泣き虫の花







いつも喧嘩腰になってしまうのも、自分の意地っ張りのせいで。でも、それも、少し疲れた。
だって五条には勝てないから。

「はい、俺の勝ちィ〜」
「…まだ、負けてない」
「いいけど、もう一本やっても。結果は同じだし?」
「うるさい!」

授業という授業もないこの学校では、鍛錬の日々。硝子は任務で、他はいつもの自主練習の時間。名前はいつものように夏油に練習をお願していたはずなのに、いつの間にか五条と言い合ってしまっていた。
…今更何で言い合いをしていたかなんて、理由がちっぽけすぎて覚えてない。
自身の術式勝負となり、名前は術式を発動する。最近術式のスピードや対象者の拘束時間が増え、成長を感じていた。一歩前進していると満足感が生まれたが、それは一瞬にして消え去ったのだ。

六眼と無下限を持っている五条には、勝てない。
動きを止めても、五条には五秒くらいしか適用されない。いっそのこと眠らせてしまおうかと唱えるが、それも効かない。
隙を狙って攻撃を与えようと五条に飛びかかれば、術式順転で周りの石やら岩やらと一緒に巻き込まれ、動けなくなった。

「はい勝った〜」
「悟、いくらなんでもやり過ぎた」

石や岩の塊の中に巻き込まれた名前に夏油は手を差し伸べて助けた。
…悔しい。弱い、まだまだ弱い。名前は下を向いて力の差に絶望を感じる。
後ろから五条の罵声が聞こえ、弱えーのに突っかかってくんなよな〜?生意気なのは強くなってからにしろよ〜等。所詮、小さな悪口だが、今の名前にとっては刃の如く胸に突き刺さった。
うるさい、うるさいうるさい。
頑張ってるのに、なんで、なんで。名前は胸がぎゅっと痛くなり、苦しくなるのが分かった。五条の罵声をスルーしていたら「もしかして泣いてる?ウケる」と笑っている五条の声が聞こえ、一層胸が苦しくなる。

あ、やば。本当に涙出そう。
でもやだ、五条の思い通りになりたくない。
ぐっと握り拳を作って、涙をどうにか出すまいと我慢していると、目の前にいた夏油がジャージを脱いで名前の頭に被せ、ジャージの上から頭を撫でる。

「名前、喉乾いただろう?休憩してきていいよ」

名前は、うん。と小さく夏油に声をかけて、そのまま校舎の方へ向かった。後ろの方で夏油が五条に「次は私とやろうか」と勝負を持ちかけていたのが聞こえた。

**


無意識で自販機にお金を入れて、いつもの様に水を買って、ベンチに腰掛ける。水を飲んでいるのに、目からぼたぼたと水が溢れ出てきた。止めていたはずのネジがぶっ飛んだように溢れ出てきて、嗚咽を出しながら出来るだけ小さく、小さく涙を溢す。


…どのくらいの時間泣いたのか分からないが、少し落ち着きを戻して顔を上げれば、意味があるのか分からないチャイムが鳴った。
ああ、もしかしたら五条がここを通るかも知れない。会いたくない。こんな顔を見られたら、また笑われる。
名前の頭の中で、泣いてんの?と嘲笑うかのように言ってた五条の声が頭の中で木霊し、また泣きそうになり、下唇を噛んで涙腺を閉じる。
とりあえずここに居るのは出会う確率が高いと考えて、とぼとぼと歩き出した。


* *



「高専にこんな池あるんだなあー」

無意識で歩いていると、気づけば大きな池があった。ここも高専の一部ではあるが、中々ここまで来る事はない。
陽が少し落ちてきて、冷たい風が吹く。夏と言えど、少し寒い。そういえば夏油にジャージを借りたままだったと、頭から被っていたジャージに袖を通し、フードを被った。名前より体型も大きい夏油のジャージは、ぶかぶかしているが着心地が良い。

名前は池のほとりに手を地面につけ座り、池を見つめた。
池大きいなあ…なんて漠然とした言葉を心の中で一杯にするが、気を抜くと先程の五条の言葉が木霊して、胸が痛んでまた目の前がぼやけてくる。

最近名前自身でも成長を実感していた事もあったし、夏油によく成長したね。といわれて舞い上がってた所もあるかも知れない。
夏油は優しいから、よく褒めてくれる。そのおかげで少し強くなった事に嘘はない。と名前の中でとても感謝している。
しかし、もっと強くなりたい。どうすれば、もっと強くなれる?どうすれば、五条と言い争わなくて良くなる?どうすれば…いいの?

