三月も卒業シーズンが到来し、肌寒い風に早春が顔を出す頃。私は絶望という名の崖っぷちに立っていた。
…やばいやばいやばいやばい!!!!
絶望感で頭がいっぱいになりながら、私は救いの手を求めるべく共有スペースを抜け男子寮を静かに駆ける。目的の夏油の部屋をノックすると、少ししてドアが開いた。
「あっ夏油!」
「どうしたの、休日の朝から」
「うう…助けてっっ…!!」
昨日任務で受け取れずに、今日の朝一に夜蛾先生が般若のような顔(元々だけど)をして渡されたプリントを夏油に渡すと、凄く、苦虫を噛み潰したような顔をした。夏油がこんな表情するのはレアである。
「名前……これは酷いよ、酷すぎる」
「ひゃい……重々理解してます…」
「この赤点の数は酷すぎる…」
なんと二月の頭にテストが行われたはずなのに、二月の末にも期末テストという名の高専一年最後のテストが行われたのだ。
高専では国語、数学、理科、地理歴史、公民、英語、保健の七科目のテストがある。他の高校ではもっと細かく教科別にテストがあるらしいが、呪術をメインとしている高専では省略されていた。
しかし、それでも私には難しい問題。
返却されたテスト用紙は丸よりもバツ印の数が多く、記載した名前の横に赤点で再テスト!!と書かれた紙ばかり。しかし、その中でも一枚だけ書かれなかった教科が一つ。
「あれ、国語だけ赤点免れてるね。名前国語得意だったっけ」
「国語は、あの……前に五条が苦手な古文の文法教えてくれて」
「…へえ、それなら悟に頼めばいいじゃないか」
「や、無理!それに五条、数学とか自分だけ分かる解き方して教えてくれないし、夏油が一番教えるの上手いもん……ねえ、お願い」
「………そんな甘えるように裾を引っ張られたら断りづらいだろ。そんな方法、いつ覚えたんだい?」
…げ。無意識に夏油のスウェット腕の裾を引っ張っていた。違う、別に甘えようなんて思ってないし、ただ単にこの危機的状況を打破したかっただけなのに!
夏油は子供をあやす様に「やれやれ、可愛い名前の頼みだ。手伝うよ」と頭を撫で、私は思わず夏油という名の仏様に抱きつきたい葛藤に迫られる。
…だめだめ、何抱きつこうとしてるんだ私!
以前バレンタインの時に思わず抱きしめてしまった事を思い出して、手を引っ込めた。最近思わず人に触れてしまうんだよなあ…やっぱり五条が誘惑術師の特訓だとか言ったせい、って事にしておこう。
しかし逆に五条とはあのバレンタインの一件以降、彼と関わる事に少し抵抗が出来てしまった。
…また、あんな雰囲気になったらどうしよう。
あの時の事を思い出すと、胸がざわざわして変な気持ちになる。それをなんと言うのか分からないけど、とりあえず一緒に居る事が怖かった。出来るだけ二人で居るのを避けてきたけど、同行任務となればそれを避ける事は出来ない。それに昼間の共有スペースは人通りが多く、他の人もいる場所ではいつも通り彼と接していたが、出来れば接したく無いのが本心。
「じゃあ私と悟で分けて教えようか?」
「五条はやだ…!夏油に全部教えて貰いたいの…お願い」
「ふうん、いいよ。じゃあ赤点をさっさと片付けて、ゆっくりしようじゃないか」
「やった、ありがとう!!」
「いいんだよ。終わったらじっくり聞かせてくれれば」
「じっくり?テストの結果?」
「……名前、悟と何かあったでしょ?」
「え、」
「頑なに悟と絡むのを拒否してるって事はそういう事だろう?それに好きな人が居るってバレてしまった経緯も聞いてなかったからね。さあ、ささっと終わらせようか」
彼の表情は、いつもよりも楽しそうな、企みのある笑顔をしていた。
結局その日は夜までみっちり勉強を叩き込まれた。次の日頭から溢れそうな知識を抱えて再テストを行えば、かなりの高得点が出た。
なんだ、やれば出来るじゃん私。…まあ、夏油のおかげってのが一番なんだけど。
テストの高得点に喜んでる私の元に、久しぶりに夏油と一緒の任務が入った。再テストも赤点だったのであれば、私は多分この任務を任されてないだろう。
補助監督に送迎してもらい現地で集合すれば、夏油は私の様子を見て「その様子だと大丈夫だったみたいだね」とクックッと音を立てて笑った。
「再テスト合格したよ。夏油のおかげ、ありがとね」
「別にいいさ。名前は理解すれば覚えるのは得意だしね。これからは分からない所があれば、すぐ聞く事。私でも硝子でも悟でも良い。名前は結構溜め込む癖あるから心配で仕方ないよ」
