上手くいかない花






四月、桜が舞う季節がやってきた。一年だった学年は、二年へと上がった。
新しい季節になると、新しい呪いも生まれて、相変わらず呪術師は忙しい日々を送っている。
今日も任務を二件ハシゴして帰り、シャワーで汗を流せば、廊下で悟のすれ違った。疲れも見せない顔で「ゲームしようぜ!」と言ってきたので、そのまま悟の部屋にお邪魔する事に。
…君も朝から二件任務だったのに、相変わらず元気だなあ。
なんでもスマブラのリベンジがしたいらしい。私の方が二勝上回っていたっけな。

「なー傑、見た?新しい一年のやつ」
「昨日挨拶したよ、良い子そうで良かったよ」
「でも女いねーじゃん。ツマンネー」
「硝子と名前が居るだろう?美人二人居て私は満足だよ」
「でもアイツらマジうるせーじゃん。もう少し大人しくてさあ〜こう…初心な感じのさあ……オモロいヤツとか」
「名前は初心じゃないか?まあでも最近ハグしてくれるようになったし嬉しいよ」
「はあ?誰が?ハグしてんの??」
「名前が私にさ」
「はあ?何アイツハグとかしてんだよ、イラつく」
「別にいいだろ?私からすれば癒しみたいなものさ」
「ふうん……。そういえばさ傑、名前ってもしかして可愛い?」

ちゅどーん。GAME SET。


テレビ画面に映る文字に、悟は「ウェーイ勝った」と勝利を喜んでいる。
…聞き間違いか?それとも、勝つ為の戦法?あの悟が自覚し始めている…?思わず悟の言葉に、得意なピーケーファイヤーを打つ手を止めてしまった。

「え……悟、好み変わった?」
「別に変わってないけど」
「でも前まで名前の事タイプじゃなかっただろ、何かあった?」
「別に…前にも可愛いなと思った事たまにあったんだけどさ、最近よく目で追っちまうんだよなー。小動物的みたいだからか?」
「まあ…確かに小動物っぽいけど」

今まであんなに名前の事を貶していたのに、唐突に言われたもんだ。

「そういえば、バレンタインの時に名前の事押し倒しちまったんだけどさ」
「… へえ?やるね悟」

そういえば、名前が前に言ってたなあ。あの頃は思い詰めた表情をたまに見せていて、それを見ていた悟も復雑な表情をしていた。
また何かやったんだろうなあと思っていたし、案の定名前に聞き出せば当たっていた。
悟は気持ちをどう表せばいいか分からず順番を飛ばした方法をする時があるから、彼女には許してやってくれとフォローをいれたが結局本人が何を考えていたのかはまだ聞いていなかった。

「ちなみに、何でそんな事したんだい」
「なんつーか……名前が好きなヤツ出来たとか言うから意味わかんなくて。気づいたら押し倒してた」
「意味わかんなくてって…そりゃあ名前も私達と同じ年頃の女の子だし、恋くらいするだろう?」
「でもさー、俺が見つけた時は右も左も分かんねーよーな弱いヤツだったのに、一丁前に強くなってってるし、しかも好きなヤツ作るとか…なんか腹立つじゃん?」
「それは結局悟のエゴじゃないか?」
「かもしんねーけど…。硝子からもさー、名前を幸せに出来るように助けてあげろって言われたけど、好きなヤツの話聞いてる感じ、游ばれてそうだったから止めとけって言っといた」
「……名前が止めると思うかい?」
「俺が言ったら止めるって言ってたけど?まあー名前もソイツと離れれば、少しはその男の本性分かんだろ」

……おいおいおい。自ら止めておけというなんて、諦めろと言っているようなものだ。一体何をやってるんだか。
それに名前も了承してる感じ、多分振られたと思い込んでいるに違いない。あー、誤解を解いてあげたいけれど、悟が言ってたなんて今の名前は納得しないだろうなあ。
しかし押し倒したなんて、ただ単に欲求不満な気持ちと感情が混じっているんだろうと思っていたが、理由を聞く感じ違うんだろう。

