無気力の花





「「めんそーれー!!!!」」

五条と星漿体_理子ちゃんの声が大きな海原に響く。
あの後拉致現場へ向かうと、敵はまんまと私が星漿体だと思い込んだらしく、術式を唱えれば敵の動きをすぐに止めることが出来た。
……もしかしてこの敵、非術師?
そのまま敵を五条と夏油が捕縛し、トントントンと解決へ向かった。呪詛師と手を組んでいると聞いていたけれど、面倒な事にならずに済んで良かった。
ホッと一息つき高専へ向うかと思いきや「同化は明日だけどまだタイムリミットはあるし、せっかく沖縄来たから観光しよーぜ」と呑気な五条の案に乗り、海水浴場へやってきた。
ザ・夏の気温。カンカン照りな太陽が降り注ぎ、暑さを冷やすような海の水に触れると冷たさが心地よかった。梅雨入り前に来れて良かったなあ。

しかし海に来て、一つ恥ずかしい事が。
…水着だ。私は下着の様な布の少ない物は苦手である。下着は人に見せない分、柄も可愛いのを選んで自分で満足出来るから良いけれど、人前に出てしまう水着は苦手。
自分のスタイルが良いとは思えないし、去年の硝子と同じ水着を買って、いかにも映えの違いに悲しい思いをして尚更嫌になった。
もう水着は着ないぞ!と決めていた私は、海の家でお留守番しておこうと思っていたのに、海の家で水着を借りれると知った五条と夏油は勝手に私の水着を選び、渡してきた。着ろとせがまれた水着を見てみれば、所々に穴の空いた布の少ないセクシーな水着。
二人とも私の水着姿見た事あるでしょ?!どうせバカにするつもりでしょーが!

一言返事で却下すれば、ちぇ、っと不満そうな五条は「んじゃこれ」と空色のビキニを渡してきた。
これはさっきより布面積は広いし、これなら着れなくもない。……納得はいかないが、理子ちゃんや黒井さんも水着へ着替えていたし、仕方なく受け入れた。
まあ……水着の色、可愛かったし。

選んで貰った水着のサイズはピッタリだが、少し胸がはみ出そうだった。
もしや私、太っ…た…………?
確かに身長も体重も一年前より少し増えた。特に去年の夏から比べると私の胸は成長期を迎えているらしい。
春先にばったりお風呂場で会った硝子に「名前、どんどん胸デカくなってない?」と言われ、気づけば硝子より1カップ上のサイズになっていた。一気に成長する胸って、私の栄養素の行き場一点に集中しすぎでは?
胸が大きくなった事で水着も多少似合う様になったかもしれないけれど、それでも似合っているのか恥ずかしい。
レンタルした水着を着て上からパーカーを着てジッパーを一番上まで上げる。上着を脱ぐ気はないけど、日焼け止めだけは事前に念入りに塗り込んだ。


砂浜へ走り出した五条と理子ちゃんを眺めていると、私の隣へ来た理子ちゃんのお手伝いさん_黒井さんは、私に向かって頭を下げてきた。

「本当にありがとうございました。……まさか私の拉致を解放する為に人質になってくれたなんて」
「顔あげてください。当然の事をやったまでです。私達が守らなければならない星漿体の大切な人を、尚更見殺しにするわけにはいきませんから」
「……すみません」
「それに、最後に理子ちゃんがサヨナラをするなら……家族のような大切な存在の黒井さんが一番良いと思うんです。こんな最後私だって嫌ですもん。黒井さんも、そうでしょう?」
「はいっ……」

涙目になりながら私の言葉に黒井さんは頷いた。此処に来るまでに二人の話はタクシーの中で聞かせてもらった。
理子ちゃんの側で幼い頃から一緒に生きてきた黒井さんの立場は公としてはお手伝いさんだろうが、二人にとっては家族同然な関係だろう。現に、理子ちゃんも黒井さんも互いを想っている時の顔が同じなのだ。二人とも、同じだけ共有する思いがある。……とても、羨ましい事。
出来れば私もいつか、家族のように互いに想い合う人生を送りたい……夢のような関係。

「……実は私、同化に賛成が出来ないんです。呪術界を守る為に、天元様と同化する必要があるなんて……生まれた時から決まってる未来、嫌じゃないですか。……ってこんな事言うの、おかしいですよね」
「いえ。……私も、理子様と離れ離れになってしまうのはとても辛いんです。だから、同じような気持ちを素直に本当の事言ってくれて……ありがとうございます。とても優しい方なんですね」
「そんな、私は……」

