夢の花





春の呪いシーズンも到来で大忙しの三月。呪霊は相変わらず溢れ出てくる。任務を終えた名前と五条は、談話室でテレビを見ながら報告書に筆を滑らせていた。

報告書を書く二人だが、名前は無意識に報告書よりテレビの方に釘付けになっていた。
テレビにはランド特集!と報道されており、なんでも遊園地で販売されて大人気パンケーキに彼女は夢中らしい。パンケーキの上には生クリームがたっぷりのっており、甘い物が苦手な人なら見るだけで胸焼けしそうなくらいだ。
そんなテレビに夢中になってる名前に五条はおい、と頬を抓る。

「さっさと報告書書けよ、終わんねーだろ」
「だってあのテレビで特集されてるパンケーキ、めちゃくちゃ美味しそう。ランドかあ…行きたいなあ〜」
「こういうの硝子と一緒に行ってんじゃねーの?」
「硝子甘いモノ食べないし、最近忙しそうだから誘いづらいんだよね。まあ…また美味しそうなのでるかなあ」

現実的問題を考え、名前はパンケーキを諦めて報告書に手をつけ筆を走らせる。
五条はふと、誰かがこちらに来る足音が聞こえ、音に気づいて顔を向けると、それは親友の姿だった。

「お、傑。お疲れ〜」
「や。お疲れ様、すぐ終わった?」
「終わった。マジで雑魚の大群だけだったわ。つーか傑、花なんて持ってどーした?」
「ん?これは名前にね」
「…へ?私?」

報告書が書き上がっていない名前は夏油に名前を呼ばれた事に気づき、顔を上げてお疲れ様と声をかけると、夏油は名前に寄って花束を渡した。

「今日はホワイトデーだからね、バレンタインのお返しだよ。この撫子の花、名前の目の色みたいで可愛いくてね。あとこれも、名前甘いモノ好きだろう?」

そう言ってゴディバの袋も渡すと、名前の表情は満面の笑みを浮かべて目をキラキラと輝かせる。彼女は花束に目を映し、撫子の淡いピンクを基調とし白や緑の花と混ぜ合わせた小さめの花束に見惚れた。

「え、いいの?お返しなんて良いのに。甘い物好きだし、この花も……可愛い」
「良かった、喜んでくれて」
「うんっ、夏油ありがと!」
「なー傑〜、俺の分のチョコは?」
「悟にバレンタイン貰った覚えはないよ」
「ちぇ、つーか花なんか贈ってよくやるよ、傑も」
「そんな悟は名前に何をお返ししたんだい?バレンタイン貰ったんだろう?」
「…お返し?」

お返しとは何ですか?と頭の上にはてなマークを浮かべるような表情をする五条に対して、夏油はあんぐりと口を開けた。

「まさか何も考えてなかったのか…?」
「ホワイトデーとか行事モンはいっつも任せてたし、忘れてた」

流石ボンボンの家系だ…と夏油は引いていたが「欲しいモンあるなら買うけど?コーチ?プラダ?バーキンの方がいい?」と高級ブランドの名前を出す五条に対して、名前は「ちょちょっと待って!」と焦って彼の言葉を止める。

「別にお返し目的であげた訳じゃないし、いいよ」

名前は見返りを求めて上げた訳ではない。いつもの感謝と、五条に対して恋心を隠していたとしても、気持ちを渡したくてあげただけ。…義理と嘘をついても。
気使わなくていいから!と少し困った顔をする名前を見て、少し考えた五条はテレビを見るや否や「ランド行くぞ」と突然伝えた。