「もしかして悟、名前の事好きなんじゃないのか?」
「はあ?好きじゃねーよ」
「でも昔嫌いって言ってた時よりは、好きだろう?」
「そりゃあ…そーだけど。つーか好きっていうのがよく分かんねー。恋ってさ、好き〜ってこう、表に現れるもんじゃねーの?」
「人それぞれだよ、出ない人も居る。ちなみに私は名前が成長する事に嬉しさがあるよ。悟は違うんだろう?恋特有の、人に取られたくないって気持ちに似てると思うけど?」
「…わかんねー。傑は分かるのかよ?」
「私だって好きな人が出来たら悟と同じように他の人に取られたくない気持ちにもなるし、一緒に居て楽しかったり、他の子より可愛くみえたり、笑顔が見れただけで幸せな気持ちになるよ」
「…でもアイツに恋とかしねーよ」

クッパを巧みな技で扱いながらする話じゃないだろうと思いつつ、攻撃を避けてクッパに攻撃を与える。強いんだよなあ、クッパ。
悟が何故そこまで無理矢理にも無いというのか、このゲームが終わったら聞いてみようと考えてると、扉がノックされ「開いてるよー」という悟の声に応じて扉は開いた。

「あのー…五条?」

扉の方を見れば、ドアから少し顔を覗かせている名前の姿が見えた。噂をすれば。
今日はポニーテールなんだ、いつもは下ろしてるのに珍しいなあ、なんて目で見ていたら必殺技に当たってぶっ飛んだ。
あ、やばい。後一機になってしまった。

「どうしたの、名前。悟に用かい?」
「うん。一昨日の任務の報告書、出して無いでしょ?夜蛾先生が持って来いって」
「あーやべ、出すの忘れてた。確かベッドの所に置いてたから持ってって来んない?」
「悟、自分で渡しなよ」
「やだ傑に負けたくねえ」
「夏油いいよ別に。じゃあ…ちょっとお邪魔します」

部屋に入った名前は私と悟の後ろを通ってベッドの方まで行く。
……あ、またぶっ飛んだ。今日調子悪いなあ。
「ウェーイ二連勝!」と喜ぶ悟の傍ら、後ろで報告書を探す名前は「ねえコレ何?」と聞いてきたので後ろを振り返った。
彼女が手にしてたのは報告書とは別に正方形のパッケージのハートのデザインがされてある避妊具。何でそんなモノがベッドにあるんだ。もしかして悟、女連れ込んでいる…?

「あー…ゴムだよゴム」
「ちょ、悟」
「バレねーよ、アイツ頭悪いし知らねーだろ」
「ゴム?ヘアゴムなの?五条使うの?」
「ヘアゴムじゃねーよ」
「じゃあ輪ゴム?」

悟が小声で言った言葉の通り、名前は存在を知らないらしい。中高生ならそういう事に興味が出てきて存在くらいは周りから聞いたりするだろうが、彼女の場合は呪霊と生活してきたような人生だ。しかも勉強も苦手だしなあ。ヘアゴムと勘違いしてる辺り、ゴムという名称も知らないのだろう。
「何であるんだよ」とコッソリ聞けば「こういうオナり方もあるってネットで見たからやってみただけだっつーの。ほら、処理するの面倒だろ?」と言ってきた。…どこで潔癖出てきてるんだ。

「へえー…個別包裝なんて高価な輪ゴムだね」
「…なんつーか、財布の中に入れてたら金運上がるゴム?」
「何それ、いいなあ欲しい」
「一個あげてもいーけど」
「えっ本当?ありがとう」

嬉しそうな名前はポケットから取り出した四つ折り財布の奥のカードポケットのスペースに入れ込んでいる。そういえば中学の時にそんな噂あったなあ。
…しかし好きだろう子にコンドーム渡すなんて、どんな神経してるんだ。この二人はもう少し意識し合った方がいい。

はぁ。と思わず溜息が出つつ、ふと名前の首筋を見ると、目を疑う様な印が付いていた。

「……名前、その首どうしたの」
「えっ首?!」
「それ…キスマークじゃないか?」
「へっ?!」「はあ?!」

名前が驚くのと同時に悟も驚いて不機嫌な顔を見せる。
彼女の白い肌からくっきりとわかる様な赤く少し青みがある印が見えた。名前に限ってそんな事……まさかと悟と顔を合わせて彼女の方を見れば、顔がぶわっと赤く染まっていく。…え、噓でしょ?

