新しい花







あ、あったかい。

ふわふわと心地よさが身体を包み込んでいるのが分かる。全身の力が抜けて、脱力する身体に、ずっとこの気持ちよさに浸ってたい……。



…ん?
そういえば、私さっきまで何してたんだっけ…。


えっと……確か、大晦日を五条と一緒に過ごす事になり、年越し蕎麦を食べて、年明けを二人で祝って。その後に桃鉄やろうぜって言われて、見て覚えようとしてたら、難しくてどんどん眠たくなってきて……そこから記憶がない。
不思議な時間だったなあ、もしかしたら長い夢だったのかもしれない。
ならば現実に戻らなきゃな…とセーブした続きから始める気持ちで重い瞼を開けると、窓の月明かりに照らされて見えたのは顎。

…ん?顎?

少し上を見上げれば耳、に少しかかる柔らかそうな白銀色の髪の毛。

ん…?んんんんん??

覚醒して目をパチリと開ければ、横で仰向けに五条が眠っている。

…え、どういう事??

どうやらここはベッドの上。
あれ、いつの間にベッドで寝てたっけ私?というか今何時…?!
困惑しつつ頭だけ少し上げ、時計の位置を確認しようとすると、五条は仰向けだった身体をこちら側へ向きを変えて、私の腰の辺りに手を回して抱き寄せる。

…は?ちょっと待って、これも夢?
それにしてはリアルすぎる。五条から静かに聞こえる寝息。少し上を向けば、サングラスをしていない少し間抜けな顔が見える。

…やばい、死ぬ死ぬ死ぬ。ドキドキしすぎて死にそう。現実なの?本当に?私が五条を布団に誘ったの?全然記憶がなくて、逆に怖い…。
と、とりあえず、この状況から抜け出して、何も無かった事にしよう…!そうしよう!

しかし腰に回った手のせいで起き上がれない。
五条にどうにか起きてもらおうと「五条、ねえ起きて」と肩を叩くと「うるさ…ねむ…」とまだまだ彼は夢の中らしい。起きない所か、さらにぎゅっと抱きしめられ、密着度100パーセント。
ついでに顎を私の頭の上に乗せて、完全に私は抱き枕状態。足をバタバタと踠き、どうにかして起こそうと頑張るが、足を絡められてしまい万事休す。
心臓がドクンドクンと鼓動を打つのが全身で感じる。もう無理無理、心臓おかしくなっちゃう…。

この状況に耐えれなくなり、目一杯に胸板を叩いて「五条起きてよ!苦しい!」と大きな声を出せば「んー…何?」と眠そうな声で、やっと返事をした。

「ね、ねえ五条離して!」
「んー…」
「ごじょーのばか!あほ!おきろ!」
「うるさっ…もーちょい寝かせろよ…お前さ、抱き枕の質あるよ。ビーズクッション並みに気持ちいい」
「勝手に抱き枕にするんじゃない!こ…こういうのって恋人関係の人とするもんでしょ?!やめてよ!」
「はあ?…恋人じゃなくてもこれくらいやるだろ、普通」
「え?…そうなの?」

そーだよ。と眠そうに五条論で語るその説が、一般論として本当か嘘かは分からないが、多分嘘だろう。
突然起こされた事に対して、五条はまた夢の中に入ろうと、気持ち良さそうに顔を私の頭に擦り付ける。その行動に私の精神ゲージはもう限界を突破している。
死んじゃう、無理…五条の変態っ。

五条に触れる全身の血液が物凄い勢いで巡るのが分かり、全身にばくん、ばくんと心臓の音が身体中に響き渡る。当然私に触れてる五条にも、その音は聞こえるわけで。

「…心臓の音、やばくね?」
「〜〜!!だから離れてって言ってるのっ!」

胸板を押すと、五条は私の腰に回していた手を緩め少し距離を取る。私は顔を見られない様に、上体を起こして彼に背中を向けた。
しかし五条は部屋の明かりをつけ、後ろからこちらを覗きこんできた。
……空気読んでよ、ばか。

「顔っていうか耳まで真っ赤っかじゃん、ウケる」と飄々とする五条に翻弄されてる自分が馬鹿らしくなり、後ろを振り向いて睨みつけるが、五条はニヤニヤしているだけだった。

「もしかして期待した?なー名前チャン?」
「してないっ!!こ、こういうの初めてだったから、ちょっとビックリしただけだし!」
「体制なさすぎだろ。まあ人間と関わるより呪霊と関わってた名前チャンは恋愛したことないんだもんなあ〜」
「うるさいっ!」