「そう?そんな事ないと思うけど」
「だってほら、悟の事も結局話してくれてないだろう?」
「だって…」
…だって、押し倒されたなんて言うの恥ずかしいじゃんか。しかも、指舐めらた事を何と説明したらいいのか分からない。
もじもじ躊躇っていると、一瞬で空気が変わり暗闇のような槍が物凄い勢いで降ってきた。呪具を瞬発的に取り出し、防ぎつつ殺気の先を見れば呪霊のお出ましだ。
「ちょっと!?話合う時間くれたっていいじゃん!?」
「呪霊にそんな事言っても伝わらないよ」
「いや、伝わる。今まで意思疎通出来てたし」
舐めんな、誘惑術師。
夏油が私に勉強教えてくれなかったなら、今貴方を祓ってるのは私じゃないんだから、感謝してよね…なんて、呪霊に対して私の今までの苦労と夏油への感謝を述べつつ、地面を駆けて呪霊を薙ぎ祓う。
キミ達が私と一緒に居てくれたように、今は私にも呪術師という仲間が一緒に居てくれるんだよ。だからキミの悲しい記憶は、私が祓ってあげる。
傷もなく、無事に任務を終えて補助監督が運転する車に乗って高専まで直帰コース。
夏油と一緒だと任務を終えるのが早いし、安心する。やっぱり最初私を担当してくれたのが彼だったからかなあ。どれだけ感謝しても、足りないくらいの恩がある。
後部座席の隣に座っている彼を見ると、補助監督に「すみません、名前と一緒に寄り道して帰るんで途中で降ろしてもらえますか」と、大通りを通る道の端で車を止めて貰い、一緒に車から降りた。
…ん?寄り道?そんな約束してなかったけどな。
「寄り道?夏油どこか行きたい所あるの?」
「ん?名前が好きそうな事やってあげようかなと思って」
「私が好きそうな事…?」
うん。とニッコリ笑って夏油は人波溢れそうな東京の街を歩いていく。彼の一歩遅れで隣を歩いて、どこに行くのやらと少しドキドキしながらついていくと、着いたのはどこにでもあるマックドナルド。
「え…マック?」
「うん。名前は何が食べたい?奢るよ」
「いいの?うーん…ナゲットかなあ」
いらっしゃいませ、と店員さんが注文を尋ね、夏油はナゲットとフライドポテト、そしてコーラを二つ頼んだ。
マックに来るのも久しぶりだなあ。たまにおじいちゃんがご褒美だ!といってマック食べたっけ。見かけても自ら食べに行こうと思った事はなかった。
確かに、過去の思い出からご褒美という特別感もあるし、あまり来ないから少しドキドキするけど来たことあるしなあ。
まさか私マックも来たことがないレアキャラと思われてる?
商品を受け取り、空いてる四人席にトレーを置く。「ソファ席使って良いよ」といつもの夏油の紳士な性格を有り難く受け取り、ソファ席に座ると夏油は反対側の椅子に座った。
ナゲットに手をつけ、口の中にいれると外はサクサクして中はほっこり柔らかく中々美味しい。夏油が「こっちのポテトも食べていいよ」と言うので、二人でシェアする事にした。
「名前はさ、こういう何気ない日常で友達と一緒に楽しむ事って、今までやってこなかったんじゃないかなあと思って誘ったんだけど、どう?」
…確かに。マックに行った事はあっても、何かをシェアしたり、学校の帰りに寄り道して食べ物を食べて帰るなんて今までした事がなかった。
周りを見れば、学生達がわいわいと賑わいながら話に花を咲かせている。
本当はずっと羨ましかった。友達と呼べる存在と何気ない日常を過ごす事。心の奥で諦めていた私の想いを、夏油が気づかせてくれた。
「うん、こういうの大好き。夏油は私の無意識な部分を教えてくれるよね」
「悟や硝子より、名前は私と一緒に居る時間が長いだろう?負けてられないよ」
「そこ張り合うとこなの?」
「特に悟にはね。…それで、何があったんだい?」
成る程、あの話を聞くために夏油はここに私を連れて来たんだ。高専で話すには、もしかすると関係者にも聞かれる可能性がある。しかし、この場所も関係者は居ないだろうが人は多い。
「こんな公の場で言うのはちょっと…」
「誰も私達の話に意識なんてしていないさ。それに女子高生はマックで恋バナよくしてるよ?」
「そうなの?」
チラッと隣の席の女子高生らしき四人組の話に聞き耳を立てると「そういえば最近彼氏とデートしたんだけどさあ〜」や「私もこの前好きな人にデートの約束漕ぎ着けた!」とか。とある女の子が「私はこの前、初めて彼氏と初えっちしたんだけど…」って言葉には、発言した女の子以外の三人がエーッ?!と大声を出して驚いていた。
