つまみ食われる花





最近よく乙山さんと任務を任される事が多い。
彼が二級で私が三級で、階級が近いせいなのだろうか、めちゃくちゃ強い呪霊というより何なく祓いやすい呪霊の案件を一日に三本か四本くらい。そちらの方が祓う効率は良いだろう。
しかし性格上の相性は最悪で、任務の最低限の話しかしないし、ことある事に私の事を愚痴ってくる。
まあ私がたまにドジって呪霊に傷をつけられるのが悪いんだけど「名字の子は相変わらず出来損ないですね」とか「だから貴方は三級止まりなんですよ」やら。
乙山さんが私に向けている印象は理解しているから、別にそこまで気にしてないけど愚痴愚痴と言われると、私でも少し気が滅入って、たまにしんどい。
あー…任務の相手選べないのかなあ。
話しやすくて、任務が早く終わる人がいいなあ。夏油とか、五条……とか。
五条とはホワイトデーに間接的に振られてからあまり関わらないようにしてたけど、彼本人はそこまで意識していないようでバンバン話しかけてくるし、犬のようについて来る。…考えてる事よく分かんないなあ、ほんと。

***


今日の任務はお昼まで。
乙山さんは相変わらず任務を済ませ「お疲れ様でした」と挨拶し、私鉄に乗って何処かへ行ってしまった。

お昼から授業も今日は無いし、かと言って行きたい所も特に無い。大人しく帰って報告書提出しよう。…あ、そういえば前に夜蛾先生が高専で呪霊を試験的に飼ってると言っていたし、見に行こうかな。頭の中で今後の予定を考えてると、お腹がぐう〜と大きく鳴く。

あー…お腹すいたなあ、お昼ご飯どうしよう。

高専にいる時はお弁当作って食べるが、戻るまでこの空腹を我慢するのは辛い。音のなるお腹に手を添えて、途方もなくふらふら歩いていると五条と夏油が前に美味しいと話していたラーメン屋があった。

ラーメンかあ、ラーメンいいな。
麺を食べると言えばうどんや蕎麦派だ。小さいの頃にお腹が空いて夜中に食べていたらおじいちゃんから怒られ、それからラーメンを食べる事は少なくなくなった。多分、おじいちゃんは夜中に食べるなと言いたかったんだろう。ラーメンを食べると思うと、悪い事をしている気持ちがあるが、それが今はワクワクしている。

気持ちに行き先を任せ、ラーメン屋さんの扉に手をかけた。少し引っかかる古びたドアを開け、昔ながらのお店の中を見渡せば、お昼時だからかお客さんが多く、満員のようだった。
待つかなあ。空腹のお腹を摩っていると、店員のおばちゃんが「お一人様ですか?」と聞いてきたので、はい。と答えると「相席でも良ければ案内出来ますよ」と言われた。
「別に一人だし相席でも大丈夫ですよ」と答えると、おばちゃんはニコリと笑って「奥の席にどうぞ」案内してくれるようで着いていく事に。
相席の向かい側のお客様におばちゃんが「お客さん相席いい?」と聞くと、どーぞと答えた。良かった、優しいお客さんみたいで。
「失礼します」と答えて席に座ると、おばちゃんがお水を持ってきたので、ついでに「ラーメンを一つお願いします」と頼むと、あいよ!と返事をしてくれた。店員さんの印象も凄い良い、楽しみだなあラーメン!醤油ラーメンって言ってたっけなあ。

ワクワクしつつ、ふと向かい側の相席相手の顔を見ると、思わず目が釘付けになった。

全然意識してなかったけど、超絶イケメンだ…。

私の中のイケメンセンサーが働くのは五条以来だ。うわ…かっこいい顔してる。
五条とタイプは違うけれど、整った少し大人の雰囲気が出てる、かっこいいお兄さん。黒い艶のある髪の毛にキリッとした目、口元にある傷跡が魅惑の雰囲気を醸し出している。
あーあ、五条よりこのお兄さんの方を好きになった方が苦しくないのかなあ、なんて私らしくない現実逃避を考えたが、お兄さんの顔を見てもやっぱり五条の事を思い出すなんて全然諦められていない。
……しかし、ラーメン食べてるだけでかっこいいなんて、流石イケメン。
夢中になっていると、お兄さんと目が合い、咄嗟に思って目を逸らして店内を見渡す。やば、うわー…じっと見てたなんて変態に思われてないよね?
冷や汗をかいていると、おばちゃんが「ラーメンおまち!」とお待ちかねのラーメンがやってきた。

とっても美味しそう…!!
涎が垂れそうになる気持ちで一杯になっていると、おばちゃんから「髪の毛ついたら大変だからヘアゴムプレゼントするわね」と、ふわふわなピンクの小さなヘアゴムを頂くことに。ありがとうございます!と礼を言うと、優しい微笑みをおばちゃんは見せてくれた。…親切だし、とても愛想の良い人だなあ。
有り難く髪を束ねてポニーテルにして手を合わせた。

いただきます!