「え?」
「さっきランド行きたいって言ってただろ。俺もデザート食べ放題なら行きてーし、奢ってやるよ」

名前は再度テレビの方を見ると、先程から流れている遊園地特集は続いており、ホワイトデーイベント!カップル限定デザートビュッフェ食べ放題!という文字が流れ、名前は五条の言ってる事を理解した。
しかし、テロップに出ているカップル限定!という文字に「でもアレ」と指差すと「別にいいだろ。ていうかカップルかどうかなんて見た目じゃわかんねーし。男女が似たような服着ていけば問題ねーよ」と言われ、否定出来ず、なるほど…?と疑問ながらに納得する。夏油は「良かったね、名前」と声をかけたが、彼女の気持ちは少し複雑だった。

***


久しぶりに硝子の部屋で懺悔部屋を開く事になった。といっても、ランドに行くのでそのアドバイスを聞きに来ただけ。
硝子とゆっくり話すのも久しぶりで「そういえばバレンタインどうだった?」と聞かれ、夏油に聞かれた時と同じように話をするとハァ?と顔を顰めてタバコに火をつけた。

バレンタインから、一ヵ月経つ。
五条に対してまだ少しぎこちないけれど、何事もなかったように普段の生活が戻ってきていた。
結局あれは彼の行き過ぎた揶揄いだったんだろう。勝手に結論を決めつけ、硝子にも「もう気にしてないから大丈夫だよ」といえば少し納得出来ない顔をした。
まあ…全然気にしていないと言えば嘘なんだけど、それより五条がホワイトデーにお返しをしてくれる事の方が気になってしょうがない。
今まで五条から何かくれる事、無かったしなあ。彼が何を考えているのか分からない。しかも今回はカップルコーデとか…デート…みたいだし。
硝子に今回の事を話すと「顔赤らめちゃって…本当アイツの事好きだねえ」とニヤニヤしながら言ってきた。

「だってホワイトデーにデ、デートみたいな事してくれるなんて…」
「まあ五条のやり方は大雑把すぎてちょっとイラつくけど…いいじゃんいいじゃん順調じゃん」
「順調って…無理だよ、叶うわけないし」
「なら早く諦めたらいいだろ?」

鋭くツボを突く硝子はタバコの煙をふぅーっと吐き、ニヤリと私の答えを待つ表情をする。
…そうだよ、諦められないんだもん。でも恋人になる可能性も権利も、私には無い。

「あ、名前、また深く考えようとしてるでしょ。そんなに深く考えなくても大丈夫だって」
「…うん」
「そんでお揃コーデでランドでしょー?学生なんだし、やっぱ制服でしょ」
「学生服でランド?」
「学生服を着れるのは学生だけなんだから。あ、あとランドなら観覧車が有名だね」
「観覧車?」
「そ。観覧車に好きな人と二人で乗って、テッペンで告白すると叶うってジンクスあんの。…どう?」
「どうって……」
「まあ、叶いそうに無いなら何かに頼るのもアリなんじゃないかな、と思うけどね」

分かってる。硝子は私の恋を叶えようとしてくれてアドバイスをくれてるんだって。
私だって…本当はこんな過去が無ければ叶えたい。好きだって、ちゃんと伝えたい。五条にも私を好きになってもらえるようにアピールしたいのに…無理なのが私の人生。
…でもこの能力と過去がなければ、多分五条にも、皆にも会えなかったんだよなあ。
硝子にありがとう、とだけ伝えると、ばーかと私の頬を抓って笑う。硝子はタバコを灰皿に擦り付けると、ランドを楽しむ為の色々な情報を私に教えてくれた。

***


海辺に立つ大きな娯楽の施設、ネズミーランド。海風に吹かれながら遊園地に入る門の前にあるベンチに座っていると、声をかけられた。

「ねぇキミ可愛いね、一人?」
「いえ、知り合いを待ってる所です」
「知り合い?友達?ねえ俺達とキミの友達と二人でダブルデートしない?」
「あ、待ってるのは女の子じゃなくて、」
「うわーー名前のクセにナンパされてら、ウケる。傑に写メ送ろっと」

