12月31日、大晦日。
今年も一年が終わる。
年末は任務もなく、暇を持て余したので大掃除も終えて歳を越す準備は整った。今日はいつもより遅めに目が覚めて、身体を動かし、年越しを迎える準備を始める事に。
今日のお蕎麦の準備と明日のおせち料理。
お蕎麦は食べる時に茹でるとして、具材と出汁は今のうちに作っておこう。おせち料理も出来るだけ作って、お雑煮も。沢山種類はあるけれど、どれも量は少ないし、そんなに時間はかからない。祖父と過ごしてた時は毎年やっていたし、作り方ももう覚えてる。
今日の高専はいつも以上に静かだ。なんせ年末年始、殆どの高専関係者達は実家へ帰省中。私は帰る家もなく、高専の寮で年を越すことに。
帰る家が無かったわけではない。祖父が亡くなってからは、祖父の心優しい知り合いが私を引き取ってくれたけど、呪霊なんて相手をしてる私と関わると、今後何があるか分からないし、縁を切る事にした。…もう会う事は無いだろうけど、幸せに過ごせますように。
しかし年末年始でも呪霊は湧くもので、昨日も五条と夏油は任務に向かってる所に遭遇した。五条は既に車に乗ってたらしくて会えなかったけど、夏油と寮の入り口で出会った時に出会い今年最後の挨拶を交わした。夏油はそのまま実家に帰ると言ってたし、五条も呪術界の御三家、ご子孫が帰らないわけがない。硝子も一昨日帰ると言って寮を出たし、今日寮で見かけたのは廊下ですれ違った夜蛾先生だけだった。
「何してるんだ?」と聞かれて「年越しのお蕎麦作ろうと思ってマス!」と答えると、「夕方まで高専に居るからいただいてもいいか?」と言われ「イェッサ!!」と即答してしまった。
…相変わらず私は夜蛾先生の顔が、少し怖い。
前よりは克服してきたし、優しい所があるのは分かってるんだけどなあ。
料理を昼過ぎに作り出して、夕方に一通り作り終え、夜蛾先生を待つが、現れる事はなかった。
用事が出来たのかな…?
寮のキッチンルームに向かうには談話室を通らないといけないので、談話室で待つ事に。暖房をつけてテレビのチャンネルをつけると、丁度紅白が始まっていた。
紅白を見て、行く年来る年見るのが我が名字家のルーティーンだったけど、去年は祖父が亡くなった事でルーティンは無くなってしまった。受験勉強で大変だったし、大晦日の記憶なんてあまり覚えていないなあ。何してたっけな。
五組程の歌った後、ぐぅとお腹がなる。
流石にお腹すいた…もう先に食べておこうかなあ。
キッチンルームに向かおうと立ち上がると、足音が聞こえた。
「お、居た居た」
振り向けば、その足跡の主は夜蛾先生ではなくて、実家に直帰したと思っていた五条。
「え、五条?お疲れ??」
「何で疑問系なんだよ。夜蛾先生から伝言、任務入ったから蕎麦食べれねーんだって」
「あー…そうなんだ。伝言ありがとね」
なんだ、任務か。大晦日に任務なんて大変だなあ。じゃあもうそのまま自分だけ食べるかあー。
キッチンルームに向かう途中、五条に年末の挨拶しておけばよかった。なんて思ってたら、腹へった〜と言いながら五条が後ろからついて来てる事に気づいた。
「どうしたの?実家帰らなくていいの?」
「あー先生の分の蕎麦、俺が食おーと思って。つーか面倒くさいから実家帰らねーけど」
「はあ?アンタ五条の子孫でしょ、敷きたりとかあるんじゃないの?」
「別に人が沢山来るだけだし。面倒だから任務あるって嘘ついて断った」
大丈夫なのかそれ…?