「おい、好きなヤツ諦めるんじゃなかったんじゃねーのかよ?!名前のクセに何印つけられてんだ」
「ち、ちがっ!さっきお昼食べに行ったら、知らない呪術師さんが居て、その人がいきなり首に……多分、その時だと思う…」
「はあー?!知らねえ呪術師に何されてんだよ!誰だソイツ」
「伏黒さんって言ってたけど」
「伏黒ォ?…知らね、傑知ってる?」
「いや…知らないな」

伏黒という名前は聞いたことが無い。本当に呪術師なのか…?私達がその呪術師の存在を知らないと知った名前は、少し青ざめた顔をしている。見る感じ、言ったら知ってる人間だと思っていたんだろう。

「え、二人とも知らないの?その人五条の事は知ってたけど…」
「俺の六眼の話知ってるだけだろ。顔見りゃ術式分かるし会ったか思い出すんだけどな…」
「でも、何だか不思議な人だったよ。呪力が全然感じないの」
「へえ。格好は?どんな人だったんだい?」
「えー?うーんっと…口元の所に傷跡があって…えっと、一言で言えばイケメンさん?」
「はあ?イケメン?俺よりも?」
「へっ?!…いや、違っ」
「んで、顔に釣られて気許したわけ?」
「はあ!?違うもん!!馬鹿力の身体能力凄くて防げなかっただけだもん…!」

名前はしょんぼりと凹んだ顔を見せてきた。彼女が言ってる事は本当だろう。二人の間に入って、少し気が立っている悟にまあまあ落ち着いて。と仲介に入った。

「名前、その他にされた事は無いかい?大丈夫?」
「………………うん」
「なんだよその躊躇った言い方、ぜってー隠してんだろ!!!」
「悟、声大きいよ」
「うるせーよ傑」
「…だって、だって五条、胸揉まれたとか言ったらまた理不尽に怒るじゃん!」
「「はあ?!!」」

悟とほぼ同時に驚いてしまった。彼の顔を見れば、明らかに不機嫌な顔をしている。
……とんでもない事をしたな、その術師。しかし誰なんだろう、検討もつかない。

「ペチャパイ揉まれてんじゃねーよブス!」
「ペチャパイじゃないし!結構あるって言われたもん!」
「何喜んでんだよ意味わかんねー」
「喜んでないし!!咄嗟のことで分かんなかっただけだもん!」

姫とその術師の一部始終を見ていないから分からないけれど、悲しそうな名前の顔を見ていると、本当だし責めないでよと言ってるように見えた。まあ彼女自身、恋愛経験がなさすぎて防ぐ術を思いつかなかったんだろう。
それを理解出来ない様子の悟にも、仲直りの後押しとして、彼自身の想いを分からせてあげようじゃないか。全く……しょうがないなあ。

「そういえば、名前好きな人居るんだって?私にも教えてくれたら良かったのに」
「おい、傑。話逸らすなよ」
「いいだろ?名前ももう反省してるし。で、どうなんだい?」
「べ、別に…その話は、私もう諦める事にしたし、というか恋愛の話苦手だから、そういうのはっ…!」
「諦めるなんて勿体ないよ、名前が好きな人をその気にさせればいいだけの話。キスでもしてあげたら男は大体虜になるよ」

悟自身が名前をどう思ってるのか理解させる為には、ピンチという危機感を持たせてあげるくらい強制突破するしかないだろう。悟の気持ちも大事だが、彼女の気持ちも叶えるチャンスもあげたいしな。
しかし、名前は首をに振って顔を赤らめる。

「無理!やだ!しない!」
「つーかキスしたいとか思った事あんの?ガキが」
「こら、悟」
「なっ…!!あ、あるよ!あの…夏油の…」
「はあ?!傑?!」「えっ私かい?」
「夏油の持ってる、チューしよって言う呪霊ならキスしたいなって思った事あるもん!」
「「………」」

…全く、この子は。好きな男を差し置いて呪霊にキスしたいと宣言するなんて、流石誘惑術師というべきか。名前を呪霊とキスなんてさせたくは無いけれど、ここは少し悟に意地悪してみるか。

「いいよ、名前がしてみたいなら出してあげようか」
「えっ、いいの?!」
「はあ?何言ってんだよ傑」
「してみたいって言ってるんだから、やらせてあげるのも良いじゃないか。誘惑術師には勉強も必要なんだろう?」