前日に別の任務が入っているからと現地集合すれば、私とナンパ男(らしい)二人の前に現れたのはこの現場を自撮りをする五条だった。
私がナンパされてる所を写真に収めるのではなく、わざわざ写り込む辺り彼自身自撮りの価値を分かっている。
少しイラッとしてしまうが、しかしそんな所もキュンとしてしまい、彼にゾッコンな自分の心にパンチを入れた。自重しろ、私。
スタイルの良い五条が現れると、そそくさとナンパ(らしい)男達は逃げていった。

「すげー。これがネズミーランド?初めて来た」
「一回も来た事ないの?」
「ねーけど。え、お前来たことあんの?」
「うん…昔だけど。家族で来たことあるよ」

本当に薄らとした記憶しか残ってないけれど、お父さんと、お母さんと一緒に来た事がある。穏やかで優しかったお父さんと、少し気が強いお母さん。瞼の奥でしか思い出せないけれど、今までの過去を歩んでここに来ても、良い思い出として私の中に残っている。
しかし五条家は呪術界御三家の良い所の坊っちゃんだとは知っていたけれど、庶民の贅沢な楽しみ方を知らないとは。

「つーかお揃いの服ってこれでいいの?」
「私もよく分かんないけど、学生カップルは制服にランドが定番らしいよ?」

…硝子に言われた通りにいつもの学生服で来たけど、これで恋人に見られてるのかな?遊園地に二人で来てるなんて、五条家の人達に見られたら非難の声だろう。嬉しい気持ちの反面、何だか悪い事をしてるような複雑な気持ちになる。
なんてモヤモヤしていたら、五条は完全に遊ぶモード全開。最初そんなに乗り気じゃなかったのに、坊っちゃんに庶民の楽しみも興味津々のようだ。…可愛いじゃん。
遊園地のチケットを購入し入場ゲートを潜ると、五条は早速道脇のグッズ売り場へと飛び込む。彼の後ろに着いて行き店の中へ入れば、突然彼は私にサングラスをかけてきた。

「これ良いだろ?俺もお前も目隠すにはさ」

五条を見れば普段のサングラスではなくて、ランドで大人気なキャラクターをモチーフにしたサングラスをかけている。近くにあった鏡で自分を見れば、私にかけられたのはそのキャラクターのガールフレンド役のキャラクターをモチーフにしたサングラス。
…この人、分かってやってるの?
この前の時の事もだけど、あんなの…恋人にする事じゃん。指を舐めて見つめる視線に、私に何かを求めている感じがして、でも私は何をあげればいいのか分からなくて。勝手に私の何かをこじ開けてきそうな五条に対して、怖かった。
でも、今の姿を見ると考えていた事が少しアホらしくなった。考えすぎてたのかもしれない不安が思いつくけれど、今はどうでもいい。
…この楽しい空気がずっと続いてればいいのに。 
別に私は呪霊見えても、術式で襲ってこないように唱えれば相手にされないから、コントロール出来る様になった今ではメガネもサングラスも必要ないんだけど。だけど、

「ふふ、悪くないね」

彼と同じ特殊な目を持つだから出来た特権、とでも思っておこう。五条に笑ってみせると、だろ?と笑って返してくれた。
店員さんに「このまま付けていきます」と五条は会計を済ましてくれて「私の分出すよ?」と言うと「別に良いよ」と言われて有り難く奢ってもらう事にした。

お土産売り場を出てアトラクションの方に進むが、やはり人気の遊園地だけあって人が多い。
五条は身長が高いから目立つけど、歩いていると横から人が割って入ってきて、彼との距離がどんどん遠くなっていく。
…やば、置いていかれそうになる。
人を掻き分けても距離が縮まらなく不安になっていると、五条が人混みの中から顔をこちらに向けたのがわかった。彼が立ち止まったので、人波にもまれながらもそばに行くと、ん。と手を差し出してきた。