五条はケラケラ笑い出して「名前が真っ赤になるの楽しすぎて夢中なるわ」なんて意地悪な事を言うので、ばか!あほ!と暴言を吐けば、冗談だよ、ばーか。とまた揶揄われていた事に気づいた。くそう。

「つーかコタツで寝てたから、コタツで寝ると風邪引くぞって言ったら自分からベッドに入ってったんじゃん」
「え、嘘でしょ…止めてくれたっていいじゃん。ていうか一緒に寝る必要無くない?」
「俺だって眠たくなったから寝ただけだし。減るもんじゃねーし良いだろ。別に欲情したわけでもねーし」

よ、欲情って…!自分の知識の中での欲情という行為を想像して顔が熱くなる。ハグだけでキスまでしてないけど!けど!!何でそんな事を言い出すんだ!と五条の方を見れば、彼はふああ〜と大きな欠伸を吐いた。

…コッチは心臓破裂しそうなのに、彼は何も考えてないんだろう。

自由奔放な五条に目覚めから振り回され、寝起きなのにどっと疲れが出てると、あ!!と思い出したかのように五条は大きな声を上げた。
次は何なの…。

「初日の出、忘れてた!今何時?!」
「え?…えーっと、六時二十分くらい?」
「まだ行けんだろ、行くぞ」

壁に掛けてある時計の時間を伝えれば、五条は起き上がりベッドから出て、クローゼットを開けた。
私に「寒いからこれ着とけ」と上着を投げてきたので、遠慮なく五条のぼかぼかのジャージに袖を通す。大きいけど暖かい…し、なんか五条匂いして落ち着く。って変態か、私は!
五条は普段着ているジャケットに袖を通してマフラーを巻いていた。
私があげたマフラー、使ってくれてるんだ。プレゼントした物を使ってくれてる所を見ると、渡して良かったなと思った。

ふい急に手を引っ張られて、部屋を出て外に出る。当たりはまだ真っ暗で、綺麗な星空が広がっている。「日の出見るなら…あそこか」と何か思いついたような事を言い、またグイっと手を引っ張られ真っ暗闇の森の中を走って行く。
走るスピードがとてつもなく早く、五条の足の幅に合わせて走るには、二倍の早さでついていかないと追いつけない。息を上げながら必死に走ると、急に立ち止まった事に、うお!と五条の背中にぶつかった。う…痛い。

走って向かった先は、前に五条にボコボコにされて泣いてた時に見つけた池。
日が昇る方角を向いて池のほとりに腰を下ろした。走ってきたからか身体はぽかぽかしているが、たまに吹く冷たい風と、はあと息を吐くと白く現れて、冬の寒さを感じる。
五条から借りたジャージに包まりながら、日が登る方を確認するが、太陽はまだ顔を出していない。

「日の出、間に合ったな」
「うん。あー…早く日の出こーい、さむーい」
「さみーの?あっためてやろーか?」
「はあ?!さっきからアンタのパーソナルスペースどうなってんの!無理無理無理!」
「こんなんカップルじゃなくてもやるっつーの」
「いや絶対やんないから!!二度も引っかかるか!」

あ、バレた?と揶揄いながらも横を見れば、五条はジャケットのポケットに手を入れながら、こちらを向いて両手を広げてくる。

「何、そのポーズ。寒くないの?」
「いや?俺もさみーから暖めて」
「やだ。無理、マジで無理。さっきからなんなの?」
「誘惑術師に特訓課題だっつうの。こんくらいでへばっててどーすんだよ。これから呪霊だけじゃなくて、呪詛師も誘惑して捕まえるくらいやんねーと術式の意味ねーじゃん?」
「そりゃ頑張るけど…でもこんな事する必要ある?」
「…言っとくけど、お前の先祖は五条家の男寝取ってめちゃくちゃに抱いて、さらに誘惑の術使って虜にしたって話だからな」
「え…めちゃくちゃに抱くってどういうこと…?」

めちゃくちゃとは…?抱きしめ方を変えたりするの?上からぎゅっとしたり、斜めからとか?後ろとか?それで虜に出来るの?案外私でも行けるんじゃないか?頭の中で考えを巡らせていると、五条は大きな溜息を吐き、立ち上がったと思えば私の後ろに座って抱きしめてきた。

「ちょ、五条!?」
「これでちっとはあったけーだろ?」
「あ、ったかいって……ね、無、理」
「はー…何が無理なの?もしかしてこのくらいで根を上げる気?」
「心臓がむり、もう無理……!」
「お、耳赤くなってきた。ハッおもれー。お前本当に誘惑術師かよ?頑張れ名前チャン」