言葉を繋げようとしたが、言えなくて言葉を閉ざした。そんな私に対して、黒井さんは優しい笑顔を見せてくれた。
……私が感謝される義理はない。だって言葉だけで、理子ちゃんの事を守るのが使命ではない。結局私の役目は、理子ちゃんを天元様の元へ届ける事なのだ。理子ちゃんがどう思っていたとしても。
理子ちゃんは星漿体としての役目を果たそうとしているのに、今の私は自分の問題に対して前よりも抗って逃げようとしている。
私だって言ってしまえば生まれた時からこの運命は決まっていた。今まで祖先達が逃げて逃げて、蔑ろにしていた呪具の事。やっと手がかりが見つかったのに、深追いする事でさえ拒まれて、上手くいかない。
……もう逃げてしまいたい。最近こんな気持ちなる事が多くなった。
今回の事だって、天元様と同化するのは呪術界にとっては大事な出来事で受け入れるべきなのに。こんな否定的な気持ちを持つなんて、夏油と五条が聞いたらたどう思うんだろう。

___ お前、呪詛師の方が向いてんじゃねーか?やる?__
__呪術師続けられるのであれば、これ以上荒波になりそうな事、立てないでください__



私は………………。




「日差しも強いし、海の家でゆっくりしておくよ」と夏油と黒井さんは向かっていった。「名前はどうする?」と聞かれたのが、少し涼んでくると答え、浅瀬へと足を進めた。
寄せては返す波の動きに目を落せば潮の匂いが鼻を通り、海水が足に当たるとひんやりと冷たさを感じ、波の音に意識を任せた。
考える事が多くて逃げたくても逃げられず、選択する道標も沢山あって、少し疲れた……。
心地良い感覚に浸り波の音が聞こえる中、楽しそうな声が私を呼んでいた。
目を開けて声のする方をみれば、海に走る理子ちゃんと五条が見える。五条が「名前ー!」と私の名前を大きな声で呼びながら手を振ってこちらへ走ってきた。どうしたんだろ。

「……何?」
「何って……何かお前、変じゃね?腹でも壊した?」
「え……普通だよ?」
「そーか?つうかなんで上着前閉めて着てんだよ。脱げよ、暑いだろ」
「別に暑くないし。それに…恥ずかしいもん」
「はあ?折角水着選んでやったのに、楽しまねーと意味ねーだろ」
「だって絶対バカにするじゃん」
「しねーよ。何の為に傑と選んだと思ってんだ」

別に選んで欲しいなんて言ってないし。てか五条も上着着てるじゃん。
捻くれるような言葉が頭に思い浮かぶ私の言葉を無視して、突然五条は私のパーカーのジッパーを上から下へずい!と下げた。

ちょ、っと!!?

水着を着た肌が露わになり、パーカーの内側へ緩い風が入りこむ。恥ずかしくて両腕を前にもって隠すようにもじもじと肩を竦めるが、下げた本人の反応が返ってこなかった。
やっぱ、幻滅してんじゃん。何て貶そうか考えてるんでしょ…?
彼の表情を確認する為に顔をあげれば、ぽかんとした表情の彼は私の胸を指差した。

「お前……そんな胸デカかったっけ?」
「なっ……!わ、分かんないよ、いつのまにかこんなになってたんだもん……!」
「ふうん………谷間に指挟めそう」
「ゆっ…はあっ?!へ、へんたい!ばか!!きらい!」

な、なななに言ってるの?!ゆ、ゆゆ指を谷間に?!もっと別の言う事あるでしょ……?!
急に変な事を言われて罵声を飛ばせば、理子ちゃんがおーいと此方に向かって手を振っており、五条は理子ちゃんの方へ向かっていった。
ペチャパイペチャパイって散々罵られてきたけど、逆に変な事言われても困るんだけど…!?
予想外の反応が返ってきた事に頬が熱くなり、手を添えて自分を落ち着かせる。
……まてまて。これはあれだ、弄ぶ策略なんだ。そんな簡単に罠にハマってたまるか…!

