通じ合わない花








初めて一緒に闘った七海と灰原は、それはそれは頼もしかった。私が一年の入り立ての頃なんて、皆の頼りになれず足引っ張ってばかりだったのに。
まだ入学して一ヵ月経ったくらいなのに、凄いなあ……。今年の一年も中々の強者が揃っているんじゃないだろうか。

「はあ〜疲れた、早く報告書書いて自由時間過ごそっかー!」
「一番に集中力切れるのは貴方でしょう。よく報告書の作成が遅いと五条さんと夏油さんに怒られてるの知ってますよ」
「七海、名前ちゃん先輩のこといじめないでよー!頭が悪いなりに頑張ってる方だって夏油さんも言ってたよ!」
「別にいじめてないです。大体夏油さんだって皮肉ってるじゃないですか」
「頭が悪い…?私夏油にバカにされてる?」

確かに皆の言う通りだけどさあ…。
シクシクと悲しい気持ちになりつつ、談話室へ続く廊下を三人で歩いていると、反対側から高専関係者らしき大人が同じく三人、歩いてきた。
一番前を歩く中年くらいの女性とぱっと目が合い、憎々しいと言わんばかりの表情を私に一瞬向けてニコリと笑った。
あ、五条家の人だ。
直感でそう思った。最近見てなかったけれど、相変わらず私への印象は変わらないらしい。しかも後輩が居る時に…最悪だ。
しかし挨拶しないわけにもいかないし、それに何も知らない後輩に変に違和感を持たれるのも嫌だ。五条家に迷惑をかけたのは私の家系だから、これ以上彼の家系にマイナスな印象を持たせるわけにもいかない。

こんにちは、とニコリと笑い返し挨拶すれば、すれ違い際にボソリと「忌々しい名字家の娘が」と嫌味を囁いた。
「阿婆擦れ」
「男誑し」
一人目が過ぎ去れば、後ろを歩く関係者二人の女性もクスクスと笑い、去って行った。

「…なんですかアレ」
「………気にしなくていいよ、ごめん」

私に聞こえる小さな声だったが、私の隣を歩いていた七海には聞こえていたらしい。七海には全く関係ない事なのに。あの場でも言うなんて…相当な恨み辛みのようだ。
もう何百年も前の話なのに、少しは手加減してくれないかなあ。……なんて、何百年も盗んだままなんだから仕方ないか。


談話室に着いた後、一番大事な報告書を持ってくるのを忘れてた事に気づいた。最悪だ……またあの廊下通れば五条家の人達にまた会ってしまう可能性が高い。
忌避感が肩にどっしりとのしかかり、はあ…と溜息を吐くと灰原が「皆の分取ってくるね!」と笑顔で来た道を戻って行った。
良かった……戻らなくて良くて。
肩にのしかかった重荷が無くなって、ホッと気持ちを撫で下ろした。三人掛けのロングソファに腰を下ろしもたれ掛かると、七海が三人分のお茶をテーブルに起き、私の隣に座った。

「お、気が効くね七海ぃ〜ありがと」
「いえ、別に。それに顔色が悪そうだったので」
「…そう?」
「ええ。…先程の関係者らしき人誰なんですか。貴方の顔色が悪くなるくらい非難されるなんて普通ではないでしょう」

……嘘。もしかして私、顔に出るタイプなのかな…?
少し心配そうな顔を向ける七海に対して笑って返した。

「あーごめん、別に心配して欲しいわけじゃないの。私の家系の問題だし、七海も後々誰かから聞くだろうし」
「…今、貴方から教えてくれないんですか」
「だって七海、私の事嫌いでしょ?直接後輩に嫌われる所見るのは嫌だし」
「別に名字さんの事は嫌いじゃないですよ。今日の貴方の実力は三級には勿体ない実力でしたし、任務を行う上での伝達は頼もしかったと思ってます」
「七海ぃ…私にそんな気持ち持ってたの…」
「その要らない悪ふざけのノリが嫌いなだけです」
「はぁ??」

嫌われてたと思ってた後輩がまさか私の事を頼もしいと思ってたなんて……思っても見なかった。冷たく遇らう後輩に対して嬉しくて胸いっぱいになってたのに、やっぱり七海のノリは波に乗らない。