不安になっていると「つーかお前も帰ってねーじゃん」と言われ「帰る家がないんですう」と言えば「ウチ来るか?」なんてふざけた事を言って来た。…五条家に出向くなんて自ら死にに行ってるのと同じだ。
「行きません!!」と頬を膨らませると「冗談だよ」とケラケラ笑って揶揄いながら、私の膨らんだ頬を指で突く。
完全に遊ばれてる。けれど、その状況にキュンとしている自分が少なからず居る。
…くそう、惚れた弱みが辛い。
キッチンルームに向かい、蕎麦を湯掻いて、作って置いた具材とだし汁と合わせ、完成した年越し蕎麦の器を五条に渡す。おお、と声を漏らしていたのでチラリと横目で見れば、サングラス越しでも分かるキラキラした目が、より一層輝いていた。
「名前って料理出来たの?めっちゃ美味そう」
「何で私料理出来ないキャラに見られてんの?さ、冷めない内に食べちゃお」
「なー、さみーし俺の部屋でテレビ見ながら食べよーぜ。最近コタツ出したからぬくぬく出来るけど、どーよ?」
コタツかあ…いいなあ。誘惑する物に乗った!と提案に同意し、トレーに二人分の年越し蕎麦を乗せて運ぶ五条の後ろをついていく。
五条の部屋に行くの誕生日以来だ。
あの時の事を思い出すと、自分が五条に何を伝えようとしていたのか思い出して、今でも頭が痛くなる。…忘れろ忘れろ私。
部屋に入ると、前回置いてあったテーブルは片付けてあり、代わりにコタツが置いてあった。
コタツテーブルに蕎麦ののったトレーを置いて、五条はコタツに潜り込む。向かい側に座ろうとすれば彼の足が出てきたので、彼の右側に座る事にした。
…どんだけ足長いんだよ。
「何でそっち座んねーの?」
「誰かさんの足が長かったので」
あぁ、俺のね?なんてちょっとキメ顔をしてコチラを向いてくるので「褒めてないから!」とツッコミを入れるが、早く食おーぜ!と手を合わせおり、空腹でそれどころでは無い様子だ。
いただきますと蕎麦を食べ始め、五条は十分も経たず平らげた。
ちょっと早すぎじゃない…?
「はーマジ美味しかった。なあ、もうねーの?」
「うん。まあ…明日の煮物なら少し多めに作ったからあるけど」
「マジ?食べたい、頂戴」
「……いいけど、」
ちょっと待ってて。と部屋から出て、キッチンの冷蔵庫に入れてた煮物をお皿に盛り、また部屋に向かう。
…待って待って待って。
五条が私の料理を食べてる?私の料理を美味しいと言ってくれてる?…夢なんじゃないかと思い、頬をつねるが夢じゃない事を実感して、頬が緩んだ。
祖父に昔、男の胃袋を掴むのは大事だと言い聞かされてきたが、美味しいと褒められるのは嬉しいし、これが頑張ってきた成果なんじゃないか?!
ニマニマと顔が緩むが、部屋に入る前に深呼吸して緩んだ顔を戻し、ドアノブを捻った。
持ってきた煮物も、五条がぺろりと平らげた。
「もしかしておせちも作ってんの?」
「うん、少しだけどね?明日のおせちとお雑煮と、煮物」
「…明日の朝も食べたい」
「いいけど…。でもさ、五条本当に家帰らなくていいの?朝一にでも帰った方がいいよ。久しぶりの実家じゃないの?顔見せてきなよ」
「…じゃーおせちとお雑煮と煮物食ったら帰る」
少し不機嫌になる五条は頬を膨らませてテーブルに顎を乗せる。
料理を食べたいって気持ちを持ってくれるのは嬉しい。が、他人の家に口は出したく無いが、任務だと嘘をついてるとはいえ、もし五条が帰って来ない事を心配した五条家が、私と高専で二人きりを見られてしまっては困る。
…五条には五条だからこそやるべき道を進んでほしい。
「つうかお前寂しくないの?」
「え?なんで?」
「一人で年越しって、なんか寂しくねー?」
「…もしかして、私の為に残ってくれたの?」
「別に。ただお前と年越し迎えるのも、楽しそうだなって思っただけ」
一人は慣れっこだし別に気にしてはいないが、寂しくないと言えば嘘になる。
正直に「少し、寂しいかも?」と言えば「何で疑問系なんだよ。んじゃあ良かったじゃん?」と言うので、お礼を言おうしたが、続けて「俺に感謝しろよ?」なんて俺様気取りな言葉が出てきたので、素直に感謝を伝えるのが恥ずかしくて、ばーかと皮肉った。
食べ終わって一息つき、片付けてくるね。と食器を持って部屋を出ようとすると「風呂入ってからまた集合な」と言われ、うんと返事をした。
まだ一緒に居られるなんて。私の気分はウキウキルンルンだ。
食器を片付けてお風呂に向かい、特に意味はないけれど、無駄に念入りに身体を洗う。髪を乾かしてスウェットに着替え、五条の部屋の扉をノックすると、五条もスウェットに着替えており、ポテチを咥えて出てきた。いつもと違う緩い格好にドキドキする。
「入れば?」と言われて入ると、コタツにはポテチとみかん。めっちゃくつろぐ気満々じゃん…なんて思いつつも、コタツに身体を入れると抜け出せなくなってしまう。
先程と同じように五条の右側に座り、テレビを眺めると、リングの上で殴り合いをしている映像が映し出されていた。
「これって格闘?」
「そ、殴り合い見るの面白いじゃん?名前は大晦日いつも何見んの?」
「紅白だよ。そういえばaiko出るらしいんだよね」
「お前aikoとか聴くの?」
「う、うん」
「何の曲が好きなの」
「え、カブトムシ…?」
「…ふうん」
そう言って五条はチャンネルを紅白に変える。
え、と驚いていると、見たいんだろ?とポテチを食べながら聞いてきた。そりゃ聴きたいし嬉しいけど…何だか五条が優しくて変な感じだ。
ありがとうと伝えると、ポテチを一枚渡してきた。へ?と頭がはてなマークになる。
ポテチまで渡してくれるの?優しすぎない…?