気になる発言や度々ある過度なスキンシップに誤解しそうな気持ちを抑えれば、五条がまた名前〜!と私の名前を呼ぶので振り向いた。
もう、今度は何……?!
彼の姿を視界に入れれば、遠くの方からこちらに向けて「何か」を投げ、それは足元の砂にベチャッと落ちた。
…なんだろ?
その何か、は黒くてぶつぶつ模様をしていた。しゃがんで興味本位で触れてみると、ヌルッとした感触が伝わる。嫌な感触に驚いて重心が揺らぎ、悲鳴をあげて尻餅をついた。

「な、なな!!なにこれ!?!」
「ブハハハハ!!何そのリアクション!ナマコだよ、ホレ」
「やだっ、投げるな馬鹿っ」
「お前呪霊はオッケーなのに海の生物無理なのウケるんだけど」
「だってヌメヌメしてるんだもん。それにこの形無理!」
「呪霊もこういうやつ居るじゃん」

いやいやいや、全然違う!呪霊はもうちょいこー可愛くて、ヌメヌメなんて殆どしないし、それに可愛いもん!
初めて出会った海の生物にドン引き状態になっていると、理子ちゃんもホレホレ〜とナマコやヒトデを掴んではこちらに投げてくるので、起き上がって浜辺を走った。
二人ともそんな躊躇なしに触れるの意味わかんないんだけど…?!

「こら、理子ちゃんも!投げるのやめなさい!」
「おっ、これ今まで一番デケぇナマコだ!」
「ちょっ、五条まさか…!」

ニッと悪い顔をする五条は私と理子ちゃん目掛けて走ってくる。理子ちゃんは楽しそうにウヒャヒャ!と五条と同じように楽しそうな声を出している。
何でこんなにもはしゃいんでるんだこの二人は!!



走り回り疲れて砂浜に座れば15時の飛行機に乗って高専へ戻る予定時刻がせまり、夏油が私達に声をかけてきた。しかし悲しそうな顔をする理子ちゃんを見て気を使ったのか、五条は明日の朝の飛行機で帰ろうと言い出した。
沖縄は東京より呪詛師(じゅそんちゅ)は少ないなんてボケをかましてたけど、五条も夏油もそして私もいる。ピンチになるなんて早々無いだろうし、理子ちゃんが楽しんでくれるのなら、それで良かった。

理子ちゃんと五条と再び走り回っていると、海の家にいる夏油が「名前、電話なってるよー」と声をかけてきたので、抜けて海の家まで走る。
置いていた携帯の着信は夜蛾先生からで、電話に出て要件を聞き通話を切ると夏油は私に問いかけてきた。

「何だって?」
「明日千葉の方で朝一に別の任務についてほしいから帰って来いだって。星漿体の方についてなくて大丈夫なのかな…」
「まあ元々天元様が私と悟に任せられた任務だしね。それに一年の二人も空港で待機してる。大丈夫だよ」
「灰原と七海も来てたんだ」

そっか。二人でも強いし、それに他にも呪術師来てるのなら大丈夫だろう。
携帯を閉じて海の家から浜辺を見ると、五条と
理子ちゃんが仲睦まじく遊んでいるのが見え、胸が急にぎゅっとなり締め付けるように痛くちくちくと苦しくなった。戻ろうと思っていたけれど躊躇って体が動かず、夏油の横に座った。

「戻らなくてもいいのかい?」
「うん。ちょっと疲れちゃって」
「…もしかして嫉妬してる?」
「…え?」

夏油は私の顔を覗き込んで笑う。私の心を覗こうとするその目につい目を逸らした。……嫉妬?

「わ、分かんない」
「分かんないわけないだろう?君の心がどうなっているのか分かるのは名前自身だ」

さっきから黒くてドロドロしたものが、割れた破片から垂れるような、嫌な気持ち。
今まではこんなの無かった。
嫌な気持ちになる事は昔にもあった。人間と関わる事に面倒としか思っていなくて、向けられる嫌な目が不快で、それで嫌な気持ちになった事はあったけれど、今まで乗り越えて来た。……しかし、こんなドロドロして足を掬われそうになって、今にも溺れそうな気持ちは初めてだ。
これが嫉妬と言うのであれば、恋はこんな気持ちにさせるなんて、中々厄介な呪いのようだ。