「その挑発心、今日の任務でも難癖をつけてきた非術師に対して怒っていたのに、同じ術師にはあんなにもヘコヘコと謙るんですね」
「目上は立てなきゃっておじいちゃんも言ってたからね」

確かに、私は目上に対しては凄く謙遜する。冥さんや先輩や夜蛾先生、上層部からの命令にも即座にイエスで返す。おじいちゃんも人生を歩いて行く為には目上の人間には逆らわない方が歩きやすいと言っていた。
五条はそんな私に対して「良い子ちゃんのイエスマンかよ」と、うげえと嫌な顔をしてたっけな。
彼は上層部に対しては、自身と意見が相違してるらしい。よく「あんな連中、腐ったミカンみてえだわ」と言っていたし、それは上層部にヘコヘコしてる私に対してもだ。
でも、仕方ないじゃん。抵抗したい気持ちは少なからずあるけど、上層部も五条家も私に対して良い印象は持っていない。良くする為には、イエスマンになるしかないのだ。

「ではあの方達も名字さんからすれば目上の方なんですね」
「目上…っていうか………私の祖先がさ、盗んだんだ」
「…盗んだ?」
「五条ん家のちょ〜レアな特級呪具。私の祖先が愛人の分際だったのに、術式使って騙して盗んだの。だから五条家の人達からは除け者扱いされるし、まあしょうがないんだよね」
「あの方達、五条家の方なんですか」

知らないのも当然、彼らはまだここに入学して一ヵ月経っていない一年生。非術師だった彼らは呪術界隈の噂話などあまり知らないだろう。
そうだよ。と答えると、ふぅー…と七海は溜息を吐いた。
言いたい事は分かる、分かるけど。

「でも五条は関係ないから嫌わないであげて。五条家なのにアイツは私の過去の事責めてこないの。だから」
「別に五条さんも嫌いじゃないですよ。少し…呪術師というものに対して思う所があっただけです。それに五条さんは貴方同様悪ふざけのノリが嫌いなだけです」
「いやそこは七海がノリ悪いだけでしょ。五条の方が普通だよ、ちょっとやり過ぎ感あるけど」
「…名字さん、貴方余程五条さんの事が好きなんですね」
「えっ?!何急に!違うもん!!」

突然放つ七海の言う事に納得が出来なく、言い返す。
な、なんで七海がそんな事言うの?!
彼の入れたお茶を手に取って一息落ち着こうと飲み込むと、気管に入ったのかむせ返る。ゴホゴホと咳き込んでいると、灰原が報告書を持って帰ってきた。

「お待たせ〜!あれ、名前ちゃん先輩大丈夫?」
「ゴホッだ、大丈夫ッ…!」
「むせ返る程の嘘ならつかない方が良いですよ」
「嘘じゃな…!ゴホッ!」
「え、本当に大丈夫?」

心配する灰原と容赦のない七海。中々治らず、胸のあたりを叩いて落ち着いて深呼吸する。
……ガチでバレてる?七海が知ってるって…もしかしてチクられた…なんて事は考えにくい。私の気持ちを知ってるのは夏油と硝子と歌姫さんと冥さん……何だか少しずつ増えてきているが、四人とも口が軽いわけではない。硝子はポロッと出る時もあるけど、私は硝子を信頼している。
どうやって知ったんだ。内心穏やかではない中、灰原から報告書を貰って有り難うと伝えると、そうそう!と話しかけてきた。

「名前ちゃん先輩に伝言!さっき五条さんと会ったんですけど、後でDVD観ようって言ってましたよ。終わったら連絡頂戴って!相変わらず仲良しだよね、僕も恋人欲しいなあ」
「えっ?!ちょ、ちょちょっと待って!?私五条と付き合ってないよ!?」
「「え?」」

七海と灰原は私の顔を見てキョトンとする。
灰原も?!何、私五条と付き合ってる事になってるの??