私の言葉に「呪霊相手ならやりたい!」と名前は目を輝かせる。少しは抵抗すると思っていたが、ノリノリな彼女を見て、やっぱりやめます。なんて言いづらく、とりあえず呪霊を出して見る事に。
「わあ、久しぶり!」と名前は呪霊を抱きしめていて、ちらっと悟を見れば益々苛立ちを抑えきれないような顔をしていた。

「呪霊とキスするとか頭イカれてんじゃねーよ、やめとけ馬鹿」
「どーせ私は頭イカれてる馬鹿ですよ!五条には関係ないんだからほっといてよ!」

悟も素直にならないなあ。上手くいくかなあと思ったのに、この二人の関係をくっつけるには中々手強そうだ。
彼女の願いも叶えてあげたいが、最後はやはり男として悟の気持ちを応援してあげたい。どうにかしてフォローを入れよう。
しかしどうフォローするか…悩んでいると、悟は立ち上がって名前に寄り、呪霊から引き離した。肩を掴まれた事に名前は不機嫌な顔を見せる。

「ちょっと、何」
「呪霊相手なら俺とも出来んだろ、俺に先にしてからにしとけ。ついでに名前のちっせー胸も仕方ねーから揉んでやるよ」
「は…はあ?!意味わかんない!その態度、何様のつもりなの!」
「お前が変な男に引っかからねー様にしてんだよ!」
「五条とするくらいなら呪霊とする!てか五条も、気になる人居るんだったら、その人としてよ!」
「ああ?!……うるせーよ、ばーか!出てけ!」
「言われなくても出ていきます!ばーか!!」

言い合いをしているが、きっちり悟の報告書を回収した姫はバン!!と扉が勢いよく閉めた。
あーあ。最近喧嘩っぽい事、少なくなってたのに……まあ、この状況を作り出した私にも責任がある。
しかし、悟もいい加減自分の感情に気づけばいいのに。扉の方を向いてる悟に背後から背中を叩いた。

「悟、悪かったね。名前を止めてくれてたのに」
「傑…やっぱり違うだろ、呪霊にキスしたくなる馬鹿なんて好きになるわけねーだろ…」

彼の耳は真っ赤になっていた。感情の処理が追いついていないらしい。否定したいけど、肯定する程の気持ちが溢れかえっているのだろう。少し急かし過ぎたかな…まあ、これ以上は焦る事はないだろう。
……自分の気持ちに気づかないと、何も始まらないよ。

「悟、ゆっくり考えればいいさ。応援するから」
「つーか、アイツ、うなじ綺麗すぎ」
「…どこ見てるんだよ」

やっぱり悟には名前を渡したくないなあ。
もうちょっとこの関係を見守っておこう。


* * * * *



一年前、俺は気にしなくていいといったのに、名前は自ら勝手に呪いを纏った。

高専に入学して少し経ったある日、先生から一つの任務を言い渡された。
とある高校に呪霊を集めている者がいる。蠅頭や四級ばかりの呪霊だが、いつ大事になるか分からない。原因は未だ不明で、もしかすると呪詛師の可能性もある、身を引き締めてかかれ。
…なーんてあのゴリラ先生は言ってたけど、んなモン俺と傑だったら一発KOで終わらせれるっつーの。余裕の気持ちで任務先である高校に向かえば、丁度吸い寄せられるように校内へ向かう呪霊を見つけた。
宙に飛んでソイツを祓い、ふと教室の窓を見れば呪霊に襲われてる女が一人。窓を蹴破り中に入って襲う呪霊を祓えば、古びた教室にたわった女と目があった。
…綺麗な、淡いピンクの花の様な、俺と同じ変わった目の色。その瞬間、流れてくるコイツの術式の情報。そして、知らない記憶がフラッシュバックする。

