気になる花







一級呪霊が発見され山梨の山中へ冥さんと任務へ向かい、指定された条件の時間迄待つ事に。
携帯からピピピと通知音が鳴り携帯を開いてメールを見ていると、指定時刻が近づいているらしく、山へと続く入り口で三好谷さんから「帳を下ろしますね」と合図され携帯を閉じた。

「メールかい?」

帳が下りるのを見上げる冥さんから声をかけられた。

「はい。五条から土産忘れるなって連絡です。アイツの方が出張多いのに」
「ふふふ、可愛いねえ。……そういえば名前ちゃんは五条君に惚れてるのかな?」
「えっ?!……ち、違います!」
「前から思ってたけど、君の五条君に向ける表情が凄く可愛いからそうじゃないかと思ってたんだ。隠さなくたって良いよ」
「え……私そんなに分かりやすいです?」
「ふふ、私の目は誤魔化せないよ。しかし私は夏油君の方がよっぽど魅力的だと思うけど、五条君のどこに惚れたんだい?」
「どこと言われましても……あの、一目惚れで」
「それは野暮な事を聞いたね。しかし誘惑術師が一目で恋に落ちる男とは思えないけどねぇ」
「あのっこの事は秘密にしてください…!五条家にもご迷惑をかけたくないんです……。それに、この片想いも終わらせようと思ってますから」
「別に言いふらすなんて事はしないよ。それに終わらせるなんて勿体ない、お似合いだと思うけどね」
「そんなこと無いですよ…」
「そう?五条君も君がお気に入りみたいだけどね」

大人な笑みを向ける冥さんは自信持っていいよと言うが、それは違うと思う。オモチャとしてであればお気に入りなのかもしれないけど。
そう、結局お遊び。私は彼にとって遊びの道具なんだ。私は人形ではないし、誰かに操られる人生なんて嫌だ。決めるなら、自分で決めたい。
今だって歴史的な因縁のせいで苦しいが、それも早く解決させて嫌な目線を向けられるこの環境から逃れたい……が、中々手がかりは見つからず一年経ってしまった。
気分が暗くなっていくが、今は任務。過去の問題を考える前に、今、私がやるべき事は呪霊を倒す事。

「…さて、話はこれくらいにしてそろそろ始めようか。呪霊のお出ましだよ」
「…はい!」

* *


任務はとんとん拍子で終わった。そもそも三級の私が冥さんのサポートをしているのが少しおかしい。サポートするなら準一級か二級のポジションの人を選定するべきでは…?
しかし帰りの車の中で冥さんから「もう準一級並みの強さがあるんじゃないか?私から推薦しておくよ」と言われ少し驚いた。
え、そんなに強いのかな私?…というか推薦とは?と、はてなマークを頭に掲げると、昇格には推薦が必要なんだと教えてくれた。
そうなんだ…でもまさか冥さんから推薦されるなんて…!
心の底から感謝を伝えると「将来稼いだお金で返してもらえれば問題ないよ」と手でお金のサインをした。
あ、お金取るんですね…。

冥さんは私に対して良くしてくれる。任務も、鍛錬も、お願いすれば私の場合は基本後払い請求だけど凄く親身になってくれる。冥さんに頼むのに後払い方法があるなんて聞いた事が無く「どうして私だけ後払いで良いんですか?」と聞くと「あの五条家から一億円並みの価値がある呪具を盗んだんだよ?君の術式は魅力的だ。可愛い後輩に免じて利子もまけてあげる」って言ってたっけなあ。


* * *



任務を終えた次の日。

「えっ、制服って自分好みに出来るの?!」

夜蛾先生に昨日の報告書を出す為、教員室へ行くと夜蛾先生の机に置いてあった制服のデザイン希望用紙というのが目に入った。
そんな…私がここに転入してきた時、硝子と同じデザインで気にも留めていなかったが、まさか希望する事が出来たなんて。そういえば夏油のボトム、ヤンキー感あるもんな…。
夜蛾先生に「私も希望出したいんですけど…」と小声で聞いてみると「新入生の夏服希望分の回収がまだだから一緒に集めてくれないか」と言われ、用紙を貰った。

早速教室に戻って机に向かって用紙に希望を書き連ねると、いつの間にか居た五条が「何ソレ」とゾウさんが描かれたミルクティーの紙パックを飲みながら覗き込んできた。
……ミルクって、牛乳って。まだ身長伸ばす気なのかこの人。それかただ単に甘いもの摂取したいだけなのか。

