香りの花





(*a.g愛染香パロ)


真っ先に目に入ったのは、キラキラ輝いた五条の顔だった。

「あ、起きた。硝子、名前目覚ましたよ」
「…名前、大丈夫か?」
「五条…硝子…あれ、私何してたんだっけ…」
「任務中に倒れたんだよ。五条の話だと、呪詛師に変なお香嗅がされてたって聞いたけど。身体に異常感じる?」
「…別に?問題ないよ」

ベットに横になっていた名前はゆっくり上体を起こす。起き上がる時に少しクラッとしただけで、至っていつもと同じだ。異変がないか自身の身体を見るが、傷も無いし、痛みもない。

「んだよ、全然大丈夫じゃん。早く行こーぜ、次授業の時間だし」
「名前も行けそう?少し寝てても良いけど」
「いや、大丈夫。私も行く」

五条は溜息を吐き座ってた椅子から立ち上がると、医務室の扉の所で早くしろよーと二人に声をかけた。
名前はベットから出て立ち上がり、硝子に耳元でコッソリ「ねえ、」と声をかけると「どうかした?」と顔を向けた。
…一つ、先程からずっと気になってたことがあったのだ。

「…なんか今日の五条、輝いてない?」
「名前、本当に大丈夫?頭打ってない?」

名前の質問に硝子は凄く心配げな顔をした。もう一度身体を確認するが、痛みはない。頭も痛くないし、全然大丈夫。
しかし、五条がものすごく…かっこいい。いや、前からかっこいいんだけど、今日は一段とかっこよく見える。
何故?と名前は考えた。少し疲れてたのかも。やっぱり好きな人の顔見ると元気になるじゃん?気のせいだ、うん。生意気美少年が少女漫画の美少年並みにキラキラしてるけど、気のせい!
硝子に「気のせいかも!大丈夫!」と言えば、少し疑いの目をしていたが、早く行こうと教室へ向かうべく、廊下に出た。

 


でも…やっぱり、おかしいかもしれない。
三人は教室へ向かって歩くが、五条と硝子の後ろで、名前は戸惑っていた。
五条の後ろ姿がかっこよくて見れない…いや見れるんだけど、輝くオーラが見える。五条と硝子は何やら話しながら向かっているが、耳に入ってこない。どうしようもなくドキドキして、頭が回らず、胸の鼓動が鳴り止まなくて、一メートル程二人と距離を取って歩いた。


教室へ着くと、夏油は席についていて、夜蛾先生もとっくに来ていた。「遅いぞお前ら!」と怒鳴られて、気怠そうに硝子と五条は席に座った。
「名前も早く座れよ」と、五条が声をかけたその瞬間、胸がギュッと締めつける程苦しくなった。
そして名前の頭の中は、美化された五条でいっぱいになっていた。
五条の近くに居たい…だけど私の席は、五条とは反対側の窓際の席。え、五条見れない?見れないの?離れなきゃいけないの?…それはやだなあ。

「「「……」」」
「…お前何やってんの」
「…はっ!?」

…気づけば、名前は五条の膝の上に座っていおり、驚いて立ち上がった。え、何故座った…?と、自身とった行動に対して理解が出来ないでいた。
椅子に座るのが普通。しかし座ったのは椅子に座った五条の膝の上。当たりを見渡せば、五条は呆れた顔をしており、他の三人はぽかんとしていた。
だろうな!私もぽかんとしている!と名前は困惑する心の中で叫んだ。

「おい、早く自分の席に座れよ」
「どうした?おまえ達喧嘩ばっかしてるが、仲良くなったのか?椅子そっちに持ってきていいから授業始めるぞ」
「スンマッセン!アッス!先生大丈夫です!!席つきます!!」

名前は五条の顔が見れず、走って自分の席に着いた。
…なんだったんだ、アレは。今でも胸がドキドキしている。やっぱりおかしい、でも分かんない、苦しい。
頭の中が五条でいっぱいになりながら進む授業は、いつの間にかチャイムが鳴る程時間が進んでいた。