髪を背後から耳にかけられて、赤くなってるであろう耳の淵をなぞる指先に、バクバクと全身が鼓動を打つ。
こんなに人との距離が近いなんて、初めてかもしれない。呪霊とはよく触れ合ったりしていたけれど、それとは違う。
人と触れ合うって、生きてる感覚が直に伝わり、なんだか落ち着いて心地よくて暖かい。二人分の人間が触れ合えばこんなに温かくなるんだ。
じっと抱きしめていると、いつの間にか心臓の早さはスローペースになり、夢の中のようなふわふわした暖かさが身体を包み込む。

「あ…さっきよりあったかい」
「だろ?あ〜抱き枕最高かよ」
「オイ、人を抱き枕呼ばわりすんじゃない」

五条も同じように暖かさを感じているようで、私の頭に顔を埋めてくる。「んあ、名前の髪からせっけんの匂いする」とふいに言ってくるので、匂いを嗅がれていた事にまた恥ずかしさが込み上げた。人の心臓を急に早めるのやめて欲しい。

「初詣も行きたかったなー」
「今日は無理でしょ…硝子と夏油帰ってきたらさ、四人で行こうよ」
「そーだな。今日は初日の出にも願っとこうぜ。特級術師になれますよーに」
「特級かあー…五条ならなれそうだね。あ、夏油もなれそう…」
「まあ、俺と傑は最強だしな?名前は今年一級目指せよ。やれんだろ?」
「そりゃ目指すよ、というか絶対なる。…あ、あともう一個お願いしとこ」
「何、まだあんの?」
「ひみつだよ、」

今年も五条と夏油と硝子と、一緒に過ごせますように。…誰も、死にませんように。



日の出を見終わった後は、昨日仕込んでいたおせちとお雑煮、煮物を五条の部屋で二人で食べて新年を祝った。
ふと気づいたけど、良い所の家系だからか食べ方が綺麗だなあ…と好きのポイントが加算されていく。

食べ終わると9時を超えていて「あ、やべ。迎えの車来たわ」と五条は電話に出た。
あっという間に時間経っちゃったな…。
こんなに一緒にのんびり過ごす事ができるなんて…ずっと続けばいいのに。自分から帰った方が良いといいながら矛盾してるこの気持ち…そして叶わない夢を浮かべる。
部屋から出る準備をして、片付けてると携帯がないことに気づいた。

「あれ携帯どこやったっけ」
「え、落とした?」
「外には持ってってないから、五条の部屋に置いたままだと思うんだけど。ごめん、鳴らしてくんない?」
「しょーがねーな」

五条が携帯を操作し、耳に当てるとプルルルルと発信音が聞こえ、数秒後にオルゴールメロディの着信音が流れる。音の場所を探ればコタツに潜っていたようで、コタツ布団をめくれば携帯が姿を表し、音が消えた。

「ありがと、助かった」
「なー着信音変えた?椎名林檎じゃなかったっけ?あの有名な曲のやつ」
「それは硝子の着信音。分かりやすいように個別に変えてるんだよね」
「俺の着信音がソレ?めっちゃバラードじゃね?似合わねー」
「あははっ!確かに。でもこの曲が私にとって五条を思い出す曲だから。第一印象ってやつ?」
「え、何て曲?かっこいいとか歌ってるやつ?」
「どんだけ自信過剰なのよ…教えないよ、自分で調べたら?」
「歌手も歌詞も分かんねーのに、調べるにもどうしようもねーだろよ」

確かに。でもこの曲を五条が知らないみたいで良かった。めちゃくちゃに恋心歌ってる歌詞なのに、無意識に設定してたところもある。ずっと知らないままでいいよ。



キッチンルームに食器を置いて、帰宅の準備をした五条を玄関まで見送る事にした。

「んじゃあ行ってくるわ」
「うん、気をつけてね。帰ってきたら皆んなで初詣行こっか」
「うん……なあ、今年の年末も、蕎麦食べたい」
「お蕎麦?別に年末じゃなくても暇だったら作ってあげるよ」
「そーだけど…いいだろ別に。つーか桃鉄リベンジすっからな」
「それは本当ゴメンって。でも…ありがとね」

年末に一人の私に気を遣って。五条は意地悪だし生意気だけど、小さな優しさを沢山くれる。私もまた五条と一緒に来年を迎えたい。
彼の後ろ姿を見つめ、今年も彼を想う日が続けばいいなあと、叶わない恋心を終わらせなれないでいた。