「え、何情報なの、付き合ってるって」
「いや…側からみれば五条さんと名前ちゃん先輩すんごい仲良しだし、よく一緒に居るしでてっきり付き合ってるのかなあーって」
「ええ。今年入ってきた補助監督も同じ事言ってました」
「違う違う!お願い、その補助監督にも訂正してて!」

もし五条家の人達までそんな事知られちゃったら…終わる…。今日だってあんな態度を向けられたのに、確実に高専から追い出されるに決まってる。
頭を抱えるが、灰原は七海とは反対側の私の隣に座って笑顔を向けてきた。

「え〜でも五条さん絶対名前ちゃん先輩の事好きだと思うよ?」
「はぁ?!無い無い!……無いと思う…けど」
「けど?」
「心当たりがあるような言い方をしますね」
「別に…………気になる、って言われただけ……」
「気になるって言われたの?じゃあ好きだよそれ、ねえ七海!」
「…まあ、その可能性もあるんじゃないですか。どういう気になるかにもよりますけど」
「よかったね、両思いじゃん名前ちゃん先輩!」
「待って、なんで?私別に好きなんて言ってない」
「え?違うの?見てたらバレバレだよ?」

…冥さんも同じ様な事言ってたよなあ。それに五条の事はもう諦めるって決めたんだ、決めたのに………。
とにかく、この件は五条家の人達に気付かれない様にしなければいけない。
念を押して、違うから!と少し強めに言い聞かせ、報告書の作成に手を進めることにした。

***


報告書を提出し自室に戻ろうと女子寮に向かっている途中、灰原から五条が誘ってた事を思い出した。
一緒にDVD見れるのは嬉しいけど、今日は五条家の関係者居るし出来れば一緒には居たく無い。あれから一時間ちょっと経ったけど、あの人達帰ったかな。とりあえず五条に連絡してみよう。ポケットに入れてた携帯を取り出して電話をかけると、三コール目で繋がった。

「あ、もしもし五条?」
「今からメールするからそこ来て。もしウチの連中に俺の居場所聞かれても、絶対教えんなよ」

用件だけ伝えて五条はブツリと通話を切った。
ちょっと…一方的すぎじゃ無い?というか五条家の人達帰ってないじゃん。さっきの電話からして多分彼の家の関係者は彼を探しているんだろう。全く、自分の用事ほっぽいて……。
最近五条の自由奔放さに最近振り回されてすぎている気がする。一緒に居るのは嫌じゃ無いけど、諦めようと思ってた気持ちが糸をピンっと張るように強く決意していたのに、どんどんゆるゆるふわふわと揺らいでいく。
はあ……どうしよう。
溜息をつくと、先程言っていたメールが届いた。メールには画像が添付されており、何やら高専内の手書きの地図のようだ。高専は無駄に広いから困ってしまう。未だに何処に通じているのか分からない場所もある。…とりあえず送られてきた地図通りに向かうかあ。


広い廊下を歩いて、階段を登って別の建物へ移り、また歩いて、階段を下る。地図を見ながら次は…と先を確認していると、前方に先程会った中年くらいの五条家の人が居た。
う……ここを通らなきゃいけないのに、どうしよう。考え込む中、あちら側からずんずんとこちらへと近づいて来た。

「貴方、悟様の居場所知らないかしら?」

その人は、私を睨みながら問いかけてきた。
…それが人に問う態度なのか。なーんて、その無礼な態度に反論したいがそんな事言えるわけがない。
しかし五条からも口止めをされているので答えるわけにもいかない。 

「わ、分かりません」
「…そう、」
「お役に立てなくてすみません」
「…別に。貴方、悟様が優しくするからって調子に乗らない事ね。もし一歩でも踏み入れてみなさい、追い出してやる」
「……分かってます」

貴方の事なんて、どうにでも出来るのよ。と言わんばかりの強気な発言をして五条家の人は去っていった。
…なんなの、踏み入れるって。私だってもう関わりたく無い。終わりたい、終わらせたいのに彼は私を掻き乱していく。まるで、離れるなと言わんばかりに。
…そう思っちゃうのは自意識過剰なのかなあ。
でも、諦められない事を彼に押しつけている私が一番問題で、最低だ。


溜息を吐いて教えるなって言われたけど、やっぱり居場所伝えれば良かったな……と少し後悔しながら、送られてきた地図の場所まで来た。
地下への階段を下り、洞窟のように冷たい通路を進めば、開けた部屋に通じる。
そこにあるのは、テレビとソファだけのシンプルな部屋だった。