「え?」
「手、握っていい?」

いつもの五条なら勝手に私の手を取って振り回す癖に、今日はなんだか少し違った。

「うん、お願いします」
「…なんで敬語なんだよ。ほら行くぞ」

ぶっきらぼうな口調をする五条は、いつもなら手のひらを合わせた握り方をしてくるのに、今日は指と指を絡めた握り方をしてきた。
…う、わ。
密着率が高く、驚いて胸が高鳴る。いつもなら先にどんどん進む五条の歩幅は、私の歩幅に合わせてくれた。
なんだよ…本当に、恋人みたいじゃん。



それから端から端までアトラクションを楽しんだ。硝子からランドの楽しみ方を事前に教えてもらってて良かった。
五条に「次はあれに乗る!」と振り回され絶叫系のオンパレード。呪術師やってジェットコースターのスピードよりも早い速度で投げ飛ばされた事もあったからか、絶叫系は余裕だし楽しい。
しかしずっと絶叫系の乗り物を乗ってるのも嫌なので、たまにはファンシーなのも乗ろうよ!とコーヒーカップやメリーゴーランドにも乗ってみた。

さあ次は何に乗ろうかと話しながら歩いていると、ランドで大人気キャラクターと写真が撮れるフォトスポットエリアを見つけた。

「あ!ねえ、五条!あれやりたい!」
「何、写真〜??いーだろ写真とか。大体撮ろうと思えばいつでも撮れるだろ」
「私、写真全然撮った事ないもん」

写真、最後にいつ撮ったっけ。あ、秋にプリクラを撮ったけど、あれをカウントしても高専に入って撮った記憶がない。
「お前ケータイのカメラでとんねーの?」と聞かれてケータイのフォルダを確認するが、入ってたのは初期から入ってた画像と高専に帰ってる時に見つけた可愛い白猫の写真くらいだった。

「お前携帯使ってなさ過ぎじゃね?」
「え、使ってるよ?毎日電話鳴るし。まあ、任務の電話だけど」
「そういう意味じゃねーよ、カメラ的な意味で」
「そんなにカメラ使う?じゃあ五条のカメラフォルダも見せてよ」
「…いいけど、お前不機嫌なるだろ」
「…なんで?」
「グラビアの画像とか、お前耐性ねーだろが」
「…へ、へんたい!」

教室で五条と夏油がよく雑誌のグラビアを評価しているのを聞いた事はあったけど、写真を保存してるなんて…!五条がそういう…恥ずかしい写真を保存している事を聞いて、思わず顔が熱くなる。
「ほら、そう言うと思った」とハァとため息をつきながら、彼は私の手を繋いだままフォトスポットエリアへと入っていく。

「え、行くの?」
「…ホワイトデーだし、名前が行きてー所は着いてくよ」
「あ、ありがとう!」

サングラスのモチーフになったキャラクターが隣に来てくれて、五条と一緒に写真を撮る。
…これは家宝物レベルだ。初めて一緒に撮った写真……帰ったら絶対に写真立て買って飾ろう。
写真が出来上がるまでの間、五条はキャラクターと一緒にワキャワキャと絡んでいて、その光景を微笑ましく見ているとエリアを担当していたスタッフさんから「かっこいい彼氏さんですね」と耳打ちしされ、思わず顔が真っ赤になってしまった。
かかかか、彼氏!
暑くなる頬に手を当てると、スタッフそれを見て「彼女さんも可愛い」と付け加えた。
…違うんです、恋人じゃないんです。なんて、否定する事も躊躇ってしまい、何だか複雑な気持ちになるが

「はい、本当…かっこいいです」

でも、今日だけは、秘密の彼氏で、いて欲しい。



写真を受け取って持ってきた鞄の中に大事に閉まい、その後はまた絶叫系のオンパレード。
いつもとは違う非日常感を味わって気分爽快。あー、遊園地でアトラクション乗るって楽しいなあ。

……あれ?私達、何しにランドに来たんだっけ?