本当だ…もしかしたら私が知らない所で中学生の時も、学生達はマックに集合して語り合ってたのかもしれない。
一度きりの人生、私も女子高生としての楽しみを味わいたい。
「あのね__」
私は夏油にバレンタインの時の事を話す事にした。彼はポテトを摘みながらも、目を見てうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれて、私は一番話しづらい点を話す。
「__それで指、舐められた」
「指?」
「うん。あと…押し倒された」
「へえ、悟も中々やるね」
「それで私の好きな人が誰なのか聞いてきて、言わないって否定したらムカつくって言われたの。その時の五条が五条っぽくなくて…」
「なるほど、だから最近変だったんだ」
「え、変だった、私?」
「どっちもかな?」
「え…五条もなの?…あの時私、五条に気に食わない事やったのかなあって考えたけど、思いつかなくてモヤモヤしてて…。でも次の日五条と会ったらいつも通りでさ。尚更モヤモヤしちゃってたんだけど、もっとモヤモヤしちゃうじゃん!」
夏油の意見を聞いて更に五条が何を考えているのか検討がつかない。頭を抱えて悩み混む私に対して、私の話を聞きながらポテトを摘む夏油の顔は面白そうに笑みを浮かべる。
こっちは真剣に話してるのにぃ…。
「ちゃんと聞いてるの?」とムスッとすれば、ポテトを差し出してくる。思わずパクりと口に含めば、クックと笑った。ちょろい女とでも思われただろうか。
…全く、夏油も五条と人の事揶揄いすぎだ。
「むー…もう言わないよ夏油」
「ああごめんごめん、名前が単純で可愛いくてね。ちゃんと聞いてるよ。それで、名前は悟の事好きじゃなくなったのかい?」
「ううん、そこまでは思ってないよ」
「なら、悟の事許してあげてくれないか。多分アイツも気持ちの整理がついてないんだと思うんだ。それに、本当に怒ってたりはしていないと思うよ」
「ムカつくって言われたのに?」
「ああ。本当にムカついてたら、あの悟が次の日にいつも通り接してくると思うかい?」
考えてみれば、高専に転入した当初は、五条とは喧嘩ばっかりしてて、私に対してムスッとした顔か挑発した顔しか見せて話しかけてこなかったっけ。けれど今では笑ったり、気を許した顔をバレンタインの後でも見せてくれていた。
「でも逆に普段通りすぎて不安なの。またあんな風に…変な感じになったら、どうしたらいいか分かんなくなる。それに五条も変なら尚更分かんないよ…」
「悟も悪かったって言ってるし、反省はしてるんだと思うよ。だから少し変に見えたのかもしれないな」
「なるほど…?」
「まあ、不安なら少し距離を置いてみるのもいいと思うけど。悟、最近名前にべっとりだからね。叶うかな?」
「え、五条が?」
「うん。気づかなかった?名前、最近私より悟と居る時間長いと思うよ」
思い返せば今年に入ってからは、五条と話す機会が多い気がする。談話室でのんびりしていれば、よく横に座って一緒にテレビを見たりして空き時間を過ごす事が多かった。それもあって五条に対してモヤモヤが感じるのかもしれない。
少し距離を置いて談話室に行くのも控えようかなあ…なんて考えているとテーブルに置いてあった夏油の携帯が鳴る。
電話だったらしく、夏油は携帯を耳に当てながら、もう片方の出てポテトに手を伸ばしていた。
「もしもし。…あぁ、うん終わったよ。…今かい?今は名前とマックに居るよ。…え?うん、いつものとこ。…あー分かった、待ってるよ」
「もしかして…五条から?」
「うん。ポテト食べたくなったから来るんだって」
通話を切って携帯をテーブルに置いた夏油は大丈夫だった?と聞いてくる。ここで私が断ったら五条は変に思うだろうし、別にいいよ。と答えた。
五条が来るまでの間、少し気になった事を更に夏油に問い詰める。
「ちなみに夏油もさ、誰かを押し倒したくなる時ってあるの?」
「……まあ、なくは無いよ」
「他人の指を舐めたいって思う事も?」
「まあね。ここからは名前が知らない領域だよ」
「ねえ知りたい、どんな時にそう思うのか。そうすれば五条の考えてる事理解出来るだろうし…」
「悟の考えてる事は私にも理解出来ない時が多いよ。今回の事は…簡単に言えば、独占欲かな?