「な、に、ここ…?」
「お、来た。おせーよ、こっち来れば?」

ソファに座っていた五条は私の声を聞いて振り向き、呑気に私を隣に誘うので、人一人分の間隔を開けて座る。テレビを見れば、何かの映画のエンドロールが流れていた。
私が居ない間に映画一本見終わってるじゃん。

「ねえ五条、お家の人探してたよ?行かなくていいの?」
「いーの。別にまた同じ事言ってくるだけだし、面倒くせ」
「でも行った方がいいよ。お家の人帰ってからDVD見ようよ。私、五条と一緒に居る見られたら…何て言われるか…」
「一緒に居ても何も言わねーっつうの」
「それは五条が知らないだけじゃん……私は…もう人に非難されるのは…やだ」

小さい頃から非難されて蔑まされて、やっと居場所が見つかったのに、それでも自分の家の過去のせいで結局苦しくて。幸せな人生を求めるのは、間違っているのかな。
……逃げたい。
高専に来て一度も思った事が無かった感情が湧き出て自分が選んだ道を一瞬、後悔してしまった。
もう、苦しいのも、辛いのも、懲り懲りだ。

「……ったく、電話だけ入れてくるから。待っとけ」
「…うん」

五条は溜息を大きく吐くと立ち上がって電話をする為に廊下へと向かった。
…五条は関係者の人が私に対してどんな態度をしてるのか分からないからそんな事言うんだろうけど、分かってほしい…。
でも彼にこんな事を押し付けるなんて、やっぱり私、逃げてるなあ。今までなら言われてもしょうがないって思ってたのに、何故か助けを求めてしまった。

…あ、そういえばさっき嘘ついたの、五条に言うの忘れてた。やば、一緒に居るってバレたら…どうしよう。
冷や汗が出て、心臓の音が全身に鼓動する。

「あ〜うるさ。電話したから見よーぜ」
「ねえ五条!もしかして今私と一緒に居るって、言った…?」
「言ってねーよ。お前今もウチの連中から言われてんのかよ、アイツらもしつけーな」
「あ……りがとう」

ほっと一息ついて、ぐるぐると回っていた感情が落ち着きを取り戻す。
……私が言われてた事、五条なりに気にしてくれてたんだ……?
五条は再度ソファに座ると、携帯の電源をオフにしてテーブルに置いた。

「…アイツらに、ここの場所知られるのめんどーだしな」
「そういえば、この部屋なんなの?」
「秘密基地。呪術界御三家で最強っつーのはさ、色々面倒ごとに巻き込まれるんの。だから、うるさい時はここに来て映画見てるんだよね」
「秘密基地って…でもここ高専の一部でしょ?」
「そう。ここ知ってんのは俺とお前、あとは夜蛾先生だけ」
「夏油も知らないの?硝子も?」
「言ってねーよ」
「な…なんで私に?」
「だっておもしれーじゃん」

ニヤリと子供みたい五条は笑う。
面白いと彼は言うけど、何を思って面白いというのか。…何を思って、私を気になっている人と言ったのか。
五条が気になると発言した後、私も寝落ちしてしまって気づいたらベッドの上で寝ていて、彼は居なくなって居た。…もしかしたらアレは夢だったのか…?
しかし、もし夢じゃなかった場合、一方的な片思いなら良かったのに、五条が変な事言うから益々分からなくて、そして可能性があるかのように思ってしまう。
頭の中がいっぱいいっぱいになっている一方、五条はテレビ下にあるキャビネットの扉を開けてDVDを何本か取り出してきた。
めちゃくちゃ種類あるなあ、DVD。

「どれ見る?これなんかめっちゃオススメ、ヒロインまじムカつくけど最後派手に死ぬやつ」
「めちゃくちゃネタバレしてんじゃん。…まあ五条がオススメなら観てみたいけど、五条は観た事あるんでしょ?いいの?」
「映画って一回観ても分かんねー所とかあんだろ。別に苦じゃねーよ」
「そう?じゃあ……それで」

DVDを入れて、また五条は隣に座ってくる。それも私が空けた一人分の空間を詰めて、座ってきた。
近すぎるとドキドキするから空けてたのに、詰めてしまったその空間を空けるのは変に思われるだろうと考えて、映画に集中しそのまま見る事にした。