「あー、腹減った」
「あ、思い出した。デザートビュッフェ来たんだった」
「あ、忘れてた」

私も五条もここに来た理由をすっかり忘れてアトラクションを楽しんでいた。携帯に表示された時計を見ると14時過ぎ。うわ15時なるじゃん、おやつの時間だよ。
入場口で貰ったパンフレットを見ると、テレビで特集していたお店が記載されていて地図を見ながら目的地へと向かう。
お店に着くと「カップル限定のデザートビュッフェご利用の方ですか?」とウエイトレスさんから話しかけられ「そうでーす」と五条は私と繋いだ手を上にあげた。
カ、カップル。
嘘だとしても、そう呼ばれる事でさえ胸がドキドキする。こんな贅沢、夢みたいだ。


窓際の席に案内され、窓の外を見れば川が流れており、その周辺にはお花と緑が植えられいて童話の中に入り込んだような世界だった。お店の雰囲気に堪能しつつも、今日来たのはデザートだ。
ビュッフェスタイルで思ってたよりも沢山種類あるスイーツに目移りしながらも、気になったスイーツをどんどんトレーに乗せていく。たまにしょっぱいものも食べたくなって、少量だけど置いていたしょっぱめのメニューも取って席に戻ると「どんだけ取ってんだよ、太んぞ」という五条のトレーにも、大量のデザートが乗っていた。

こんもりとったデザートを食べて口の中がとろける。甘いものはやっぱり最高だなあと堪能しつつ、目の前の彼と目があった。何か言いたげな目をしていたので「どうしたの?」と聞くと「悪かったな」と五条は節目がちに言ってきた。

「?何の事?」
「バレンタインの時…あんな事して」
「…あ、ああ、うん…だ、大丈夫だよ!あ、ああいうのはさー、恋人さんとしなよ。…ほら、五条ならまた恋人出来るでしょ?お見合いとかさ」
「別に、今でも見合いの話は来てるけど断ってるよ」
「え、どうして?」
「面倒くさいし。…それにおもしれーヤツ居るし、いらねーかなと思って」

私の目を見ながら話す五条の言葉に、直感で面白いと言うことは夢中になると言う事なのかと変換される。五条が、夢中になるような人…?

「誰なのそれ?」
「…お前が好きなヤツの名前教えてくれるなら言うけど?」
「…やだ」
「じゃあ言わねー」
「…ヒント」
「女」
「女…?もしかして、五条も好きな人居るの?」

夢中になると言う事は、好きということじゃないの?気になって聞いてみると、彼は顔を赤くしながら不機嫌な顔を見せる。

「はあ?ちっげーよバカ」
「でも、五条顔赤いし。私にウソつくなとか言いながらウソつかないでよ」
「ウソじゃねーし。今まで好きなヤツとか居た事ねーよ」
「え、でも今まで恋人居たって」
「好きじゃなくてもそんなモンなれんだろ」

五条の言ってる意味が分からなくて、一瞬固まる。好きじゃなくても、恋人になれるの…?一番近い存在に、なれるの?

「……意味わかんない。今までの彼女の事、好きじゃなかったの?」
「好きじゃねーよ。あっちは五条家の金目当て、俺は暇潰しの身体目当て。お互いがお互いの利益を納得したからやってただけ。元々遊び半分だったし、別にアッチも俺の事なんてどーでもいいと思ってるよ」
「好きじゃないのに付き合うの?…よく分かんないよ」
「お前みたいなお子ちゃまには分かんねーよ」
「…じゃあ、五条は今まで付き合った人に対して好きになった事ないってこと?」
「居ない。前に付き合ったやつらも結局は金だよ。後は俺の血筋っつーのもあるけど。まあこの顔で釣られねーヤツ居ねえしな」
「ちなみにその面白いっていた人も、そういう気持ちなの?」
「…分かんねーけど。今までの女とは少し違うし、おもれーよ」