「独占欲?五条が、私に…?何かの間違いでしょ」
「まあ憶測だからね、やっぱり真意は本人に聞かないと分からないさ。ちなみに私は舐めてもらいたいけどね」
夏油は薄目を開き口角を上げ、ポテトの塩の破片がついた指を私の前に差し出してくる。
…これは舐めろって言ってるんだろうか。
流石に「やんないよ」と言えば「残念だね」とその指を自身で舐めた。「揶揄うのもいい加減にしてよ」と夏油に言えば「分かった分かった」と軽く返してくる。本当に分かったのか?
夏油と五条が問題児と言われる理由を再確認し、ハァとため息をだすと夏油は口を大きく開けてナゲットを夏油は口を開けて一口でパクりと食べた。
そういえば、夏油って呪霊を口に入れて呑み込んで取り入れてるんだよなあ。
「ねえ、呪霊取り入れるのってどんな感じなの?」
「唐突だね。気になる?」
「気になる!」
「まあレベルが高いと飲み込むのも一苦労するよ。身体がどっと疲れるし、しかも味はゲロマズだしね」
「えっ味なんてするの?!」
「うん。まあ…なんというか雑巾みたいな味だよ」
「それ味って言っていいの?ゔ…想像しただけで気持ち悪くなりそう」
「食事中にすまないね」なんて言いながら夏油はまたポテトを摘んで食べる。まあ、聞き出したのは私だしなあ。
「味はどうあれ、私も呑み込んで操ってみたいなあ〜。ね、私も一回呑み込んでみようかな?」
同じ呪霊を操る物同士、私ももしかしたら呑み込んでみればいけるんじゃないかとふと思った。本能が無意識に拒んでいたから、やってこなかったけど。どうなんだろう?と夏油を見ればそれはやめなよ。と否定する。
「本来なら呪霊を取り込んだら死んじゃうし、万が一でも受肉してしまうよ」
「じゅにく?」
「身体に呪霊が宿ってしまう事さ。そうなると名前の意識は無くなってしまって、逆に操られてしまうからね」
「じゃあダメだわ」
「だろう?」
夏油の答えに対して大きいため息を吐く。そんなに上手くいかないもんなんだなあ。…しかし私もいつか呪霊取り込んで操ってみたいなあ。
難しい願望を想像していると「お、居た」と並べられた席の間を歩く五条の姿が見え、私の横にドカッと座った。
夏油の隣も空いてるのに、何で私の横に座るの。…まあソファ席だから楽なんだろうけど。
「やあ悟、お疲れ」
「おーお疲れ〜。つーか傑と名前が一緒って久々じゃね?」
「そうなんだよねえ。名前も術式のコントロールも安定したし、呪力の使い方も今ではピカイチだしね。悟何か頼む?」
「あー、ポテト食べたい」
「了解。コーヒー飲みたいからついでに買ってくるよ」
「あ、じゃあコーラも!」
「分かったよ。名前は何かいるものある?」
「ううん、大丈夫。ありがと」
「じゃあちょっと買ってくるね」と夏油は席を立ってカウンターへと向かっていく。五条はサンキューと夏油の背中を見送って、携帯を触り出した。
周りがざわざわとしている中、無言がなんだか落ち着かない。
夏油について行けばよかったかな。ナゲットにバーベキューソースを絡めて口の中に入れると、視線を感じて横を見れば五条がこちらを見ていた。
「名前が頼んだの何」
「ナゲットだよ」
「あナゲット忘れてた、頼めばよかったー」
「あと一個残ってるけど、いる?」
「いる。なあ、」
「ん、何?」
「……………やっぱ何でもない」
長い沈黙を作った五条は、少し躊躇った様子を見せて残り一つのナゲットを食べた。
…何だったんだろう?