「夏油からは私の事そう見える?」
「ああ。私以外の女の子と楽しそうにしてる、って感じの顔してる」
「はは……星漿体に嫉妬するなんて私も中々嫌なヤツだ」

別に理子ちゃんが五条の事、好きなんて思ってるとか分からないのに。なのに笑いあう二人にモヤモヤしているのは本当だ。
……私には、どうしようも出来ないのに。呪具も返さず、好きな人を諦める事も出来ない我儘な酷い女なのに。
夏油はいつもと変わらない顔で私に答えた。

「そうかい?名前は色々我慢しすぎなんだよ。その癖のせいで苦しそうに見える」
「我慢なんてしてないよ。それに仕方ないじゃん。これが私の辿らなきゃいけない道。レールはもう敷かれてるんだよ」
「でも絶対ではないだろう?悟だって君と一緒になりたいと思えば、アイツは敷かれたレールから外れても歩くさ」
「そんな事、」
「あるさ。今回の星漿体の事だって、もし同化を拒否したらどうする?と聞いたら、悟は同化はナシと言ってきたよ」
「えっ……でも、それじゃ天元様怒ったり上の人達も黙ってないでしょ?」
「どうにかなるさ、してみせる。現に夜蛾先生は私達に委ねるような発言してきたよ。…私達は最強なんだ。名前だって私達と同じ意見だと思ったけど違った?」
「違わない、けど」

高く立ちはだかる壁を、難なくと壊して先へ進むような発言をする夏油に対して、今までに私の中に無かったアイデアが心の隙間を埋める。
だってそれは私は望んでいても、現実的に不可能だと決めつけていた。二人ともそんな話には賛成しないと思っていたのに、私と同意見らしい。そして夏油と五条には、私が諦めていた不可能を可能にする力がある。
彼なら…。明るい光に助けを求めるように、口から、ほろりと言葉が出た。

「私……最近ね、逃げたくなるの。もう全部捨てて、呪術なんてない世界に。……昔から人間が嫌いで呪霊が好きな私が何言ってんだって思うけど、さ」
「だから言っただろう?名前は背負い込み過ぎなんだよ。私が出来る事なら何でもするよ。逃げたいなら、それの手助けだって」
「夏油は私が逃げても怒らないの……?」
「主張する事だって必要だろう?」

柔らかい笑顔を向ける夏油は私の髪を優しく撫でる。
全部吐きたい、呪具の手がかりが見つかったんだよって、手伝ってほしい、助けてって。……でも、でも、もし二人が危ない目にあったら。もし二人が居なくなったら。そんな不安が突然私の心の中に現れた。
…二人を危険な目には合わせたくない。
何よりその気持ちが大きくなった。

「じゃあ…逃げたくなったら、力借りるかも」
「逃げるといっても別に本当に逃げる訳じゃないさ。手を取って乗り越えるんだよ」
「そっか、そうだね……うん、ありがと夏油」

実は祖先の手がかりが見つかったんだ。と言いたかった言葉を飲み込んで、当たり障りのない返事をした。
…結局、私は二の足を踏んでしまう弱い術師だ。

* * *


暑い気温が肌を伝い、体の中から汗が滲み出て無意識に海へと引き寄せられる。浅瀬で海水にちょぴちょぴと触れていると、肩を叩かれた。

「のう、お主……お城ってどうやって作るんじゃ?」
「えっお城…?確かバケツとかで作れませんでしたっけ…?」

理子ちゃんから肩を叩かれて問う質問に、私もあやふやにしか答えられない。…何故なら土遊びなんてやった事が無いからだ。人の見様見真似で覚えた知識の為、合ってるか分からない。とりあえず必要になりそうなバケツとスコップを海の家から借りて城を作り始めるが、上手い具合に作れなかった。
あれ、コツとかあんのかな?ていうか、さっきまで五条と遊んでたんじゃ……?
彼を探す為に見渡せば、夏油と何か話し合っているようだった。
うーーん、五条なら分かるかもと思ったけど……どうしよう。

「中々難しいのう」
「すみません…実は私もお城作った事なくて」
「そうか…」
「あっ!でも、ここをこうすれば…?」

四角い土の塊の角を削れば、少し城っぽい形になった。
どうかな?!と思って理子ちゃんの方を見れば、おお!と驚いて嬉しそうな顔を見せた。
良かった、喜んでくれて。
バケツに砂を入れて水で固めて城を作っていると、スコップで形を整えるように土を削り出した理子ちゃんは、ぽつりぽつり口を開いた。