恋人って難しいんだな…。じゃあ私のこの気持ちがもし叶ったら、何て言う名前になるんだろうか。このケーキのように、甘ったるいくらい幸せな気持ちになるんだと思っていたけど、違うんだ。
…でも多分、五条が面白いっていうその人の事好きなんだろうな。

「んで、お前はどーなんだよ」
「え?」
「好きなヤツからホワイトデー貰ったのかよ」

また、その話。五条は好きな人の話を不意にふってくる。何故私は好きな人の前で、好きな人の話をしなきゃならんのだ。
…でもこれがバレてしまったら…。
伝えたい気持ちもあるけど、五条に好きな人らしい人間が居る存在を知った今、想いを伝えてここまで築いたこの関係が消えてしまうのも嫌だ。嫌いといって反抗してた気持ちから、少し素直に伝えられるようになったのに。複雑な気持ちの中、私はまた隠し通す事を選んだ。

「一応…貰ったけど」
「フーーン。どこまで進んだの?キスとかハグとかした?」
「キ、キキスなんてしない!ハグは…したけど」
「……してんじゃん。…つーかそれならイケんじゃね?告白すれば?」
「はえ?!いや、なんか好きな人が居るっぽいし…ってもうこの話、あんまりしたくない…」
「はあ??それ遊ばれてんじゃねーの?やめとけ、やめとけ」
「遊ばれて…って?」
「恋愛対象として見られてねーっつー事。お前が想う恋人ってレッテルを守りたいんだったら、やめとけ」
「………うん、分かった」

分かった、分かってる。
気づいてないだろうけど本人から否定されると、傷つくなあ。想いを告げるどうこうの前に振られてしまうなんて。
お腹が空いて空腹だったのに、何だか急にお腹いっぱいで、食べれなくなってしまった。



ビュッフェを、後にしてまた園内を回る。ずっとさっきの事が胸に突き刺さってる感じがして、気づけば呆けていたらしく五条から「さっきからボーっとしてるくね?疲れた?乗りもんも大体乗ったし帰る?」と聞かれた。
あまり周りを見てないようで見てて、ちょっとした所でも気遣ってくれるよなあ。
自分の表情筋が動いてないのに気づき、無理矢理笑顔を作って「あーうん、明日も早いもんね。帰ろっか」と言うと、そーだなと出口の方向に進路を変えて歩き出す。
ビュッフェから出た後も、五条は自然に私の手を絡めて握ってきた。お揃いの服で、お揃いのサングラス。側から見れば恋人だろうけど…そこに恋愛感情はない。ただの遊び。
ドキドキしていたこの気持ちさえ、何だか虚しくなってきた。もう言わなくても、答えは聞いたんだ。終わろう、この気持ちに。

風が強く靡いて私の髪を揺らす。繋がれていない手で髪をかき分けると、観覧車が見えた。
観覧車…本当は、乗りたかった。
観覧車で好きな人に告白すると叶う…硝子から教えて貰ったジンクス。
恋愛してる女の子なら絶対興味を持つもの。私には無理だなんて思ってても、頭のどっかで二人きりで観覧車に乗って、想いを伝える情景を想像していた。

「何、乗りたいの観覧車」
「へ、」
「急に立ち止まったから。乗る?」

うわ、無意識に立ち止まっていた。しかもまさか五条の方から乗ると誘われるとは思ってなかった。
……でも、いいんだ。
ジンクスなんて、所詮呪いのようなもの。彼に対して強制的な縛りを向けたくはない。
私の目を見る五条の目を見つめ、笑った。

「ううん、大丈夫。帰ろっか」

五条の手を握り、引っ張って前に歩き出す。少し後ろで歩く彼に、サングラス越しとはいえ目の前がぼやけてる姿は見せたくない。おさまれ、おさまれ。

握ってる手を更にぎゅっと握れば、五条は私の手を握り返してきた。


……………ばか。