謎に思いつつも、横の席のねえねえと言う声に釣られて聞き耳を立てる。
「ねえ、横の席の人すんごいイケメンじゃない?!」
「それ!わかる!さっき来た時見たけどめっちゃ身長高かったよ!」
「えーあんなイケメンの彼氏欲しい〜」
「アンタ彼氏居るじゃん!でも…横の子もしかして彼女なのかな?」
「いいなあ〜羨ましい〜」
めちゃくちゃ良い様に言われてる…。
彼氏じゃないし彼女でもないです。と言いたいけど、聞き耳立ててる時点で不審者確定だ。
…本当に彼氏だったら良かったのに。
隠して、望まなかったはずの気持ちが、知らず知らずのうちにどんどん膨れ上がっていく。私、いつからこんな貪欲になってしまったんだろう。
「名前もマック行くの?」
「えっ?んー…三年ぶりくらい?夏油が少し話しようって言ってくれて、久しぶり来た」
「フーーン、何話してたの?」
「あ……えっとぉー…」
どうしよ、五条の事で相談に乗ってもらってました。なんて本当の事は言えないし。嘘をつくにしてもなんて言えば…言い訳を考えてると「何、そんなに言いづらいワケ?」と少し不機嫌な顔を見せてきた。あ、また面倒な事になりそう。やばい。
冷や汗が出てどうしようと困っていると、夏油が「さっき名前のテストの話してたんだよ」とフォローをして、注文した商品がのったトレーをテーブルに置いた。
「名前が期末テスト赤点ばっかりだったから、昨日スパルタで勉強教えたんだよ。今日再テストがあったらしくてね、さっきその話をしてたんだ」
「は〜赤点?相変わらずバッカだなーお前。前に俺も古典教えただろ」
「あ、古典というか国語は五条のおかげで赤点免れました……あの、ありがとう」
「へえ…そーかよ。別に、いーけど」
イラッとした顔を見せていた五条は、私から目を逸らして夏油が買ってきたポテトを二、三個摘んで口に入れる。
ポテトを片手に携帯を触っていた五条は、手拭くやつ無くね?とトレーにあるはずのペーパーナプキンを探すが見当たらず、舌で指先を舐めた。
ゴツゴツした細くて白い指、薄い紅のような色をする唇から現れた舌を見つめ、あの時の記憶が蘇る。
「…何」
「へっ?!」
「…さっきからジロジロ見て、何かついてる?」
「あ、いや、何でもないよ!」
顔を横に振って少し距離を取る。思わずじっと見すぎていた。
あの指が腕を押さえつけて、あの舌が、私の指を舐めたんだ…。思い出すとゾクゾクゾクと身体が疼き、やっぱり何だかいつも通りに上手く話せない。
あれからマックでダラダラとポテトを食べる夏油と五条の他愛もない話を、隣でコーラを飲みながら聞いていた。
外に出ると17時だか空は暗く、冬の冷たい風が吹く。昼間は少し暖かいけれどやっぱり夜は寒い。四月になれば、少しはあったかくなるのかなあ。指先が凍える様に冷たくて、学生服の中に着たヒートテックを伸ばして手のひらまで包み込むが、肝心な指先が冷たく、はあと息を吐くと白く現れた。
「お前相変わらず冷え性だよな」
「うるさい、五条だって息白いじゃん」
「私は女の子が手を冷たそうにしてるの可愛いと思うけどね」
「分かんねー。傑と好みのタイプ合わねーもんな」
「確かに。でもほら、温めてあげたくならない?」
「…別に?まあ、さみーなら暖めてやるけど」
そう言って五条は私の手をぐいっと引っ張って握り、暖かさが手を伝って感じる。が、私は思わずその手を振り払ってしまった。五条の顔を見ると、驚いた表情をしている。
「あ…ごめん、違うの、せ、静電気が….!それにそんな寒くないし、大丈夫だよ!あの…気遣ってくれてありがと」
「…あっそ」
五条は無表情で一瞬私を見ると、帰り道の方向へと歩いていく。
…やってしまった。あー、そんなつもりじゃなかったのに。どうしよう、絶対誤解してるよね。
不安に思っていると夏油が「大丈夫だよ」と小声で伝えてきた。
「悟も、名前に悪気がないのは分かってるよ。まあ、バレンタインにあんな事やった後だし、もしかしたらまだ悟も反省してるのかもね」
「…あれが反省してるの?」
「ふふ、反省してるよ」
だから名前もそんなに気を重くしないでいいよ。と夏油は五条の横を歩き、私は二人の高い壁の様な背中を見つめて歩いた。
…あー、どうしよう。