空腹もあってか直ぐに食べ尽くしてお腹を満たし、満足感で溢れ返る。
黄金色に輝くスープは絶品、麺の硬さも丁度よくて喉越し良い。なるほど、五条と夏油の言ってた通りだ。脳内で食レポしていると、向かい側の相席のイケメンのお兄さんが「あ、」と声をもらす。その声に無意識に反応し、顔をお兄さんに向けると「お前、まさか名字?」と言ってきた。

…え?このイケメンのお兄さん、私の事知ってるの?

何故と言いたかった脳内より先に、ハイと肯定の言葉が出てしまった。言って良かったのかな?もしかして呪術師の方とか?
しかし、この人から呪力が感じられない。それも不思議なくらい、感じない。普通非呪術師であっても、乱れた微塵子並みの呪力が感じられるのに、この人からは全く感じられなかった。

「あの…どこかで会いました?」
「あー…まあ、それより、俺財布忘れたから一緒に払ってくんねー?」

お兄さんは悪い笑顔をこちらに向けて伝票を渡してきた。
…イケメンは大体クズと硝子は言ってたが、その通りかもしれない。五条も、このお兄さんも、少し似てる雰囲気があるなと思ったけど、それか。
相手は私を知ってるらしいが私は知らないのに、何故払わなきゃならんのだ。
あのねえ…と一言文句を言おうとすると、後ろから「いい加減にしろよ!!」と大きな声が店内に響き、驚きのあまり肩が上がった。

何事かと思って振り返れば、カウンター席でお客さん同士が揉めている。言い合う会話から聞こえるのは、さっきから肩が当たってるだの、そっちこそ食べる咀嚼音がうるさいだの。
…なんで譲り合ってご飯も食べれないのかなあ、この人達は。店員のおばちゃんも困った顔をして、お客さんを止めようとしている。
おばちゃんを困らせるなんて…サイッテー。
はあ、と溜息を吐いて客の間に入り「あの、もう出るんで、どちらかあっちで食べてくれません?」と言うと、あぁ?とこちらに怪訝な顔を向けられて、はあ?と胸ぐらを掴んでやろうと手を伸ばせば、その手を後ろから包み込まれた。

「お前が掴むのは胸ぐらじゃなくてコレな」

背後から先程のお兄さんが私の手に伝票を握らせて「おばちゃん、会計よろしく〜」とおばちゃんに声をかけた。そのままレジへと後ろから私の背中を押して歩かせてくる。
ちょっと!と言いたかったが、耳元で「呪力の波が乱れてんぞ」と言われて、口を閉じた。

……さっきから気配さえも全然感じないのに。

お会計、1480円也。千円札を二枚出せば、お釣りの520円をお兄さんが受け取った。
ちょっと、それ私のお金!


***


外に出ると、お兄さんは近くの自販機の所で歩みを止めた。「お前は何にする?」と言いながらコーヒーのボタンをぽちと押していたので「青い、缶コーヒーで」と言えば、出てきた缶コーヒーを渡してきたので、蓋を開けて飲む。

…ありがとうは言わない…私のお金、勝手に使ってるし。

しかし何なの、この人。横目で見ると、視線に気が付いた様で「名字家の人間が出てきたとは聞いてたが、こんなガキだったとはな」とニヤリと笑った。お兄さんの話を聞く限り、私の目を見て察したのか…あ、そういえば高専の服だし、呪術師として働いているのなら分かるのか。

「お兄さん、名前教えてください」

まだこの人の名前聞いてなかった。呪術師ならいつかまたどこかで会うだろうが、私だけ知られていて私がお兄さんを知らないのはフェアじゃない。

「あーそういや言ってなかっけか。伏黒だ」
「フシグロさん?……伏黒さんも呪術師なんですか?私この業界の人、よく知らないので存じ上げなくてすみません」
「呪術師界で有名なヤツなんてよっぽど強いヤツくらいだろ。お前くらいの歳に五条悟ってやつ居るだろ?ソイツとか」
「伏黒さんでも五条の事、知ってるんだ」
「アイツの目と術式の組み合わせは、ウン百年ぶりだしな」

いつだったか五条が自慢げに自分に懸賞金かけられてたって話してたっけな。その桁、億単位だった気がする。何で多額の懸賞金がかかってるんだろうと、自慢する五条に苛立ちを覚えた事もあったが五条の実力を知っている今、伏黒さんの話を聞いて更に実感味が出た。

「ちなみに私も有名なんですか?そんな強くないですよ?」
「そりゃあ有名だぞ?なんってったってあの五条家から盗み働いた一家だしな。それに昔から呪詛師の素質があった。…お前、さっきの態度といい呪詛師の方が向いてんじゃねーか?やる?」
「……別にさっきは一言言ってやろうと思ってただけで危害を加えようとは思ってません。というか…もしかして貴方、呪詛師…?」