「制服、デザイン希望出来るって知らなくてさ。もっと動きやすいのが良いから変えようかなと思って」
「そういや名前が途中で転入してきた時、俺が勝手に硝子と一緒でいいだろって言っといたわ」
「あんたのせいだったのか…!!」

最初に言ってくれたら良かったのに…!
「何で言ってくれなかったの!」と問いかけると「どうでもいーだろ制服なんて。俺なんてノーマルなやつだし」と隣の硝子の席に座って文句を言ってきた。
まあ入った当初、私の頭に利便性なんて考えないだろうけど、こういう情報は知っておきたい。
何故なら一年この制服を着ていた今、不満があるからだ。それは術式ではなくて、呪力を使った動きの際に感じる。
元々運動は嫌いじゃないけれど今まで体育の授業の時しか運動はしてなかったし、まさか戦闘の立ち回りなんて勉強するわけもなく、ここに来て凄く扱かれた。
夜蛾先生の呪骸相手に呪力を乗せる練習や呪具を使う練習をずっとやってきたわけだけれど、どうも今の制服だと動きづらい。ジャージは動きやすいけれど、フィットしてる方が好きだし、スカートはもうちょっとフリルがあった方が邪魔にならなくて良い。中にスパッツ履けば問題ないし、それにタイツも今まで通りに履けば捲れる心配も無いし大丈夫だろう。
こんなに感じで…と不満を改善するべく希望をイラストで分かりやすく描こうとすると「それじゃパンツ見えんじゃねーの」なんて一々文句を言うを言ってくる五条に逐一反論するのも面倒でいいの!と一言言い返した。

……というか最近五条がよく話しかけてくるの、何でなの?
ホワイトデーの時に五条に気になる人がいる事を知ってから、早めに諦めようと五条には用がある時以外は関わらず、稽古に集中した。一人の時間が増えて一層稽古に集中し、冥さんからアドバイスをいただき、呪力の使い方に特訓を重ねていた。おかげで最近稽古の成果を身を通じて実感する時がある。
…しかし、こちらは関わらないようにしてるのに、五条と会えば用がないのにも関わらず着いてくる。
この前も伏黒さんに会った一件で言い合いになり、五条は俺とキスしろなんて言ってきた。突然の事で意味が分からずに出てったけど、今考えても彼が何を考えてたのか分からない。
この人、間接的とはいえ私の事振ったの覚えてないの?もしくは暇か?暇なのか?
そんな暇があるんなら気になる子を落とすのに頑張れば?……なんて虚しくなるから言わないけど。
ああー、やっぱり気になる子って好きって事だよなあ。五条が好きになる女の子、絶世の美女で多分胸が大きいグラビアみたいな子なんだろうな。
ちょっと見てみたいけど、落ち込むから見たくない……。

書き終わって立ち上がると五条が「どこいくの」と聞いてくるので「一年の分も集めて来いって先生に言われたから、取りに行く」と言えば「んじゃあ俺も行くわ」と五条も一緒に教室を出た。
…なんで着いてくるの。ほんと、忘れる事も忘れられないじゃん。



一年生の教室の扉を開けてお邪魔しまーすと中に入れば、可愛いらしい一年生二人…の一人はめちゃくちゃ怪訝そうな顔してるけど。

「あ!名前ちゃん先輩!お疲れ様です!」
「やあやあ、灰原お疲れ様」
「何なの、お前らのその関係…」

胸を張って灰原に手を振り挨拶すれば、五条がうげえと白けた顔をした。
今まで先輩と呼ばれた事が無かった私は、人生初めて後輩と呼べるような関係性をここで作るチャンスだ!と思うと、ワクワクがたまらなかった。
灰原と出会った時に「よろしくお願いします名字さん!」と満面の笑みで言われた時に苗字で呼ばれた事に、後輩が出来た嬉しさとは別に、違和感を持った。
思えば高専の人たちは気を遣ってか私を名前で呼んでくれる人が多い。灰原は非術師の家系で育ったらしいから、名字家の問題も知らないんだろう。別に知ってほしい訳ではないし、指摘するつもりも無いけど何だか距離感感じるんだよなあ…。
うーんっと悩んで、一つお願いをしたした。

「苗字で呼ばれると堅苦しいから、名前で呼んで欲しいな」
「んー…じゃあ名前さんっていうよりは名前ちゃん先輩って感じなんで、それでも良いですか?」
「名前ちゃんせんぱい……か…!」

灰原のアイデアの新しい響きに胸が踊り、良かろう!といえば「ハイ!よろしくお願いします!名前ちゃん先輩!」と元気な声で返してきてくれた。
高専に来て、仲間、友達、後輩と人間の輪が広がってとっても嬉しい。はぁああ…!後輩ってこんなに可愛いんだ…!