「五条様、私はいつまでも貴方を愛しております」

そういえば、この目とこの術式の話、どっかで聞いた事がある。昔の記憶を頭の片隅から引っ張り出すとクソ面倒な話だった。
確か俺ん家が所有してた特級呪具を盜んで逃げた家系の人間って話だった。
あー、この女が公に出ればウチの家系は黙っちゃいない。それに呪術界隈にも昔の噂話は広まっているはず。粗相した呪術師なんて肩身狭いだろうな、つーか呪詛師並みの事やってた訳だし。
色々な考えを巡らせている中、ポカンと俺の事を見つめるその女に一応呪詛師か聞いてみると「ジュソシって何ですか?」と呪術というものを理解していないようだった。
とりあえず呪詛師じゃないだけ面倒事が一つ減った。
…しかしここで出会った以上、この事を隠蔽したとしても高専にコイツの存在が知れ渡るのも時間の問題。一般人と同じ世界に戻っても、この女は何処かしらで呪術界隈に足を突っ込む事になるだろう。
なら、もういっそのこと突っ込んでしまえばいい。呪術師の世界は生きづらいだろうけど、今思えば、何処かで守ってやりたいとは思っていた。

とは言え、名前が高専に転入してから五条家の連中は俺の知らない所でアイツにちょっかいをかけているようで、頻繁に高専に立ち寄っていた。家の連中が高専に来た時に名前が俺と連中から逃げ回っていたの、知ってんだからな。
今はあまり高専に来る事も少なくなったし、アイツの事にちょっかいかけてるの止めてたらいいんだが。
とりあえず五条家のジジババや呪術界の上の連中は、また赤阪家が何かしでかすんじゃないかと恐れているらしい。

その証拠に名前の等級は三級のまま。三月末、突然現れた呪霊の任務に先に向かった名前をサポートするべく遅れて到着すると、準一級並みの呪術師が倒すだろう呪霊を一人で倒して「五条遅いじゃん。でも三級くらいの強さだったから一人で良かったかも」なんて言いながら笑って待っていた。
レベルバグってんじゃねーよ馬鹿。
…名前は着実に強くなっていってる。それを上は恐れている。

そして、もう一つ恐れている理由。
名字家がまた、五条家を誑かすんじゃないかと言う可能性を恐れているらしい。
出会ってから、助けてやったのに生意気な態度をとる名前に苛ついて反論すれば、いつもアイツは「嫌い!五条のことなんて嫌い!」と俺に怒って一緒にいる事さえしなかった。その時に少し安心した。
ああ、俺もアイツも好みのタイプじゃねーんだな。そりゃあ好都合、噂される心配はないだろう。それに俺がアイツの誘惑の術式に負けるなんて絶対に無い。それは強くなってっている現状でも思う。

しかし一年の月日が流れて惹かれなかったものにいつしか惹かれていた。
名前もいつの間にか俺に対して嫌いなんて言葉を放つ事は少なくなっていった。生意気な態度も少なくなって、俺に向けていた顔は怒ってる顔より笑ってる顔を向ける事が多くなった。
どんどん成長する名前に対して、意味の分からないモヤモヤが襲う。いつからだったか。多分、初めてアイツが泣いてる所を見た時辺りだった気がする。
……泣くなよ、笑えよ。俺の隣で笑っていてほしい。泣くなら俺の胸で泣いてほしい。他の所になんか行って欲しくない。
俺の中をこんなにも掻き乱すなんて、中々面白いヤツだなと、月日が経っていくにつれて思った。怒ったり、笑ったり、泣いたり一緒に居るだけで、楽しい気持ちになる。

傑は、それを好きと、恋と呼ぶモノなんじゃないかと言っていた。…しかしこんな感情を持ったのは初めてだし、よく分かんねー。
……言葉にするにはまだ分からないけど、そんな名前に夢中になっている自分がいる事に気づいた。

名前は未だに五条家に対して責任を感じている。無くなった呪具を取り戻すまでは、多分頭が上がらないんだろう。腐った蜜柑みてーな連中の言う通りに気にするなんて馬鹿だなあと思う。
そしてそんな腐った縛りを作ったのは名前自身だ。
呪具が見つかり晴れて自由の身になれば、多分俺の近くから居なくなるだろう。
好きな人も居ると言っていた。けど、恋愛初心者のアイツには少し面倒そうな男を好きになっているようで多分泣いて終わるのがオチだろうと、やめておけと伝えた。

正直、出来るのであれば泣いてほしくない。
名前が望むんなら、上の連中からも守ってやる。名前が面倒そうな好きな男よりも一緒に居て楽しいと思わせてあげたい。
………無くなった特級呪具なんてずっと見つからなければいい。

よく分からないけど、これだけは言える。

俺のそばにいて欲しい。それだけだ。