呪詛師になれば?と勧誘するなんて、呪術師としては有り得ない事だ。しかし、先程と同じくこの人からは呪力が全く感じられない。けれど私の呪力をどういうわけか感じ取っている。
呪術師?呪詛師?非呪術師?…どういうこと?謎だらけだ。この人と戦って、勝てるか分からない。先の見えない展開に冷や汗が出る。

「別に?俺は金積まれればやるだけだよ」

伏黒さんは缶コーヒーを片手に、両手をヒラヒラと上げる。別に攻撃心はないみたいで、ホッと胸を撫で下ろした。
フッと笑った伏黒さんは空になった缶コーヒーを投げれば、宙を舞い気持ちの良いくらい綺麗に空き缶のゴミ箱に入る。

「…お前、五条悟と知り合いなのか?」
「知り合いというか、クラスメイトですけど」
「へえ…えらく気に入られてるんだな、五条の坊ちゃんによ」
「は?!気に入られてなんて無いです!あの人、いつも私にちょっかいかけて意地悪してくるし、我儘だし!」

悪口言ってきたり、苛めたり…最近はよく触れてくる。それもオモチャのような感覚で意地悪をしているって事は分かってる。好きだった気持ちさえ、五条は受ける事もなく、私を振った馬鹿なやつ。もう五条の事なんか、諦めるって決めて、あまり関わらないようにしていたのに、相変わらずちょっかいをかけてくる、本当に馬鹿な奴なんだ。
……そんな相手に本気で恋してる私は、更に馬鹿なんだろうけど。

「……ハッ、青いな」
「?どういうことです?」
「誘惑術師が現れたって聞いて、どんな美人かと思えばまだまだガキだし、あと五年も待つのは面倒くせえけど立たねえもんなあ」
「え、よく分かんないんですけど?」
「……ちょっとこっち来て」

ガードレールに腰掛ける伏黒さんの元に近寄ると、いきなり引っ張られ腰に手を回される。驚いて手に持っていたコーヒーの缶が転げ落ち、カランと音がしてアスファルトに染みが出来た。
空いた両手で伏黒さんの肩に倒れ込まないように掴むと、至近距離で目と目が合い沈黙が生まれる。
……なんだか、やばい気がする。
離れようにも腰に回った手によって逃げられずにいると、右側の頬に伏黒さんの髪の毛がさらりと触れた。
何してるんですか、と言いたい声を出すことなく、首筋に柔らかくねっとりとした感覚が伝わって、思わず「んっ、」と声が出てしまい、伏黒さんの肩をぎゅっと掴む。首筋から熱が伝わり、身体中が熱く火照るようだ。
何が触れてるの?もしかして唇…?なんて考える暇もなく、チクッとした痛みが走る。身体がまた反応し肩を握れば、腰に回されていた手が私の両腰を持って距離を作る。
何が起こったのか分からないけど……少し、クラクラする。伏黒さんの顔を見れば、ニヤリと笑っていて、ふと胸元に違和感を感じた。
……ん?胸元?
はっと胸元を見れば、伏黒さんの手が私の胸を鷲掴んでむにむにと手のひらを動かしていた。

「お、意外とあんじゃん」
「へ、へんたい!!!!」

肩に置いていた手を勢いよく振りかざして頬にビンタを入れようとするが、手を掴まれてしまい動きがとれない。
この人、身体能力バカ強いじゃん…!!
睨むと、べぇっと舌を出してからかうような顔を向けてきた。

「ッ…ちょ、伏黒さん!」
「ちゃんと誘惑術師らしい顔出来んじゃん。もっと成長したら最高だろうな。なあ、相手してやってもいーぜ?」
「…やってやろーじゃん、ボコボコしてやる」
「ハッ、意味すら理解してねーのか。こりゃあ五条の坊主も手放さない訳だ」

意味を理解していないとは?さっきから言ってる事がよく分からない。しかも、急に…やっぱり首、舐められたよね…?先程感覚が走った場所に触れると、少し湿っている気がする。
あ。あ、ああ。
感情に整理が出来ず、ただただ顔が熱くなるばかりだ。伏黒さんはソレをみて「これって児ポ案件?大丈夫だよな、俺も警察に世話にはなりたくねーし」と腰を上げて、手のひらをヒラヒラと振った。

「子供の頃に習わなかったか?知らない人について行っちゃダメだって。お前、気許しすぎ」
「なっ…!」
「んじゃあな、誘惑術師。お前が成人して生き残ってたら相手してやるよ」
「あ、ちょっと!お金!」
「あー…多分あと12、3年したらお前の通ってる高校に俺の息子が入学するだろーから、その時にラーメン代受け取ってくれ」
「…え、はあ!?」


この人、妻子持ちなの?!それなのにあんな事するなんて……!! 

やっぱりイケメンはクズ!!!