「私、星漿体と分かってから外に出る事さえ危機感を覚えて出なきゃいけないから、なるべく外で遊ぶのは避けてきたの。だから遊べて本当に嬉しい……ありがと」
「…理子ちゃんの気持ち、なんとなく分かるかも。私、変な術式のせいで人とあんまり関わらなかったし、やりたくてもやれない事ばっかで…。だから私も理子ちゃんと遊べて、嬉しいです」

顔を見合わせて、意思疎通した事になんだか嬉しい気持ちになって、ふふっと小さく笑いが込み上げてきた。
私も高専に来て、楽しい事や嬉しい思い出が沢山出来た。…それは、今だってそうだ。
それから理子ちゃんが中学生で、学校で友達と話題になった事や最近流行ってる事を教えてくれた。この子も、学校という居場所が宝物なんだろうなあ。




「何やってんのそれ」

汗水流して作った小ちゃなお城。夏油と話し合いを終えたらしい五条は戻ってくると、私が「お城だけど」と答えた言葉にギャハハ!と笑い出した。

「ッヒー!お城って!お前ら下手くそ過ぎだろ!豆腐積み重ねてるだけじゃんギャハハ!!」
「何を言うんじゃ!作るの大変だったんじゃぞ!」
「理子ちゃんの言う通り!作った事ないやつが言わないでくれる?」
「名前よりは絵心あるし?あー、笑いすぎて腹いてえ」

米神のあたりにピキッと筋が通った感じがした。人が一生懸命作った物を…こんのアホ男埋めてやりたい。
思わず五条の肩を持って押し倒し、お腹に馬乗りになれば、彼の顔は強張った表情をした。

「…何やってんのお前」
「一生懸命作ったお城を豆腐と侮辱したお返ししようと思って。理子ちゃん、砂バケツに入れてくれません?コイツ埋めてあげよ」
「おお!面白そうじゃな!」

砂の入ったバケツを貰って五条の胸元にのせて固めるようとするが、砂が固まらず横へ流れてさらさらと落ちていく。
…何で?海水で濡れて強度もあるはずなのに。
ちらっと彼の顔を見ると、こちらをずっと見ていた。

「……ねえ固まんないんだけど」
「固まるわけねーだろ。つーか砂なんて乗せて何しようとしてんの」
「五条が悪口言うから、反省して貰う為に砂で固めて埋めて、その上に城を作ろうと思って…」
「いや……反省っつーか、これご褒美じゃん?」
「…へ?」
「おっぱい揺らしながら身体触られるとか。やっぱでけえわ」
「……!!!」

自分で作った状況を見て、顔から火が出そうになる。咄嗟に意識すれば、彼の身体の感触が、体温が、彼の肌と私の肌が触れ合わせる事によって伝わる。離れようとするが、腰が抜けてしまい立ち上がる事が出来ない。
は、恥ずかしいのにっっ………どうしよう…っ。

「お前、俺に対して触れるなとか言いながら、お前が一番大胆に触れてんじゃん」
「ちがっ、」
「残念だったな、えっちな名前チャン」
「っ、ばか!!あほ!!ばかばかきらい!!」
「暴言吐くなら退いてくんない?」
「アンタが変な事言うから腰抜けてっ…立てないのっ…」
「マジかよ……そろそろ無理なんだけど」
「何が無理なの!!五条のばか!」
「はあー?バカなのはお前だろ。俺が無限張ってんの気づかねーんだから」
「えっ、無限…?」

私、今五条触れてるけど…?頭の中で謎が溢れていると五条が起き上がる衝撃で身体がグラついた。倒れそうになった身体は彼が私の腰に手を回し倒れる事はなく、ついでと言わんばかりに頭にデコピンを放った。痛くて目を閉じ、目を開けると五条の顔が目の前にある。

「名前は選択範囲内に入れてんの」
「えっ……まさか沖縄来る時から術式解いてないの…?」
「……」

五条の言葉に頭がフル回転する。黙って横目をする五条を見る限り、そうなんだろう。
うそ、ずっと呪力使ってたら身体持たないはずなのに……。五条の力量だから出来るのかもしれないけれど、もしかして……。

「もしかして、明日まで解かない気?…大丈夫なの……?」
「……はぁ、何でそう言う所だけ鋭いのお前?大丈夫だっての。それより名前は大丈夫なわけ?」
「へ?」
「俺とこんな距離近くて」
「え、…っあ?!」