「俺、名前ちゃん先輩の事尊敬してます!夏油さんの次に!」
「えっ夏油の次なの?!」
「プッ、傑に負けてやんの」
「うううるさい!でも夏油の次だから五条には勝ってるし!」
「あの、そろそろ静かにしてもらえます?特に名字さん、うるさいです」

言い合う中、低いテノーボイスが間に入った。灰原の隣の席でさっきから本を読んでいる七海。
私はあまり七海の事が好きじゃないし、多分彼も私の事が好きじゃない。私に対して間違ってる所はすぐ指摘するし、優しくない。そしてノリの悪さは七海の特徴的な所だ。しかも名前で呼んで欲しいな!と彼にも言ったはずなのに、七海は頑なに呼ばない。

「相変わらずノリ悪ィな七海ィ」
「私は可愛い後輩達の制服希望届けを貰いに来たんだけどなあ〜七海ぃ」
「希望届けならさっき夜蛾先生へ提出しましたよ。後は名字さんの分だけと言ってましたけど」
「え、うそっ!?やばっまたチャンス逃すじゃん!!」
「はあ?また移動すんの?ったく、忙しいヤツだな」

行くよ!と五条に言えば、今なら教員室じゃなくて拝殿の方だろ、と先を指差したので、向かう為に一年の教室を後にした。



「なんだ、お前ら二人揃って」

拝殿へと向かえば、夜蛾先生はチクチクと針を持って綿を丸く形を整えていた。
ちょっと待って……私なんで五条連れてきたんだ。
無意識に彼を連れてきた自分に呆れつつ夜蛾先生にデザイン希望書を渡し、ほっと息を吐いた。間に合ってよかった。
夜蛾先生は私と五条の姿を見て、チクチクと針動かしていた指を止めた。

「お前ら去年と比較すると随分と仲良くなったな。もう無駄な喧嘩はするんじゃないぞ」
「先生ぇ〜僕は別に喧嘩するつもりじゃなかったです〜。ただ名前ちゃんが生意気な事言ってくるからしょうがなく乗っただけで〜す」
「せ、先生!私も別に喧嘩するつもりじゃなかったんです!五条君が私に対して意地悪や煽ったりしてくるので、仕方なく指摘しただけです!」
「似た物同士が何を言ってるんだ」
「に、似た物同士?!いやいやいや!!五条となんて似てないです!」
「俺だってオメーみてーに赤点満点じゃねーし?似てねーし」
「なっ…!」

五条の言葉に反論出来ずに頬を膨らませれば、五条はケラケラと笑いながら頬を突いてくる。やめてよ、と払おうとするが、その手は当たらずニヤニヤと笑った顔を見せてきた。
くそう…!いっつもいつも五条の掌の上で転がされているようで悔しい……!!
私と五条の様子を見た夜蛾先生は「仲が良いのは嬉しいが、喧嘩は喧嘩でも痴話喧嘩は他所でやってくれ」と言った。夜蛾先生には私と五条がイチャイチャしながらくだらない喧嘩をしているように見えているらしい。

「ち、痴話喧嘩じゃないです!」

無駄に大きな声で反論してしまい、居辛くなって一礼して拝殿から出ようとすると、背後から夜蛾先生が名前、と声をかけるので振り向いた。

「は、はいっ?」
「遅くなったが…明日の休日申請、大丈夫だったからゆっくりしてこい」
「あ…はい、あ、ありがとうございます」

また一礼し拝殿から出ると、反省で頭がいっぱいになり羞恥が私を襲う。
……何先生にムキになって反論してるんだ、私!
あそこは冷静に五条とはそんな痴話喧嘩するような関係では絶対無いですからと対処すれば……ううん、それも何だか自意識過剰みたいだな…どうすればよかったんだろう。
頬を触れば、火照った温度が手に伝わり、自分の不器用さにため息が出た。すると背後からオイと私を悩ます彼から声をかけられた。