答えは…わからない。
考える度に深く沈む気持ちに、どうしようも無く苦しくなっていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「お、居た」

あー、一番今会いたくないやつ。
何でこんな時に夏油じゃないんだと、名前は神に訴えた。相手にもしてほしくない、神よ今はどうかそっとしておいてください。と無言を突き通せば、名前の横まで来て三角座りをして、名前の顔を覗き込んできた。
最悪、絶対顔をぐしゃぐしゃだ。もうどうにでもなれ。と、結局は五条の相手をする事になった。

「…なに」
「いや、泣いてんのかなと思って」
「…泣いてない」
「いや思っきし泣いてんじゃん。目元赤くなってんぞ」
「あーはいはい。泣いてますよ、五条君のせいで泣いてまーす」
「うぜー」
「…ウザいならどっか行ってよ」

五条と話すと、また涙が出てきて声が裏返る。こんな所、五条に絶対見せたくなかったのに、名前の心のネジは相変わらず壊れたまま、直っていなかった。
高専に来てどんどんおかしくなる。涙も出さなかった人生がここにきて何回も出て、苦しくて、悔しくて、楽しい事も沢山あって。全てが身体を刺激させる。
頬を涙が伝って袖で拭ってしまい、夏油のジャージで拭ってしまった…なんてふと頭を過るが、それでも涙はぼろぼろと溢れ、嗚咽する。
…ああ、もうどうしたらいいのか分からない。
五条早く帰ってくれないかなあと、先程から裏切りっぱなしの神様に願うと、五条は名前と対面になって座ってきた。
そして無言で名前の頭を触り、胸に引き寄せる。
…これは所謂、ハグというヤツでは?
名前は状況が掴めず、涙がピタリと収まった。

「ご、じょー…?」
「…悪かった。本当に泣いてるとは思ってなかったわ」

名前は上目遣いで五条を見ると、先程とは打って変わって、しょんぼりと元気がない顔をしていた。凹んでいる五条を見ていると、久々に澄んだ水の底の様な目と見つめ合い、見惚れてしまっていた。
五条はそんな名前の目を逸らして、また顔を胸に引き寄せた。

「泣くなよ。泣いたら強くなれねーよ」
「…女の子は泣いて強くなるんですう。…というか、あんな罵声浴びせられたら普通泣くわ」
「大体お前が最初に煽ってきたんだろーが」
「…ごめん、何って煽ったか覚えてない」
「…はあ?」

胸に引き寄せた腕の力が抜けたのが分かり、名前はまた五条を見ると、次は少し不機嫌そうな顔をする。そんな五条に申し訳なく、何が原因だったのかを教えてほしいと伝えると、仕方ねえなと言わんばかりの溜息を吐いて口を開いた。
五条に聞けば、名前が夏油の教え方は分かりやすい!と言った事が始まりだったらしい。俺も分かりやすいだろ?と自信満々に聞いてきた五条に対して、名前は五条の説明は下手くそだと言った。それが火種となったらしい。

「いや、前教えてくれた無下限の説明、意味わかんなかったもん。とりあえずバリア的なものなんだなとしか理解してない」
「それはお前の勉強不足なだけだろ」
「う…。でも硝子よりは分かりやすいから安心して」
「アイツは元々説明する気ねーんだよ。てかお前、いっつも傑ばっか褒めんじゃん。俺の事も褒めてよ」
「へ?!」
「…ねーの?俺の良いとこ」

青い瞳が名前を見つめ、問いかける。
…そりゃあ、全部。と言いたい名前だが、そんな事を言えるはずもない。しかし、名前におねだりをするかの如く、甘く問いかける五条に対して、とても愛くるしく微笑んだ。

「五条の良い所はね、教えない」
「…なんでだよ」
「なんででも。でも夏油と同じくらい良い所沢山あるの、ちゃんと知ってるよ」

沢山好きな所も、良い所も、あるの知ってるんだよ。と、名前は心の中で五条に伝える。しかし五条は相変わらず不機嫌な顔をしていたので、一つ伝えたかったことを五条に伝えた。

「五条がさ、前に進んでると弱くても強くなりたいって思うんだ。だから、そのままでいて。絶対強くなるから、今度は泣かない」
「でもお前、この前も呪霊相手に泣いてたじゃん」
「あ、あああれは!…本当に縁切られると思ったから!でも、もう大丈夫!」
「んじゃー泣いたらどーする?罰ゲームでもする?」
「んー…秘密にした五条の良い所を教えてあげる」
「足りねー。なんか俺の願い一つ叶えるくらいの約束にしねーと、気合い入んねーだろ」
「私シェンロンじゃないんだけど…。その代わり叶えやすい願い事にしてね」
「嫌なこった。名前が困るよーな願い事考えておこ〜」

意地悪、と笑いながら五条に向かって言うと、笑って返してくれた。五条は名前の髪の毛をうじゃうじゃと撫でて立ち上がり、手を差し伸べる。
いつもの五条とは比べ物にならないくらい優しい。いつもは自分でなんとかする。と言い張る名前も、今日はその手をとり立ち上がった。


少しくらい、素直の方が丁度良いんだ。