bgm, Michael Bublé/La vie en rose
7 mix tape どうして続くラブソング
じゃがいも、にんじん、小松菜、マッシュルーム、
カリフラワー、黄色と赤のパプリカ、ラディッシュ。
野菜だけにとどまらず、マルシェにはベーコンやハムまでが並ぶ。そんなに買っちまうの? と驚きつつも、ひざしは進んで大事に紙袋を抱えていた。
「こんなに食えんの?」
「大丈夫、切って冷凍しちゃうから」
「流石に終わりだよな? そろそろ俺の腕ちぎれちまう」
「待って」
「まだあんのォ!」
「アンチョビ探してるの」
缶詰の積まれた露店でソース用のアンチョビを見つけて買い物は終わり、無事にひざしの腕はちぎれずに済んだ。
沢山抱えたひざしと、アンチョビの缶詰が入った小さなビニールだけをぶら下げる私とでは、その様子があまりに我儘に映っている。
初めの方は持てるうちは持つと言っていたけれど、ねぇと声をかける度に「アレ美味そうじゃん」だとか、適当に目線ごと話を逸らされてしまった。そんなやり方も苦しくなれば、次は試食のカットフルーツを次々と口に放り込まれる。そうやってひざしが、私の口を塞いでまで聞いてくれなかったのだから、ひざしの腕が四方八方へちぎれてしまっても仕方がないことだったのだけれど。
時々溢れ落ちる野菜だけを拾ってアンチョビの袋へ入れ、私達は駐車場へと向かう。そして停めておいた車の前で、不格好に腰をくねらせて突き出されたひざしの尻を叩いた。
「堪んねぇ」
「何よそんな趣味あったの」
「気持ちィィ! ってねぇよ。それにしちゃあそっちも中々の手つきだったケドォ? そんな扱い初めてですねェ……もしかしてそっち側の興味アリアリ?」
「無いわよ」
「意地悪も堪んねぇけど、キー取って」
「……なんか嫌ぁ」
「たーのーむーって」
「解ったわよ……ってちょっと! クネクネしないでよ気持ち悪い!」
「辛辣なのもグッとくるぜぇ」
「エヘエヘしないで!」
「してねェよォ」
大嘘だ。叩かれて振り向いた時から、ひざしはこの顔をしている。すっかり下がってしまった目尻と、眉間には皺を寄せて、うんと目を細めて私の事を見下ろしている。
こんな、裸をじっとりと見るような目をされても困ってしまう。格好のつかないダサダサの滑稽を初めて見せられて困惑するばかりか、そんな一面さえ寧ろ好きだと、ときめいてしまうなんて恥ずかしい。手早くキーケースを引き抜いて、手一杯の紙袋を代わりに抱き締めた。
「待て待て開けてくれれば俺が置く! 重たいって」
「嫌よ。高い車傷付けたら嫌だもん。怖くて触れない」
「はァ……もしかして、それで車……嫌がってたワケ?」
ひとつ核心を突かれて、袋を取り上げようとした腕から力が抜ける。ひざしも強ばっていた肩を脱力してしまって、不安定なお野菜が危うく崩れかけていた。
「あーのなぁ。んな事気にすんなよな? 傷なんてつくときゃつくんだからよ。マスタングちゃんだって相手がユメならご褒美だろ」
「私が怖いんだから、そんな事言われても」
「試しに引っ掻いてみっか? ンー? 可愛い猫チャンに引っ掻かれマシター♡って勲章にしてやるよ」
「ばかばか! 動いたら落ちちゃう!」
「あ! 俺のじゃがいも!」
「俺のって」
ひざしの腕から溢れたじゃがいもは私の腕にあたり、地面へと転がり落ちていく。あれは厚めに皮を向かないとボコボコかもしれない。
今まで車の中でどうしていいか解らなかった居心地の悪い気持ちは、あれだけのたった一言で不思議なほど軽くなっていて、おずおずと歩き疲れた足を伸ばした。こうして優しく柔らかい空間に思えてくると、物の見方なんてころりと変わってしまうものなんだなと感じる。
「アンチョビは何すんの。ピザでも焼くとか?」
「美味しい野菜は全部温野菜にして、バーニャカウダのソースにしようかなって」
「はァァとんでもねぇ飯テロ食らっちまったなこりゃ」
「ひざしが聞いたのよ」
「流石にそんな小洒落たメニュー出てくると思わねぇよ。残り仕事してっと時間合わなくてインスタントと仲良くなっちまうだろ? 刺激が強すぎんぜ」
「なぁに? ねぇもしかしてお昼食べてないの?」
「……あー。まァ……そう……まぁ」
「何してたの?」
「午前授業の終わりによ、片付けてるリスナー諸君と、すこーしばかり遊んでやってだナ」
「なるほど自分が楽しくなって忘れちゃったのね」
「ヨークゴ存知デスネェ」
「なんで早く言わないの? さっきのカフェで何か頼んだら良かったのに」
「うさぎチャン見たら忘れちゃうでしょ。ンなもん」
会った時から漂う謎の甘さと、まるで違ってしまった二人の世界線がこんなに幸せだなんて、あんなに酷いことをしておいて薄情すぎやしないかといけない気持ちになる。それなのに、いつも軽快な曲を流していたひざしのプレイリストからは立て続けにラブソングばかりが流れてくるから、益々調子が悪くなっていく。