「なー明日休むの?なんで?」
「…別にいいでしょ、ちょっと用事があるの」
「用事ってなに」
「用事は用事!」

答えるまで聞いてくる五条の我の強さが謎だ。人には言いたくない事もあるはずなのに、彼は答えが出るまで聞いてくる。強制的に終わらせれば、今の彼の顔の表情の通り、少し不機嫌な顔を見せてきた。
何故五条は痴話喧嘩って言葉に何にも反応せず、私の明日の用事に反応するの…?
この無意識我儘王子に、私はいつも惑わされてばかりだ。

***


落ち着きを戻し、今日の予定を思い出すが大事な用は済ませたし、もうやる事はない。五条と居るのは自分の決意がどんどん揺らいでしまってダメだと考え、部屋に帰ろうかなと拝殿から寮へと繋がる廊下へと移動するが、横を見るとまだ五条はついてくる。

「……ねえ、そろそろ自分の部屋に戻ろうと思うんだけど」
「部屋?そーいや名前の部屋行ったことねーし行くか」
「は!?いや……いやいや散らかってるし、無理無理無理!入れる事出来ないです!ハイ、お疲れ様でした!」
「はあ?いーだろ別に。お前のゴミ屋敷見てやるよ」
「ゴミ屋敷ではないもん!ほら女子寮入るのはちょっとさ……?」
「なんで女子寮入っちゃダメなんだよ。俺、前に硝子の部屋入ったことあるし」
「えっ、いつ?!」
「去年。お前が任務の時に傑と三人で硝子の部屋で酒呑みした」
「酒呑み?……ああそういえば…」

前に四人で鍋パーティーした時に硝子が三人で呑んだって言ってたっけ。でもあの時は夏油が居たとして、女子の部屋に何の躊躇いも無く行く五条は少しおかしいんじゃないか?……それとも、こういうのは馴れているんだろうか。
意味のわからないモヤモヤが心の中に現れていると「あ、そういやまだ昨日のお土産貰ってねーや。て、事で行くぞ」と言われ、どうにか言い訳を考えている間に彼は待つ事を覚えず、腕を引っ張られて女子寮に向かう事になった。

高専の寮は談話室等の共有スペースを挟んで男女の部屋が別れている。高専の寮にはアラフィフと明言する女性の寮監さんが一人、女子寮の入り口の部屋に住んでは居るが、何とものほほんとした性格をしており、やんちゃな事をやっても元気だねえと、のほほんと見逃してくれる。
今だって寮監さんと女子寮の入り口ですれ違えば「名前ちゃん五条くん、今日も元気だねえ」と呑気な事を言っていた。寮監さん、今この人女子寮入ってますよ?!私この人に無理矢理連れられてますよ?!

共有スペースから女子寮の廊下を渡り、二階へと繋ぐ階段の分かれ道で「お前の部屋どこ?」と聞かれ、案内せざる終えない状況になり一階の一番端の自室に案内する。本当は二階の硝子の部屋の隣が良かったけど、四年の先輩が使ってるらしい。
自室の扉をあけ、中に入って部屋の中を見渡す五条は驚いていた。

「なんだよ、全然散らかってねーじゃん。寧ろ物なさすぎ。テレビもねーし、何してんの?」

それもそのはず、私の部屋にはベッドと勉強机、テーブルと洋服棚くらいしか大きな家具はない。前から物は少なかったし、買う事もなんだか躊躇って買えなかった。
しかしここに来て増えた物もあって、勉強机の上には以前五条とランドで一緒に行った時に撮った写真と、硝子と歌姫さんと一緒に撮ったプリクラを飾って、勉強机の上は勉強する机ではなく、高専で出来た思い出を残す棚として形を成していた。
逆に洋服棚の上には以前住んでいた家から持ってきた父と祖父の位牌を気持ち程度の仏壇を作って置き、今まで使っていた形見の眼鏡を一緒飾っている。

「テレビは談話室にあるし。携帯ラジオはあるからたまにラジオ聴いたりはしてるよ?でもやっぱり雑音が多いのは疲れるから、普段は窓開けて自然の音聴きいてるの。あとは硝子から借りた雑誌読んだり…たまに先生から蠅頭借りて一緒に遊んだりしてる」
「ふーん呪霊一匹飼えば?許してくれんじゃね?」
「殆ど任務で会えないから飼育出来ないし難しいよ」

