女の子の花







九月。呪霊の繁忙期も終わり、京都との姉妹校交流会も無事に終わった。二、三年が出るはずの交流会には強いというだけで一年の五条と夏油も参加する事になった。
硝子は医療係。名前は当然の如く出るわけもなく、見学させてもらう事になった。
交流会は、あっという勝敗がついて終わった。結果は東京校の勝利。名前の中で五条と夏油は強いと思っていたけれど、その強さは思っていたよりも格段に強かった。
そんなこんなで無事に交流会が終わった次の日。


休日となった平日の昼間に、硝子と名前は渋谷に出て大型ファッションビルへ向かった。

名前は任務を少しずつ任される事が増えてきて、余裕が持てる程のお給料を貰い、今後必要になるであろう秋冬物を見て回る。しかし沢山買おうとしていたが、結局悩み悩んでアウターとスカートだけ購入した。
フラフラと店内を歩いていたら「そういえば最近下着が合わないんだよねえ」と硝子が下着屋へ向かったので、名前も一緒に下着を選ぶ事にした。

「ね、絶対硝子似合うよコレ。大人っぽい」
「お、中々良いね。名前は白の方が似合いそう。ほらコレとかどう?」

白を基調としたフリルのついたブラとショーツのセット。所々にアクアブルーの花の模様が散りばめられている。POPが貼られており、胸を寄せて、大きく見える!と書いてあった。

「なんか五条っぽい色味だし、名前にピッタリ」
「なっ!…でも可愛い…私も買おうかな」
「買っちゃおー買っちゃおー。名前のバストって何カップー?」
「測った事ないから分かんない…」
「んじゃ測ってもらお〜」

硝子は店員を呼んで、名前のバストを測ってもらうように頼んだ。名前は自分のバストサイズが分かり、気になっていたブラジャーのサイズを確認する。丁度ピッタリのサイズがあり、店員さんの進めもあって試着してみる事になった。
紐の位置等を調整して貰い、いつもより胸の高さや大きさが膨らんで驚く。…凄い、ペッタンコだと思ってたけど、こんなに大きくなるんだ。見惚れていると試着室のカーテンが少し開いて、硝子が顔を覗かせる。

「お、いいじゃん。可愛いー」
「ね、凄い硝子!胸大きくなった!もう一着買おうかな?!」
「良いんじゃない?あ、勝負下着買おーよ、真っ赤なやつ」
「真っ赤?!いつ着るの?!」
「五条をオとす時〜」
「そ、そそんなことしないっ!」

顔を真っ赤にした名前は結局の所、硝子が「私も買うからお揃いだね」と言ったので、同じ真っ赤な下着を購入した。
本当にいつ使えばいいんだろう。と迷ったが、名前の中では、それよりも友達と言える存在とお揃いの物を購入した事が嬉しかった。




時間は13時を過ぎており、昼食でも食べようか。と、話をしていると、硝子の携帯が鳴った。
お、歌姫先輩だ。と言って硝子は電話に出た。

「あ、先輩?え、今名前と渋谷ですよー。…はい、あ、じゃあお昼食べながら話しましょー」

一分程で完結に話をして、硝子は電話を切った。

「歌姫先輩、今渋谷に居るって。一緒にご飯食べる事にしたから行こー」
「私、歌姫さんとあまり話した事無いけど大丈夫かな」
「大丈夫大丈夫。先輩優しいし」

約束していたカフェに入ると、歌姫は先に来ており、テーブルを挟んで向かい側のソファに硝子と名前は座った。

「歌姫先輩お疲れ様です〜」
「お疲れ様です、歌姫さん」
「お疲れ〜ごめんね休日に。ハイ、硝子これ」
「ありがとうございます。助かります」

硝子は歌姫から書類を貰う。何コレ?と名前が聞くと、今通ってる実習先で使う資料。と答えた。反転術式を使った医療実験の実習が京都の大学で行われているらしく、その実習に硝子は参加しているという。



お昼を食べ終わり、コーヒーを飲みながら最近の高専の話題について三人で盛り上がった。名前は歌姫と交流会で少し関わった事があっただけだが、とても親切で話しやすく好感が持てすぐに打ち解けた。
交流会の話に花を咲かせ語り合い、少しの沈黙が出来た時、硝子はそういえばと口を開いた。

「最近名前は五条とどうなの?まだ気になってんの?」
「えっ…あ、いや…硝子!」
「…五条??」
「あ、ゴメン名前」

五条という言葉を聞いて、苛ついた顔をする歌姫。
名前は思った。硝子は結構口が固いけれど、私の恋愛に関してだけは少し口が軽くなってる。まあ、ウジウジしている私が悪いんだけど…。と憎めず、そしてこの話を無かった事にも出来ず…嘘をつくにも言い訳が思いつかず、歌姫に正直に話した。


「はあ?あのバカのこと好きなの?!」
「歌姫さん、声大きいです…」

歌姫は声を上げた事に対し、周囲が驚いており、ごめんなさいと周りに頭を少し下げて謝った。
歌姫が五条の事が嫌いな事は、交流会を通じて名前はひしひしと伝わっていた。
二人で話している所を数回見た名前は、もしかしたら私と同じで、五条の事が好きなのかもしれない。そうだったらどうしよう…と、歌姫を気にかけていた。
しかし好きなんて素振りを見せる所は一切なく、むしろ五条と関わって嫌悪感を増す歌姫に、この人には五条の話はしないでおこう。と考えていたのだった。
歌姫は名前に呆れた顔を向ける。

