるのは惨めな自分ばかりだ。


帰ると言って帰れなかった事後報告、
忘れていたデートの謝罪、
誤解されてパパラッチされた全部デマの週刊誌、
不可抗力だったキャバクラの名刺、

二つに分けた寝室、別々の食事、
それぞれの朝と夜。

出掛けるなら送ると言っておいて眠りこけて、起きれば電気の消えた部屋に一人なんてのもよくあった。
寂しさから触れようとしても「もう行かなきゃ」とユメの朝が始まり一人ムラついて抜いて寝る朝の夜。忙しい、疲れてるから、というのもよく聞いた。


避けられているような冷たさを感じていても心当たりが多過ぎて、全部を解けずそれ以上何も言えないまま日々をやり過ごす。
これでいてケンカにならないのもユメが全てを諦めているような気がするからで、逆にトラブルシューティングをしようもんなら「別に気にしてない」「今更いいよ」と拒絶されてしまう。

あまり見せてくれなくなったが、ユメが笑ってくれるなら、今よりマシな気分になってくれるならと、クソ真面目に何かを言うことをやめ、消化不良を伝える事もやめ、そのうち擦り合わせ方を見失っていった。

 
もう、こんなどうしようもない俺じゃあいつ捨てられてもおかしくないなと、面影を探して足は勝手にユメが最後に居たドレッサーの椅子に向く。
――今日は何か、今日こそは。何でもいいから伝えてみようか、例えば見かけなくなったピアスについてだとか、なんでもない所から。



「ただいま……何してるの」

「昔つけてたユメのピアス片っぽねぇなって。このネックレスもチェーン切れちまってんな」

「触らないでよ!」

「……んなカリッカリすんなよ」

「勝手に開けないで欲しいの!」

「んだよ……やましいもんでも入ってんのか?」

「ひざしと一緒にしないで」

「俺ェ? ……へぇ。気にしてないとか言っちゃって、ずーっとそう思ってたワケ。なんで言ってくんねぇの?」

「……気にして何か事実が変わるの」

「そんな言い方ねぇだろ? ……変わんねぇけど何が嫌とかよォ、今更かもしんねぇけど思ってる事あんなら言ってくれた方が、その、二人にとってっつーか……不満ばっかで我慢するより」

「だからそれを言って何が変わるの。貴方いつも居ないじゃない」

「悪ィと思ってるよ……じゃあお前はなんでいつも居ない俺とこんな生活続けてくれんだ? それでもまだ好きでいてくれてるからじゃねぇの?」

「なんで……急にそんなこと言うの? 今までそんな話一言も触れなかった癖にさ、……もういいじゃないこのままの毎日で、時々帰ってきて笑って暮らせばさ」

「気付いてねぇの? お前あんまり笑ってねぇよ。俺が悪いのは百も承知だけどよ、彼女が冷てぇのはつれぇよ」

「それはごめん……でもどう感じてるか話せなんて言われても私達そんな話してこなかったのに今更できないよ。ひざしだって言わなかったじゃない……もう遅いよ、辛かった時に言えてたら違ったかもしれないけど、こんなカサブタも乾いて傷跡になった頃にあの時どうだったかなんて言われても」

「今更かもしんねぇけど……俺も限界なんだよ。なぁ、気持ちがまだあるなら今からでも、何とかしていこうぜ」


贈った時には彼女の首元を彩っていたネックレスも今は濁っている。絡まって団子になり、ちぎれた鎖の先、抜け落ちた輝きはどこへ行ったのか。
見えなくなってしまっただけで、傷を重ね合って解けなくなった自分達に輝きはなくとも、色くらいは残っている筈だと思いたかった。


「好きなだけじゃ、うまく、いかなかった、でしょ。
  ――それが、いまの、わたしたち」


息を切らして、堪えるようにやっとの思いを語るユメの目からぼろぼろと涙が落ちる。抱き締めたくても、そうさせた自分に触れさせないよう腕を握る。そうして初めて深くを聞かなかったユメに甘えてきたのだと自覚する。二人の結末を示唆する言葉に、からがら繋がっていた細い糸が切れた音がした。

子供のようにしゃくりあげて泣くユメは、一度別れて欲しいと言った。こんな風にさせた自分には解ったと答える以外になく、こんな形で久しく見た涙を抱き締めて拭ってやれない代わりに、せめてと一度ティッシュを渡したが、それでは間に合う訳はなく。脱衣所へ取りに行ったタオルを渡せば、それからは、悲鳴に似た泣き声を沈めた。

痛々しくて見ていられず、我慢ならなかった手を背に伸ばして撫で摩れば、あんなにも望んだユメの両腕が今更に開かれていく。寂しいと零れた本音を掬い上げるように、うずくまったユメを抱き上げて寝室へ連れ込んだ。


「さみしい」

「ごめんな」

「さみしい」

「ごめんな」



壊れた会話でも身体が暖かい。
念願の温もりが痛い。

どうしようもない痛みなら互いにで、
やり過ごすにはこうする以外に方法が見当たらない。


一度触れれば止まらず、繰り返される寂しいに応えるように唇を重ねた。玄関の前で唇を追いかけるような惨めさよりは幾分かマシな手応えと感触に枯渇した心が満たされて、涙に沈んだ瞳が俺では無い空間をみつめるのを見ては、同じ早さで失われていく。

たとえこんな有様でも、
ユメが寂しいと望んでくれるなら何でもしたい。
最後に抱く意味が麻酔でも構わない。
望んでくれるなら、なんでもいい。



「さみ、しい」

「俺もだよ」



この一分一秒を止めることはできても、過去に飛ぶことはできない。今すぐ戻す事はできず、巻き戻すならひとつひとつ鎖を解くように初めの違和感からでないと無理だろう。あるいは、綺麗にゼロから。この滅茶苦茶な夜から選ばれたものが、ゼロであるように祈るしかない。

また置いていくのかと思えば後ろ髪が引かれる。
朝、振り切るように家を出たが、世界に終わりが訪れた割に、外は代わり映えのない毎日のようだった。




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