叶う事なら一緒に過ごしたいけど、二年に上がってから任務で部屋に帰らない日も出てきた。
それに呪霊といる時間が増えると、祓うのに躊躇いが出てしまいそうになるからあまり触れない様にしていた。

部屋の扉を閉めて、奥の窓を開け空気を入れ替える。近くに桜の木が植えてあり、木々が揺れて柔らかな風の音が囁き、たまに桜の花びらが外からヒラヒラと入ってくる。……この季節は好きだ。

昨日の買ったお土産の中から五条用の土産を探し見つけると、後ろからギシッという音がする。ふと振り返れば、ベッドに寝転ぶ五条の姿が目に入った。

「ほらこれお土産」
「あーさんきゅ、そこ置いといて」
「ねえちょっと…勝手に人のベッドで横にならないでよ」
「お前だって俺のベッドで寝てただろ。てか狭くね?このベッド」

確かに五条には狭そうな、シングルベッド。彼のベッドはあれはクイーンサイズはあったもんなあ。
「文句を言うなら寝ないでよね」と言えば「文句ないでーす」と布団に包まった。どうやらこの部屋に居座るつもりのようだ。多分いくら言ってもこの我儘五条は出て行かないだろう…埒があかない。
しかし私だって暇ではないし、自分の決意の為に極力関わりたくはない。無視して明日の為にやらなきゃいけない事をやってしまおう。
ベッドサイドに座って明日の準備をする為にバックの中身を確かめていると「明日どっか行くの?」と後ろから聞かれた。

「別に…何処でもいいでしょ」
「明日何処行くか何の用事なのか教えてくんねーとここで寝る〜」

布団に包まりながら枕を抱きしめる彼の我儘に腹が立ちながらも、私のスペースに彼が居る事、そして私がいつも使っている物に彼が触れている事に恥ずかしさが込み上げる。
…ああもう!胸がぎゅっとなっちゃうのどうにかして!
それに明日の事は家族の話だから、他の誰かに言うのもなあと思ってたのだ。

「……明日おじいちゃんの三回忌なの。もう家もないし家族も私一人だけだし、お墓参りだけになっちゃうけど。自分で選んだ道ちゃんと進んでるよって報告もかねて行ってくるだけ」
「ふーーん…オレも行っちゃダメ?」
「五条が行ったら、おじいちゃんビックリでしょ……大丈夫、一人で行ってくる」

いつもの五条なら俺も行く!と強引にでもついて来そうだが、私の言葉を聞いて「…ふーん。いってら」と素直に納得していた。
あれだけ五条家とは関わるなと言ってたおじいちゃんが、今私と五条が一緒に居る事を知ったらビックリするだろうなあ。それに関わるなって言われた人に恋しちゃった事も報告したら、どう思うだろうか。怒るだろうし、悲しむかもしれない……。
けれど私はこの道を選んだ事に後悔はしていない。だから、心配しなくて良いよとおじいちゃんに伝えてあげよう。
この恋心も…もうやめるから、大丈夫だよ。

洋服棚の上に位牌と一緒に置いていた数珠をバッグの中に入れようと数珠に触れると、「それ」と五条が喋りかけてきたので彼を見ると、私の方をベッドから指差していた。

「ちなみに仏壇に飾ってるその眼鏡、それも昔ウチが所有してた呪具」
「え……」

五条は飾ってある眼鏡を指差す。ここに来るまでに私がおじいちゃんから貰ってかけていた眼鏡が、五条家の所有物だったの…?
確かに呪霊が見えなくなって、呪力も抑えられる能力を持つ呪具ではあった。
サァっと血の気が引き、罪悪感や絶望感が一気に身体を襲う。私は形見だった眼鏡を五条に渡した。

「…ごめんなさい、返します。盗んだの、一個だけだと思ってた……」
「は?別にいーよ、これは別に特級呪具でもなんでもねーし。盗んだって言われてるのも、これ含めて二つだけ。安心しろ」
「そう……で、でも、五条家の物盗んだままなんて…私がやだ」
「五条家最強の五条悟があげるって言ってんだ。これだったら盗んだんじゃねーから良いだろ?」
「でも…」
「これ以上言うんなら今日このベッドで寝ーよっと」
「……ワカリマシタ」