「悪い事は言わないから、アイツだけはやめておきなさい。あんなクズ、名前には勿体ないわ」
「歌姫先輩それ私も言いました」
「あの、二人とも…」

相変わらずのいい様に言われてるなあ、私が片思いしてる人は。と、名前は困った顔をした。好きな人が貶されるのは複雑なものだ。しかし歌姫からやめておけと言われても、そうするつもりではいる。

「あの、好きなだけなんです。別に、付き合いたいなんて思ってなくて…なので、ご安心ください」
「そうなの?」
「名前の家系が昔、五条家にやらかしちゃって。五条のお家、未だに根に持ってるらしーですよ。お家問題めんどくさー」
「まあ御三家ですら、家門同士が敵対心強いからね。でも五条自身はそんな事気にしないでしょ」
「分かってます。でも、これは名字家に生まれた私にとっての約束なんです」
「…まあ名前が良いっていうならいいけど。…でも、応援するわよ!」
「歌姫先輩、五条やめとけって言いながら応援するのは矛盾してますよ〜」
「分かってる!分かってるけど、名前の気持ち、無駄にしたくないし…」

歌姫は悔しそうな顔をする。親身に思ってくれているんだろう。名前にとって、こんなに考えてくれた人が居る事に、ぐっと胸が熱くなった。
今まで名前にとって、側にいてくれたのは亡くなった祖父と、いつの間にか発動していた誘惑の術式で集まった呪霊達のみ。
高専に来てから、人間の情というものに沢山触れて、名前の中でも少しずつ変わり始めていた。

「歌姫さん、その気持ちだけで嬉しいです。私いつも一人で…こんなに親身に話聞いてくれる仲間とか、友達とか、先輩とか、初めてで…それだけで嬉しいんです」
「そんな、お互い様よ。辛くなったらいつでも頼って頂戴。…じゃあ名前の行きたい所、今日は全部行きましょ!ボーリングでもカラオケでも付き合うわ!」
「歌姫先輩良いですね〜。名前、どっか行きたい所ある?」
「え?!…えーと、じゃあボウリング。あと、プリクラ撮ってみたい、です」
「よし決まりね」



会計を済ませて近くのボウリング場へ入った。
初めて来た名前は右も左も分からず、硝子と歌姫にルールを教わり、初めて体験した面白さに笑みが溢れる。初めてにしては中々センスもあり、最後の方にはストライクを連続で出せるようになっていた。
ゲームセンターも併設されており、ボウリングが終わってプリクラ機の中に入る。初めてのプリクラで撮影室の作りに驚く名前の傍らで、硝子がどんどん進めていった。

「えっこれどこ見ればいいの?!」
「ここだって、あ、名前目瞑っちゃってる!」

カシャ!という音と同時に光が明るくなり、目を瞑る。プリクラって案外撮るの難しくないか?と、これまた初めての体験に名前は四苦八苦する。しかし、画面に映る姿はいつもの自分より少し綺麗に映っていて、この遊びが女の子に流行る事が少し分かった気がした。
数枚撮り終えて、外のラクガキコーナーへ進んでね!という機械の言葉通りに進む。

「ラクガキしよーほら名前も」
「私初めてだから見てるよ。歌姫さんお願いします」
「私もラクガキなんてあんまりした事無いわよ?」

そう言いつつも、歌姫はペンを滑らせる。ちらりと二人の間から画面を覗き込めば、三人でガッツポーズをした写真に打倒、五条!と書いてある。
同性の人達と遊ぶ事がこんなに楽しいなんて。名前の記憶の中でも今日の事は人生の中で一番に残しておきたいくらい、楽しい時間になった。

ラクガキを終えて、写真シールを三枚に切る。硝子が「名前、携帯貸して」と言ってきたので、硝子に携帯を渡すと、打倒、五条!とラクガキされた一枚のシール切り取り、電池パックが入ってる蓋を外して裏にペタリと貼った。

「三人だけの秘密。いつか五条が名前にべっとりな所見れますよーにって願掛けしとこー」
「いいわね硝子。アイツの弱った所見てみたいわ」
「ふふふ。…硝子、歌姫さん、ありがとう」

いっぱいいっぱいに受け取った友情を胸に、少しだけこの報われない恋にも、希望が生まれてほしいと願った。



京都に帰る歌姫と駅で別れて、二人は高専へ戻る。
プリクラを撮れたのが嬉しくて、眺めながら自室に向かっていると、プリクラをスッと取られ、顔を上げると五条がプリクラを眺めてた。

「ふーん、相変わらずブサイクだなお前」
「…ちょっと返してよ」
「いーじゃん少し見ても。ていうかここ一角だけ切られてるけど、ここの写真は?」
「秘密!」

背伸びジャンプをして五条からプリクラを奪い返すと、名前は走って自室に戻った。

そう、これは三人だけの秘密。