名前はチャイムの音ではっと気づくと、授業は既に終わっており、夜蛾先生は教室から居なくなっていた。
…あれ、何の授業してたんだっけ…。と、ふと貰ったプリントに目を移せば、プリントの端に五条の名前をハートで囲って書いてたり、名前と五条の名前が相合傘で一緒に書いてあるのが見えた。

「ウッ…ウアアアア!!!!」

名前はプリントをぐしゃぐしゃに丸めて椅子から立ち上がると、次は床に手をつけてへたり込み、絶望感に浸った。
なんなんだ!!なんなの、この少女漫画であるピュアな女の子がやりそうな事!!どーしちゃったの、どうしちゃったのよ私。こんなの絶対におかしい!

「…どうしたんだい名前?さっきからおかしくないか?」
「そうだよ、本当に大丈夫なの?」

夏油と硝子は近寄り、名前は顔を上げた。心配そうな顔をして二人は寄り添ってくれる。優しい二人に涙が出そうになるが、名前の頭の中は、心配する二人の奥で、いつもの様に椅子に座ってケータイを弄っている五条の事しか、考えられなくなっていた。
これを何と伝えたらいいのか、頭が、思考回路が、回らない。どうしたらいいのか分からなくなり、手を顔で覆い、ふと口からポロッと言葉が出た。

「どうしよう…五条が、かっこよく見える…」



「…は?」

名前の言葉に少しの沈黙が流れたが、それを破ったのは五条だった。

「かっこよく見えるじゃなくてかっけーんだよ」
「悟、普通自分で言うかい、それ?」
「本当の事じゃんか、何?今頃気づいた名前?そっかーそうだよなあ、俺かっこいーもんなあ」
「あああああ違うの!!いや、違わないけどあああああ!!」
「違わねーだろ、つーかどっちだよ」
「ちょっと二人とも落ち着いて。名前、やっぱりおかしいよ。ちょっと触るね」

自分の格好良さ談義を始める五条を止め、硝子は名前の額に手を当て「熱は無いしなあ」と身体に触れて触診する。腕に軽く触れ、硝子は考えた。

「…確かに脈拍が早いね。任務の時、本当は何かあったんじゃないの?」
「分かんない…いつの間にか意識無くなってたし、覚えてないよ」
「……そういえば、お香嗅がされたって言ってたけど」
「あー、うん。呪詛師に胸ぐら掴まされてね、でも嗅いでから記憶がないの」
「そうか…。五条、さっきの任務詳しく聞かせてくんない?」


 


硝子が調べた結果。
結論から言えば、嗅がされたのは惚れ薬だった。効果は至ってシンプル。惚れ薬を嗅いで最初に見た人を好きになる。
呪詛師は、惚れ薬を非術師に嗅がせて非術師を集め、呪霊を使って殺していたらしい。まどろっこしい事をやらないと呪詛師が務まらないのであれば、辞めた方がいいと名前は内心キレていた。
改めて医務室で硝子は触診をしたが、その他の症状は見受けられなかった。

「麻薬みたいな物だし、長くても明日には元に戻ると思うけどね」
「今日一日コレ…?ちなみに、その惚れ薬ってさ、元々好きじゃない人を惚れさせる薬じゃん?じゃあ、元々好きだったら…?」
「効果が倍になるらしいよ」
「最ッ悪ッ…」

まあ、何にせよ原因と対処法が分かったから、良かったじゃん。と硝子は先程よりは心配せず、いつもと同じ少し分からない表情を向ける。
時計を見れば15時過ぎ。
…今日はもう任務もない予定だし、授業もない。
五条に会わないように部屋で大人しくしているかあ。…大人しくしてる?一人で?…やだ、五条に会いたい。

「あああ、頭おかしくなりそう。五条の近くに居ないと死んじゃう!!」
「ぶはっ!!いつもの名前の我慢が崩壊してる。いいじゃん、五条呼ぼっか?」
「うん!…ってイヤイヤイヤ!うそうそ、呼ばないで!」
「あーメールもう送っちゃった〜ゴメン」
「硝子ぉ…」