五条は多分しつこいと言いたいんだろう。長々と部屋に居座られるのもドキドキしてぎこちなくなるし、かといって返さないのも申し訳ない。五条はそう言うが、いつか五条家の人に問われても大丈夫なように、より一層大事に持っておこう。
形見を元通りに仏陀に置いてローテーブルの近くに座り、明日の用意を再開する。財布に化粧ポーチにペンケース、あと大事な数珠。うん、バックの中身も大丈夫。

確認を終え、一息ついてベッドの縁に背中を預ければ、ふわり、と後ろから髪を触られた気がした。振り返ると五条が横たわりながら私の髪をゆるりと触っている。

「…何?」
「お前髪やわらけーよな、気持ちいいわ」
「もーする事ないんなら部屋帰りなよ」
「やだ。めんどいし…なんか眠たくなってきた」
「え、ちょっと寝ないでよ!寝るなら自分の部屋行って」
「んーー…なんか名前の匂いして落ち着く」
「ちょ、匂い嗅ぐな!」

布団に顔を埋める五条を引き剥がそうとするが、布団を抱きしめて離さない。
は、恥ずかしすぎる!てか私の匂いって何!?香水とかつけてないけど?!
一向に引き剥がさない五条の肩を揺らせば、うるさいとふいに腕を引っ張られて、上半身が五条の身体の上に倒れ込む。触れ合う身体の感触に心臓が高鳴り、離れた勢いで尻餅をついた。うう、痛い。
痛みに耐えていると、五条はクックックッと声を押し殺し「名前の顔、真っ赤」と笑い、その姿に私の怒りのスイッチが入った。

「もう!またこんな事して!こういうのは好きな人としてって言ってるじゃん!」
「だから好きな人居ねーっていってんじゃん」
「でも面白い人が居るって言ってたじゃん!その人の事気になるんじゃないの?!」
「そーだけど」
「じゃあ好きな人居るんじゃん!」
「だから居ねーっつってんだろ」
「……??」

会話が無限ループし始め、何と言えば納得してくれるのか考えが思い浮かばなくて口を閉じた。
けれど彼にまた遊ばれるのは…またドキドキして、その無駄の高鳴りに後からもやもやするから嫌だ。
はぁ、とため息を吐き、どうやって彼をベッドから離そうか…と考えていると、また手を引っ張られた。
もうその手には乗らん!と反対方向に力を入れて引っ張られないように対抗する。
しかし引っ張られる力は徐々に無くなり、互いに手を繋いだ状態になると「なあ、」と五条は口を開く。まん丸い目が私を見つめた。

「オレの気になってるヤツ、お前って言ったらどーする?」
「……へ」

五条が気になってる人が、私?

内容が理解しようとしても出来ず、呆気に取られた声が出た。頭で何度も言われた事を理解しようとするが、上手く理解が出来ない。
……だって、それって私が考えていた結論だと好きな人って…。纏まるはずの答えが、非現実的で纏まらず、どういう事なの?と彼に聞いてみようと意識を戻して五条を見れば、腕の力は抜けており、気の抜けた寝顔をこちらに向けていた。

…ウソでしょ?このタイミングで寝る?

繋いでいた手を離して、ベッドの淵に顔を乗せて五条の寝顔を見つめた。
……何で寝ちゃうかなあ。
彼は先程まで私と繋いでいた手とは別の手で布団をぎゅっと握りしめていて、思わず可愛いな…と見惚れてしまった。
ここで彼を起こしてもいいけど、もし彼の悪戯で一緒に寝る事になってしまえば、さらに彼の思惑通りになるし私の心臓はピークを超すだろう。
安らかな寝顔をする彼から、そっとかけていたサングラスを外し、前からつけてみたいと思っていたので試着してみた。しかしサングラスは真っ黒で何も見えない。
え、五条これで過ごしてるの……?目、見えてるよね…?
謎が深まりつつ、風にふわふわと靡く白い髪の毛を、起こさないように優しく撫でる。

諦めようとしてたのに、五条はどんどん私の心を惑わしてくる。でも、好きじゃないと言っていた。なのに気になる…?…遊び?どれが正解でどれが不正解なんだろう。
もしかして私の術式に…ううん、術式を唱えてもないし、五条には動きを止める為に鍛錬の際に唱えた事があったが、止めるのは最高で二秒程度しか止めれなかった。

分かんない…全身がドキドキして、でもハラハラして、悩みが増えてどんどん振り回されていく。
……そして、そんな振り回す五条を振り払ってでも諦めようとしない私は、本当にどうしようもないのかもしれない。