無意識にそのまま口に入れると、また一枚ポテチを渡してくる。またパクリと口にすれば「犬に餌あげてるみてえ」と子供みたいに笑った。あ、また揶揄われてる。クソ。
「ゲームもしねーし映画も見ねーけど、音楽には興味あるんだな」
「おじいちゃんがよくラジオつけてたから、聴いて気になったらよくCD借りてたよ。aikoの曲女の子って感じがして好きなんだよね」
「女の歌手ってよく分かんねーんだよなあ。ハイテンションなやつが好きだわ」
「ハイテンション?」
「リライトするやつとか?」
「消してリライトするやつ?」
「…やっとお前との共通の話題見つけた気するわ」
脳内の楽曲レパートリーから挙げれば、私が思ってたのと当たってたらしい。そういえば流行の話とか全然しないもんなあ。
aikoの順番も近かったようで、聴いてるとふと五条の事との出会いを思い出した。
祖父は五条と関わるなと言っていたけれど、私は自ら関わる人生を選んでここに居る。
もし、あの時呪術師になると言わなければ、五条も私の家系について何も問い詰めていないし、今後関わらない事もできた。けれど、この現状を選んだのは私だ。
「ねえ五条、ありがとね」
「何が?」
「色々。五条と、夏油と、硝子と、夜蛾先生のおかげで、今の私がいて。私、生きてて一番今が楽しい。辛いこととか苦しい事とか、あるけど生きてるって凄く感じる。…だから、ありがと」
「お前、変わったよなー。ここに来た時は全部に警戒心張ってて、俺にはいっつも生意気な事ばっか言ってたのに」
「それは五条が意地悪ばっか言うからじゃん」
「俺のせいにすんのかよ?別に本当の事言ってただけだろーが」
「でも言い方があるでしょ。それに、私だってずっと五条に嫌われてると思ってたし…」
「別に嫌った覚えはねーよ、弱いとはずっと思ってたけど」
「それはこの一年で身に染みて感じマシタ…」
「…まあ、出会った頃よりは断然強くなってるから安心しろよ」
「そう…?ふふ。料理の事といい、五条が私の事褒めてる、変なの」
「褒めてんのに笑うなよバーカ」
文句をつけながら、いつものように生意気な顔を向ける五条だが、私の成長を少し認めてくれた。そんな日が来ればいいなと思ってたけど、本当に来るなんて。貴方の背中を追いかけてここまで強くなったんだよ。
私が強くなれたのは、五条のおかげだ。
「つーかお前人生で一番楽しいってどんな日常送ってきたわけ?友達居なかったのは分かるけど」
「お察しの通り、小中学生の頃は一人ぼっちだったよ。たまに呪霊と素で会話してる所見られて、除け者扱いだったし。まあ攻撃的なイジメが無かったのは幸いだったかなあ」
「イジメる前に異常すぎて誰も寄り付かなかったんだろ」
「だろうね。術式の事もあるけど、非呪術師の目線が嫌で、それもあって目を合わせるのは苦手なの」
瞼に手を添えて、目を閉じる。私の事を蔑むようにみる目線を感じる時、この目が無かった世界に生まれてみたかった。と思った事があった。
最初の頃はまだ、何故蔑むような扱いをされていたのかも、理解していなかったし…。理解しても、人間と関わる事が嫌いで逃げたけど。
「今は閉じずに開けとけよ。術式も、俺にはかかんねーから。俺の場合は見えすぎて疲れるくらいだから閉じてーけど。それに俺はお前のその目、嫌いじゃないよ」
「五条…」
「あ〜六眼で術式とか呪力だけじゃなくて服が透けて見える能力もあればな〜」
「やっぱサイテーだわ」
怒んなよ、男のロマンだっつうの。と五条はケラケラと笑う。暗い話を明るく変えてくれるのも、五条の気遣いなんだろうか。
人間と一緒に生きるって面倒だし辛いと思っていたから、ここで理解できる人達に出会えた事が幸せだ。
紅白も終わり、行く年来る年の映像が静かに流れる。あぁ、もう年を越すのに十分を切ってる。夜中まで居るのも申し訳ないし「もう遅いし部屋に帰るね」と言うとエー?!と大声で不満を零す五条に、思わず肩が上がった。
びっくりした…。
「お前ここで自分の部屋に帰るとかバカじゃねーの?年越しは夜更かしすんのが当たり前だろ、居ろよ」
「そうなの?…居ていいなら、居るけど」