「……一緒に食べる?」
ぴりと車内の空気がしまり、
運転席から後悔のため息が響く。
私が車を嫌がった理由の核心を突かれた時と、
全く同じ呼吸の色をしていた。
「別にそんなつもりで言ったんじゃねぇよ? その、余計な気ィ使わせちまってごめんな」
「違う! 気なんて少しも使ってないってば! ……今日は楽しかったから、一緒に食べて欲しい……っていうか」
「マジ?」
「わぁ! ちょっと前見て!」
「悪ィ嬉しすぎた」
夕食には早すぎる。
それに肉体仕事の男には物足りないかもしれない。
ご飯も炊いて、チキンソテーも乗せてあげようかな。
最後に二人で料理をしたのは数えるのが億劫になるほど昔のことだったけれど、それでもひざしはほとんどの調理器具の場所を覚えていてスムーズに食卓の用意が進んでいく。
大切なひざしのじゃがいもは、ひざしが厚めに剥いて少し小さくなった。
ラディッシュの食べ方が解らなくて、二人で調べてそのまま半分に切ったけれど、味見をどうぞと口に入れてみれば変な顔になったので同じように蒸す事にした。
やりたがるので渡したけれど、パプリカのヘタは取り方が雑すぎて、勿体ないから私に返しなさいと怒った。
マッシュルームの石づきを取る時にうっかり潰してしまったので、マッシュルームはひざしに取られてしまった。
人参の皮を剥く時にため息をついたら、指までピーラーで剥いてしまったエピソードを話す羽目になってしまい、それも、ひざしがうやうやしく両手で持っていった。
アンチョビはできないと涙目になったので、私が細かく刻んだ。
ひざしがやり直したいと思ってくれている事を、
会った時からずっと、ひしひしと感じていた。
私も、私だってずっと同じでいる。簡単には引いてしまわないで、もっと粘っていて欲しかったしつこさが叶えられて、嬉しくて、今日はずっと胸が幸せな気持ちでいっぱいでいる。
「なぁ、割り箸かなんかある?」
「どうして? ひざしの黒いお箸はここにあるよ?」
どこに何の鍋が仕舞われているかは覚えていても、一番覚えていそうな物は覚えていなくて、不思議だと首を傾げる。カラトリーの引き出しを開けたのにひざしは探し物には目もくれず、じいっと私を見詰めてからみるみる顔を赤くして、大きな手のひらで顔を覆ってしまった。
「まだ……置いてくれてんのかよ」
「だって、」
そう言いかけて、
順調な素直さだった口が止まってしまう。
だって、また帰ってくるかもしれないから。
全部捨ててくれなんて言ったけれど、歯ブラシもパジャマも置いていった物は全部置いてあるなんて、どうやって口から出せばいいのか。
それでもより言葉巧みになったひざしは、私が飲み込んだ言葉さえ、以前に増して巧みに迎えに来た。
「だってナニ? ……聞かせてくれよ、こっそり」
どこに秘密があるのやら。
少しばかり真剣な顔で耳を寄せてくれるから、
ずる汚い心を吐き出してしまった。
「帰ってきて、くれる、かもしれないから」
今日で一番の甘い溜息が、目の前で溶けだしていく。
お箸の事なんかもう忘れていて、私ばかりを見て、頬を撫でたそうにした手は震えて、顔の横で止まってしまっていた。
「あのな、ユメ。俺は酷いことしてきたんだ……急がなくたっていいんだぜ? 今更待てない訳ねぇよ。その気持ちだけで充分幸せだから無理すんな」
触れたそうな手から鼓動を感じる。
心臓が脈を早めて、大爆発しているのが見てわかるほど、こんなにもたくましい首元からうっすらと脈を打って、皮膚がぴくぴくと動いている。
どうしてひざしはこんな、お箸を握り締めた滑稽な姿の私なんかに胸をときめかせてくれるのか解らない。全く理解が及ばないけれどとても幸せで、二人の世界がハチミツで満たされているような、それはそれは素敵な勘違いだった。
「ねえ。前菜とか、食べる?」
「……野菜盛りの前にィ?」
話を逸らされてしまったのだと勘違いしたお耳に、
今度は私からこっそりと秘密をあげる。
「本当は、真っ赤なのを着てる」
苦しげな顔の中でも嫌じゃないものを初めて見た。
甘さの微毒に恍惚とするような、
溺れてしまいそうな途切れた息遣いと、
紙袋越しではない抱擁と。
いよいよ触れてしまった手のひらはあまりにも優しく頬を撫でてから、エプロンのリボンへと落ちていく。
「ンでそんな事言っちまうの。俺もそこまで我慢強くねぇよ」
「……だって」
「だって、なんだよ……黙っててやるから」
「私も、そんなに、我慢できない」
「それは前菜じゃなくてフルコースっつうんだよ」
柔らかく滑る唇の甘さに背を軋ませて、
好きなように身体を押し付け合い、
踊るように寝室へと攫われていく。
お料理は冷めても美味しくたべられるだろうか。
白昼の我儘生活には、
きっとお野菜達も呆れ顔な事だろう。
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mix you.