ニヤりと硝子は笑って携帯を閉じた。
硝子も結構意地悪な所がある。しかし、その手にはもう乗らないぞ。部屋に戻ろう、それが一番良い。どうにか自我を保って寝れば、きっと朝は来る。
…でも五条に会いたい。頭の中で五条の顔が浮かんでくる。その顔はいつもより、キラキラ輝いていて胸が苦しくなる。
………イヤイヤイヤ。部屋に帰るんだって。

名前は深呼吸し、正気を保ちつつ椅子から立ち上がる。と、同時に、医務室の扉が勢いよく開いて、五条が怠そうに入ってきた。
タイミング悪。と思うも束の間、心拍数がまた早くなり、五条の顔が見れない。名前はまた椅子に座って顔を俯いた。

「硝子ー来たけどー?あ、結局なんだったの原因」
「名前が嗅いだのは惚れ薬だよ。薬を嗅いで最初に見たのが五条だったから、五条に対しての反応がおかしくなってるんだろうね。薬の報告書によれば自我が無くなるくらいの効果があるらしくてね、保ってる名前が凄いよ」
「へえー。見た感じ普通…じゃないねコレ」

自我が保てなくなるなんて聞いてない!と思いつつも、名前は自分の近くの椅子に座る五条に目を向ける事さえ、ドキドキしていた。
五条は正面で向き合い、顔を覗き込む。すると、誘惑の術を気にしてかいつもはすぐに目を逸らす名前が、五条の目をずっと見つめてきた。
頬も少し赤く染まっており、今までに見たことのない表情に五条は少し困惑する。そして少し鼓動が早くなり、名前の目から目を逸らした。
…なんだコレ、と考えるのも束の間、左手の袖を引っ張られた。

「ごじょう…」

甘えるかのように上目遣いで五条を見つめた名前に対して、五条はいつものおちゃらけた言葉が出てこなくなった。
いつもなら「人をおもちゃにして遊ぶな!」とパンチが飛んでくるはずなのに、今の名前にそんな面影はない。
前々から女として見てはいたけれど、でもその中でも、心の奥を擽られるような感覚が走る。脱ぎ剥がしたくなる理性。
固まっている五条にアハハ。と空笑いが聞こえてきた。

「そんな顔する五条初めてみた。タバコ吸いたくなったからちょっと出てくるけど、ベッド使っちゃダメだからね?」
「…誰が使うかよ。つーか逆に使われそうになったらどーすんの」
「名前なら大丈夫だよ。それに五条なら襲われないだろ?」

硝子はそう言い残して医務室の扉を閉め、喫煙所へ向かった。五条は人の気も知らねーで置いてったな、アイツ。と去った扉を見つめていると、袖を引っ張る力が解けたのを感じる。ふと名前を見れば、また両手で顔を覆っていた。

「…本当にごめん。でも歯止めが効かなくて…五条に触りたくて仕方なくて…ごめん」
「別に…。薬のせいだし、怒ってねーよ。逆に面白いわ、誘惑術師が術式でもないただの惚れ薬に惑わされてるなんて」
「…言葉だけ聞くとめっちゃ殴りたいけど、そんな気にもなれない。あーもう、迷惑かけて、ごめんなさい」
「迷惑なんて思ってねーよ」

五条は素直に答えた。喧嘩するよりは、よっぽどこの何とも言えない空気の方が、嫌いじゃない。…困ってるけど。
弱々しくなった名前を見て「何か手伝う事あるか?」といつもと柄じゃない事を言えば「両手を縛って欲しい」と持ちかけられた。

「両手だけじゃなくて目も、覆って欲しい。無理…正気、保てなくなりそう」
「…なら、保てなくていーんじゃねーの」
「…は?な、何言ってんの…?」

名前はその言葉を聞いて、ますます頭がぐるぐるとまわる。止めてくれる流れだったはずなのに、なんで。と命乞いをするかのに五条を見つめる。
五条も黙って名前を見つめた。いつものおちゃらけた表情が嘘のようだった。