サメの映画らしく、序盤の方から映画の世界にどっぷり浸かっていく。一人目がサメに食われた時は、私も呪霊に喰われる事になったらこんな感じなのかなあ……なんて見てて思った。それに五条の言う通り中々このヒロインムカつくな…。
物語も途中を経過したあたりで、思わぬサメの登場に驚いて思わず「うあ!」と声を出して五条の腕袖をぎゅっと握ってしまった。

「……ごめん、不意打ちの登場すぎて…」
「ブハッ、こんくらいでビビってんなよ」
「び、ビビってないし!…でも勝手に握って、ごめん」
「そんなにびっくりすんなら、握っててやるよ」

そう言って腕袖を握っていた手の上に、五条の手が覆い被さり、上からぎゅっと握りしめる。
あー……やっちゃった。
以前呪物によって特級になった呪霊を夏油と一緒に倒した時なんて、これ以上の恐怖を味わった。だから、別に怖いから握ったわけじゃない。本当に少し驚いただけ。
なのに、安心しろと言わんばかりにあたたかい手の温もりが伝わってくる。
落ち着く…何でこんなに温かいんだろう。出来ればずっとこのまま、握ってて欲しい。



あれから驚く事もなくエンドロールを迎える。五条の言った通り、主人公は派手に死んだ。あそこで身代わりになった精神は今まで好き勝手した犠牲という事なんだろうか。
エンドロールも終わりメニュー画面に戻るが、五条はリモコンを操作する事なくただじっと前を見ている。

「ねえ映画終わったよ?」
「…お前の手あったかいよね。心地良いわ」
「いや逆でしょ。五条の手の方があったかいけど」
「て事は俺と名前の温もりが混じってるって事か」

テレビを見ていた彼の瞳は、私の瞳の中を見透かすように見てくる。
今、手のひらを通じて私と五条は繋がっている。体温が混じって、一緒になって、あったかい。この空間が気持ちいい反面、居た堪れなくなって目を逸らすと、重ねた手を握って引き寄せて身体を抱き締められた。
密着感がいつもと違い、私の頬に五条の頬が当たって頬擦りをする様にぎゅっと抱きしめてきた。

な……何?そんなロマンティックな映画じゃなかったよね?
心臓の鼓動が徐々に早くなっていくのな分かるが、あったかくて心地良くて…嫌じゃない。

……やっぱり、落ち着く。

二人だけの空間に浸っていると五条の腕が私のブレザーの中に潜り込み、シャツの上から身体に触れる。背中に触れるその温かい手が前へと移動し、お腹を伝って上へと昇ってくる仕草に、思わず彼の胸板を押し距離を取って手を引き離した。

「な、なにして!こ、こう言うのは気になる人と………」
「だから前言ったじゃん。名前の事、気になるって」

…言った、言ったわ。夢じゃなかった。
でも、こういう事がしたい為の気になるなの?何が問題なのかも気にしていないような彼の顔に、謎が深まる。

「五条は…その私の身体が気になるの?その…身体に触れたいの?」
「はあ?欲求不満って言いてーの?ちげーよ、お前の貧乳に興味ねーし」
「でもさっき触ろうとしたでしょ!…じゃあ、なんで触れてくるの?五条の言ってる気になるって何?面白いって何なの?…五条が考えてる事、分かんないよ」
「気になるに理由いんの?単に気になるし、お前と居ると色んな反応する所おもしれーだけだよ」

…ああ、五条は本当に私の反応をみて面白がってるだけなんだ。好きとか嫌いとか、恋愛とかじゃなくて、ただどんな反応するのか気になるただのオモチャみたいな。

【忌々しい名字家の娘が】
【阿婆擦れ】
【男誑し】

過去を辿るような…… 愛し合っていない、遊びのような、そんな関係なんて私はゴメンだ。

「…そんな気になるだけなのに、度が過ぎる事してこないでよ。…好きじゃないのに、してこないで。私は五条のオモチャじゃない」
「なんだよそれ。別にオモチャなんて思ってねーし。お前の言ってる事、意味分かんねー」
「私も、五条が考えてる事分かんないよ…」

ぐるぐるもやもやと考えは一向に答えが出ない。
ただ、何処かで五条が「気になるっていうのは、お前の事が好きって事なんだよ」と言ってくれる事をどこかで想像していて、自分で作った縛りから逃げて解こうとする自分が、嫌になった。