「年明けたら桃鉄99年やりながら日の出みよーぜ」
「桃鉄分かんないんだけど、見てるだけでもいい?」
「別にいいけど。やった方が面白くね?」
じゃあ最初見て覚えてからやろっかなあ。考えてると携帯がぶるぶると震え、携帯を開くとメールが届いてた。
「何?メール?」
「うん。あ、夏油からメールだ」
「なんて?」
「起きてる?寂しくない?って」
【五条が桃鉄99年やろうって誘ってくれたから大丈夫だよ】っとメールを送信すると、一分もたたずに夏油から【悟帰ってないのか?ちなみに99年は丸一日は絶対潰れるからやめておきなさい】と返信が来た。
ゲームで一日潰れるの?!と五条に聞けば「99年もやんねーよ、冗談だわ」と笑っていた。夏油が指摘しなかったら分からない冗談をナチュラルに言うんじゃない。
夜更かしは良いとしても、元旦から徹夜はしたくないからなあ。メールを送信すると、ゴーンとテレビから除夜の鐘が聞こえてきた。
「あ、年明けてんじゃん!」
「ほんとだ。明けましておめでとう、今年もよろしくね」
「おーよろしく。今年は弱いまんまだと容赦しねーからな」
「うん。来年も呪霊退治かあ…沢山の呪霊に出会えるの楽しみだなあ」
「そんな頭おかしい事言ってんの、お前くらいだぞ。早く一人でも任務いけるようにならねーとな」
「うん。頑張る、来年目標一級昇格!」
新しい年が始まる。
年も明けて一時間ほど経った頃。
「おーい、名前寝んの?起きろよ」
「ぅん〜… 蠅頭ちゃ…ご飯の時間…」
「呪霊とままごとの夢見てんのかよ、アホらし」
…コイツ、いつの間に寝てんだよ。
桃鉄を見ながらルールを覚えようとしていた名前は、いつの間にウトウトと小舟を漕いでいた。そういや深夜にメールをしても朝に返ってきてたし、日付けを超える前にはいつもは寝てるんだろう。
良い子ちゃんかよ。
完全に睡眠モードに入った名前は、テーブルに頬をつけて眠っている。憎たらしく感じて、コントローラーを片手に、もう片方の手で名前の頬をふにふにと押してみた。
あ〜やっぱこれ、癒されるわ。他の場所も柔らけーのかな。腕とか、太ももとか、胸とか……ってなんでコイツにこんな事考えてんだ…。
無性にムカついて呑気な顔して眠る頬をつねると、歪んだ顔をしてきた。こんなガキみてーな身体興味ねえし、グラビアの女みてーな身体にしか性欲わかねーわ。
頬をつねったせいか、名前は「…なに、やめてよ」と半分夢つううの中、不貞腐れたような声を出して反応してきた。
「起きろよ、俺が帰るまでオールしよーぜ」
「んん…やだ…ねむい」
「はあ?つーかコタツで寝ると風邪ひくからやめとけ」
「んー…じゃあベッド…いく」
帰んのかよ?と言おうとしたが、名前はコタツから這い出て俺のベッドにモゾモゾと入っていく。
…は?何やってんのコイツ、寝ぼけてんのか。別にいいけど。
無意識にふわあと欠伸が出る。あ〜名前の眠気うつっちまった。日の出見るにもまだ時間あるし、仮眠でもすっか。
ゲームをセーブして電源を落とすと、無音の中、名前の寝息だけが静かに聞こえた。サイドテーブルにサングラスを置き、布団をめくる。
どん、とクイーンサイズのベッドの真ん中に眠る名前に「もうちょいそっち行ってくんない?」と言うが反応はなく、すやすやと眠っている。
あ〜めんどくせえ。
身体を横抱きして少し移動させ、ベッドの中に入り仰向けに寝る。
ふと横を見れば名前の顔が近くにあり、無意識に手が伸びて髪を撫でた。髪は柔らかくしなやかで、窓から入る月の光にキラキラと輝いてる。
さわさわと触れていると、ううん…と唸り、仰向けだった名前の身体がこちらを向いた。
え…なんか、めちゃめちゃ可愛くね?
コイツこんな可愛かったっけ?もうちょっと不細工な顔してなかったか。
下らないピロートークの末に眠るどんな女の顔よりも可愛い……なんて考えてると、最近ヤッてねえなあと思い出した。
…あ、また、ちょっとムラムラしてきた。
一瞬頭によぎるが、なんで年明け早々からこんなちんちくりんに性欲かけたてなきゃいけねーんだ。あほらし。と、立ち上がりそうだった欲は萎えていく。
でも名前と居ると、何か妙に落ち着くんだよなあ…あー…ねむ。