っ、ちかい、近い近い近い!!
自分の置かれてる状態を改めて確認するが、自分で五条の上に乗って、彼の肌に触れて、目の前には彼の顔があって。顔がどんどん熱くなり、それをみて五条はニヤニヤと顔を緩める。彼を反省させるために作ったこの状況が、またやられるなんて。
力の抜けた腰に無理矢理動かして五条の身体から退いて立ち上がる。身長の高い彼の頬にパンチを一発入れてやろうと拳を放つが、届かなかった。

「術式の選択出来るっつたろ?」
「むかつく……でも本当に大丈夫なの?明日まで術式出しっぱするつもりでしょ」
「問題ねーよ。俺がそこらへんの奴らに負けると思ってんの?それに傑もいるし、大丈夫だっつうの」

よく見れば、五条の顔が少し疲れているように感じた。彼も彼なりにこの危機を必死に守っているんだ。…理子ちゃんの事を、考えながら。
無限によって触れられずとも、彼の頬に手のひらを添えると、生温いぬくもりが伝わった。

「無理、しないでね」
「…おう」

***


海水浴も楽しんで、次は水族館へ行くというのでここで離脱することにした。水族館まで行ってしまうと、東京に帰れなくなってしまう。制服に着替えて、四人と別れる事になった。

「それじゃあ、私はここで。明日の任務が早く終われば高専でまたお会い出来るとは思いますが…気をつけてください」
「誰に言ってんだよ、俺達居るし大丈夫だっての」
「まあまあ、名前も途中で離脱する事凄く悔しいんだよ。分かってあげてくれ」

夏油が仲介に入ると、理子ちゃんが私の手を握ってきた。少し悲しそうな顔をする理子ちゃんの表情を見て、釣られて私も悲しい気持ちになり震える心をぐっと堪える。
人はいつか死ぬ、呪術師になれば死との距離は尚更身近になる。だから心のブレは無い様にしないといけない。それに理子ちゃんは別に死ぬ訳ではない、同化するだけで居なくなるわけでない。
けれど、ブレてしまうのはまだ私が未熟だからだろうか。

「…ありがとう、守ってくれて」
「…いえ、呪術師の役目を果たしただけですから。それに、途中で抜けちゃってごめんなさい」
「いいのじゃ。短い時間だったけど、黒井を助けてくれて…一緒に遊べて楽しかった」
「私もです。………あの、最後に抱きしめてもいいですか?」
「…うん」

首を縦に振る理子ちゃんの身体を、両手を広げて抱き締める。あったかくて、柔らかく、微かに鼓動が聞こえる。
…生きている、生きているんだ。
私も貴方を助けてあげたい。でも私は夏油や五条みたいに最強ではないし、道を外して生きていける気がしない。
生まれた時からレールが敷かれてるこの人生に反吐が出る。けれど、ただ、ただ従うしか出来ないのだ。

ごめんね

最強の彼らが提案した改善策に、私は協力する力は無かった。







空港に着けば見張りをしていた七海と遭遇した。国内線エリアの見張りをしていた七海は少しやつれて見える。まあ来るか来ないかも分からない見張りをするなんて、神経削がれて大変だろうなあ。

「チケット取れました?」
「うん、取れたよ。明日朝一から冥さんと任務だって。冥さんにお土産何がいいかなあ」
「…土産より、貴方の顔をどうするか考えたらどうですか」
「え?」
「ずっと思い詰めたような顔して、居心地悪いです」

七海の言葉で自分がどこかで無理矢理表情を作っていた事に自覚した。
本当は悔しい。何も出来なかった事が、悔しい。
…何か出来るのか、私の意見と夏油と五条の意見どちらが正しいのか。もし私が二人の案に乗ってしまったらどうなるのか。

「ねえ七海、私がもし盗んだ呪具なんて無視して五条に告白したらさ、どう思う?」
「…別にどうも思いません。五条さんがどんな返事をするかは分かりませんし、そんな事に口出しようとも思いません。…けれど、名字さんが置かれている状況を考えれば、その事を周りが知れば一波荒れるのは丸わかりですし、私ならその後に地獄を見るくらいなら告白しないのが良いと思いますよ」
「…そうだよね」


そう、これが当たり前。これでいいんだ。
間違ってない。最強の二人が考える難易度の高い壁は私には超えられない。
…越えられるわけないんだよ。