…硝子は名前の何を思って大丈夫だと言ったのか。それを覆したくなった、五条の本能。

「名前は俺と何がしたい?」
「…五条、やめて」
「名前は俺のどこに触れたいわけ?」

名前の頭はもうパニック状態だ。止めてくれるはずの五条が、何故か薬に犯された状態の行動を受け入れようとしている。しかも、最近は少なくなってきたが、いつも喧嘩をしていた仲なのに…なんで。
名前は、止めたい気持ちとは裏腹に、欲望のままに、再度五条の袖を掴んだ。

「…ねえ、五条」
「ん?」
「ハグ、したい」
「…いーよ」

椅子を近づけ、五条は名前を引き寄せて抱きしめる。
五条の身体は、細いのにどこか筋肉質で、暖かい。それに何だか、少し安心する。こんなに心地よいのなら、ずっと続けばいいのに。
落ち着いてはいるが名前心臓の音は以前と同じく高鳴っていて、それに触れた五条の心臓も同じく早くなる。

うわ…やばい、持っていかれそうになる。
いいよ、とは言ったものの、思ったより破壊力があって、五条の精神が崩れかける。
服越しで伝わる名前の感触。小さくて、柔らかくて、包み込んで自分の物にしたい。
…今まで異性としてもこんな感覚なかったのに。今まで出会った他の女よりも、夢中になりそうだ。

「…私、五条とハグするの、好きなの」

五条の背中を名前はぎゅっと握る。
すると、脳内で名前が五条に見せた表情が頭の中で溢れ返った。最近になって笑う顔も見せるようになったが、相変わらず一線を貼ったまま。しかし今、自分には向けた事のない、甘い一面を向けられている。
そして嘘か本当か分からない、発言。
五条にとっては偽物だったとしても、嬉しくて名前を抱きしめ返した。

しかし彼女にはマトモな思考回路はもう回っていない。本能のまま、五条を抱きしめる。もっと欲しい。もっと、もっと。
名前の抱きしめる力が緩んだと感じ、少し身体を離せば、名前の撫子色の目は五条を見つめ、両手を五条の両頬に添えた。

「ごじょう、すき…」

その言葉に、五条は目を見開いた。
そして近づけてくる名前の顔。ああ、コイツはもう薬に頭やられてる。硝子は当然のように信頼していたが、そんなに上手くいくわけがない。
別にそれでいい。なんたって、この空気に酔ってしまったのだから。
五条は名前を受け入れようと、少し目を閉じる。



しかし、その後に来たのは唇ではなくて頬。
頬に痺れる衝撃が走る、マジビンタ。
マジビンタを受けた五条は椅子から転げ落ちた。

「っ…痛ってええ!!」

五条が叫んで目を見開けば、名前は自分の顔をバシバシと自分でビンタしていた。彼女の顔は真っ赤になり、深呼吸してカッと目を見開いた。

「ハァっ、正気か!!なんで、五条まで、その気になってんの!あんたは五条家の人間なんだから、もうちょっとしっかりしてよ!」
「なんでそこで家の話が出てくんだよ」
「また名字家が誘惑したとか、また…私はそんな事したいわけじゃないの…だから!忘れてください!」

ごめんなさい!と名前は悔しそうな顔をして、五条に謝り、医務室を出ようと少し開いていた扉を思いっきり開けた。
そこには苦笑いをする硝子と夏油が立っており、それを見て名前はまた顔が赤くなり、医務室から出て廊下を走って逃げていった。



椅子を転げ落ちた五条に、硝子と夏油は近寄る。

「アイツ…ガチで叩きやがった」
「だから言ったろ?名前は大丈夫だって。空気に呑まれた五条が悪い」
「だからって叩く事ねーだろ?!しかも意味不明だし」
「悟、もしかして名前の事好きになった?」
「嫌いだわ!」
「嘘つけ、顔赤いぞ」
「叩かれたからだっつーの!!」

夏油は硝子は五条の顔を見て、笑った。
頬だけはなくて、顔全体が赤くなっている事は五条は知らない。

「つーか俺がフラれたみたいになってんの、何なの」

その後、一週間名前は五条の顔が見れなかった。